アイスが食べたいと言い出したフロイドに引っ張られてやってきた購買部は、同じような思考を持つ生徒で溢れかえっていた。
それでも二メートルに届きそうな身長とオクタヴィネル寮の腕章、そして目立つターコイズブルーの髪と二色の瞳があればあっという間に人が避けて道が出来る。短い悲鳴をあげて逃げた生徒もいたので、あれはつい最近この男がお話をした相手なのだろう。気付いていたが、監督生はそっと目を閉じて見てないふりをした。こうやって人間は賢くなっていくのだ。
「小エビちゃん見てこれ。アイスの中にシュワシュワする何かが入ってんだって」
「何かって何でしょう?」
「知らね。でもおもしろそーだからコレにしよ」
「私は無難にチョコアイスにしようかな」
「オレ、チョコの気分じゃねーんだけど」
「あれ? 私の分まで食べる気でいます? あげませんよ」
「は? オレが買うんだからいいじゃん」
「確かに奢ってくれるなら話は別ですね」
じゃあどうぞ先輩が選んでください。わたしはお零れが貰えればなんでも。
どうぞどうぞ、と促せばフロイドは「あっそ」とあっさりと引き下がってチョコのアイスをひとつ取った。どうやら小競り合いをして楽しみたかったらしい。
「早く食べたいので無駄な言い合いはしません」
「ピーピー騒ぐ小エビちゃんの鼻摘んでやりたかったのに」
「そんなこと考えてたんですか!?」
危ない、わたしの鼻! と慌てて両手で隠せば少し面白かったらしい。フロイドは小さく笑って、それから自分の分のアイスも手に取ってレジへと向かった。
今日も威勢がいいサムの声を聞き、仲が良いねぇと言う言葉に照れて、そうして袋に入った二つのアイスは監督生が受け取った。
先を行くフロイドの背中を見失わないように小走りで購買部を出て、外の日差しに目を細めたところで視界の端にフロイドの左手が見えた。
「ン」
「……ん?」
不意に差し出された左手が何を意味するのか、監督生には分からなかった。分からなかったから鸚鵡返ししてみたのだけれど、フロイドはやっぱり「ン」と言って空っぽの左手を主張するだけ。
瞬きひとつ分じっくりと考えて、監督生は袋からフロイドのアイスを取ろうとした。しかしどうやら違うらしい。フロイドが小さい声でそう言ったのだ。こうなると困ってしまう。なら、この左手は何を訴えているのだろう。彼の「ン」にはどれだけの言葉が詰め込まれているのだろう。
監督生は困った顔で降参であることを伝える。
すると。
「…………手、繋がねーの」
だってデートしてんのに。
「へ、」
言葉ひとつで身体中の血液が沸騰したように熱くなって、クラクラと目が回るほどに心臓がきゅうっと甘く締め付けられた。じわじわと背中に汗が滲む。不貞腐れたような顔をしているフロイドの頬も赤くなっていた。
「デ、……デート、でしたか」
「うん、デートでしたぁ」
「し、しつれい、しました」
「はぁい」
なんてことない会話にすら声が裏返ってしまって、フロイドの左手に自分の右手を伸ばすのがどうしようもなく恥ずかしかった。
彼の手に触れるまではこのまま逃げてしまいたいくらいだったが、しかし一度触れてしまえば二度と離したくない気持ちが膨らんで、へらりと笑うしかない。
「早くしないとアイス溶けちゃいますね」
「ね。そこの木陰で食っちゃおっか」
距離にして五メートル。二度と離したくないと思った左手はすぐに離れてしまった。
けれど、暑い放課後とフロイドの少し冷たい手。それから溶けたチョコレートアイスの味は監督生にとって忘れられないものとなった。