名前のない関係【前編】

1


「魔法も使えねェ女が調子乗ってんじゃねェぞ!」
「ッ!」

振り下ろされる見知らぬ獣人の怒声と拳。その奥に見える見知った顔。相変わらずしなやかな巨躯をゆらゆらと揺らして、面白いものを見つけたと垂れた眦をご機嫌に染めている。
海を切り取って封じ込めたような色のピアスまで楽しそうに音を立てた。

――助けてあげよっかぁ?

声もなく、笑顔ひとつで男はそう言った。
だから。

「っ、た、助けてください! 何でもしますから……!」

フロイド先輩、と男の名前を縋るように呼んで、咄嗟にそう叫んでしまったのは、致し方ないことだと思うのだ。



「――……小エビちゃんさぁ、何でもするって簡単に言わないほうがいいよって、オレ前に言わなかったっけ?」

またピアスを鳴らしながら、地面にへたり込んでいる監督生をフロイドが見下ろした。
ちょうど逆光になっていて表情の全てを伺うことは出来ないが、右頬に着いた獣人の血痕だけは綺麗に見てとれた。思わず、ヒッと小さな悲鳴が漏れた。

「折角教えてあげたのに」

言っちゃったね。しかも、オレに。

「対価、何にしよっかぁ?」

フロイドの長い左腕のその先で、引き摺るようにして持っていた獣人は息も絶え絶えにまだ抵抗を試みている。しかし、うう、と唸る声はとうに弱い。既に興味の方向が獣人から監督生へと向かっているフロイドは、か弱い抵抗ごと獣人を裏庭の冷たい地面に放り投げて、視線のひとつすら送ることはない。
怪我ひとつない体で監督生の前にしゃがみ込み、下から覗き込むようにして目線を合わせる。左右で色の違う瞳がキラリと煌いた。

「私が、何でもって言っちゃったんで、……なんでも、します……」
「いい子。取り立てとかやってるとさぁ、往生際悪い奴多いんだよね。自分は願いを叶えてもらってるくせに」

フロイドの手がこちらに伸びてくる。
何をされるのかと肩に力を入れれば、そっと頭を撫でられただけだった。どうやら獣人から逃げ回っている間に随分と髪の毛が乱れてしまっていたらしい。何度も大きな手が往復する。時折絡まった髪を解くように指が動くのが気持ちいいからと、つい甘えるように目を閉じた。

「……忠告したばっかなのに」

小さな、少しだけ掠れた声が聞こえた。次いで、唇に柔らかい何かが当たった。
ふに、と柔らかな感触に目を開ける。

「小エビちゃん」

今にもお互いの睫毛が触れそうな距離だ。文字通り目と鼻の先。そこにフロイドの整った顔がある。悲鳴を上げる余裕すらなく、かぱりと口を開けるだけ。
監督生が分かりやすく動揺して、目を白黒させていれば笑顔になった。

「何でもしますなんて言っちゃダメだよって教えてあげたのに学習しないし、気が立ってるオレの前で隙を見せるし。……だから、もう優しくしてあげない」

自業自得だよ、と言われてキスされたばかりの唇をキュっと結ぶ。あぁきっと一発くらいは殴られてしまうのだろうと覚悟をした。
いや、一発で済めばいいほうかもしれない。
確かに、フロイドは飽き性だなんてことを忘れてしまうほどに気をかけてくれていた。助けてほしい時にふらりと現れて、ひっそりと泣いていれば美味しいご飯をご馳走してくれた。この世界のルールやしきたりを、空気が分かっていない自分が面白いからと沢山教えてくれた。
面倒でしょうに、もう放っておいていいですよ、と苦く笑ったのはいつだったか。
けれどフロイドは、

『小エビちゃんは見てておもしれぇから、もう少し構ってあげる』

 そう言ってきかなかった。
笑いながら、ふざけながら、時に怒りながら。懇々と教え込まれたのは言葉の重みである。
何でもします、お任せします、ご自由にどうぞ、あなたの好きなようにしてください。そんな言葉はカモにされてしまうだけなのだと、特に弱っちい人間のメスが口にするなと何度も言われた。
そして、約束をするように自分は頷いていたのに、いとも簡単に口にしてしまったのだ。フロイド相手だったとは言え、言い訳が出来ないほどにこちらの落ち度である。
呆れられ、見放され。気が立っているからと最後にいいようにサンドバッグにされても文句は言えない。
それでも。

「……ごめんなさい」

口が回る間に謝っておきたかった。
しかし、フロイドは非情にも「謝ってもムダ」と間延びした声で言って、もう一度軽いキスをした。やたらと可愛らしい音がして、現状とのギャップに落ち着かない。

「謝っても許してやんない。見逃してもあげない。オレにちゃんと対価払ってね」

小エビちゃん、と呼ばれて腕を掴まれた。

「助けてあげた対価。――……そうだ。オレと交尾しよっかぁ」

抵抗もなし。拒否もなし。散々忠告してあげたのに、まだ「何でもします」なんて言っちゃう悪い子には、体に教え込んであげる。

「それに、折角オレが色々教えてあげてるのによく知らねぇ奴にペロッと食われんのもヤだし。はい、決まり〜!」

目の前に提示された対価に、監督生はピシリと固まった。

――……今、フロイドは何と言った?

息も瞬きも忘れて、フロイドの口から吐き出される言葉の海に沈んでいく。

「小エビちゃんが悪いんだよ」

優しく笑っていたオリーブの瞳の色が濃くなった。それは、モストロ・ラウンジで暴れた客を相手にしている時のような、冷たい色。あ、とようやっと吐き出した声は震えていた。その反応にフロイドの左の口角が持ち上がる。眦が眇められて、いっそう悪い顔になる。

「そんなに嫌だったぁ? もしかしてハジメテ? でも残念。オレに食われちゃうんだよ」

掴まれた腕の骨が軋みそうなほどにフロイドの手に力が入っている。けれど、監督生が逃げることはない。真似をするように空いた手でフロイドの右腕へと手を伸ばした。
細いように見えて、しかし自分の小さな手では到底掴み切れないほどに逞しい、そこ。
ふと思い出したのは本来の彼の姿。人間の時とはまた違う肌質の、人魚の腕。

(この腕に、あの腕に……)

言葉の先を想像する。
たったそれだけで、じわりと腹の底が熱くなる。次いで、腰のあたりが粟立って一気にドクドクと心臓が過剰に稼働し始める。
ほう、と熱の篭った息を吐いた。

「…………小エビ、ちゃん?」

思っていた反応と違ったのだろう。フロイドの声色が普段に近いものになる。監督生は、訝しむようなフロイドのことは気にも留めず、熱い吐息とともに名前を呼んだ。
そして。

「い、いいんですか……ッ!?」

自分でも呆れてしまうほどに姿勢が前のめりになる。反射的に後ろに体を引いたフロイドを追いかけるようにして、私のこと抱いてくれるんですか、と聞く。

「前から興味があって……! でも好きな人なんてなかなか出来ないし、彼氏なんてもっと無理だし、タイミングもきっかけもなくて、異世界にまで飛ばされちゃって、」

だから。

「私、フロイド先輩とセックスしたいです……!」

どうかお願いします、と目を輝かせて、頬を紅潮させた。
危ない罠に自ら引っ掛かりに行ってお願いすれば、きっちり十秒固まったフロイドが「ハァア!?」と今日一番大きな声で叫んだ。


▼ ▽ ▼


気分屋のフロイドに、教示や忠告だけではなく、説教までされる日が来るとは思わなかった。
いつものように間延びしていて、しかしどこか切羽詰まっているように時々裏返る声で散々「メスが気安くそんなこと言っちゃダメ!」と叱られてしまった。どうにも自分は「言葉の重み」というやつを忘れやすい。育ってきた環境が違うからだろうか。更に言えば、フロイドの言葉は乱暴でも間違っていないから言い返すことが出来なくて困る。
でも、この好奇心だけはフロイドに負けるわけにはいかないのだ。

「あぁもう小エビちゃんの世界ってどうなってんの、マジで」
「私だって自分の世界ならこんなこと言いませんよ。絶対にヤバいやつですもん。それくらいは分かってますって。でもほら、よく言うじゃないですか、旅の恥は掻き捨てって」
「知らねーし、そんな言葉」

ハァ、と乱雑に頭を掻いてフロイドは不機嫌そうに眉を寄せている、――のだけれど。

「先輩」
「なに」
「お説教する割にはヤる気なんですね」
「…………絞められたい?」
「優しくなら、可」

どうぞ、とオンボロ寮のベッドの上で、据え膳の如く両手を広げてみたけれど、返ってきたのは舌打ちのみ。代わりに、苦々しい言葉が尖った歯の隙間から押し出される。

「だって、オレが断ったら他のオスのとこ行くんでしょ」
「言いましたけど、……でも別に今すぐにってわけじゃないですよ?」
「……でも行くんでしょ、いつか」
「機会があれば」
「……」

ぐ、とまたフロイドが押し黙ってしまった。

(――……そんな風に言われちゃったら、)

行った先で何かに巻き込まれたらと、心配してくれてるのかと思ってしまうじゃないか。
脅すようにセックスしようかと言ってきたくせに、こちらが乗り気になればお説教してきて、他の男の存在が垣間見えると心配してくれる。二メートル近い身長の、しかも年上の男に使う言葉じゃないかもしれないが、可愛いなぁと思ってしまった。
いつだってフロイドは、ナイトレイブンカレッジでそんなことを言えばどんな目に遭うか分かっているのかと、そこを一番に怒っていた。淑女としての恥じらいや嗜みは別にどうでもいいらしい。ただ、色んな種族が入り混じる、年頃のオスばかりが集まった場所で言うべきことではないと、そればかりだ。

(やっぱり、やさしい)

いつだって分かりづらいけれど、それでも優しいのだ、この男は。
そんなに不機嫌そうな顔をして、葛藤するように僅かに距離を取って。絞めると言いながらも触ろうとしないのならば突き放してくれてもいいのに。
でも、どこかで飽きて欲しくないと思っている自分もいる。変な話だ。

(もしかしたら、だけど。……先輩、私のこと襲うつもりなんてなかったんだろうなぁ)

一定の距離を保ったままのベッドの上で、こちらからフロイドに近寄っていく。猫のように体を動かして、胡坐をかいている彼の太腿にそっと右手を置いた。

「あの、……ぎゅってしてみてもいいですか」

イエスともノーとも返事は返って来ない。
監督生が、だめですか、とフロイドの顔を覗き込めば、肺腑が空になりそうなほどに溜め息を吐かれて、それから「……いいよ」と言ってもらえた。

「ありがとうございます」

許可を得てしまえばこっちのものだ。
いっそう距離を詰めて、場所を作ってくれた懐に入り込む。想像以上に大きな背中へと手を回す。フロイドはほんのちょっとだけ躊躇して、それから抱き締め返してくれた。廊下や教室などで絞められる感覚とはまた違う。ずっと憧れていた異性とのハグ。

「わ、うわ、すごい」

興奮気味に声を出せば耳元に小さな笑い声。きっと普段の距離じゃ聞こえない。この、ハグをしている距離だからこそ聞こえる声。

(先輩って笑う時、そんな声出してるんだ……)

なんだか耳の奥がくすぐったくて肩を竦めた。

「これくらいだったら痛くねぇの?」
「? はい、ちょうどいい感じです」
「ふうん」

やっぱり弱っちい体してんね、と言われて加減してくれているのだと気付いた。なんだかきゅうっと心臓が縮こまったものだから、隠れるようにもっと強くハグをする。
お互いの胸がぺったりとくっついて、監督生のしなった背中にはフロイドの大きな手。彼の肩口にお邪魔している鼻先にはターコイズブルーの毛先が突いてくる。反対側では、大振りのピアスが鳴って、息をすればフロイドの匂いで埋め尽くされていく。

(ハグって、すごい……っ)

恋人というのはこんなものを日常的にしているのかと、いっそ尊敬してしまう。特別な感情を持っていないフロイド相手でも、心も頭もいっぱいいっぱいになってしまうと言うのに。これが好きな人だったら、と考えるだけでキャパオーバー。倒れてしまいそう。
そんなことを考えていれば、じっとしていたフロイドが動いた。
そして。

「――……ンッ」

ちゅう、と可愛らしいキス。

「小エビちゃん、キスは初めてだった?」
「はい」
「オレがさっきしたのが一回目?」
「そうですよ」

ふうん、と。今度はちょっと機嫌が良さそうだった。 

「ギュッてすんのは?」
「それも初めてです。……あ、女の子とならしたことありますけど」
「なにそれ、ツガイだったの?」
「あぁいえ、友達とふざけてたり、喜びを分かち合う感じで、たまに」
「あっそ。じゃあそれノーカンね」
「はぁ……」

別に元々カウントはしてないけれど、と考えていればまたキスをされた。
今度は少し長い。啄むように下唇を食べられて、それからふにふにと感触を楽しんでいる。時々、彼がよく食べているペパーミントキャンディーの香りがして、あぁ本当にフロイドとキスしているのだと実感した。

「ん、んむ、んんっ」
「あはっ、小エビちゃん声色気ないねぇ」
「だっ、て、初めてで、どうしていいか」

縋るように制服の上から腕を掴めば、その腕が体に絡みついてくる。そうかと思えば後ろへとゆっくり倒されて、あっと言う間にフロイドに圧し掛かられる。
思わず、うわっと色気のない声が出たが構っていられない。
これは、この状況は。

「おっ、おし、押し倒されてる……ッ!」

ぶわっと体も顔も熱くなった。

「えっ、うわ、うわっ」

ちゃんと、しっかりと、押し倒されている。フロイドに。
背中にはちゃんとベッドの柔らかい感触があって、フロイドの顔の向こうには天井しかない。いや、実のところ天井だってほとんど見えていない。視界いっぱいにフロイドだけがいる。見渡す限り、彼が持っている色彩で埋め尽くされる。

「わっ、わわっ、うわっ」
「興奮し過ぎ〜」
「だって、だって……!」

黒に近い、色の濃い髪の毛の一房が頬に落ちてきた。顔に当たる感覚がいっそう現実なのだと教えてくれる。
夢にまで見たシチュエーション。何度も憧れたこの体勢。感無量とはきっとこのことだろう。それほどまでに監督生の気持ちは昂っていた。
口元に手を当てて感動している監督生を余所に、フロイドは上半身を起こす。

「今からもっと凄いことすんのに。もうそんなに興奮しちゃって、この先ちゃんとヤれんの?」

言いながらブレザーを脱ぎ捨てた。碌にボタンを締めていないベストも剥ぎ取って、それからピアスを外す。そのタイミングで監督生を見下ろしながら悪い顔で笑ったのは、絶対にわざとだ。おかげさまでバイタルは急上昇。はくはく、と息をするのでやっと。

「なんか、もう色々考えんの飽きたわ。小エビちゃんのハジメテをオレが貰えんなら、それでいいや」

だからさ。

「二人で楽しもっかぁ」

見せつけるようにボタンが外されて、フロイドの裸体が露わになっていく。
制服の上から出は分からない、しっかりとついた筋肉。エラの名残のような筋。臍のない下腹部。人魚の姿の上半身は見たことがあるが、人間の姿のそれは初めて見た。
なんだか知らない人のように見えて、けれど変わらず小エビちゃんと呼んでくれるから、思わず手が伸びた。

「さわり、たいです……」
「いいよぉ。その代りオレも触っていい?」
「はい、もちろん。私なんかでよければ」

ペタペタと色気のない触り方で右の前腕に触れる。
フロイドの左手は器用にこちらの制服を脱がせていく。あっという間にボタンというボタンは全て外されてしまった。監督生は脱ぐ手伝いとして、それから自分の欲望を満たすために体を起こした。

「いい子だね、小エビちゃん」

片方ずつ腕を抜かれて、残ったのは下着だけ。お互い上半身は露出が多い状態でもう一度ハグをした。さっきよりも、眩暈がしそうな程にフロイドを感じてしまって逃げたくなる。

「もっとギュッてして」

フロイドの声は底がないほどに機嫌が良い。セックスを前にしても気分屋は変わらないんだなぁとちょっとした発見をしつつ、要望通りに強めのハグ。
すると、背後に回っていたフロイドの指が簡単に下着のホックを外した。

「あっ」

ホックが外れたことで一気に解放感に襲われて、はらりと落ちていく肩紐を掴まえようとしたが、再びフロイドに押し倒されて叶わなかった。

「これ、邪魔」

するり、と下着が引き抜かれてベッドの外へと放られた。
セックスをしてみたい、興味がある、とは言ったものの流石に恥じらいはある。だから、そこを手と腕で隠したのだがフロイドが許してくれるわけがない。

「もっといい子になってよ、小エビちゃん」

全部オレだけに見せてくれるよね?
初めて聞いた、熱の篭ったオスの声でそんなことを言われてしまったら、監督生は小さく頷きながら全てを曝け出すしかなかった。


▼ ▽ ▼


ようやっと片付けが落ち着いたベッドに腰を掛けて、フロイドはぐっすりと眠っている監督生の寝顔を覗き込んだ。すぴー、と音がしそうなほどに寝が深い。
それもそうだろう。初めての経験を積んだ上に、終始大興奮だったのだ。興奮具合は、それはもう遠足前の稚魚並みである。疲れきっているに違いない。

(でも最後まで入んなかったなぁ)

邪魔そうな前髪を払って、涙の跡が残っている眦を撫でた。赤くならなければいいなと思う。
きっと、初めてのセックスは成功か失敗かで言えば失敗だろう。単純に、監督生の体に対してフロイドのものが大きすぎた。あんなにセックスに対して意欲的だったとは言え、痛みには勝てなかったのだ。
結局半分も入らないところでお互いギブアップ。しかし、火が点いてしまった若い欲望が消えるわけはなく、フロイドはきつく閉じた監督生の太腿にペニスを滑り込ませて欲を発散させた。イけるかどうか分からない、と少しばかりの不安を残しながらやった行為ではあったが、滑らかな太腿の感触と、亀頭やカリ首で押し潰したクリトリスのぷりぷりとした感触はとても良かった。

(小エビちゃんイヤになったかな)

集中的にクリトリスを弄られて達し、気絶するように眠ってしまった彼女に、聞けるタイミングはなかった。

(…………どうしよ)

フロイドは、勉強や実技、部活や素行で人の目を気にすることなどない。
自分が面白いと思ったことがしたいし、面白くないことはしたくない。気分が乗れば集中して好成績が叩き出せるけれど、それだって気分が乗らなければ一気に最下位コースである。
しかし今日ばかりは、不安で仕方なかった。腹の底に錆びた鉛でも押し込まれたように息をするのが苦しくて、体が重くて堪らない。どうしよう。彼女の興味を満たせなかったから、他のオスの所に行ってしまうだろうか。今度は心臓のあたりがモヤモヤする。
この感覚は少し前にも味わった。確か監督生が他のオスに抱かれてもいいなんて言った時だ。

(それはダメに決まってんじゃん。小エビちゃんのバカ)

思わず、グル、と凶暴に喉が鳴った。
フロイドの知らないところで、知らない誰かに監督生が抱かれるなど、想像だけでも駄目だ。監督生が選んで決めた運命の番ならばまだ許せ、……ることは出来ないけれど諦めはつく。仕方ないと言って時々愚痴くらいは聞いてやれる。でも何の感情もないオスに頼みに行くのはダメだ。それだったら自分が抱いてやる。興味が満たされるまで、いつまでだって付き合ってあげてもいい。
けれど。

(クソッ、なんで入んねぇの)

いっそもっと小さければよかった。もしくは監督生の体が大きければよかった。

「小エビちゃん、ごめんね」

しゅうん、と眉を落としたフロイドは、重い腰を持ち上げてキッチンへと向かった。せめて彼女が起きた時、食欲くらいは満たしてあげたい。



初めて交尾をする人間のメスというのは、大体が痛みを伴うらしい。

「血が出るのもよくあること。とにかく痛い。……読めば読むほどセックスって苦行じゃん。なんでこんなのに興味持ってんの。いやオレも深く知らずに挑んだのは悪かったけどさぁ」

夜中か早朝の変な時間に監督生が起きてくるだろうと思っていたフロイドは、オクタヴィネル寮に帰ることなくずっと談話室で一人待っていた。
モストロ・ラウンジを当日欠勤してしまったせいでアズールからとんでもない量の着信があったが、――電話に出るのは、この問題が解決してからにしよう。
兎にも角にも、片っ端から人間のメスの体について調べ、起きてきた監督生に挨拶するより前に自分が見聞きした情報の正確性を確認して、ようやっとフロイドは肩の力が抜けた。

「最初は失敗することも珍しくないそうですよ。元の世界の友達から何度も聞きました。しかも私とフロイド先輩じゃあ体格差があり過ぎますからね」

いただきます、とテーブルに並べられた夜食になる予定だった朝食に監督生が手を伸ばす。
あり合わせの食材で昨夜作ったポトフと、追加で焼いたフレンチトーストはあっという間に監督生の胃の中へと収まっていく。

「じゃあ小エビちゃん、オレが失敗してもイヤになんないの?」
「? 失敗は成功の元と言いますし?」

そもそも漫画やドラマの情報を鵜呑みにしてないんで。

「それに私は気持ち良かったですし、楽しかったです」

なんて、あっさりと言い放ってフレンチトーストの最後の一口を頬張った。
フロイドは、テーブルにその大きな体を沈み込ませて大きく息を吐く。

「もしかして、全部入らなかったこと気にしてくれてました?」
「気にするに決まってんじゃん」
「えー、先輩って可愛いんですね」
「調子に乗ってる小エビは絞める」
「だから、優しくしてくれるならいいですよ」

ふふん、と悪戯に笑って両手を広げるものだから、フロイドは拗ねた顔のままで席を立ち、監督生を持ち上げた。空いた椅子には自分が座り、太腿の上に監督生を乗せた。
真正面から抱き締めて、小さな肩口に顔を埋める。
――まだシャワーを浴びていないからだろうか。自分の匂いが染みついている気がして、監督生の夜の顔を思い出しては下腹部がズクリと疼く。

「小エビちゃんさぁ、」
「はい」
「……まだエッチに興味あんの?」
「どうでしょう。昨日それなりに経験したんで、あぁこんな感じかぁって納得はしました」
「そっか」

確かに、声から昨日ほどの興味は感じ取れない。
中途半端だったとは言え、きちんとハジメテは奪われているし、感覚も感触も、なにもかも経験したのだ。
むう、とフロイドは唇を尖らせる。

「なんか小エビちゃんだけスッキリしてんの、ずりぃ」

 オレは全部入んなかったのに。

「狡いって言われても……」

あはは、と苦笑いを零した監督生の唇に噛み付くようにキスをした。昨日よりも甘い味がして、美味しかったので舌を差し込む。監督生は少しだけ驚いて身を固くしていたが、すぐに身を委ねてきた。うっすらと目を開けて顔を見れば、気持ち良さそうに顔を緩めている。
気が済むまで口腔内を堪能して唇を離した。ほう、と熱い息を吐いた監督生が寄りかかってくるので長い腕で逃がさないようにきっちりと捕らえる。
それから。

「今度はオレに付き合ってよ、小エビちゃん」

わざと声のトーンを落としてやる。これが好きなのだとフロイドは昨夜知った。

「ねぇ、だめ?」

目論見通り腕の中の監督生が僅かに震えて、艶めいた声を漏らした。今度は小振りの耳を舐めて、直接声を注ぎ込んでやる。

「小エビちゃんと、もう一回エッチしたい。今度は、ちゃんと最後までシよ」

次いで、薄い部屋着に纏われた背中から尻にかけて撫でてやれば、あっと言う間に陥落。監督生は、先輩には私の興味に付き合ってもらったんで、と言って何度も頷いた。

(小エビちゃんに危機感を持ってもらいたかったから言い出しただけだし、対価とかどうでもいいんだけど……ま、いっかぁ)

今は自分に都合が良ければそれでいい。
フロイドは適当に「小エビちゃん優しいねぇ」と甘えた声を出して、彼女の頬に自分の頬を寄せた。むにむにと柔らかい肌を楽しむ。

「次はさぁ、オレもっと頑張るから、小エビちゃんも頑張ろうね」

忘れないうちにやりたいねぇと言えば、監督生のほうから日時の提案をされて、フロイドは上機嫌でキスをした。


2


学年が違っても、監督生たちと擦れ違うことはよくある。オンボロ寮で手を振って別れた二人がそれぞれ学校に向かっても、約束なんてしなくても廊下や移動教室で姿を見かける。

「あー、小エビちゃんだぁ」

どうやら、監督生たちは飛行術の授業に向かうらしい。
運動服に身を包んだ監督生と、それに加えて箒を持っているエースとデュースはバルカスの真似をしながら楽しそうに歩いている。
それをフロイドは二階廊下の窓から眺めていた。

「……」

 いつもと同じ顔で笑っている監督生を見下ろして、しかし脳裏に蘇るのは昨日の情事。
溌溂とした少女の顔ではなく、恥ずかしそうに無垢な体をこちらに差し出して頬を赤らめている女としての顔をフロイドだけが知っている。
運動着の下に隠された胸の膨らみや、柔らかさ。存外ふっくらとした太腿に堪らず付けてしまった小さなキスマーク。一糸纏わぬ姿にならなければ見つけられない黒子の位置。ワントーン高くなる嬌声。
その全てをフロイドは知っていて、フロイド以外は誰も知らない。

「……あはっ」

すっかり小さくなった監督生の姿をいつまでも眺めて、笑う。
何とも言えず気分がいい。心臓のその奥、多分ココロという場所が満たされている。こんな充実感は生まれて初めて。
これはジェイドやアズールとでは味わえないのだと本能的に悟る。
あの二人と遊んでいる時も充実感は勿論あるのだけれど、少し形が違う気がする。刺々しい部分がない。丸くて柔らかくて、つるりとした形。それがとてもぴったりとココロに嵌るのだ。

「やっぱりオレが貰ってよかったぁ」

他の誰かに奪われていたかもしれないと思うだけで、満たされていた心が荒みそうだ。
大きな窓枠に身体を預けて昨夜の思い出に浸っていれば、音もなく隣に立つのは片割れ。

「今日は随分と機嫌がいいですね、フロイド」
「うん。さっきイシダイ先生にもすげー褒められたぁ」
「ふふ。昨日帰って来なかったことと何か関係があるのでしょうか」
「えー、へへへ、まだ内緒〜」

頬を緩ませているフロイドに、ジェイドは意地悪く目を煌かせて眉を寄せた。
持ち上がった口角を隠すように口元に手を添えて、

「そう言えば昨日、グリムくんとハーツラビュル寮のお二人がモストロ・ラウンジに来てましたよ。監督生さんと連絡がつかないからここに来てないかと言って」

全てを知っている顔をしている。

「あ、ジェイドもしかしてあの鏡使った?」
「はい」

すぐに思い当たった鏡の存在に、フロイドは唇を尖らせた。
あれは、監督生からオンボロ寮を奪った時のこと。モストロ・ラウンジやオクタヴィネル寮から行き来がしやすいようにと、監督生には内緒で一か所だけ鏡を通じさせた。オンボロ寮の所有権が監督生に戻ったところでアズールに壊しておくよう命じられたのだが、――ついうっかり今日まで壊すことを忘れてしまっていた。誰も使っていない、蜘蛛の巣と埃だらけの空き部屋の鏡は今も通じたままだ。

「もしかして小エビちゃんの部屋覗いた……?」
「あぁやっぱり監督生さんのお部屋にいらしたんですね。二人分の匂いがしたのでそうかなと思い、適当に誤魔化しておきました」
「よかった。ありがと、ジェイド」
「いえ。対価はきっちりといただきますのでご心配なく」
「なにが欲しいわけ?」
「今日の賄い、キノコを使ったパスタが食べたいです。僕の気が済むまで」
「えー…………、でも、うん、まぁいいよぉ」

ジェイドのおかげで誰にも邪魔されることなく夜を過ごせたのだからまぁいい。ただ、この男の気が済むまでパスタを作り続けるのは至難の業なので、早い段階から賄いの仕込みをしなければ。
フロイドが簡単に了承するとは思っていなかったのだろう。言った本人であるジェイドが目を丸くしている。

「本当に、機嫌が良いみたいですね」
「うん。今ならなんでも出来るよ」

頭上で鳴り響くチャイムに、フロイドは窓から離れた。次は眠くて怠いトレインの授業だけど、今日だけは少しくらい真面目に受けてもいい。

「あ、そーだ。来週末さぁ、オレ小エビちゃんのとこで泊るから」
「はい。外泊届、忘れないようにしてくださいよ」
「忘れそうだからジェイドに言ってんの」

じゃあね、とフロイドはひらりと手を振って自分の教室へと向かう。
その背中を見送ったジェイドは、

「フロイドが、監督生さんとお付き合いすることになるとは。恋愛には興味なさそうに思えましたが、……これは面白いことになりましたね」

小さく呟いて、もう一度口角を上げた。
恋に溺れる人魚をこんなにも近くで拝むことが出来るなんて。揶揄するように鼻を鳴らして、しかしその反面、来週末のシフトくらい無償で代わってあげてもいいかなと考えているくらいには浮かれている。山登りは別の機会にするとしよう。

「――…ふふ」

片割れに番ができるのは、想像以上に幸せなことだった。
フロイドに負けず劣らず上機嫌なジェイドの鼻歌は静かに教室内に流れ、隣の席に座っていたリドルが生まれて初めて授業中に眠ってしまったらしい。


▼ ▽ ▼


「――そうだ、聞いてよ小エビちゃん。ジェイドがさぁ、オレと小エビちゃんが番になったとか思ってんの」

あ、安心してよ。ちゃんと否定しておいたから。

「その話、今します?」
「ウン。だって今思い出したもん。なんで?」
「いや、……えー? 私が間違えてる?」
「小エビちゃん、ひとりで何ブツブツ言ってんの」
「ええぇ」

困ったように眉を落としている監督生は、人魚とのギャップかなぁ、と呟いている。何をどう考えてギャップの話になったのかはフロイドの知るところではない。
それより、さっさと手を動かして欲しかった。何せ、監督生が顔を寄せている股座はとうに膨らんでいて、痛いくらいなのだ。

「なに? 怒ってんの?」
「怒ってはないですよ。ただ、さぁセックスしましょうって時にそういう話題はタブーだって話です」
「じゃあもう小エビちゃんはオレの舐めてくんねぇの?」
「それとこれとは話が別です」
「別なんだぁ。興味薄れたみたいなこと言ってたくせにぃ」

言葉通り監督生の中では本当に別のようで、スラックスを押し上げているそこをするりと撫でてきた。衣服の上からというもどかしい刺激に、渇いた唇を舐めた。

「なんで今オレがした話しはしちゃいけねぇの?」
「まぁムードが壊れるというか、……ほら、例えば私がフロイド先輩のことが好きで、ひっそりと片想いしてるのに、ジェイド先輩に番じゃないって言っておいたとか言われたら傷付くじゃないですか。ヤる気もなくします」
「小エビちゃんってオレに片想いしてんの?」
「全然」
「なぁんだ。じゃあいいじゃん。ねぇ、はやく〜」

相変わらずするすると撫でられるだけで焦れったい。もうこの話はお終いにしようと、フロイドは子どものように体を揺する。腰を下ろしていた古いベッドはギイギイと悲鳴を上げて、監督生は慌ててベルトに手を掛けた。

「ちょっと! ベッド壊れたら弁償してくださいよ!?」
「いいよ。どうせならもっと大きいベッドにしよ? マットもフカフカで一日中寝られるやつ」
「えっ、先輩ここに居座る気ですか?」
「オレのお金で買うんだから、昼寝くらいしたっていいじゃん」
「一日中って言いませんでした?」
「ンー?」

カチャカチャと音がしたと思えば、ベルトはご丁寧にも引き抜かれていく。
そうして、ようやっと窮屈な場所から解放されたペニスが顔を出した。二度目のセックスを何度も想像していたせいか、すっかり勃起してしまっていて、ほんの少しだけ居心地が悪い。
けれど、勃起したペニスを見た監督生が、クル、と小さく喉を鳴らしたので、フロイドは満足気に笑う。

「好きに触っていーよぉ。あ、でも、痛いのはイヤだから」
「が、がんばります……」

まずは、小さな手で血管が浮き出た幹の部分を触る。自分のものではない体温に、ビクリとペニスが跳ねただけで監督生は目を輝かせていた。

「まだ痛くないですか?」
「うん。つうか、そこまで軟じゃねぇからもっとちゃんとやって」

発破をかけてやれば手に力が籠った。しっかりと握って、拙いけれど上下に動かし始めた。

「そうやってやるって、何かで見た?」
「見、ました」
「小エビちゃんのえっち。でもそれじゃあ全然気持ち良くねぇから、こっちの先っぽも触って、……そう、ヌルヌルしてんの気持ち悪くない?」
「は、はい……っ」
「そっかぁ。じゃあさ、先っぽのほうだけ扱いてよ」

セックスの空気が部屋を満たせば、監督生は素直になる。
フロイドに言われるがまま、監督生はカウパーに濡れた手で先端を重点的に扱く。
次第に、クチュリと軽い水音が聞こえ始めた。当然、監督生の耳にも届いているのだろう。手の平の温度が三度ほど上がった気がする。

「もっと強く握っても大丈夫。……うん、力加減が上手になったねぇ、えらいえらい」

自分でも大きいほうだと自覚しているペニスは、小さい手に包まれると余計に大きく見えた。ちょっとした凶器と思われても仕方がない。けれど、監督生の目は未だ輝いていて興味津々。少量のカウパーを吐き出し続ける鈴口や、体液で濡れている亀頭から目を離すことはない。

「見てて面白い?」
「じっくり見る機会なんてなかったんで楽しいです」
「それさぁ、他の人に言っちゃだめだよ」
「分かってますって。フロイド先輩以外にはちゃんと隠してますもん」

本当かよ、とフロイドは苦く笑って、そろそろ舐めてみるかと聞いた。監督生の要望はフェラのほうだったから。
フロイドの提案に監督生は何度か頷いて。それから、そろそろと顔を寄せていく。薄く瞼を閉じて、亀頭に軽くキスをする。離れたと思えば赤い舌を出して、幹の真ん中あたりから先端まで一舐め。たらりと垂れていたカウパーが舌先に掬われる。

「……思ったより、不味くないです」
「オレさぁ、さっきの発言より今の小エビちゃんの発言の方が問題あると思うよ」
「褒め言葉なのに?」
「思ったより不味くないは褒め言葉じゃねぇし」
「ええぇ」

わざとらしく驚いた顔をしている監督生の髪の毛をぐしゃぐしゃに混ぜて、いいからもっと舐めてと促した。嫌なら断るだろうと思ったが、思ったより不味くないペニスはもう少し舐めてもいいと判断したのだろう。さっきよりもしっかりと舌を出して舐めていく。

「小エビちゃん、こっち、ウラのとこ、……うん、そこ」
「ここ、すきですか?」
「うん、きもちいい。あとね、下のとこは手で扱いてて」
「ん、あい」

教えれば、言われた通りに動いてくれる。それが何とも言えず嬉しくて、楽しくて。とうとう、咥えてよ、と言ってから監督生の口腔内にペニスを侵入させた。監督生は手だけでなく口の中まで小さい。キスしたときにも思ったのだが、フェラをしてもらえばもっと顕著になる。

「もうちょっと口開く?」
「ん、んん、む」

最初よりもしっかりと勃起してしまっているペニスの亀頭と、その下もう少し。そこが限界だった。半分も入っていない気がする。口の開きが甘いから歯が僅かに当たっているし、初めて監督生が苦しそうな顔をしている。
それでも。

「小エビちゃんの口の中、熱くて気持ちいいねぇ」

その、初めてだという証拠の数々が、どうしようもなくフロイドを高揚させた。だらしなく、眦が蕩けている自覚がある。もっともっと、と強請って頭を押さえつけてしまいそうになるのは、奥歯を食いしばることで我慢した。

「そのまま舐められる? 無理なら顔離していいよ」
「んん」

折角こちらが譲歩しているというのに、監督生はやんわりと首を振って口腔内で引っ込んでいた舌を這わせてくる。さっきよりも拙い。それでも、溢れているカウパーは必死で飲み下す。

「あー……」

腹の奥底で燻るだけだった性欲が、きっちりとした輪郭を持っていく。
強めに先端を吸われると、今日一番気持ち良かった。ゾクリと背中や腰を震わせながら素直に言えば、監督生は喜ぶ。

「小エビちゃん」
「んん?」
「オレ、このままイッてもいいの? それともエッチする?」

まぁこのまま口でイくには時間がかかるだろうけれど。
ペニスから一旦口を離したくせに、名残惜しそうにペロペロと舐めている監督生は唸る。

「そんな悩むんだ」
「ん、あの、その、……アレを飲んでみたいな、なんて」
「アレ? あぁ、精液?」

本当に、何がきっかけでこんなにも性行為に興味を持ったのだろうか。フロイドとしてはそちらのほうが気になる。

「飲みたいだけなら、イくときに顔にかけてあげよっか?」
「えっ」

顔射の提案に、そんなに顔を明るくさせないでほしい。
なんだか随分と手間がかかる妹が出来た気分だ。何から何まで興味津々で、何歳になっても好奇心旺盛で、ちょっと目を離すとすぐに悪い人に捕まってしまいそう。オニイチャンは気が気じゃない。

「じゃあ小エビちゃんもベッドに上がってきなよ。今度は痛くないように、ちゃんと入るようにすげー丁寧に慣らしてあげる」
「はい、お願いします」

頷きながら、監督生は最後にフロイドのペニスの先端にキスをする。ちゅう、という可愛らしい音になんだか照れた。愛撫とはまた違う、慈しまれているようなキス。

「……オレが酷いことするとか思わないの」

軽い監督生の体に手を伸ばし、両脇に手を差し込んだ。腹筋も背筋を使って持ち上げて、さっさと服を脱がせて、自分もピアスを外した。

「するんですか? ひどいこと」
「するかもしんないよ。か弱い小エビなんてビービー泣いちゃうかも〜」

なんてったって、こちとら海のギャングである。
けれど。

「あははっ」

監督生は本当に面白そうに笑って、体を起こしたと思ったら自ら下着のホックを外した。はらりと落ちていく布切れはもう何の役にも立たない。

「あのね、フロイド先輩」

私、先輩が優しいことくらい、とっくの昔に知ってるんです。

「だから、ね? よろしくお願いしますね」

なんだか言い負かされた気分になって、フロイドは舌打ちをひとつ落としてから、監督生の胸元に齧り付いた。



とろとろに蕩けた密壺は痛いくらいの締め付けを残したまま、しかしフロイドを拒絶することはなかった。

「――ッ、ひ、ア……!」

傷みを堪えるような嬌声も、一度目と比べてかなり穏やか。あの時は顔色が悪いどころか真っ白で、早々にフロイドが腰を引いてしまったのだけれど、今回はどうにかなりそうだ。

「っ、小エビちゃん、もうちょっと、」

委ねてくれている太腿はしっかりと押さえて、大丈夫ですと頷く彼女のためにもじんわりと奥まで入り込んでいく。そうして、とうとう根元付近まで収めることが出来た。フーッと獰猛な息を歯の隙間から押し出して、フロイドは一旦体を起こす。

「よくがんばったねぇ」

邪魔な髪の毛を全部掻き上げて、彼女の涙を拭って、それから小さな下腹部を撫でた。
小さな腹の中に自分がいる。入り込んでいる。許されている。他の誰でもない、自分が。

(…………きもちいい)

性欲とも快楽とも違う何かが背中を駆け上がって、ふるりと身を震わせた。

「こえびちゃん、えらいねぇ」

しっとりと汗をかいた肌を辿って、監督生の頬に触れる。こちらの言葉に応じる余裕などなく、はひはひと慌ただしい息をしている唇を撫でた。そこは少しだけ乾燥していて、舐めてやりたいなぁと頭の隅で考える。

「いたい?」
「この、前、より、ましです……っ……」

新しい涙が引っ掛かった眦を指先で擽った。ぴくりと肩を跳ねさせたのが、どうしようもなく可愛く思えて無意識の内に口角を持ち上げていた。

「もう少しこのままジッとしてよっかぁ。それとも、もう抜く? やだ?」
「ぬ、くの、は、やだ」
「うんうん」

今度は乱れた前髪を払って、つるりとした額に手の平を当てた。熱いくらいの体温に、人魚の低体温が心地いいらしい。監督生がゆっくりと瞼を持ち上げて、その手を掴む。

「こっちも、冷やして、せんぱい」
「ぎゅってしてあげよっか?」
「うん」

恐ろしく素直に求められて、フロイドはすぐさま上体を落としていく。背中を丸めて、出来るだけ小さな監督生に合わせてやる。窮屈だとは思わなかった。寧ろもっと触れたい。

「ん、つめたくて、きもちいい」

ちょっと前まで、ハグのひとつにだって大興奮だったくせに。今やもうすっかり慣れた様子でフロイドの背中に手を回す。
それから、耳に近い位置で監督生が笑った。

「ほら、やっぱり先輩はやさしい」
「あ?」

急に話を蒸し返されて、フロイドは監督生の顔を覗き込む。

「エッチしたいだけなら、勝手に動いちゃってもいいのに」

ちゃんと待っててくれるんですね。
嬉しいなぁ、なんて言う声はすっかり揶揄いを含んでいて。どこか余裕すらも感じられた。

「先輩、ありがとうございます。もう、好きにしていいですよ」

言って、監督生がフロイドの首筋に唇を寄せた。

「……だから、そういうこと簡単に言うなって言ってんじゃん」
「先輩にだけ言うんですよ」

まだ生意気なことを言う唇は自分のもので塞いで、それでもフロイドは理性が持つ限りゆっくりと腰を動かし始めた。

「っん、ぁ……あ、あっ……!」

ナカは、監督生の呼吸に合わせて蠢く。しとどに濡れた襞が絡みついて、一度穿つだけでも理性の半分は崩れ去ってしまった。

「せんぱ、い、……っ」

監督生の声に返事をする余裕はない。ふうふうと息を吐いて、歯を食いしばって、込み上げてくる射精感を必死で堪える。なのに、引き抜こうとすればきゅうっと締め付けてきて堪ったものじゃない。

「こえびちゃん、なか、すげーきもちいい」
「ぁ、ほ、んと……? せんぱい、ちゃんと、きもちいい?」
「うん、うん」
「は、あ、うれし、……んんっ、はあっ」

次第に粘着質な水音が大きくなっていって、滑りが良くなっていく。密壺も随分とフロイドのペニスの大きさに慣れてくれている。それから、段々と熱が篭って薄桃色に色付いていく監督生の肩や頬に安堵した。

「ふ、ぅう、あ、あっ、んっ」

慣れない内部への刺激に、きっと絶頂を迎えることは難しいだろう。AVのように、なんでもすぐに上手くいくわけじゃない。
けれど、これを何度も繰り返して、もっと慣れていけば。

(つぎは、ちゃんと、こえびちゃんも、きもちよくなれっかな)

一度目は失敗で、二度目は成功。じゃあ三度目なら?
どんな風になれるのだろうと心が浮つく。

(つぎ、また、こえびちゃんと、)

シたい。二人で。誰にも邪魔をされることなく、淫らな夜を堪能したい。
頭の中はそればかりで、夢中になって監督生の中を楽しんでいれば、これ以上我慢することが難しくなった。

「小エビちゃん、イッていい? 顔に、かけていい?」
「んっ、はい、のみたいです……っ」

言って、監督生がかぱりと大きく口を開いた。

「――ッ!」

そんなことをすると思っていなかったフロイドは、一瞬で全身の血液が沸騰した。
人間である彼女に、他意がないことくらい分かっている。求愛するほどの愛情を持っていないことくらい理解している。
けれど。

(今、それするとか、反則……ッ!)

キィンと耳鳴りがしそうなほど強烈な快感が腰から頭まで駆け上って、慌ててペニスを引き抜いた。迷うことなくベッドに横たわっている監督生の枕元へと移動する。薄いスキンを引き千切るように剥ぎ取って、生身のそれを監督生の顔へと寄せた。

「ッ、ン」

どぷり、と溢れた精液は監督生の口元や頬を汚していく。それを嫌がることなく受け入れて、更に体を起こして唇を寄せてきた。
そして。

「……ん、んん、にが、まずい…………」

うええと顔を顰めた監督生は、それでも全部飲み込んで。挙句、飲んだことを証明するようにまた口を開いて見せてくる。他意がないとはいえ、許されるわけではない。
その小さな頭を左手で掴んで、

「こ〜え〜びぃ〜」

射精とともに冷静になっていく脳で色んな事を考えながら、低い低い声を出した。

「ひえ」

両者ともに裸のまま、いい雰囲気なんて欠片もない。

「えっえっ、私なにかしました……?」
「はァい、何も分かってない小エビにお説教はいりまーす」
「えっ、ええぇ」
「三十分コースでぇす」
「あっ、長い!」

乱れたシーツを掻き集めて強制的に監督生を包んだフロイドは、その後三十分かけてウツボの求愛方法を説明した。


▼ ▽ ▼


三回目のセックスの約束はしないままだった。
言い出すタイミングは何度かあったのだけれど、言おうとすれば舌が縺れて、前回の時のように上手く言葉が出なかったのだ。それに、まぁ帰るまでに小エビちゃんに誘われるかな、とか呑気に考えていた節もあった。
しかし、とうとう誘われることはなく、スマートフォンにメッセージが来ることもなく、いつもの日常が始まってしまった。
今日も、ついさっき廊下で擦れ違ったが、挨拶して、ちょっとだけ絞めて、それでお終い。彼女は、あの夜の匂いなんて欠片も見せずに、真面目な顔で次の教室へと向かって行った。

(……や、別に、小エビちゃんに言われんの待ってるわけじゃねぇんだけど)

手っ取り早く、自分から誘えばいいだけの話である。
気持ち良かったからもう一回ヤろ、とか。退屈だからオレと遊ぼうよ、とか。頭の中ではいくらでも思い浮かんでいる。それをちょっと声に出してみればいいだけだ。きっと拒否されることはない。

(…………たぶん)

ぞわり、と何とも言い得ぬ靄が足元を這う。
その靄の名前はよく分からない。けれど、あまりいいものには思えなくて、フロイドはそれを蹴るようにして歩き出した。



二回目のセックスから、十日過ぎたあたりから監督生の視線の温度が変わった。それでも何も言われず、しかし目が合うことが多くなる。更に十日過ぎれば、視線の熱はいっそう顕著になった。同時に隣に居るジェイドは笑って、少し前を歩くアズールは咳払い。向こうにいるエースなんか、フロイドを見ては苦笑いをしている。何も知らないのは監督生だけ。
だから、フロイドは隙を見つけて鈍感な監督生を攫った。
肩に担ぐようにして監督生を抱え、長すぎる廊下を走り抜けて誰もいない教室に入り込む。オクタヴィネル寮外を流れる海にでも連れていけばもっとちゃんと二人っきりになれるのだが、そこまで走る余裕はなかったのだ。

「フロ、」
「黙ってて」

廊下よりも温度が低い教室の、冷たい机の上に監督生を座らせた。同時にマジカルペンを引っ張り出して一振り。光の粒子が舞って、防衛魔法が張り巡らせる。
それから、視線の高さが近くなった監督生と真っ直ぐに目を合わせた。

「……」
「……」

ただ目を合わせただけだったが、距離を詰めるタイミングは同じ。約三週間ぶりの監督生とのキスは、フロイドの性欲に簡単に火を点けた。

「っ、ン」

遠慮なく舌を差し込んで、随分と小さな監督生の舌を絡め取る。制服の上から胸に触れて、力を入れて柔らかさを堪能した。こんなところで、と怒られるかと思ったがそうではない。寧ろ、監督生はフロイドの首に手を回して深いキスを強請る。

「こえびちゃん」

今度は太腿を撫でる。指先で擽るように、薄っぺらなスカートの中へと侵入していく。皮膚が薄い内側はくすぐったいのだろう。分かりやすく太腿が跳ねて、しかし、足は閉じるどころか僅かに開く。
思わず、喉の奥で笑う。

「小エビちゃん、シたいの?」

唇から顔を離して、頬や耳、額にもキスをした。
太腿を触る手の平は、ゆうっくりと奥へ侵入していく。

「……先輩こそ」
「うん。オレはねぇ、シたいかも」
「かも?」

毎日、あんなに見つめてきておいて?
今度は監督生がフロイドの頬にキスを落とす。

「えー、見つめてきてたの小エビちゃんじゃん」
「先輩が見てくるから見てただけですよ」
「オレは小エビちゃんが見てくるから見てただけだし」
「素直じゃないですねぇ」
「小エビちゃんこそぉ」

生意気な態度に、フロイドは口角を上げて、長い指で下着のクロッチ部分を引っ掻くように撫でた。

「っぁ、んん……!」

たった一撫でで艶やかな声が教室に響いて、監督生の顔や首がさっと赤くなった。無意識にフロイドの喉も、グル、と凶悪に鳴いたが、これ以上は出来ないと冷静な頭が訴えてくる。
何せ、教室一帯を覆うほどの防衛魔法の匂いを嗅ぎ取ったのであろうクルーウェルの足音が近付いてきているのだ。トン、と指先で叩いてきたのは警告だろう。
フロイドは、名残惜しくも監督生の体から手を離し、子ども同士がするような可愛らしいキスをひとつ。

「今夜行ってもいーい?」
「はい、もちろん」

クルーウェルが防衛魔法を強制的に剥ぎ取る十秒前までハグをして、再び監督生を抱える。
そうして、扉が開けられたと同時に二人は教室の窓から外へと飛び出した。


3

「これなぁんだ?」
「黒い、……箱?」
「中身の話してんの」
「な、なかみ……? あるんですか? こんなに小さいのに」

手の平に置かれた真っ黒の箱は監督生の手の平よりも小さい。もっと言えばグリムの肉球よりも小さい。こんなサイズの箱に中身があるとは到底思えなかった。しかも、継ぎ目もなければ蓋もないのだ。

「あ、そっか。小エビちゃんこういうの見たことないか」

これはね、こうすんの。
フロイドがマジカルペンで箱を一度叩いた。ポンッと音を立てて箱が大きくなる。

「わっ」
「あはっ、落としちゃダメだよ〜」

あっと言う間に両手で持たなければいけないサイズまで膨らんで形状が変わる。蓋つきでベロア生地の、如何にも高級そうなもの。こうなるなら先に言ってほしかったと監督生は慌てる。中身が分からないので落とさなくて本当に良かった。

「食べ物です?」
「ちがーう。ちょっとくらいなら振っても大丈夫だから音聞いてみなよ」

言われた通りに監督生は箱を上下に振ってみる。蓋が開いてしまわないように手で押さえて。中からは、コトコトと何かが揺れるような小さな音。でもこれだけではさっぱり分からない。
うんうん唸って考えている監督生はそのままに、フロイドはさっさとジャケットを脱いでベッドの上へ。枕をベッドボードに立てかけて、それをクッション代わりに凭れている。

「分かんないならこっちにおいで」
「はぁい」

難問は放り投げて素直にフロイドの足の間に入り込むことにした。きっと、中身を見せて驚かせたいのだろうと思ったから箱は開けずに。
背中はフロイドの胸へと預けて、もう開けてもいいですかと振り返りながら見上げた。

「いいよぉ。それねぇ、小エビちゃんにあげるやつだから」
「わーい」

監督生はしっとりとした箱の手触りを楽しんでから箱を開ける。
そして。

「…………えっ」

中に入っていたものに顔を赤くした。

「えっ……?」

一旦蓋を閉じて、もう一度フロイドを見上げた。

「小エビちゃんにあげる」

語尾にハートマークが十個ほど飛んでいそうな声色で、楽しそうに嬉しそうにフロイドは言ってのけた。同時に長い足が監督生の足を捕らえる。左右に開くようにして固定され、閉じた蓋はさっさと取り上げられてベッドの外へ。

「あ、あの、せんぱい……?」

何度見たってやっぱり中身は変わらない。何処からどう見ても、可愛らしいコバルトブルーの色をしたローターである。
どこの世界でもアダルトグッズの形状は変わらないのかなんて笑えない。ドクドクと心臓は早くなっていくし、赤くなった顔は元の色に戻りそうにない。

「何回かエッチして、オレなりに色々考えたんだけどさぁ、小エビちゃんって気持ち良くなると逃げるクセがあるよね」
「に、にげる……?」
「うん。いつも体捻って、違うとこに当たるように動いてんの」
「そうなんですか……」

そんなつもりはない。というより、そんな器用なことをしている余裕はない。

「最初はオレのちんこがデカ過ぎるから痛ぇんだろうなぁ〜って思ってたけど、最近は痛そうじゃねぇし。寧ろ気持ち良さそうなのになんでナカでイかねぇんだろって」

フロイドの言う通りである。最初は痛かった。一回目など、比喩ではなく泣くほど痛かった。けれど段々と慣れてきて、最近はちゃんと気持ちいい。全くもってイけないというわけではなくて、クリトリスを弄られたり舐められたりすると簡単に絶頂を迎えるようにはなった。実はと言うと、胸だって、長時間弄られると危ない時もあるくらい。
自分でするよりフロイドにしてもらったほうが気持ちいい。そのあとで、奥の奥までフロイドのもので満たされると、頭の中は気持ちいい以外の言葉が浮かんでこないほど。

(――……でも確かに、)

想像していたような絶頂を、ナカだけの刺激で迎えたことはないかもしれない。

「……イイ顔になったねぇ、小エビちゃん」

そういう好奇心旺盛なところ、だぁいすき。

「小エビちゃんのクセはもう理解したし、あとはオレに任せてよ」

ゴクリと音を立てて生唾を飲み込めば、フロイドが声を上げて笑った。

カチ、とローターのスイッチを入れれば、微かな音とともに震え始める。一番弱いものにしているからか音は想像より随分と小さい。

「使ったことある?」
「ないです」
「オレも初めて使う」

スカートを捲り上げられて、無防備な足をローターが撫でていく。音が小さいわりにしっかりと震えていて、太腿の内側を何度も往復されるとくすぐったくて身を捩った。
もっとプラスチックの冷たい質感が強くて無機質な感じかと思ったが、きっとそれなりに値が張るものを選んでくれたのだろう。しっとりとしたマットな質感は恐怖心を和らげてくれた。

「スカートが落ちて来ないようにちゃんと持ってて」

言われるがまま、スカートを両手で握る。お願いされてしまったから手はもう動かせなくて、固定された足では逃げられない。フロイドの左手に握られているローターは段々と秘部へと近付いてくる。は、は、と知らず息が上がる。

「小エビちゃん」
「ハ、はひ……ッ!」

不意に呼ばれて、声が引っ繰り返ってしまった。自分で笑おうにも笑う余裕すら無くて、目が回りそう。

「最初から一番強いので遊ぼうとか思ってねぇから、力抜いてて」

フロイドの右手が太腿をゆったりと撫でていく。

「……そ、リラックスして、息吐いて」

無意識に固まっていた体は、のんびりとしたフロイドの声と手の平につられて柔らかくなっていく。とろりとした体にローターはすぐに馴染んだ。くすぐったかっただけの太腿が熱を孕んで、ローターが足の付け根までやってくると腰がムズムズした。

「慣れるまで下着の上からシてあげる」

だから、いい? と聞かれて頷けば、そうっと押し当てられるローター。

「っ、ひっ、あ!」

下着と、ふっくらとした媚肉の上からクリトリスへ振動が伝わる。フロイドの指とは全く違う、容赦ない強制的な刺激。直ぐに離れて、そうかと思えば戻ってくる。段々と押し当てられている時間が長くなっていく。

「あっ、あ、あぁ……っ!」
「どう? 痛くない?」

問い掛けには頷くのでやっとだ。くるりと円を描くようにローターの先端で撫でられてしまうと、頭の中が真っ白になった。

「ひ、あ、ああぁっ、んっ!」
「あはっ、すげーよさそう。足がビクビクなってんの可愛いねぇ」
「あう、ぅう、んっ、んっ!」
「いっぱい濡れてきてんの、自分でも分かる? ほら、ここ色変わってんの」
「や、待っ……っ、アァッ……!」
「クリだけじゃなくて、入り口んところグリグリされんのも好きなんだぁ。気持ちいいねぇ、小エビちゃん」
「は、はい、――っ、あ、ぁああ!」

膣口から上へと掬い上げるように動かされると、敏感なクリトリスを弾かれて余計に濡れてしまったのが分かった。

「そろそろ直接当ててみる?」

言って、しとどに濡れてしまっているクロッチの部分を強引に横にずらされた。

「あっ」

足を押さえつけているから脱がせないとはいえ、制服はそのままに、秘部だけを晒すようにずらされるのは恥ずかしい。けれど、未だ振動しているローターでねっとりとした蜜を掬われ、それごとクリトリスに押し付けられてしまっては、文句すら言えずに喘ぐばかり。

「〜〜〜あっ! んあぁっ、だめ、そこ、ビリビリする、ぅ……ッ」
「うんうん気持ちいいねぇ。小エビちゃんが濡れてんのこっからでも見えるよ」
「や、ぁ、やだやだ、せんぱ、見ないでっ」
「なんでぇ? もっと見たいから見せてよ。ほら、足閉じようとすんなって」

閉じようとしたところで叶わないのだけれど、それでも足に力が入って、腰を引いてしまう。だってこれ以上はダメ。一回離してほしい。

「だめ、だめぇ……! せんぱい、まって」

下腹部に溜まった熱が爆発しそうで、どうしようもない失態を見せてしまいそうで、いやいやと首を振って逃げようとする。

「逃げようとしてもムダ。オレさ、小エビちゃんがいっぱいイッてるとこ見たいの」
「やだやだ、せんぱい、とまってぇ……!」
「怖くない、だいじょーぶ」
「やだぁ……っ!」
「ンー、じゃあオレがちゅーしててあげる」

下着をずらしていた手が離れて顔を掴まれた。上へと向かされれば、フロイドの大きな口に食べられてしまう。口腔内を好き勝手長い舌で弄ばれて、ローターで膨れ上がったクリトリスを弾かれる。

(だめ、だめぇ……っ)

ただでさえ気持ちいいのにもっと気持ち良くなる。逃げたくても逃げられなくて、それでも監督生は言いつけ通りスカートを握りしめたまま。すっかり皺くちゃだ。
そして。

「ッ、ンン、〜〜〜っ!」

一際大きく体を跳ねさせ、嬌声を食べられながら初めてローターでの絶頂を迎えた。

「ん、ふう、ふ、う、うう、ぁ」

ガクガクと震えている足は逃がしてくれないけれど、敏感になっているクリトリスからローターは離してくれた。スイッチを切る音がしたが、まだビリビリと刺激されている気分になる。

「は、はぁ、ぅ……」

滲んだ視界にはフロイドの満足気な顔。ゴールドとオリーブの瞳は、今にも蕩けて落ちてきそう。なんだか一気に体力が削られて、力が抜けたお尻がずるずると落ちていく。体重の全てフロイドに預ける。

(これ、すごい……)

ぐっしょりと濡れてしまった下着を脱がされても、再び恥部を全て晒すように足を広げた状態で抑えつけられても抵抗する余力がない。先程までの刺激を思い出すだけで甘く達してしまいそう。

「……せ、んぱ……、わたし、」
「うん、ちゃんとローターでイけたねぇ、えらいえらい」
「な、なんか、すごかった、です……」
「ね。……でもさぁ、本題はこっからなんだけど」

忘れてない? と優しい二色の瞳に意地悪な色が混じり込む。

「今度はこっちに挿れようねぇ」

歌でも歌うかのようにご機嫌に、フロイドの指が愛液でどろどろに蕩けている膣口へ。勿論コバルトブルーのローターも一緒に、である。卵型のそれに愛液をコーティングするようにして、それから半分ほどを埋めたり出したりを繰り返す。

「挿れるよ」
「んっ」

こちらの呼吸に合わせて、つぷん、とローターが体内に入り込んできた。
フロイドの指やペニスですっかり慣らされているため、痛みはない。ただ、馴染みのない固形物に違和感は少し。こちらが熱っぽいせいか随分と冷たく思えた。

「スイッチ、入れるときは言ってくださいね……?」
「分かってるって」

くちゅくちゅとわざと音が出るようにナカを掻き混ぜられる。それだけでも十分気持ちが良くて、強請るように指を締め付けてしまうのが自分でも分かった。

「小エビちゃんのここ、すげー期待してんね」
「っ、言わ、ないでくださいよ……!」
「あはっ、顔真っ赤じゃん。照れてんの? ちゃんとスイッチ入れてあげるからねぇ」

入り込んでいるローターの位置を微調整したと思えば、宣言通りにスイッチが押された。

「っ、は、――ッア!」

ヴヴ、と体の中で低い音がして、経験したことがない快楽に腰が跳ねた。

「小エビちゃんの好きなとこいーっぱい気持ち良くしてあげる」

言うや否や、ナカに入っている指がローターを腹側へと押し付けた。

「っ、ひ、あっ、ぁああっ! あっ、あっ、んっ、うう……ッ!」
「腰も足もビクビク跳ねて、……すげー気持ちいいんでしょ、ここ」
「〜〜〜っ、あああぁっ! やだ、そこ、お、おさないで、ぐりぐりって、しないでぇ……ッ」

グリグリと一番気持ちがいい部分をダイレクトに刺激されて、無意識に腰を捩って逃げようとする。けれどフロイドの足で抑えつけられている下肢は、全く言うことを聞いてくれない。

「や、あっあっ、まって、せんぱ、や、アッ、ああぁああ――ッ!」

ちょっとでも気を抜くと粗相をしてしまいそうな、そんな危うい快感が押し寄せて言葉が上手く紡げない。溢れる涙もそのままにフロイドを見上げれば、随分と楽しそうに笑っていた。

「ここさぁ、指とかオレのちんこで触ってもイイ反応すんの。でも小エビちゃんいっつも逃げるからゆっくり触ってあげられなくて」
「ッ、そ、んな、し、知らな……! ヒッ、あ、ぁあっ」
「うんうん。無意識で自分のこと守ってたの偉いねぇ、小エビちゃん」

でも。

「オレのほうが強いから覚悟してて」

空いた右手でローターのスイッチを弄って振動を強くし、更にシャツのボタンに手を掛ける。小さなボタンなどあっという間に外されて、下着は上へとずらされる。

「アッ、あーっ! せん、ぱい、だめ、やだやだっ、もうだめ……ッ」
「ダメじゃないから、そのまま気持ち良くなって」

触れられてもいないのにすっかり勃起している乳首を摘ままれて、嫌々と首を振った。そのままカリと爪で甘く引っ搔かれて、くうん、と高い声が出た。容赦なく追い詰められていく体はとうに限界で、溢れる愛液はお尻を伝ってシーツを汚していく。

「やぁっ、せんぱ、だめ、もう、」
「うん。なぁに?」
「い、イっちゃ、なんか、漏れ、ちゃう……っ」
「いいよぉ。イきながら漏らしてんの見たい。見せて。ねぇ、小エビちゃん」

甘えるような声色で、お願い、と言われてしまったら我慢して張り詰めていた糸が切れた。いやぁ、と口だけで拒否したところで体は素直に昇りつめていく。

「っあ、あっ、あっ、だめ、でちゃ、せんぱい……ッ! ひ、あ、イッ、っあぁあ――……ッ!」

押さえ付けられているのに、それでもガクガクと腰や足を跳ねさせ、気をやってしまいそうな快楽の中で絶頂を迎えた。ナカをきゅうと締めつけているのに、それを振り払うように指とローターが引き抜かれていく。名残惜しく追いかけるように、初めて潮を吹いた。ぷしゃ、と軽い音を立てて、広範囲のシーツを濡らしてしまった。
けれど。

「っ、は、ぁ、ぁあ、っ、ん、はぁ、はぁ……ッ」

それに構う暇などなく。ビリビリとローターの余韻が残ったナカが気持ちいい。大きな絶頂を迎えたばかりなのに、余韻だけでまた軽く達してしまった。

「……ぁっ、せんぱい……っ」

初めての絶頂に、気持ちいいところから下りて来られない。ずうっと頭の中がぼうっとして、ぐずぐずと鼻を啜る。

「気持ち良かったねぇ」
「ん、きもちい……」
「すげぇ上手。素直にイけてえらーい。ちゃんとご褒美あげるからねぇ」
「ご、ほうび」
「うん」

ご褒美って、なんだろう。
ぼうっとした頭では言葉以上に受け取れなくて、フロイドの悪い顔にも気付けない。

「ほら、今度はこっちが寂しそうだからちゃんと触ってあげる」

だから、静かになったローターが再び動き出し、クリトリスに押し当てられるまで「逃げる」という選択肢が頭になかった。

「アッ、――ッ! や、あああぁああーッ! いっ、いま、だめ、せんぱ、……ヒッ⁉ アッ、また漏れちゃう、からぁ……っ!」

右手に持ったローターで真っ赤になったクリトリスを捏ねられて、それだけで潮がびゅくびゅくと溢れていく。なのに、左の指がナカへと押し入ってきて散々ローターで苛められた弱点を擦る。ひゅ、と呼吸が掠れて目の前でチカチカと光が散った。

「だめ、だめぇ……っ! も、ずっと、きもちいぃ、きもちいい、からっ、……っくぅ、ん、あぁあっ、イく、またイっちゃう、ぁ、や、っ、〜〜〜っ、ああああぁあっ!」
「ご褒美だからいっぱいイッていいよ。あー、クリも真っ赤になっててすっげぇ美味そ。あとで舐めていい?」
「だっ、だめ、だめぇ……っ!」
「なんで? ローターでこうやってグリグリされるほうが気に入った?」
「〜〜〜ッああぁあ!」
「あはっ! まぁた漏らしちゃったねぇ」
「ひっ、ぁ、あああっ! も、もうだめ、やだぁ……っ」

何が何だか理解するより先に絶頂の波に飲まれてしまって、目の前が暗くなったり明るくなったりと忙しい。振り乱した髪の毛はぐしゃぐしゃで、だらしなく口は開いたまま。それでもフロイドは可愛いと言って眦を落とし、容赦なく震えるローターをナカへと押し込んだ。



ぐっしょりと濡れて、愛液が滴る密壺にフロイドのペニスを収めた頃には、監督生は既に虫の息だった。

「……ぁ、ああ……っ、ん……」
「ナカ、畝ってて凄いことになってるよ」
「ん、んん……っ」

胡坐をかいた上に身体を下ろされて、所謂対面座位の格好になった。
監督生はされるがままで、目の前の逞しい体に凭れるだけで精一杯。力の入っていない尻たぶを両手で鷲掴みにされ、やんわりと揉まれても抵抗出来やしない。それどころか、過敏になっている剥き出しの肌が粟立って勝手に色付いていく。

「いつもより奥まで入ってんの、わかる?」
「ん、わかる、……あっ、あぁっ」
「奥の方で、オレのちんこにちゅーしてきてんのが子宮になんのかなぁ」
「んあっ、あっ、あっ」
「離れたら寂しそうにちゅうって吸い付いてくんね。かわいい。コツコツしても痛くない?」
「うん、だいじょーぶ、です、こつこつ、きもちいぃ……」
「そっかぁ」

甘やかすように落とされるキスが心地いい。このまま眠れそうなくらい。

「ん、んっ、ふろいど、せんぱい」

尻たぶをゆっくりと持ち上げられて、それからストンと下ろされる。いつものような激しさはないけれど、その分ペニスの形を嫌というほど感じてしまって、二、三度持ち上げて落とされるだけで簡単に達してしまった。

「は、ぁう、んん……ッ」
「っ、ン、はぁ……、すげ、気持ちいい」

きゅう、と痙攣している感覚が堪らないようだ。監督生が達するたびにフロイドもふるりと胴を震わせる。それが堪らなく可愛く思えてしまって、自ら下腹部に力を入れてフロイドのペニスを締め付けた。フロイドの息が詰まる。

「っ、こら、今のはわざとやっただろ」
「今日の、仕返しですよぉ」
「……ふ、あはっ、小エビちゃん疲れててオレみたいな喋り方してる〜」
「疲れてるって、分かってるなら、加減を、ですねぇ」
「あははっ、うんうん、ごめんねぇ」

今日はぁ、もう意地悪しないし、ゆっくりするからねぇ。
わざとらしいほどに言葉を間延びさせて、それに感化されて監督生も「はぁあい」と言葉を伸ばしたらフロイドの機嫌がいっそう良くなった。こういうじゃれ合いは好きなようだ。
大きな体に抱きすくめられて、五感の全てがフロイドで埋め尽くされていく。体力ゲージが空に近い分、全てを委ねているので余計だろう。
それでも。

(……悪くないかもしれない)

なんだか今は、この男に染められていく体が心底悪くないと思えた。このままドロドロに溶けて、何もかもがくっついて、吸収されてしまってもいい。
これはただの比喩表現で、実際は無理だと分かっているのだけれど、疲れ切った脳はとうに職務放棄している。だから心が赴くまま、溶けてひとつになるように、ごそごそと動いて隙間を埋めていく。柔らかな胸を押し付けて、広い背中に懸命にしがみ付く。

「甘えてんの?」
「ん」

素直に頷けば、フロイドの周りにご機嫌な花が飛ぶ。そのままゆるゆると腰を揺すられて、微睡むように何度だって気持ち良くなって夢中になる。


(――……あぁ好きだなぁ)


フロイドとするセックスが。

「ぁ、っん、せんぱ、また、イく」

体だけじゃなく、心の奥まで満たされていくようで。

(すきだなぁ)

このまま本当にひとつになったら、フロイドとずっとセックスしていられるだろうかと考えてしまうくらいには。


▼ ▽ ▼


――……なんとなく頭が痛い。

「んー……」

寒気はないけど本調子ではない感じがする。これは良くない兆候だ。

「なぁ監督生、ちょっと顔色悪すぎねぇ?」

隣の席に座っているエースが授業中に声を掛けてくれたけれど、うまく返事が出来ずに苦く笑うだけになった。今日は気圧でも低いのだろうか。頭の奥が随分と重たい。

「最近夜更かしばっかりしてるからなんだゾ!」
「それは、その、ごめんって」
「えっ、もしかしてまだフロイド先輩に絡まれてんの?」
「まぁ、時々寮に来るかなぁ」

フロイドの名前が出ると、エースとは反対側の隣にいるグリムの顔が渋いものになった。
彼と体の関係を持つようになってからというもの、事あるごとにグリムはオンボロ寮を追いやられているのだ。申し訳ないとは思っているけれど、早々にフロイドと取引したグリムの図太さには感服している。

「あの高級ツナ缶の山がなかったら絶対許してないんだゾ」
「今週末は来ないって言ってたし、久しぶりに一緒にゆっくりしようね」

頭から尾までをゆったりと撫でて、歪んでいたリボンを直せば、グリムは仕方ないなと言うように鼻を鳴らす。

「……なぁ、監督生」
「なに、エース」
「あんまりフロイド先輩に肩入れしすぎんなよ。ほら、あの人すっげー気分屋だし」
「肩入れって、……ただ気まぐれに遊びに来てるだけだよ。それにちゃんと話すれば優しいし」
「まぁ、ならいいんだけど」

フロイドとのセックスは、グリムは勿論他の皆にも言っていない。けれど、エースだけは全部を知っているような気がして、真っ直ぐ目が見られない。
監督生はやっぱり苦く笑うことしか出来なかった。



授業終わりに保健室に行き、鎮痛剤を処方してもらえば体調は良くなってきた。頭痛がないだけで体は軽くなった気がするが、薬が切れ始めるとやっぱり怠くなってしまう。
風邪だといけないから、とグリムはハーツラビュル寮にお願いし、監督生は早めの就寝をすべくベッドに潜り込んでいた。
けれど、すっかり聞き慣れた大股の足音にパチリと目が開く。

「小エビちゃん、ヤろ〜」

遠慮なく、ノックもせずに扉が開き、ズカズカと入り込んできたのはフロイドである。
モストロ・ラウンジで給仕の仕事をして終わったばかりなのか、美味しい匂いを纏ったままの彼はさっさと布団を剥がして圧し掛かってくる。その拍子に寮服の一部であるハットが頭から滑り落ち、フロイドの大きな手によって床へと落とされる。

「つうか今日寝るの早いね」
「んー……」
「アザラシちゃんもいないしさぁ」

なんかあった? なんて聞きながらも服を脱がしてくる。オーバーサイズのルームウェアはあっという間に剥ぎ取られ、冷たい空気に肩が震えた。素直に寒いと訴えれば、フロイドの体が落ちてくる。そのままぎゅうと抱き締められた。

「んー…………」

正直言えばセックスしたい気分ではない。
けれど、こうやってフロイドにくっついていたら体が楽になっていく気がした。だからどうにも振り払えない。振り払いたくない。ここにいてほしい。

「あの、」
「うん?」
「お願いがありまして」
「なぁに」
「今日はうんと優しくしてください」
「オレいつも優しいじゃん」
「本当に優しい人って、優しいって言わないんですよ」
「喧嘩売ってんの、この生意気な小エビは」

いつもみたいに絞めてくるけど、いつも以上に力が入ってない。早速加減してくれているんだと理解すれば、心臓が擽ったい。

「小エビちゃん、こっち向いて」

しかし、キスされそうになったので、それは咄嗟に避けてしまった。
風邪だとうつしたくないから。むう、とフロイドが不機嫌そうに眉を寄せたので、誤魔化すようにそこにキスをして、頬を撫でる。

「今日は色んなところにいっぱいしたい気分です」

全部が全部嘘じゃない。色んなところにキスはしたい。触れていたい。触れられていたい。激しくしないで、優しくして。

「……気分じゃねーなら、オレ帰るけど」

気分屋だからこそ、気分じゃない時に強制される不快感を身を以て知っているのだろう。決して、苛立ってこう言っているわけではないことはすぐに分かった。

「ゆっくり寝てれば?」

確かに気分じゃない。セックスに興じるような体調ではない。
――……でも、今日は。

「やだ、かえらないで、なんだって、」

するから、と言おうとすれば口に当てられる指先。

「オレの言いつけまた守んないの?」
「む」

だってそばにいて欲しい。
何かをすればそばに居てくれるならなんだってする。だから邪魔しないで。振り払わないで。

「せんぱい、せんぱい」

意味もなく泣きそうだ。なんだってするつもりなのに、なんだってしなくても一緒にいてくれるのならとても嬉しい。なんだか自分で自分の感情が迷子だった。グラグラと心の中の自分が揺れて、何度だって転んでしまう。

「かえらないで、せんぱい。エッチして、一緒に寝たいです」
「うん、いーよ。甘えたな小エビちゃんのためにオレが一緒にいてあげる」

もしかして、フロイドは甘えられるのが好きなのだろうか。
気分屋の口から溢れる声色は、蜂蜜よりもずっと甘くてとろりとしている。
監督生は、何もしていないのに既に乱れている寮服に手を伸ばして、今度は自分からキスを強請った。



すっかり深く寝入ってしまって、それでもいつも通りの朝の時間帯に目が覚めた。
昨夜は本当にうんと優しくしてもらった。きっと体の中でフロイドに触れられていないところはないだろう。ふわふわと綿菓子のような感情で胸が満たされて、重たい体をどうにか持ち上げられた。
しかし。

「――…………先輩……?」

フロイドがいたはずの場所にはメモが置かれているだけだった。どうやら朝早くからアズールに呼び出されたらしい。昨日は途中で仕事を抜け出したようだ。

「……」

手の中のメモが、くしゃりと音を立てて歪む。

「……」

朝起きたらいないことなんて、今までもあった。書き置きしてくれているだけ良い方だ。セックスして、欲が満たされれば十日ほど会えないことだってよくあった。
なのに、今朝はどうしようもなく寂しくて、悲しくて。

(一緒にいてあげるって、言ったくせに)

鼻の奥がツンと痛む。ひぐ、と喉が引き攣る。

「先輩の、うそつき」

随分と久し振りに、情けない声をあげて泣いてしまった。



そこから、体調が崩れていくのは早かった。
ハーツラビュルにお泊まりしていたグリムが帰ってくる頃には三十九度まで熱が上がり、ゴーストとグリムをたいそう慌てさせた。気付けばベッドに逆戻り。気が抜けたら一気に目が回って、情緒不安定も相まってグリムを抱えて意味もなくわんわん泣いた。
連絡を受けたエースがリドルやトレイに相談したらしく、常駐の保健医がオンボロ寮を訪れたのはその三十分後。薬を飲んだ記憶はあるが、そのあとからはどうにも思い出せず真っ暗だ。ふっと意識が戻った頃には夕日が沈んでいく途中。

「あまり無理はするなよ、仔犬」

起きたら連絡するようにとメッセージが届いていたので、クルーウェルに電話すれば五分もしない間にやって来てくれた。
後にも先にも、前髪が乱れて汗をかいたクルーウェルを見たのはこの一度きりだ。

「ご心配おかけしました」
「かなり顔色が良くなったな。吐き気などはあるか?」
「ありません。お腹が空いてるくらいです」
「そうか」

クルーウェルが両手に持っていた袋には、グリムと二人では到底食べ切れないほどの食材が入っていた。何が食べられそうだと見せられて、シンプルなコンソメのリゾットをお願いした。

「また熱をぶり返すかもしれないからな。明日も一日ゆっくりと休め。俺は談話室で仕事をしているから、何かあればこれを鳴らせ」

食事を終えた後で渡された小さな鈴は、御守り代わりに枕元に置いた。
クルーウェルは熱のせいで乾燥した頬を何度も撫でてくれる。当たり前だけれど性的な匂いなど一切しない。どこまでも、教え子を案ずる教師の手だった。だからこそ監督生は安心して身を委ねられる。
うと、とまだ重い瞼を半分ほど下ろしていれば、少し悩みながらクルーウェルが口を開いた。

「それから、これは出過ぎた真似だということはわかっているんだが、……ちゃんと自分のことを大事に出来る恋をしろよ」
「え?」

思ってもいなかった言葉に、監督生が目を丸くする。

「この世界にだって、その時その時の気分に振り回されず、お前だけをきちんと大事にしてくれる奴はいる。余計なお世話かもしれんが、心配くらいはさせろ」

言って、クルーウェルがオクタヴィネル寮の寮服の一部であるハットを枕元に置いた。フロイドが落として、そのままだったのだろう。これが誰のもので、なぜプライベートな寝室にあるのか。大人であるクルーウェルはきちんと察しているのだ。
監督生は布団で口元を隠して目を逸らした。

「優しいですね」
「お前の担任だからな」
「でも、」

お互い好奇心を満たすためのセックスだけの関係です、なんて言えばクルーウェルは怒り狂ってフロイドを追いかけ回すかもしれない。

「どうした?」

 自分の中の想像だけれどすごくしっくりきてしまって、監督生は慌てて首を横に振った。

(流石に言えないな……)

フロイドは悪くない。
だって、冗談半分で話を持ちかけたのはフロイドでも、真に受けて乗り気になったのは自分だ。フロイドは最後までお説教してくれていた。
きっと、言ったところでクルーウェルは納得してくれないだろうけれど。

「まぁ今のは忘れてもいい。自分の人生だ、好きなように生きろ。否定するつもりはない」
「はい」
「どんな恋であろうと、それはお前のものだ」

今度は乱れた前髪を整えるように頭を撫でてくれた。大人の手は、フロイドとはまた違う安心感を与えてくれる。

(でも、ちがう)

きっと、まだ体に熱が籠っていたのだろう。
クルーウェルの手に安堵はしたけれど、同時に、どこか物足りない気分にもなった。

(心配なんてしなくていいんです、先生。フロイド先輩は恋人じゃない。何もしなくたって、いつかきっといなくなる)

ただセックスをして、時々気まぐれに一緒に過ごすだけ。
嫌いじゃないけど好きでもなくて、恋人でもない。お互いに好奇心と性欲を満たしたいだけ。優しくするのも、優しくしてもらえるのも、ただの気まぐれ。
だから、約束していようと、朝起きたらいなくなってても不思議じゃない。嘘吐きと怒って泣いて縋る理由もない。

(私たちはちゃんと名前があるものなんかじゃない) 

ただの先輩後輩というには距離が近くて、恋人というには決定的になにかが足りなくて、セフレと割り切るには甘ったる過ぎる。


(……でも、あいたいな)

熱に浮かされている今この時は、――深い海に直接触れているような、冷たい人魚の手が欲しくて堪らなかった。

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