手毬寿司は優しい味

※「猫パフェと気に食わない男」の続き

 ご機嫌な酔っ払いになっていた銀時の首根っこを引っ張ったのは、これまた酔っ払いの土方十四郎だった。
 千鳥足のくせに力の強い腕に負けた銀時は強制的に長谷川とお別れさせられ、引っ張られること約十分。フラフラ歩いて誰もいない河川敷。大した明かりもないそこは薄暗い。せめて満月ならばよかったのに、夜空には三日月しか浮かんでいない。更に星も少ないので、明日はきっと雨だろう。
「──で、いい加減離せよ。何なんだよコンチキショー」
「あ! てめ、そんな口利いていいのか!」
「うるせぇ酔っ払い! 俺ァまだまだ飲む予定だったんだよ!」
「へっ! どうせツケで飲み歩いてるくせに」
「オメーにゃあ関係ねぇだろうが」
 酔っ払っていてもどこまでも気に食わない男である。普段の色男っぷりは鳴りを潜めて、顔を真っ赤にして目が据わっているくせに口だけは達者。
 適当に頭でも叩いて気絶させてやろうかと画策していれば、土方が左手に持っていたものを差し出してきた。
「そんなこと言っていいのかぁ?」
 ふふふん。なんて鼻歌でも歌いそうなほどにご機嫌な手に持った紙袋。銀時は落とさないよう受け取って中を覗く。
 紙袋の中には丸い形の折箱が二つ上下に並んでいる。顔を寄せれば紙の匂いに紛れた酢の匂い。寿司でも入ってんのかと聞けば土方は正解だと笑った。
「ちぃといいことがあったからな。仕方ねぇからテメーにも分けてやる。万年極貧で貧乏神に愛されてそうなテメーにな」
「一言多いんだよオメーはよォ! つうかこれ、すっげぇ高ェやつなんじゃねぇの!?」
「金額知らねぇ」
「ほんっといちいち鼻に付く生き方しやがって! こうなったら全部食ってやる」
「おー。食え食え」
 三日月に照らされた河川敷で、大の男が二人並んで折箱の封を開ける。中身はまあるい可愛い手毬寿司。色とりどりの寿司ネタが新鮮さを物語るように艶々としている。
 銀時は箸も使わずにそのまま手で掴んで食べた。鮪はしっとりとした癖のない深い味わい。海老は少し甘く感じた。握り寿司と違ってしっかりと米同士がくっついている筈なのに、口解けがいい。なるほど、こういう高い寿司というのは山葵まで上品な味がするのか。辛すぎないそれは、ちょうどよい刺激で魚の旨味をぐんと引き出している。
 別段、腹が減っていたわけではない。つい先ほどまで居酒屋で居座っていたのだから。それでも単純に美味さに惹かれてあっという間に半分ほど食べてしまっていた。
「うめぇ」
 素直に言えば、隣で同じように手毬寿司を頬張っていた土方が頷いた。お前さん今何食ってんの。海老食った。ちょっと甘いよね。そうだな。なんて、昼間の口喧嘩が嘘のような掛け合いが続く。
「そう言えば、いいことって何だったんだよ」
 口に入れた烏賊の寿司を咀嚼してから土方が、まぁテメーには関係のねぇことなんだが、と先に言葉を添えてから話し出した。
「今朝、意識不明だった隊士が目ェ覚ましたんだよ」
 一週間くれェ寝てた。思い返すように僅かに顎が上を向く。
「人当たりのいい性格で好かれていた奴だったから、今日は屯所中が大騒ぎでな。近藤さんなんて朝礼の最中にわんわん泣き出して、それにつられた隊士どもも泣いちまって。仕事になんねぇのなんの」
 聞いていた銀時でも容易に想像ができる。きっと土方が怒っても促しても朝礼は前へと進まず、重い溜息を吐いて頭を抱えていたのだろう。
「んで、夕方くれぇに意識不明だったヤツの嫁さんが子ども産んだ」
「すっげぇタイミングだな」
「あぁ。きっと子どもの顔が見たくて必死になって起きたんだろうなって近藤さんがまた泣いて。多分今も宴会中」
 あ、有事の時にはすぐ出動出来るからな。一分で現場に駆けつけてやらァ。なんて土方がこちらを向いて言い訳を追加。そりゃあ無理だろうよとは思ったけれど、今は喧嘩をするような気分ではなく、適当に相槌を打ってやる。
「そんで。なんで今も宴会中なのに副長さんはこんなところで俺捕まえてんの?」
「あ? そりゃあ決まってんだろうが」
 最後の一つ。
 穴子の寿司を口に放り込んで、さも当たり前だろうと言った顔で、
「楽しい席に説教係はいらねぇ」
 そう言い放った土方に、銀時はやれやれと肩を落として自分の穴子を口に入れた。甘辛いタレは少し濃い目で、淡白な魚の味によく合っている。九貫全て美味しかった。美味しかったけれど、彼が本当にこれを食べさせたかった相手は、きっと──…。
 空になった折箱は地面にお座なりに置いて。胡坐を開いた足の上に肘を付く。頬に手を添えるようにして体を倒す。下から覗き込むようにして土方を見つめて聞いてみる。
「なァ、土方くん。そのイケザキくんとかっていう隊士が目ぇ覚まして、ガキが産まれて良かったな」
 片眉を上げた銀時の意地悪な視線に、勘付かれたことを察したのだろう。体の力を抜くように息を吐く。
「ばぁか。アイツはイケザキじゃなくてカドタだ。全然違ぇよ」
 ちょうどその時に、冬の風にしてはしっとりとした水分を含んだ風が二人の間を抜けていく。その風に誘われるように黒く、少し長めの前髪が揺れて。その間で藍色の瞳が優しく、そしてこっそりと目尻を落とす。酔っているせいか、素直な口元は今夜の三日月よりもゆったりとした弧を描く。
 土方の表情につられて、銀時も穏やかに目を細めて、小さく笑った。
 鬼の仮面をどこかにうっかり忘れてきたような柔らかな顔で、その隊士を思って手毬寿司を買ってくるような人間を、誰が楽しい宴から放り出すだろうか。そう否定してやってもいが、これは銀時の役目ではない。
 この男は自分に自信があるのかないのかよく分からない。つい先日はあんなにもキメ顔で女には困ってない宣言をしたくせに。
 ほんとうに、もう。
「…面倒くせぇ男だな、オメーは」
 言って、しかしあまりしっくりこなかった自分の言葉に首を傾げる。何だろうか。少し違う。面倒くさいっていうのは多分間違っていない筈なのだが、もう少し違う。
 うううんと唸って自分の思考回路に潜ろうとしたが、それを許さないのは土方である。
「アァ!? テメーがうちの隊士の名前間違えたんだろうが!」
「ちっげーよ。そうじゃねぇよ、バーカ! っつうか今ちょっと考え事を」
「うるせぇ! アイツはカドタで合ってんだ! 俺がアイツの入院書類揃えたんだからな!? 名前間違えるわけねぇ!」
「だからその話じゃねぇっつうの!! 黙ってろよこの面倒くせぇ酔っ払いがァァ!!」
 タイミングのいい風が消えてしまったら、すっかりいつも通りである。そもそも、この男の隣でゆっくりと考え事が出来るわけもない。だから銀時は早々に思考回路にシャッターを下ろして、つい根付いてしまいそうになる尻を早々に持ち上げる。
「さて、と」
 と言って土を払った。
 それを見送るように土方は煙草に火を点けて手を挙げた。多分、口と顔には出さないけれど「付き合わせて悪かったな」とでも伝えたいのだろう。そして、この男はまだここに居座るのだ。真選組の宴会が終わる時間帯までここで、ひとりで。
 予想外でも、意外でもなんでもないその意思表示に銀時は構うことなく首根っこを掴んだ。慌ててこちらを振り返ってきたその顔は、存外悪くない。
「寿司ばっか食ってると喉乾かねぇ? すぐ近くに俺オススメの屋台があるはずなんだけど」
 それに。
「俺ァ今日はとことん飲む気だったんだから、ちゃんと最後まで付き合えや」
 未だ座ったままの土方と視線が合う。まさか犬猿の仲である男が一緒に飲もうなんて誘ってくるなんて露にも思わなかったのだろう。いつもは至る所に睨みを効かせているその目は大きく開いていて、パシパシと瞬きしている。
 なんだよ、文句あっか。むくれた顔で言い寄れば、土方は慌てて銀時の腕を振り払い、そっぽを向いたままで「仕方ねぇなぁ」と言葉を零した。

◽︎

「──やっぱり面倒くせぇ男だよ、オメーは。面倒くせぇ上に迷惑極まりねぇ男だバカヤロー!!」
 屋台で散々飲んだくれて愚痴やらなにやらを撒き散らした挙句爆睡している男の体は、酔った体には重たい。それでも僅かばかりの優しさに触れてしまった今日だけは放って帰れない。
 銀時は、真選組屯所までの長い道のりを、腑抜けた鬼を背負ってフラフラと歩く。

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