三文芝居

「あ、お久しぶりです、エンデヴァーさん」
すっかり耳に馴染んでしまった若いヒーローの声に呼ばれ、ゆっくりと振り返り、あぁと答えた。今日も相変わらず赤い羽根がよく目立つ。警察署内の古びた壁がいっそう味気なく、寂れて見える。
「どうしました?」
「いや。……こっちに来てたのか」
聞けば、ピクリと羽根が動いて、待ってましたと言わんばかりに口が開いた。
「はい。朝一番にこっちに来て、用事があったのでさっきまでミルコさんのところに行ってました。用事と言っても大したものではないんですけど、さすがにまだお話できないものなのでその辺は」
しぃ、と人差し指を口元に当てている。内緒だと言いたいのだろう。プロヒーロー同士、外に出せない機密事項など数えきれないほどあるし、珍しいことではない。
特にここは人の行き来が多い警察署の廊下。現にホークスはエンデヴァーと話をしながら、顔見知りを何人も見つけては手を振り、会釈をしている。
「この会議が終わったら今度コラボ商品出すんでその打ち合わせと、エッジショットさんに頼まれてた資料を渡して、帰るのは明日のお昼って感じです。流石に今朝来たばかりなのでとんぼ返りするより着実に事を片付けていこうかなって。あ、もしかしてエンデヴァーさん今夜空いてたりします? 何時になるかは分からないんですけど食事でもどうです? いい店教えてもらったんですよ」
「よく喋るな」
「そうですか?」
腕を組んだままで鼻を鳴らせば、まだ喋り足りないとでも言うようにホークスの口が開く。同時に後ろからヒーローがやって来て、二人に挨拶をしてから会議室へと消えていく。
あと十分もしない間に会議が始まる。このままホークスの雑談に耳を傾けてもいいのだが、ナンバーワンヒーローたるもの五分前行動をすべきだろう。遅刻ギリギリの滑り込み、など示しがつかない。
「——で、ミルコさん情報の美味しい焼き鳥の店に行きたいなって思ってて、」
「ホークス」
剛翼ほど有能ではないが、自分もそれなりに耳はいい。こちらに向かってくる足音はもうしないことくらい気付いている。それに、事前に資料に目を通しているので、今しがた通ったヒーローを含めると会議に出席する全員が此処を通ったことも理解している。
会議室の扉は閉められていて、このまま誰も来なければちょっとした二人きりの空間。
だから。
「ホークス」
「……ハイ……」
名前を呼べば、それがスイッチだったかのように色素の薄い頬が見る見る間に赤くなっていく。その反応にエンデヴァーの瞳が炎の合間で上機嫌になった。
「もう十分だろう」
「ド、ドウモ、お付き合い、いただき、ありがとうございました……」
先程までとは打って変わって口が回らなくなって、俯いてすっかり小さくなったウイングヒーローの首筋には、よく見れば昨夜の名残がひとつ。上手く隠しきれていないところに動揺が見て取れる。
(……何が今日の朝一番にこっちに来た、だ)
そんなものは誰に聞かれてもいいようにこの男が作り上げた嘘だ。
もっと言えば久しぶりでもなんでもない。昨日の夕方には上京していたホークスと、つい数時間前まで一緒にいた。そして今朝、ミルコのところに行くと言いながらも寝坊しそうになったこの男を文字通り叩き起こしたのはエンデヴァーである。
「この会話は本当に必要だったのか?」
「必要です! 物凄く必要なんです! こ、これくらい線引きして頭の中入れ替えないと、今日だけは俺、……エンデヴァーさんの、顔が見えん、ので……」
「そうか」
言いながらグローブ付きの手で顔が隠される。
一度現場に出れば誰よりも頭の回転が速く、ナンバーツーに相応しい技量の持ち主が、年相応かそれ以下に不器用になる様は何度見ても心の柔い部分を掴まれる。
大事にしなくては、と思うのに揶揄いたい気持ちも湧き出てきて、誤魔化すように咳払いをした。
「なら、そろそろいいだろう。中に入るぞ」
「はい」
真似をするようにホークスもひとつ咳払いをして、スイッチを入れ替えて歩き出す。先程までの嘘のおかげなのか、呼吸ひとつでいつも通り。
——しかし、だからこそ、いつも通りとはいっていない部分が目に止まる。
エンデヴァーは歩き出してすぐに足を止めた。エンデヴァーが止まると思っていなかったホークスは一歩先を行き、振り返って首を傾げる。
「どうしました?」
「あぁ、いや、さっきから気になっていてな」
なにがです、と今度は反対側へと首が傾いた。
言うべきか一瞬迷ったが、ホークスを相手に誤魔化すことは許されず。素直に指を指したのはホークスの下肢。
「まだ痛いのは分かるが、軸がぶれ過ぎだ。そのままでは広範囲を痛めるぞ」
腰、臀部、太腿まで順に指を指して、それから自分より小さな背中へ。その背中には飛ぶための筋肉がぎっしりと詰まっているので、痛めてしまえばヒーロー活動に支障が出てしまう。
「無理をさせたのは悪かったが、しっかり歩け」
だが今は。今この瞬間だけは、ホークスのヒーロー活動に支障をきたしているのは紛れもなくエンデヴァー自身である。
「っ、せ、折角切り替えたのに……! これ以上思い出させんでくださいよ……!」
わっと小さく叫んで詰め寄られて、エンデヴァーはうっと言葉に詰まる。
「すまない」
「俺の渾身の芝居が無駄になったじゃないですか!」
「あとでまた付き合ってやる」
「今! 今必要なんです!」
「……あんなもんただの気休めだろうが」
「だから! その! 気持ちの問題なんですって!」
再び真っ赤になってしまった顔はそう簡単には冷えそうにない。どうにかしてやろうと思うのに、自分では今以上に熱くさせてしまうだけ。
参ったな、と顎をひと撫でしてからホークスの頭へと手を伸ばせば、ぶわりと羽根が膨らんだ。

結局五分前行動は叶わず、時間ギリギリに会議室へと滑り込んだエンデヴァーは、隣に座った不機嫌なホークスのために、こっそりと件の焼き鳥屋を予約することにした。

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