ルピナスの花畑


4月のある日。はたけカカシはいつも通り、6代目火影としての職務を全うしていた。窓から差し込む穏やかな日差しと火影塔の周りで遊ぶ子供達の声をBGMに目の前にある書類に取り組んで行く。ちょうどその時、執務室の扉がノックされ火影補佐見習いのシカマルが入ってきた。

「火影サマ、これチェック済みの書類です、最終チェックお願いします」

「ありがと、シカマル、やっぱりお前がいると仕事のスピードが違うね」

「どうも」

もう見習いと呼んでは失礼ではないかというぐらい、この奈良シカマルという子は仕事がよくできる。しかも事務仕事だけではない、実戦においてもIQ200の頭脳で戦略を練る木ノ葉にはなくてはならない存在だ。連合の代表も務め、急逝した父親の代わりに若頭として一族もまとめあげ、いつ寝ているのかというぐらいに重要な役割を兼任して仕事に追われている。

「ちょっとぐらい喜びなさいヨ、褒めがいないねぇ」

「俺がこういうやつって知ってるでしょ、火影サマ」

「知ってるさ、知ってるからこそだよ」

「とにかく、早く終わらせちまいますよ、今日は大事な日なんだから」

「了解」

シカマルの言葉にふと視線がカレンダーに向けられる。今日は4月21日。カレンダーには赤く丸がされていて「ナルト・ヒナタ結婚式」と書かれている。シカマルの言う通り今日は大事な教え子の結婚式なのだ。その為に自分たちはできるだけ早く今日の業務を終わらせなければならない。

(しかし…ナルトが、結婚……かぁ)

書類を片付けながらしみじみと感慨深くなる。あれだけ里の人間に忌み嫌われ一人ぼっちだった少年が今や忍界の英雄になり、今日、とうとう愛する人と一緒になるのだ。元担当上忍としてこれほど嬉しいことはない。ナルトの両親であるミナトとクシナもきっと祝福しているだろう。それにナルトだけではない。サスケにサクラ、いのとサイ、チョウジと雲隠れのカルイ、みんな愛する人を見つけて幸せになり始めている。

(ふふ、嬉しいなぁ、幸せだなぁ)

マスクの下でわからないように口を緩ませる。書類はあともう少しだ。

「火影サマ」

「ん?なーに?」

「ここなんスけど」

シカマルが書類を見せてくる。その質問に答えながらも、カカシはあることに気づいてしまった。

(そういや、シカマルのそう言う話って聞かないな…)

いや、みんながみんな恋人ができたりしてるわけではないのだ。キバだってシノだって、まだ独り身のやつはたくさんいる。ただシカマルには砂のお姫様がいたはずだ。あの子とはどうなったのだろうか…。

「……聞いてます?」

「あ、う、うん」

「じゃあなんて言ったか答えれますよね」

「え、ぁ、えっとね…………」

「ほら、聞いてない」

シカマルは呆れた顔でため息をつき、もういいですと言うと別の書類に取りかかり始める。その横顔は凛としていて綺麗な顔だった。シカマルは常々自分はイケテネー派だと評価しているが、こうしてみているとそんなこともないような気がする。サイほどではないが肌は白くてニキビ1つないし、あんなに高く結わえている髪は解けば綺麗な黒髪だ。確かに顔は父親のシカクと瓜二つの顔をしているが、生真面目で面倒見のいい性格はどちらかというと母親のヨシノ似だと思う。

『案外かわいいっつーか、ギャップあるんだぜシカマルってよ』

なんて酒の席で話していたアスマを思い出した。確かにアスマの言う通りだ。シカマルは一途で愛情深い、めんどくさいなんて言う割に自分が一番めんどくさいことをやるタイプだ。それは常に誰かの為で自分の為ではない。誰がやるかではなく、めんどくさいことをいかに早くやるかと言う効率を重視しているのもあるだろうけど、その上にはシカマルの純粋な奉仕精神があるのだ。

(健気なんだよねぇ…今ならアスマの言ってたことわかるかも)

シカマルの横顔をじっ、と見つめていると、さすがに視線に気づいたのかシカマルが顔をこちらへ向けた。

「何スかさっきから」

「シカマル、お前、砂のお姫様とはどうなの?」

「…………なんもありませんよ、カカシさ…火影サマまでそれですか」

「かしこまらなくていいよ、ほら書類片付いたし」

すっかり積み上げられた書類を指差し、堅苦しい空気を切り替えようと火影の羽織と笠を脱いだ。シカマルはしばらく考えるような顔をしたあと「カカシ先生」と言いなおす。

(カカシさんじゃなくて、先生…と言うことはカカシさんですらまだ畏まってたのか…生真面目にもほどがあるな)

「そーいうカカシ先生こそ、どうなんスか、だれかいい人いないんスか」

「いないなぁ…」

「なんだ、俺より先生の方がヤバイでしょ」

くすくすと笑うシカマル。笑顔を見せると年相応の子に見えるということは、普段はどれだけ気を張っているのだろうか、彼の背負うものの大きさが垣間見える。誰かシカマルのガス抜きをしてあげられる奴でもいればいいのだが、誰か、と考えてみてもシカマルが気を抜けるような適任者は見つからない。砂のお姫様が一番の有力候補だったが、何もないと言われてしまえば、もう候補にすらできない。

(ていうか、なんでザワってしちゃってるの、俺)

胸がザワザワとして、なんだか変な感情が首を出し始めた。理論的に考えるならカカシはこの気持ちに答えをつけることはできるが、果たしてそれは正解と言えるのか。

(やだなぁ、こんな話ししてたからかな…)

「あっ、!」

「どうした!?」

シカマルが急に声をあげ頭を抑えた。慌てて立ち上がり駆け寄ると苦笑いをして振り返る。

「すんません、大っきい声出して…」

「いや、良いけど、どうしたのよ?髪?」

「ゴム、切れたみたいっス」

思わず息を飲んだ。手が離れ、束ねられていた髪がハラリと肩にかかっていく。黒く艶のある髪があまりにも綺麗で、吸い込まれそうなぐらいだった。徐にシカマルの髪を手に取り触ってしまう。

「……カカシ先生??」

「あ、いや…綺麗だなって思ってさ、跡つかないんだね」

「あぁ…なんか昔からで、親父はガシガシだったからついてましたけど」

「髪質なんだろうねぇ」

ふむふむと頷きながら手触りを堪能していると、急にシカマルが髪を触っている手を掴んできた。

「あの…いつまで触るんですか」

その顔は真っ赤になっていて恥ずかしくてたまらないという顔をしていた。そんな顔もまた年相応の反応でカカシは少し嬉しくなる。

「ごめんごめん、気持ちよくて、つい」

「つい、じゃねーですよ、男ですよ、俺」

「じゃあ、シカマルあんまり自分の髪好きじゃないの?」

「………いの、とか…みんなバカにしてくるんで、あんまり…」

視線を逸らしブツブツと呟くのがなんだか昔のまだ下忍だった頃のシカマルを見ているようでカカシもつい懐かしい気持ちになった。

「そっか、じゃあ誰にも言わないよ先生とシカマルの秘密な」

ぽんぽんと頭を撫でニッコリ笑いかける。

「……なんか、子供扱いしてません?ていうか近いっス」

「ふふ、だってシカマルかわいくってさ」

「……………怒りますよ?」

ギロリと睨んでくる目すら可愛くなってきて、ワシャワシャとシカマルを犬のように撫で回す。

「ちょっ!やめてくださいよ!だから、ダメですって!」

「はは、いいじゃない減るもんじゃないし」

「バカヤロー!髪ぐしゃぐしゃなるじゃねーか!!」

シカマルが暴れて抵抗し、カカシに対する言葉遣いも荒くなったところでカカシは手を止めた。

「……ようやく、肩の力全部脱いたね、シカマル」

「は?……アンタ、そんな事のために、ここまでしたんスか」

にっこにっこと笑うカカシとは対照的にシカマルは子ども扱いされたのことが気に障ったのか、不愉快そうな顔をしている。

「そう、シカマル無理しすぎだから、ずっとそうやって背負いこんでもダメになっちゃうよ?」

もう一度撫でようと手を伸ばしたがその手はシカマルに弾かれてしまう。予想外のリアクションにカカシは目を丸くしてシカマルを見た。シカマルは本当に本気で怒ったのか、今まで向けられることのなかった表情をしている。

「…全部背負いこんで、誰にも心許してないアンタに言われたくないですよ………わかったような口聞いて勝手に踏み込まないでくれますか」

(あ、不味い)

カカシは咄嗟にそう思った。やり過ぎてしまった。子供扱いこそがシカマルの地雷であったのだ。当たり前である。背負いこんで背伸びをしているからこそ、子供扱いされることは一番嫌なことだっただろう。ましてや今のシカマルは周りに認めてもらう為に身を粉にして働いてる、正に正念場だ。顔には出していなかったが、普段の倍以上にシカマルは神経質になっていたはず…カカシは素直に反省し、頭を下げた。

「すまない」

「……先に行きます…また会場で会いましょう」

執務室のドアが閉まり、頭を下げたカカシだけが部屋に取り残される。カカシはため息をついて椅子に座り込む。すっかり静かになった執務室にはもう子供たちの声も暖かい日差しも入らない。

「俺が、俺だけが見れたら…なーんて、野暮だよねぇ」

結婚式も終わり何時もの焼肉Qで二次会が行われていた。今日は貸切らしく見知った顔しかいない。幸せそうに笑うナルトとヒナタを見てシカマルも少しだけ口角をあげ生ビールが入ったジョッキを飲み干した。

「なぁ、シカマル、シカマルってば!」

「ん?んぅ……なると、?」

ゆさゆさと揺すられ薄っすらと目を開けると心配そうなナルトの顔が見える。

「もうみんな帰ったってばよ、なんでお前1人で飲んで酔いつぶれてんの?普段そんな飲み方してねーのに」

よいせ、という掛け声と共にシカマルの体は中に浮く。ナルトの大きな背中に揺られシカマルはなんだか雲に乗っている気分になった。

「なるとぉ、ひなた、は…」

「先に帰らせたってばよ」

「そっ、か…わるいことしたなぁ」

「そう思うなら一人酒すんなってばよ…!今度なんか奢れよ!それでチャラにしてやる」

「おぉ*、わかったぁ」

ナルトはなんだかいつもと違うシカマルに調子が狂っていた。本当なら自分がおぶさっているのが正しいはずなのだが、今日は逆である。何かあったのだろうけど、果たしてそれを聞いていいものか、シカマルがここまでヤケ酒をするなんて…ナルトは大きくため息をついた。

「なるとぉ」

「なんだよ」

「ひなたと、しあわせになれよぉ…あとのことは、おれがしてやるから、ひなたを、だいじにしろ………ぐぅ」

背中から聞こえてくる寝息にナルトはもう一度大きくため息をついた。なんだってんだ今日のシカマルは、意味がわからない。

「シカマルー、お前は幸せになんねーのかよ」

呟いた言葉がシカマルに届くわけもなく音になって消えていった。シカマルはサスケとは似ても似つかないが、時たまなんだか凄く不安になる時がある。サスケのように1人で抱え込んでふらりと何処かに行ってしまいそうな気がするのだ。ため息ばかりついているナルトの耳に足音が聞こえて来た。振り返るとそこにはカカシがいて、なんでここに?と首をかしげる。

「ナルト」

「あれ、カカシ先生?帰ったんじゃ…」

「いやぁ、引き取りに来たの、その子」

カカシはいつも通り笑いながらナルトが背負うシカマルを指差す。シカマルに用があるということは仕事関係なんだろうか。

「仕事の話ならシカマル今日は無理だと思うってばよ…」

「いや、仕事の話じゃないんだけどね、ほら、ナルトはヒナタが家で待ってるでしょ」

「そーだけど…先生、シカマルに何の用?」

なんだか違和感を感じてシカマルを庇うように距離を取る。カカシも理由を言わずにシカマルを引き取れることはないとわかっていたらしく、気まずそうに視線を逸らした。そんなカカシをみて、ナルトはなんだか事情がわかった気がする。要するに今日のシカマルが変なのは、目の前にいるこの人が原因なのだ。

「…カカシ先生、シカマルになにしたんだってばよ……」

「いやぁ…ははは、ちょっとね*」

笑って誤魔化そうとするカカシをみてナルトはもう一度大きくため息をつく、今夜は長い夜になりそうだ。

■■■

「んで?何したんだってば、正直に話してくれよ」

所変わってナルトとヒナタの自宅。ナルトはヒナタがいれてくれたココアをカカシに手渡した。因みにシカマルは奈良家へ届けたので今頃夢の中だろう。カカシはバツが悪そうな顔をして中々口を開かない。

「カーカーシーせーんーせー?」

ジト、と睨むとカカシは観念したのかポツリポツリと事情を話し始める。全てを聴き終わる頃にはナルトの顔は苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた。

「じゃあ、シカマルのこと怒らせたのかよ…」

「うん、そうなっちゃうんだよねぇ」

「カカシ先生ぇ*、俺でもシカマルにそんなキツく言われたことないってば…」

「いやぁ、つい可愛くてさ」

「そりゃ怒るってばよ、可愛いとかさ、俺たちもう成人してんのに」

「そういう可愛いじゃないよ」

「じゃあ、どういう可愛いだってば?」

ナルトの質問にふむ、とカカシは考え込む。ていうかなんで可愛いの意味についてこんなに考え込んでるんだこの人は、相手は男だぞ、とナルトがつい思ってしまったのは内緒の話だ。

「なんて言うか…一緒に仕事しててさ、シカマルの真面目すぎるとことか、人に対する思いやりとか色々なものが見えて、あぁ、シカマルって本当の意味で優しいんだなって思ったんだよね」

「本当の優しさ?」

「お前みたいに貫き通せる人間って本当にごく一部なんだ、ほとんどの人は何か決断を迫られては悩んで決断をするか、先延ばしにしていく、ようするになぁなぁにして答えを出さずにやりすごすってことね、シカマルはさ、そう言うことは一切しない、サスケを罪人とするってお前達に宣言したのもあの子だし、いざサスケが戻ってくるときにいち早く大名を説き伏せるために釈放の筋書き考えたのもあの子でしょ?みんなが口に出せないでいることをみんなのために先頭きってやっちゃうんだよ、自分じゃなくて誰かの、まぁシカマルの場合はほとんどお前の為だろうけど」

「なるほどなぁ…でもわかるってばよ、シカマルは優しいし、すごく人を想うやつだ」

ナルトは少し笑顔になりココアをぐい、と飲み干した。ふとカカシのマグカップを見るといつの間に飲んだのやらココアはもうない。

(せっかくマスクの下みれると思ったのに…!)

「でさ、カカシ先生、それがなんでシカマルが可愛いに繋がるんだよ」

「え!?今のでわかんないの!?」

「わかるかってばよ!わかってたまるか!!」

カカシは再び考え込みうーん、と唸り始める。確かにカカシの言っていることはナルトにも理解ができたのだが、なぜそこで可愛いなのか全く意味がわからない。ナルトからしたらシカマルは頼れるいい奴で可愛いとはかけ離れている。少し軽い言い方のように聞こえるだろう。しかし、ナルトの中では最上級の褒め言葉である。

「もっとさぁ、俺はね…年相応って言うのがあると思うんだよ、だからシカマルにもさ、肩の荷を下ろして、年相応になってほしいのよ、要するにお前達みたいに幸せになればいいなってことよ、俺にはそれは無理だから」

「………先生、シカマル最近みんなからその話されててすっげーウンザリしてたってばよ…」

「ウン、シッテル…」

「その地雷も踏み抜いたんだな…」

しょんぼりと落ち込むカカシをみてナルトは少し可哀想になった。

「ていうかさ、カカシ先生」

「ん?」

「カカシ先生がさ、もしさ、もし、シカマルと同年代の女の子でそうやって何でも背負いこんで恋人も作らずに仕事してるシカマルがいたらどうすんの?」

「え、そりゃあ支えてあげるかなぁ、シカマルは定期的にガス抜きしないとダメになっちゃうよ」

敢えてぼかした答えだったがナルトは確信を得た。そしてここは敢えてその確信を突くことにする。

「それってさ、カカシ先生はシカマルに幸せになってほしいんじゃなくて、シカマルをカカシ先生が幸せにしたいんじゃねーの?」

「……………」

カカシは何も答えない。マスクで隠された顔は今、どんな表情なのか長い付き合いのナルトにもわからない。

「………なぁ、カカシ先生」

「…………………気のせいだって言ってよナルト…」

カカシは大きなため息をついて両手で顔を覆った。どうやらこれはだいぶ参っているようだ。ナルトが喋る前にカカシが矢継ぎ早に言葉を投げつけていく。

「俺も男でシカマルも男だよ?それに歳も離れてるし、きっとシカマルは女の子が好きでしょ?俺だってそうなんだよ、男に綺麗とか可愛いとか守りたいとか思うの初めてで………本当、誰かに否定してほしい……」

「……………否定しねーよ、カカシ先生、変なことじゃねぇよ、シカマルがカカシ先生を好きになるかはわからねーけど…少なくともカカシ先生がシカマルを好きでいちゃいけない理由がねー、それでいいじゃん」

「…………………もうおっさんだよ?」

「オウ」

「火影なんだよ?」

「オウ」

「男と男だよ?」

「オウ、カカシ先生はシカマルが好き、それで良いってばよなんの問題もねー…な?」

ニシシ、と笑うナルトの笑顔にカカシは少しだけ救われた。こんな風にシカマルの笑顔ももっと近くで見てみたいと純粋にそう思った。

「シカマルー、起きなさい」

「…ぅ、ん*…かぁちゃ…ん」

「はいはい、母さんですよ、早く起きなさい仕事でしょ」

ヨシノはシカマルの頭を撫でて優しく起こすと下へ降りていく。まぁ、ここで二度寝をすると次は怒声が響き渡るので、それは勘弁願いたい。仕方なしにノロノロとベッドから這い出る。

「うっ、ぷ…キモチワリィ、頭痛い…………」

青ざめながらもなんとか着替えをすます。頭がガンガンと痛くて、昨日の記憶がぼんやりしている。ということは自分は怒りに任せて酒を煽り過ぎたということか。シカマルはため息をついて洗面所に向かう。

(らしくねーこと、しちまった…カカシ先生がああなのは普段からなのに…)

手を弾かれ、目を丸くしたカカシの顔を思い出す。少し線引きをし過ぎた。今日謝っておかないと…。冷水で顔を洗いサッパリすると、眠気は何処かへ消えてしまい、だるい体と頭痛だけが残る。肩を回して伸びをしながらシカマルは昨日のやり取りを思い出していた。

(カカシ先生が言ってることわからねーでもねーけどよ…)

内勤では火影補佐見習い、実戦では司令塔の役目を担うシカマルには、仲間に対してもあまり気を抜けるような立場ではない。下忍の頃は毎日毎日気を抜いてダラダラと任務をしていたが、サスケの奪還任務以来あまり気を抜くこと自体が少なくなったんだと思う。それでも今よりはまだ緩く毎日を過ごしていたが、もうそんな風に無責任ではいられないのだ。

(はやく認めて貰わねーと…)

自分が里や国の偉い人たちに認めてられていかなければ、いつナルトの力になれるというんだ。シカマルには頭脳と秘伝忍術しかないというのに、サスケのように派手な瞳術やサクラのような医療忍術もできない。決して2人を羨んではいない、2人にできないことが自分にはできる自信もある。だが、実戦と木ノ葉の里を治めることはまた違う、戦争での功績だけではいつかきっと行き詰まる時が来る。

(その時が来るまでに、俺は…)

シカマルは焦っていた。それは自分の為でもあり、ナルトの為でもある。経験を積んで確固たる地位を築いたその時こそが7班の、ナルトの隣に並び立てる時だとシカマルは信じていた。

(…でも、7班、7班って…意識しすぎだよなぁ)

わかっていても意識してしまう。自分がナルトの側に行くためにはどうしても7班を飛び越えていかなければならないのだから。

(サクラはともかく…カカシ先生にどう認めてもらえるかだな)

認めてもらいたい。ナルトの側に立てる人間だと、だから子供扱いなんて真っ平ごめんなのだ。息抜きもいらない、愛する人もいらない。シカマルはシカマル自身の為にナルトに尽くす。もう愛ならたくさん貰ったし、あげたいと思う相手ももういないのだ。そういう気持ちは心の奥深くにしまっておく、その覚悟を自分はあの時にしたのだから。

「よし、今日もやるか」

「シカマルー!朝ごはんよ!」

「おー、今行く母ちゃん!」

■■■

「カカシ」

「ん、紅、早いんだな」

「ミライを幼稚園にね、仕事は?」

「昨日だいぶ進んだから、今日は午後から」

「そう」

紅は手にした雑巾で墓を丁寧に拭き始めた。その顔は慈愛に満ちていて、自分たちがまだ若かった頃の尖っていた彼女とは似ても似つかない母の顔になっていた。

「なぁに?私の顔になにかついてる?」

「いいや」

しゃがんで墓の周りの雑草を抜いてやる。せっかく寝ているのに雑草だらけではあいつも可哀想だろう。カカシは無心で草をむしった。

「カカシ、あなたもガイもそうだけど…これからどうするの?」

「……ガイにはリーがいるでしょーよ、俺にはナルト達がいるし」

頭に浮かび上がったシカマルの顔をかき消しそう答える。カカシのシカマルには対する気持ちは、紅に言うべきことではないと判断したのだ。

「………紅さぁ、綺麗になったよね」

「え?なによ急に…」

「紅を見てると、母親って尊いものなんだなって思うよ……………リン、も…リンもきっとそうだったんだろうなぁ、オビトとリンはいい親になったんだろうなぁ…」

「カカシ……」

珍しくオビトとリンの名を口にしたカカシに紅は違和感を感じた。しかし紅にはカカシの顔は見えない。マスクと額当てで覆われた顔はどんな顔をしていたのか、最後に見たのは随分前のことで、結局彼は本当の顔も普段の表情すらも隠してしまうようになった。

「あれ、お二人とも早いっスね」

「シカマル」

同じように墓参りに来たのかシカマルの手には2つの仏花が握られている。紅は立ち上がり、その仏花を1つ受け取ると墓に添えた。

「いつもありがとうね、シカマル」

「師匠の墓ですから、当たり前です」

「ふふ、すっかり立派になって、アスマも喜んでるわ」

「……………へへ、そっすかね、紅さんにそう言ってもらえると嬉しいです」

シカマルは時たまこうして褒めると本当に嬉しそうな顔をする。紅はその顔をよく覚えていた。昔からアスマに褒められると全く同じ顔をするのだ。アスマはよく言っていた「シカマルには見えているものが多すぎるから、しっかりと責任を負わせてその努力を褒めてやるのが一番いい」と、こうしてミライを交えて関わることが増えてから紅はその意味を実感している。シカマルは誰よりも賢いからこそ自分の年齢と考えにギャップがあって人に聞きいれてもらいづらいことをわかっている。だからこそ人から認めてもらいたいのだろう。自分の言葉を聞いてもらう為に。

「今日は午後からでしょ?うちでお茶しない?」

「あー、すいません、俺この後は忍連合の奴らと会議なんスよ」

「そうなの…忙しいのね、頑張りなさいよ、みんなアンタが頼りなんだから」

「……はい!じゃ、ミライにもよろしく言っといてください」

頼りにしてる、その言葉が効いたのか心底嬉しそうな顔でシカマルは父親の墓へ行き、足早に共同墓地を出て行く。扱いが難しそうに見えて、案外表情はコロコロ変わるのがシカマルの可愛いところだ。紅にとって娘のミライとアスマの一番弟子であるシカマルは家族のようなものであるから、こうしてシカマルと接することができるのも紅には非常に嬉しいことであった。

「…ねぇ、カカシ、なんで一言も喋らなかったのよ」

「いやぁ、実は昨日ちょっとシカマルを怒らせちゃってねぇ、参ったなぁ」

「シカマルを…?」

「ま!今日謝るしかないんだけど、さー、そろそろ行くとしますか」

おもむろに立ち上がり、カカシも足早に去ってしまう。紅は1人墓地に取り残され、首をかしげた。

「怒らせたのになんで耳まで真っ赤になってるのかしら…」

■■■

「シカマルー!」

「ナルト…!昨日は悪かった!せっかくの祝いの席だったのに…!」

「気にすんな、今度奢ってくれるならそれでチャラって約束したろ?覚えてっか?」

ニシシ、と笑って肩を叩くナルトにシカマルも安心したように笑い返した。とりあえず昼飯を食いに行こうという話になり、定番の一楽へ向かう。

「おっちゃん!味噌ラーメン一丁!」

「俺は塩ラーメン」

「あいよ!味噌ラーメンに塩ラーメンね!」

ラーメンを待っている間、ナルトは昨日のカカシとの話を思い出しシカマルの顔をじっくりと観察する。

「…んだよ」

「いや、可愛いってどんなもんかと思っ、て、ちょちょちょ!俺じゃねーよ!可愛いなんて思ってねーから影首縛りすんじゃねー!」

シカマルは可愛いという言葉にいち早く反応してナルトに術をかける。ナルトも慌てて弁明をしてなんとか窒息死は免れた。

「…本当に、どいつもこいつも…可愛いだのいい加減早く結婚しろだの、好き勝手言いやがって……!」

(あー、こりゃ相当怒ってるってばよ…)

シカマルの背中を軽く叩き、ナルトはシカマルの側に椅子を寄せた。そして耳元でこう囁く。

「俺は頼りにしてるってばよシカマル、お前が俺の為に今必死で頑張ってくれてんのちゃーんとわかってからさ」

「ナルト…」

(ったく、シカマルってば…こういう言葉かけたらすーぐスイッチいれちゃうんだから……)

【奈良シカマル(20)頼られれば自ら面倒を背負いこむ奉仕系忍者である】なんてテロップが見えそうだ。結局のところ優しすぎるのだこの男は。

(確かに努力家で一途だし……カカシ先生の言うこともわからなくもない)

「へい、お待ち!」

「「いただきまーす!!」」

ズルズルと麺をすする音が店内に響く。ナルトはラーメンを啜りながら考えていた。ナルトもシカマルには幸せになって欲しい。その形がどういうものでもナルトは構わないが、とにかく自分を蔑ろにしてナルトに尽くすのだけはやめて欲しいのだ。平気そうな顔をしてすぐにそういうことをやってのけてしまうのが奈良シカマルという男である。そこだけが心配の種だなぁ、とナルトはしみじみと思った。

(本当にカカシ先生の想いがシカマルに通じたら…ちっとは安心すんだけどな…)

まぁ、そんなことを言っても始まらない。感情なんてどうしようもできないのだから。ナルトはスープまで飲み干し、箸を置くとまだラーメンを啜っていたシカマルにも箸を置かせた。シカマルはキョトンとした顔でナルトを見ている。

(…普段の顔はどうしたよシカマル…お前ってば気を許してる奴の前だったらすぐにそんな顔すんだからもう!気をつけろってばよ!!)

言葉にならない叫びをぐっと堪えるが、生憎シカマルは無意識である。しかし、カカシの気持ちを理解できないと言っておきながらこの男も相当おかしいということを誰も理解していない。

「なぁ、ナルト、塩ラーメン食いたい」

しびれを切らしたシカマルが不満げに頬を膨らます。

(あーもうだからそういうとこ!そういうとこ!!!)

叫びたくなる気持ちを抑え、ナルトは勢いよくシカマルの肩を掴んだ。

「シカマル、色々気に入らないこともあると思うけど、俺が見てるから、何があってもお前の味方は俺だ!だから、全部背負い込まないって約束してくれ、俺たち2人でこれからやっていくんだから、わかるだろ?」

「……………」

シカマルは表情1つ変えず何も言わなかった。ナルトは少し残念そうに笑い手を下ろす。なんとなくシカマルの考えていることがわかるのは、過去の自分も同じ目をしていたからだろう。ナルトも他者に認めてもらえるようになって言葉をかけてもらえるようになってからもずっとなんだか物足りなかった。今ならわかる、ずっとずっと、自分を一番にしてくれる人が欲しかったのだ。

(多分、ヒナタがいるから自分を一番にしてくれないだろって心のどっかで思ってんだろ*なぁ)

めんどくさい。全くもってめんどくさい男だ奈良シカマル。心の奥底では誰かの一番になりたいと願うくせにそこから目を背けて背負いこむだけ背負いこんで、どれだけ矛盾を抱えたら気がすむんだろうか。

「…ありがとな、ナルト」

「思ってねーのに言うなってばよ」

「嘘じゃ…」

「嘘だろ………信頼してっし、頼りにはしてるけどさ、いい加減に自分を許してやれよ、苦しいだけじゃねーか」

「…………………」

シカマルはじっと怒っているナルトを見つめ、まだスープが少し残っている自分の器を見て、小さく「ごちそうさま」と呟いた。

「許すとか、許さないじゃなくて…これは俺のケジメなんだ」

「……………」

シカマルは勝手にナルトの分まで代金を払い一楽を出る。ナルトはしばらく納得いかないと言う顔でカウンターに座っていた。

「お疲れ様です」

「あ、シカマルお疲れ様」

一楽から帰ったシカマルは迷わず執務室へ向かう。執務室にはすでにカカシがいて仕事が始まっていた。

「火影サマ、早いですね」

「暇でね…あ、そうだシカマル昨日の件なんだけど……」

「あ、いやこちらこそ、手叩いてすいませんでした」

カカシが謝る前にシカマルは深々と頭を下げ謝罪をした。カカシは出鼻をくじかれた気分になったが、自分も同じように頭を下げる。

「俺こそすまなかった」

「いや、頭あげてくださいよ、俺が」

「いや、俺の方こそ」

2人の間で押し問答が続く、最初のうちは心からの謝罪だったが、だんだん2人ともおかしく思えてきて終いには笑いながら謝りあっていた。

「ハハッ、だから、俺が…」

「ふふふ、いや、俺が…」

目が合いもう一度2人で笑い合う。

「あー、くだらないことで怒ってスミマセン」

「こちらこそ、勝手言ってスミマセン」

もう一度大きな笑い声が執務室に響く。シカマルとカカシは互いに手を差し出し、しっかりと握り合った。

「この話はもうお終い!さ、仕事しよっか」

「了解です、今日もやること山積みっスから」

そこからはスムーズに仕事が進んだ。蟠りが解消されたことで互いの息も合い始め、見る見るうちに書類の山が消化されていく。すると、書類の山に埋もれ、ダンボール箱の中に詰められた色とりどりの巻物が出てきた。

「火影サマ、これなんでしたっけ?」

「んー?あ、これかぁ、こんなとこにあったんだ」

巻物を1つ取り眺めるカカシをシカマルは不思議そうに見る。

「シカマル、ほら、こないだ話してたデショ、科学忍具開発の」

「あぁ…そんなのありましたね」

「そう、それの試作品をね大量に送ってきてあったのを忘れてたってわけ」

「なるほど」

カカシはよいせ、と掛け声をかけダンボール箱を持ち上げたその瞬間、窓から伝令の鷹が勢いよく飛び込んで来た。

「うわっ!!!?」

「か、カカシ先生!」

足をもつれさせ倒れるカカシに巻き込まれシカマルも体勢を崩す。2人の頭上には宙に舞った色とりどりの巻物が正に今、落ちてくるところだった。

「う、ぐっ!!いっ、つぅ…」

「シカマル!?大丈夫…ってあれ?」

巻物のどれかが発動したのか、なにか箱のようなものに閉じ込められている。シカマルがカカシの下敷きになってしまったようで、カカシはすぐ退こうとするがシカマルと自分の体に何かが絡まっていて自由がきかない。さらにあたりは真っ暗でどうしようもできなかった。

「…これ影縛りっスね………一切動けねぇ」

「リストにあったかも…この空間は時空間忍術かな」

「かもッスね……とにかくじっとしてましょう、チャクラが切れれば自然と術も解けますよ」

やれやれとシカマルは頭に腕を回したのが動きでわかる。どうやらシカマルの腕は縛られていないようだ。それだけで大分楽そうで羨ましい。

「……火影サマ、大丈夫ですか?」

視界が真っ暗の為、他の神経が余計に過敏になってるのだろう、シカマルは苦しそうに息をするカカシに気づいて声をかけてきた。

「いやぁ…はは、ちょっと、息苦しくて…」

「マスク…下ろしましょうか?」

「やだなぁ、シカマルったら大胆*」

「アンタが息苦しいって言うからでしょ」

からかうように言うカカシにシカマルが噛み付く。なんだかさっき謝り合ってから少し距離が縮まっている気がした。それは素直に嬉しい。

「ジョーダンだよ、シカマル、マスク下げてくれるかな」

「はい」

シカマルの手が伸びる。マスクの位置を確認する為に顔中に手が触れた。カカシは昨日のこともあり心拍数が異常に早くなっていき、恥ずかしさでいっぱいである。一方、シカマルも暗闇の中ではあるが、今まで見たくても見れなかったものを見れることに心は自然と高鳴り、ゆっくりとマスクを下ろしていった。

「ふぅ、少し息がしやすく…シカマル?」

「……先生、勝ち組なんスね」

ペタペタと暗闇の中でカカシの顔を触る。頬、唇、鼻、実際には見えないがかなりカカシの顔が端正で整っていることはなんとなくわかった。

「なに言ってんの、シカマルも綺麗な顔してるよ」

「は、なに言っ…いてっ!」

「あれれ*、なんか縛りきつくなってない…?」

「ぐ、ぐるじぃ……」

「シカマル、だいじょ…ぶ」

ふに、とカカシの唇がシカマル唇(恐らく)に触れた。シカマルも驚いたようで体が硬くなる。カカシも驚いたが初めてのキスにどぎまぎしてる場合ではない。なんとか抜け出そうとあらん限りの力で抵抗する。

「カカシ先生!無理しないでください」

「そ、んなこと、言ってもね*、これ以上は、ダメで、しょ…!」

「俺なら、気にしてな…うわっ!!」

「もー!なんなのよコレは!!」

急にシカマルが寝転んでいた地面が消え失せ宙に浮いた感覚を味わう。悪い夢なら早く覚めてほしい。そう思った瞬間、真っ暗だった視界は一気に明るくなり、明るさに目が眩んだ。

「う………カカシ先生、大丈夫っすか」

「あぁ、なんとか…悪いねシカマルずっと下敷きにして」

「イイっすよ」

体を起こすとそこはいつもの執務室で、2人の周りには巻物が散らばり、カカシの机には鷹が止まっている。

「あ、伝令来てたんだった」

「ったく、これは廃棄だな、なんつーもん作ってんだ科学開発班は」

ワタワタと仕事に戻り始める。カカシは伝令の返事を書いて鷹を飛ばし、シカマルはまた巻物をダンボールに入れ大きく「返品!!開けるべからず!」と書き込んだ。

「シカマル、休憩しよっか」

「あ、りょうか、い………デス」

バサバサバサと振り返ったシカマルの手から書類が落ち、顔がほんのり赤くなる。

「どしたの…って、あぁ、これね」

カカシはさっき下げたマスクを直していなかったことを思い出した。シカマルは図星だったようで執務室の壁際まで逃げてしまう。

「いやぁ、男にもそんな反応してもらえるなんて嬉しいなぁ*」

「う、…カカシせんせ…………ちかい、っす」

カカシは立ち上がりシカマルの側まで行くと、トン、と壁に腕をつき、シカマルを追い込む。するとシカマルの顔はどんどん茹で蛸のように真っ赤になっていた。

(この反応って…脈アリで良いのかな………)

カカシはおそるおそるシカマルに顔を近づけ、シカマルも反射的にギュッと目瞑る。だが、いくら待ってもなにも起こらないのでシカマルはちらりとカカシを見た。

「冗談だよ、部下にキスなんてするわけないでしょ」

「………え、ぁ、はは、そ、そうですよね……お、俺、書類提出してきます…火影サマ、先に休憩してください…」

シカマルは脱兎のごとくカカシのテリトリーから抜け出し執務室から駆け足で出て行く。1人残されたカカシはマスクをあげて椅子に深く座り込んだ。

(あの顔は反則でしょー、キスしそうになったじゃないの…)

■■■

(びっくりした…!キス、カカシ先生に…キスされるかと……)

執務室から飛び出したシカマルはぶわわわ、とまた頬が熱くなり書類で顔を隠した。廊下でうずくまるシカマルに背中から声がかかる。

「シカマル?どうしたー?」

「い、イルカ先生…」

「顔真っ赤だなぁ、熱か?」

「あ、いや…熱のようなそうじゃないような……」

「まぁ、気分が悪くないならいいんだが…お、それうちの部署の書類か?ちょうどいい俺の部屋で休んで行けよ」

にこっ、とイルカはシカマルに笑いかけ、シカマルも大人しくそれに従った。

■■■

「うん、書類に不備はないな!これで預かっとくよ」

「アリガトウゴザイマス…」

ほうじ茶を啜り、借りて来た猫のようにおとなしいシカマルを見てイルカは微笑ましく思った。

「で、赤みは引いたか?」

「はい、大丈夫っス」

「なんでまたあんな真っ赤になってたんだ?」

「う…、それは、その…………」

言いにくそうにするシカマルをイルカがじっと待ってやるとシカマルは観念したかのように事情を話した。話しているうちにイルカの顔はみるみる笑顔になっていって最後には大笑いされる。

「ははは!なんだ、そんなことか!」

「笑い事じゃねーっスよ!俺ほんとびっくりしたんスから!」

焦るシカマルが面白く感じたのだろう。イルカは涙を拭いながらまだ笑っている。

「はは、それはカカシさんも冗談のつもりでしたんだよ!あの人からかうの好きだからなぁ*…というかシカマル、お前結構面食いだなぁ」

あの王道イケメンで有名なカカシさんでそんな反応するなんてな、とイルカはシカマルをからかう。

「なっ…!!ち、違いますよ!!」

「嘘つけ、お前結構顔にでるんだぞ、バレバレだ」

「……………そ、そんなに…顔に出てます?」

「俺がいつからお前の先生してると思ってるんだ?お見通しだ」

「…………」

イルカにそう言われるということは本当にそうなのだろう。少し落ち込んだ顔をしてシカマルは大人しくなってしまう。イルカはそんなシカマルが可愛くて仕方がなかったが敢えてそんな表情はせずに教師としてのイルカでシカマルの隣に座った。

「シカマル…最近みんなが色々言ってるのは心配してるんだ、そう全部跳ね除けたりしないで耳を傾けてみなさい」

「知ってたんスか………」

「俺に会うたびにみんなお前の話をしてたよ、ナルトにもさっき会った」

シカマルの脳裏に、さっきのナルトの残念そうな笑顔が浮かんだ。あの言葉は嬉しかった。でもすぐに答えを返せなかった。嬉しかったはずなのに。シカマルは自分の抱えている矛盾に自分でも薄々気づき始めていた。そんなシカマルの背中をイルカは優しく撫でるとシカマルは俯きながらポツリポツリと喋り始めた。

「………正念場なんです」

「あぁ、そうだな」

「俺の夢はナルトを火影にして…俺も補佐として隣に立つことです」

「あぁ、知ってる」

「今のままじゃダメなんです、みんな認めてもらいたくて……だから、余計に腹立つんです、肩の力抜けって俺を子供扱いしてくるカカシさんも、結婚しろとか、いい人はいないのかってしつこく言ってくる周りも……!!」

「……シカマル」

膝の上に置かれた手がギュッと握りしめられる。それはきっと心の矛盾がそうさせているのだろう。

「でも、ッ…こんなことで心乱されて、幸せを掴んでる仲間が羨ましくなる自分が一番腹がたつ…!!俺はもう守らないといけない一族があって、夢も目的もあるのに、今一番いらないはずのものが欲しくてたまらない…!」

思わず声が大きくなってしまう。イルカはあまり驚きはせずに優しく背中を撫で続けている。アカデミーの頃からシカマルを知っているイルカだからこそ、意外とシカマルは繊細で溜め込みやすい性格だと知っていた。昔から周りに興味がないようなフリをしながら一番周りをよく見ているのはこの子だった。ナルトにもなるべく関わらないと公言しておきながら、ナルトに直接嫌がらせをするような奴には自ら噛みついていったり、親友のチョウジやいじめられっ子だったサクラなどが目の前でいじめられていたら黙って見ていることは絶対にしなかった。優しすぎるのだ、この子は。

(心が求めていることと、頭が理解していることにギャップがあるんだろうなぁ…)

「………告白されたんです、この間」

「誰に?」

「テマリに……正直言うと嬉しかったんですけど…断りました」

「…………好きだったんだろ?」

イルカの問いにシカマルは首を振った。

「大切な人でした、でも……自信がなくて、これ以上守るものが増えたら自分が耐えきれるのか、わからなかったんです」

臆病ですよね、とシカマルは笑う。イルカはナルトがため息をつきながらシカマルは1人で抱え込みすぎだと零していたのを思い出した。本当にそうだ、シカマルは自分1人で抱え込みすぎてこのままじゃとんでもないことになってしまうかもしれない。

「シカマル」

「…はい」

「上着を脱ぎなさい」

「え、?」

「いいから早く」

「え、な、なんで…」

躊躇するシカマルにしびれを切らしイルカは素早くシカマルの上忍服を脱がした。状況がわかららずに困惑しているシカマルをイルカはギュッと抱きしめる。

「…イルカ、せん、せ?」

「出席番号15番、奈良シカマル」

突然アカデミーの頃の番号で呼ばれシカマルは何が何だかわからない。

「返事、は?」

「は、はい…」

「よし、シカマル、ここはアカデミーの教室だ、お前はアカデミー生で俺はお前の先生だ」

シカマルは顔を上げイルカの顔を見た。イルカはシカマルの頭を優しく撫でる。

「アカデミーに入りたての頃は放課後よくこうしてただろ、みんなの前では意地でも泣かない癖に本当は泣き虫でなぁ…よく職員室に泣きに来てたよな」

「……………そ、それは…」

少し顔を赤くして視線をそらすシカマルにイルカは優しくこう言い聞かせた。

「よく言っただろ、泣かないことが偉いんじゃないって…ちゃんと泣けることが偉いんだって、シカマル、あんまり抱え込むな、周りに頼れないなら俺が少しの間だけお前の先生に戻ってやるから…だから、我慢しなくていいんだぞ」

我慢しなくていい、その言葉を聞いた瞬間、シカマルの目からは涙が溢れ出した。心は痛くて苦しくて、今まで溜め込んだ感情が我先にと涙になって流れ落ちていく。

「ぅ、あ、うぁあ、いるか、せんせぇ、ッ、いるかせんせぇ」

ギュッとなんどもイルカにしがみつきシカマルは涙を流した。懐かしい気持ちが余計にそうさせたのかもしれない。イルカのくたびれたベストに染み付いた匂いがシカマルに遠い記憶を呼び起こさせ、本当にアカデミーの職員室にいる気分になる。さらに昔と同じように優しく背中を叩くそのリズムがシカマルの溜め込んでいる感情をうまく吐き出させていった。

シカマルは涙声になりながらイルカに思っていることすべてを吐き出していく。アスマのことや父親のこと、自分の力不足、将来への不安、それに対する焦り、イルカは一切口を挟まずそれが終わるまで背中を叩き続けた。

「………」

ぐすぐすと鼻をすするシカマル。ようやく落ち着いて来たようだ。

「落ち着いたか?」

「…………」

ぎゅう、と抱きしめられ、これはもう少し定期的に見る必要があるな、とイルカは心の中で呟いた。

「なぁ、シカマル、少しはすっきりしただろ?だから、この部屋から出たら少しだけ素直になってみろ、先生との約束な」

「…………はい」

シカマルは真っ赤にさせた目をこすり、こくりと頷いた。

「ほら、休憩終わるから早く行きなさい」

「……先生、ありがとう」

少し恥ずかしそうにしながらも、ハッキリとそう呟きシカマルは部屋を出ていく。イルカはシカマルを笑顔で見送ると机に置かれた書類に目を通しながら、内線機に手をかけた。

「シカマル、おかえり」

「ただいま戻りました」

カカシはシカマルの顔を見ても何も言わずに笑いかけた。シカマルは少し不思議に感じたが、根掘り葉掘り聞かれるよりマシかと安堵のため息をつく。一方のカカシも事前にイルカから連絡が来ていたため詳しい事情を聞かないように釘を刺されていた。

(イルカには見せて俺には…って、そりゃそーだよねぇ、アカデミーの担任と別の班の担当上忍じゃわけが違うか…)

カカシは心の中でため息をついて、また書類に取り掛かり始めた。もう夕方を過ぎたというのに書類は次から次へとやって来て、いかにこの里の復興が進んでいないかがよくわかる。しかし弱音は吐いていられない、終わりのないものはないのだから。


(これで次は…あ、もうないか)

シカマルができる書類がなくなってしまう。後は火影の判子を待つだけだ。しかし、火影の机にはまだまだ山のように書類が沢山あって、すぐに書類が回ってくる様子でもない。

(飲み物…入れてくるか)

シカマルは執務室の近くにある給湯室に行く。給湯室で屯している同僚や後輩への挨拶も程々に自分とカカシの分の飲み物を用意し始めた。カカシはコーヒーで自分は日本茶だ。

「シカマル!」

「お、ナルト、さっきぶり」

シカマルを見かけてナルトは給湯室まで入って来た。さっきのことは気にしてなさそうだが、イルカに言われた言葉が引っかかる。

(…ここで謝んなきゃ、後悔するよな……)

「なぁ、シカマル、明日からの任務なんだけどよ」

「ナルト」

「ん?」

「さっきは、悪かった……ありがとうな心配してくれて、嬉しかった」

泣き腫らした目を見られるのは恥ずかしいが、きっちりナルトの目を見て謝る。ナルトは少し驚いた顔をしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。

「そんなの気にしてねーってばよ!ていうかシカマル、泣いたのか?」

「…うっせ、さわんな」

「ふーん…ま、いいや!明日の任務については後で聞きに行くってばよ、お疲れ!」

ナルトはスッキリした顔でバタバタと給湯室から出て行く。シカマルも心にずっと引っかかっていたものが取れ、幾分か気分が良くなった。

(素直に……なれた、よな?)

執務室に戻ると相変わらず書類の山がカカシを隠している。というか、自分が給湯室に行っている間に増えたような気もした。コーヒーと日本茶を自分の机に置き、おそるおそる書類の山の裏側に回ると椅子でうつらうつらと船を漕いでいるカカシがいた。

(カカシ先生…寝てる)

起こさないように気配を消し、近づくと僅かだが目の下にクマがあった。そうだ、この人だって忙しくないわけではない。火影という立場で毎日毎日書類に目を通したり視察に行ったり仕事づくしだったのは補佐見習いの自分が一番よく知っていた。

(なのに…自分のことしか考えてなかった、顔に出てたんだろうな、カカシ先生、気を使って俺をからかってなごませようとしてくれたんだ…)

まだ、間に合うだろうか。この人にも素直になりたい。もっと自分を見て欲しい。そして、自分ももっとこの人を知りたい。

「…………」

そっとカカシのマスクを下ろす。カカシのマスクの下を見たことがある人はどれぐらいいるのだろいか。自分の同期は?元担当上忍の人たちは?真実はカカシに聞かなければわからないが、シカマルだけがカカシの今この瞬間を独り占めにしていたのは確かだった。

「せんせ…」

眠っているカカシの唇にそっとキスをする。もしバレたらその時はいたずらですまそう。唇をゆっくりと離し、マスクを戻すとシカマルはゆっくりと机に戻り日本茶を啜った。

(って…俺、なんでキスなんか……さっきの仕返し???)

「シカマルくん、ちょっといい?」

「シズネさん、どうしたんスか?」

執務室にやって来たシズネに呼ばれ、シカマルは執務室を出て行く。遠のく足音が完全に聞こえなくなった頃にカカシはパチリと目を開けた。

「…………アレはずるいよ、シカマル…」

ポツリと呟いた言葉を聞く者はおらず、カカシは1人書類の陰で赤くなった顔を両手で隠した。

■■■

「カンパーイ!」

いのの掛け声で一気に騒がしくなる。すっかり4月も終わり、今日は5月1日、チョウジの誕生日だ。同期はみんなチョウジの誕生日を祝うために焼肉Qに集った。

「おっめでとー!チョウジ!」

「ありがと**」

「今日はチョウジの為に焼肉食べ放題スペシャルコースを用意したってばよ!」

「ほんとに**!?やったぁ、僕今日はたくさん食べるぞ*!」

「あれ、そういやシカマルは?来てねーのか?」

キバの言葉に合わせ赤丸がワフッ、と吠える。チョウジはシカマルから事情を聞いていたようで焼肉を焼き始めながら答えた。

「シカマルは仕事終わらせてくるって、絶対行くから待ってろって言ってたよ」

「ホント、あいつチョウジのこと大好きよね*」

「昔から、俺が女ならチョウジと結婚する、ってずっと言ってるもんなぁ」

あ*、言ってた言ってた、とみんなが昔のシカマルを思い浮かべる。当の本人はここにはいないが話題は完全にシカマルのことになっていた。

「ていうかさ、最近のシカマルちょっと違うわよね」

「違うってなにがよ、サクラ」

「なんていうか…なんか、キラキラ?してる?」

「ぶっは!あのシカマルがかよ!ねーわ!!」

「キ、キバくん、そんな言い方ダメだよ…!でも、シカマルくん最近よく笑うよね、前よりも仕事のこと喋ってくれるようになったし」

ナルトはその原因を知っているような知らないような少し複雑な気持ちで会話を聞いていた。実際あのあと進展があったのかはナルトも知らない。だが、シカマルの雰囲気が少し変わったというのは聞いていた。みんながやいのやいのとシカマルの話をする中、チョウジはのんびりと焼肉を食べている。

「チョウジー、あんたなんか聞いてないの?」

「僕?聞いてないよ、シカマル忙しいし、それに聞かなくてもなんとなくわかるから…この間まではちょっと心配だったけどね、今は大丈夫だと思うよ」

「ふーん、そっかぁ」

「ふーんって、いの、アンタも第10班でしょ」

「とは言ってもこの男2人の間には女の私が入れない何かがあるのよ、サクラやヒナタ、テンテンさんだってあるでしょ*?」

確かに…と女子メンツは頷く。男子はもうその話題に飽き始めたのか各々肉をつつき始めた。そんな中、焼肉Qの二階にあがってくる足音が聞こえる。

「わりぃ、チョウジ!遅くなった!」

「シカマル、お疲れ様」

「シカマル*お前チョウジの隣な」

みんなに招かれシカマルはチョウジの隣に座る。

「シカマル今日で何徹目なんだ?」

「あー、確か5日か?」

「えっ、ヤバいじゃんそれ」

「まぁ、ぼちぼちだな、あ、そうだ俺またすぐ行かなきゃなんねーんだ、カカシ先生が仮眠してる間に来てるだけでよ」

ちょっと焼肉持って帰っていい?とチョウジに聞くシカマル、その顔はなんだか嬉しそうでナルト達は顔を見合わせた。すかさずいのがシカマルを小突く。

「なぁに、アンタ、こないだまで死にそうな顔してたくせに」

「ピリピリしてたよねぇ」

いのに続きチョウジがのほほんと言う、シカマルはバツが悪そうな顔をした。

「悪かったよ…お前らに八つ当たりして」

「自覚はしてたんだ」

「自覚したんだよ……今は別にピリピリもしてねーし、結構元気だから、相変わらず仕事は減らねーけど」

シカマルが大変なのはその場にいる全員が知っていた。いつ見ても書類を持って会議やら集会やらに走って行き、執務室では大量の書類に埋もれながら仕事をしている。そして任務では常に部隊長を務め司令塔として任務を遂行する。シカマルは十分すぎるぐらい仕事をこなしていた。

「仕事、仕事って言ってたらアンタ独身よ一生」

いのは懲りずにシカマルの痛いとこをついていく。第10班で猪鹿蝶であるいのだからこそ、シカマルにこう言えるのだろう。ただ、他のメンバーはまたシカマルの機嫌が悪くなりはしないかドキドキしながら見守っていた。

しかし、

「…いいんだよ、それならそれで、こういうのって縁だろ?」

にっこり笑ってそう言い放ったシカマルの顔を全員が凝視する。一体何があったというのか、仕事のし過ぎではないか、5徹で頭おかしくなってるんじゃないかなどと小声で推測が飛び交った。そんな仲間の反応には気づきもせずにシカマルは時計の針を見て慌てて立ち上がった。

「ワリィ、もう戻んねーと、チョウジ誕生日おめでとうな!肉サンキュ!」

「あ、ありがとうね、シカマル来てくれて」

階段を駆け下りていく足音が聞こえ、みんなが火影塔まで走っていくシカマルを一目見ようと窓に駆け寄った。

「なにあれ…!シカマルどーしちゃったのよ、いの!」

「私にわかるわけないでしょ!見たことないわよあんなシカマル!」

「本気でキラキラしてんじゃねーか…なぁ、赤丸」

「ワンッ」

「びっくりしたねぇ…でも、シカマルが元気ならなんでもいいよ僕は」

チョウジは呑気に焼肉を食べている。このままではチョウジに全て食べられてしまうとみんな席に戻って来た。元々、カカシを焚きつけたナルトもシカマルの変化には少し戸惑ったが、チョウジの言う通り元気ならそれでいいような気もする。

(でもやっぱ気になるってばよ…後で様子見に行くか)

■■■

火影塔に戻ったシカマルは執務室横の仮眠室でカカシが寝ていることを確認し、給湯室へと向かった。実は木ノ葉の給湯室はペイン戦の復興の後、かなり綺麗にリニューアルされていて、他国の施設よりも設備が良い。仮眠室にはユニットバスが付いてるし、給湯室は給湯室というのが名ばかりのキッチンだ。せっかくだから何か軽食を作ろうと焼肉と途中スーパーで買って来たニラと卵を出す。

(カカシ先生が起きるぐらいにはできっかな…)

中忍になってからは泊まり込みの業務も増え、母の手作りを食べることが少なくなった為シカマルは自炊をするようになった。なんせ家に帰れたとしても母が寝ている時間にしか帰れないのだ。起こすのは母に申し訳ない、そう思って家でもこっそりと夜食を作るようになった。因みに元忍の母を起こさぬよう音を極力出さないようにして料理ができるようになったのが、シカマルの密かな特技の1つである。

焼肉を適当な大きさに切り分け、ニラと混ぜ合わせる。調味料は塩コショウを少々と焼肉Qのタレ、十分に火が通ったら弱火で卵を回しがけし、少しあたためて出来上がりである。流石のシカマルも音は抑えることができても匂いは抑えられないので、出来上がる頃には良い匂いが給湯室から漂い始めていた。

「シカマルー何作ってんだー?」

「俺らにもよこせー!」

「ゲッ、イズモさんコテツさん!ダメっすよ!これ火影サマのなんだから!」

「最近、火影ばっかりかまってんじゃねーの?」

「そーだそーだ!」

「ゲンマさんもアオバさんも火影サマの同期だからってダメっすよ、これはダメっす」

「バンビちゃーん、お腹減った!」

「なんか作って**バンビちゃ**ん」

「アンコ姐さんたちもダメっす!後で作りますから!ていうかバンビちゃんってやめて下さいっていつもいってるでしょーが」

ワイワイガヤガヤと給湯室に徹夜で缶詰になってる職員たちがやってくる。こうなってしまったら仕方がない。早めに執務室に食事を持って行きこのゾンビ化してる先輩達にも食事を作らねばなるまい。

(まぁ、来ると思って食材は買ってあるから良いんだけどな、ったく、メンドクセー)

「なぁに騒いでんのよ」

ちょうどシカマルがため息をついたその時、聞き慣れた声が響いた。その声はまさに鶴の一声!…と言っていいのかはわからないが、あれだけ給湯室前に固まっていた人だかりが一瞬にして間を開けた。まるで海を割った西洋人のようだ。

「火影サマ!寝ててくれて良かったのに…!」

「ん?だって美味しそうな匂いしてたから寝れなくて」

「そうっすか…じゃあ、これ、食べてて下さい、俺、先輩達にも作るんで」

シカマルがカカシに焼肉炒めを渡すとカカシはしばらくそれを見た後にシカマルを見つめた。

「…火影サマ?」

「なんでお前が作る必要あるの?」

「え、いや…ないっすケド、でもいっつも作ってるし」

シカマルの返答を聞いてカカシは人だかりに向き直る。

「ゲンマ、アオバ、君たちなら簡単に夜食作れるでしょ、アンコたちだって自分でしなさい、イズモとコテツは勤務中に間食しないこと、夜食まで食べたら中年太りになるよ」

それだけ言うとカカシはシカマルの手を引いてまた人だかりを抜けていき、最後に振り返った。

「君たちさ、シカマルを良いように使ってるけど、この子俺の部下だから、俺のなの、そこんとこよろしくネ」

殺気を込めてそう言い放ち、そのまま執務室に戻る。シカマルは仕事をほっぽり出して余計なことをしてしまったと後悔していた。

「火影サマ…」

「ん?」

「すいませんでした…仕事もせずに……」

「…え、シカマルには怒ってないよ?」

キョトンとした顔をするカカシを見てシカマルは拍子抜けしてしまう。

「お前は先輩たちに言われて作ってただけでしょ、むしろシカマルの立場を理解せずにあの人数分作らせてたあいつらが悪いの、ったく、ああいうとこ昔からなんだよね」

「はぁ…」

プリプリと怒りながらカカシはシカマルの作った焼肉炒めに手をつける。

「いただきます」

「あ、どうぞ…」

シカマルは自分の机の書類を整理しながら先ほどのカカシの言葉を考えていた。

(昔、から…かぁ、カカシ先生の昔ってどんな感じなんだ…?)

戦争の中でカカシの仲間が皆死んだことは知っていた。師であり、ナルトの父親でもある四代目火影も九尾の事件で妻とともに命を落とした。父親のはたけサクモは自殺、母親は物心つく前に他界、この人の大切なものはどれだけ無くなってきたのだろうか。もう大切なものはないのだろうか。

「ごちそうさま、シカマル、美味しかったよ」

「…………」

「おーい、シカマル?」

ぼんやりと考え込むシカマルの前でカカシはパタパタと手を振るがシカマルは気付きそうにない。

「シカマル*」

「あ、す、すいません…なんでした?」

「いや、ごちそうさまって言いたかったんだけど…どうかした?」

「いえ、なんでも」

「そう」

会話が途切れ、しばらく執務室には書類の紙がこすれる音とハンコを押す音だけが響く、カカシはふとこの間のシカマルのいたずらを思い出し、シカマルの唇をみた。薄くてピンク色の唇が艶めかしく映る。気がつけばカカシは自然とシカマルに話しかけていた。

「ねぇ、シカマル」

「はい」

シカマルは書類を読みながらカカシに返事をする。

「この間、寝てる俺にキスしたでしょ」

「へ、っ!?」

ガバッと真っ赤にした顔を上げシカマルはカカシを凝視する。その反応が少し可愛らしくてカカシはにっこりと笑った。

「なんであんなことしたの?」

「な、なんでって……し、仕返しです、イタズラの」

ボソボソと呟くシカマル。カカシは手招きをしてシカマルを机の側まで呼んだ。シカマルは青い顔をして謝る。

「………火影サマ、すいませ…」

「そう言うことじゃなくてさ」

ぎゅ、と両手を握られシカマルは何が何だか分からずに目を瞬かせた。謝罪しなくていいならどうすればよいのだろうか。

「もう一度、イタズラしてよ」

「………は、?」

「キスしてよ、シカマル」

ぐい、と引っ張られカカシの膝の上に座らされた。体は急激に熱を持ち始め、心臓はうるさくて仕方がない。

「ダメ?」

「…………キスしたいんですか、俺と?……女じゃなくて?」

「うん、シカマルがいい」

シカマルはしばらく恥ずかしそうに俯いていたが、おそるおそる顔を上げ、マスクをゆっくりと下ろした。頬に手を添え、じっとカカシを見つめる。本当に良いのだろうか、この一線を越えてしまっても…。

「カカシ、先生…ッ、ん、ふぅ…!?」

痺れを切らしたカカシが唇を重ねてきた。シカマルは少し驚いたが激しいキスで頭がいっぱいになり、余計なことは何も考えられなくなってしまう。

「ぁ、かかし、せんっ、んぅ、はぁ、あぅ…」

「シカマル…」

カカシはシカマルを机に押し倒し、シカマルの髪を解く。書類がバサバサと床に落ちていくが、そんなことを気にする者は誰もいなかった。荒い息遣いと赤くなった頬には綺麗な黒髪がかかり、なんとも言えない色気を醸し出す。カカシはすっかりその気になってしまい、シカマルを熱のこもった目で見つめるが、見つめられているシカマルはこれから何が起こるのかなんとなくはわかりつつもイマイチ実感が湧かず頭が追いついていなかった。そんなシカマルの状態を察し、カカシはシカマルの両手首を片手で押さえ込み逃げれなくしてしまう。

「シカマル…いい?」

この時のカカシはなぜだか分からないがかなり焦っていた。早く目の前の子供を自分のものにしてしまいたいとその欲求だけが頭を支配して他には何も見えてなかった。だからだろうか、シカマルが少し不安そうな顔をしていたのに気づけなかった。

「……せんせ、誰か来たらどうするんすか」

「大丈夫だよ、誰も来ないよ」

「…やっぱ…これ、はずして下さい、仕事しねーと」

押さえられた両手に視線をやり嫌そうな顔をするシカマル。カカシは自分と彼の温度が違うことに気づいたが、ここまで来たら引き下がれない。そう思ってシカマルに覆いかぶさったが現実はそんなに甘くはなかった。

「ハイ、ストップー、カカシ先生なぁにやってんだってばよ」

いつのまに入ったのやら天井裏から出て来たナルトがぐい、とカカシの襟を掴みシカマルから引き離す。影分身で分裂したもう1人のナルトがシカマルを保護した。

「………ナルト?」

「シカマル*、お前警戒心なさすぎだってばよ、ちょっとこっち来い」

影分身と本体で目配せをして、シカマルを連れた影分身のナルトは執務室を出ていく。そして本体のナルトは凍てつく吹雪のような雰囲気でカカシを睨みつけた。

「先生、自分が何したかわかってんだよな」

「…………」

「なんか言えってばよ…あれ、完全に同意じゃねーだろ、雰囲気でシカマルを流そうとしてさ」

「………そうだね」

「そうだねって…わかってんのかよ」

カカシはマスクをあげ、椅子に沈み込んだ。マスクをしていてもカカシの顔は真っ赤で、遠くから見てもわかるぐらいである。ナルトは師であるこの人が、ついこのあいだの自分と同じように、自分の中にある愛情に初めて気づいて戸惑っていることがわかった。

「…こんなの初めてで、正直どうしたらいいかわからないよ」

「………………ったく、しょーがねー先生だってばよ」

本体のナルトがため息をついたその頃、影分身のナルトも盛大にため息をついていた。シカマルは少し申し訳なさそうな顔をしている。

「あのさぁ、俺がなんでため息ついてるかわかる?」

ウンザリしながらもナルトがそう聞くとシカマルはコクコクと頷いた。

「…カカシ先生が好きならそれでいいけどよ、あ、いや、場所は選んでほしいけどな…嫌なら抵抗しろってば、シカマルも男なんだからカカシ先生に力負けするほどじゃねーだろ?」

「…そうなんだけど…わからなく、なって」

「何が?」

「あの人にどう見てもらいたいのか」

シカマルの頬はほんのり赤くなっている。ナルトはもうそれだけで答えが出てる気はしたが、シカマルはわからないのだろうか。

「シカマル」

「ん?ちょっ!おい!やめろバカ!」

自然に顔を近づけて来たナルトをシカマルは思わず押しのける。怒った顔をするシカマルをみてナルトは呆れ果てた。

「なんだよ急に!」

「カカシ先生とはキスすんのに俺とはダメなのか?」

「っ、えっと…それは………」

「それってもう答え出てんだろ」

「………………う、」

ほんのり赤いだけだった頬が真っ赤に染まる。それはシカマル自身にもわかるぐらいで、恥ずかしさを隠すように手で顔を覆った。いつからあの人が好きだったのだろうか、認めて欲しくて必死に仕事だけをして来たはずだったのに、あの人の笑顔やのんびりした声、銀色の柔らかい髪も誰にも見せない素顔も、いつのまにか全てが愛おしくなっていた。

「素直になれってばよ」

「ナルト…」

「お前は俺の為に頑張ってるんだろ、俺を火影にするのがお前の夢なら、俺の夢は火影になってみんなを幸せにできる里を作ることだ」

ナルトはシカマルを見つめる。どうかわかって欲しいと願いを込めて。

「そこにはお前はいなくちゃいけない、お前も幸せになるんだシカマル、自分が許せないなら俺が許してやる、俺の為に生きるならお前は愛を見つけろ、それを知らないと俺たちが目指す里はどんだけ頑張っても作れねーってばよ」

「…………っ、ちょっと行ってくる」

「オウ」

立ち上がったシカマルにナルトは拳を突き出す。シカマルは少し戸惑いながらもしっかりと拳を合わせた。

「さて、邪魔者は帰るとすっか!」

ボフン、と影分身が解け、執務室にいるナルトに一部始終が伝わった。

「そろそろ行くってばよ、じゃあなカカシ先生」

「ナルト」

カカシはナルトを思わず呼び止めてしまう。まだ自分がどうしたらいいかよく分からなかったのだ。カカシの困ったような顔を見てナルトは苦笑いをした。

「俺、カカシ先生には幸せになって欲しい!でも俺が助けたら意味ねーから、だからカカシ先生が頑張らないと、カカシ先生が自分で幸せになんないとダメだってばよ!」

「…………そうだね」

シカマルにしたのと同じように拳を突き出すと、カカシは笑って拳を合わせた。ナルトが去ってしばらくすると執務室にかけてくる足音が響いてくる。

「カカシ先生!」

勢いよくドアを開けて入って来たシカマルを抱き寄せるとシカマルは驚いた顔でカカシを見上げた。

「シカマル、さっきはゴメンね…」

「俺の方こそ……ごめんなさい」

「…………ちゃんと言葉にしてなかったけど、俺ねシカマルが好きだよ」

だからキスしたかったんだ、と言うとシカマルの顔は真っ赤になり、カカシの胸に顔を埋めた。

「…………俺も、スキです…カカシ先生、俺をあなたの大事な人にしてくれますか?」

「もうなってるよ、ずっと前からね」

マスクを下げニッコリと笑うとシカマルも自然と笑顔になる。シカマルは自分よりも少し背が高いカカシに近づけるように少しだけ背伸びをしてキスをした。

「んっ、…」

「シカマル……」

「ぁ、んっ…!せん、せ…」

シカマルを抱き上げキスに応える。舌を首筋へと移動させ、少し力を込めて噛み付く。机に座らせ服に手をかけるとシカマルが恥ずかしそうな顔でカカシを見つめて来た。

「大丈夫、誰もこないよ」

結界張ったしね、と笑いかける。

「………じゃなくて…」

「じゃあなに?」

嫌がる手を抑えながら服を脱がせていく。上忍のベストに下のハイネック、下の服と靴も脱がしてしまうとシカマルが身につけているものは何も無くなってしまった。

「後悔…しませんか」

「しないよ」

「俺、女じゃないから柔らかくもないし、胸もねーし……赤ちゃんだって作れませんよ」

「女の人じゃなくてシカマルがいいの、胸もなくていいし柔らかくもなくていい…子供は、もし欲しくなったら養子を貰えばいいでしょ」

「…………モノ好きすぎですよ」

「そんな俺がスキなんでしょ?」

「…ばか………ん、ぁ…っ」

本当は仮眠室のベッドでする方がいいのだろうけど生憎そんな余裕はない。シカマルを机に寝転がせ、足を大きく広がせ、二本の指をゆっくり秘部に挿入していく、内部は生暖かくネットリとまとわりついて来たが、そのまま奥まで推し進め根元まで埋め込んでしまう。

「二本入ったじゃないか、シカマルもしかして抱かれたことある?」

「っ、あるわけないでしょ…んぅ、あ、ァ、っ」

下世話な質問にシカマルはカカシを少し睨んだがカカシが指を動かし始めるとその睨んだ瞳も潤んでいく。

「ひっ、ぁ、カカシせん、せっ、あ、ぅ、やだ、っ、なんか、へん…!」

「ん?イくんじゃないの?前いじってあげよっか?」

空いている手でシカマルの性器を握り、上下に擦り始めるとシカマルの口からは女のように高い嬌声がで始める。

「アッ!ばかっ、そんな、ぁ、だめっ、ひっ、アッ、あっ、ぁ、アァッ!いや、だ、ぃ、ッく、アッ、アァッ、ああぁっー!!」

白い白濁が飛び出し、シカマルの白い肌にベットリとついてしまう。カカシはそれを秘部から抜いた二本指で丹念にすくい取り、また秘部に挿入した。シカマルは快感の衝撃が大きかったようで体を小刻みに震わせながら、指を唇に押さえつけ余韻に浸っている。

「ぁ、ア………」

「シカマル…綺麗だ」

「ぁ、っ…!ん、ん、ぅ、あ、アッ…!」

自らの白濁が入った秘部はクチュクチュといやらしい音を響かせ快感をまた増幅させていく。シカマルは快感から逃げようと腰を捻るがカカシが太ももを抑え込んでいて結局は意味がない。シカマルはどんどん迫ってくる快感に次第に恐怖を感じ始め、涙目でカカシに助けを求めた。

「アッ、っ、ぅ、やだ、こわい、せんせ、こわいよ…」

「怖くなんかないさ、全部見せてよ、きっと綺麗だ」

「でも、っ、ぅ、アッ、おれじゃ、ないみたいっ、ひっ、ぁ、アッ、せんせぇ…!」

「これもお前だよ、ちゃんとした奈良シカマルだ、シカマルが知らなかっただけだよ」

クチュッ、クチュクチュ、と音がより一層激しくなってくると、勢いで今まで触れていなかったシコリのようなものにカカシの指が触れた。

「いっ、アァッッ!!?」

「…前立腺、かな」

指を折り曲げそこを重点的についていくとシカマルの嬌声は激しく甲高くなっていく。

「ひぁっ!!せんッ、せっ、ぁ、アァッ、おかしくなるからぁっ!アッ、やだっ、しぬ、しんじゃぅっ!」

「死なないさ、シカマル」

「いっ、や、ゃ、アァッ、あっ、も、やだぁっ、かかし、せんせぇっ!ひっ、ぅ、アッ、ぁ、アアァァッッ!!」

白濁は出ずに快感だけが体を駆け巡った。秘部の中も締め付けが強くなり更にネットリと肉が指に絡みついてくる。

「もしかして後ろでイッた?」

「ぁ、あ…っ、ァ…」

涙を流しシカマルの体は大きく震える。噂には聞いていたし、忍の知識としては知っていたがまさかここまでとは思っていなかった。驚きながらもカカシはゆっくりと指を引き抜くと、そそり立った自身を秘部に合わせシカマルの頭を優しく撫でた。

「シカマル、まだいける?」

「っ、せ…んせぇ……もっとシてください…せんせといっしょなら…」

シカマルの手がカカシの手を握るとゆっくりとカカシが中に入ってくるのが実感できた。指の比ではない太くて熱いものがシカマルの秘部を押し広げていく。

「ん、っ…せんせ、せんせぇ…」

「シカマル、入ったよ…!」

唇を重ね一気に動き始めると出せない嬌声が行き場をなくし、手を痛いほど握られる。カカシもそれに応え、激しく腰を動かした。

「ぅ、アッ、アァッ!ひぁっ!ぁ、アァッ、ぁ、あっン!!」

「シカマルッ、すきだよ…!」

「ひっ、ぁ、あっん!お、おれも、おれもすきっ、せんせっ、せんせぇ!!ッ、あっ、アッ!!」

ぎゅうぎゅうと中が締まっていく度にカカシは達しそうになっていた。時たま苦しそうな顔をするカカシに気づいたのだろう。シカマルはカカシの首に手を回し引き寄せると唇を深く重ねた。

「ンっ…しかまる…?」

「ぁっ、せんせ、いーよ、アッ、ん、ぅ…だして、おれ、せんせぇの、ほしいよ、ん、ァ、あぁっ!」

シカマルの言葉にカカシは意識が飛びそうになった。受け入れてもらえることの嬉しさが心を満たし、溢れんばかりの愛情が出口を求め出よう出ようと押し合う。そうなってしまえば後は激しく上り詰めていくだけだ。体を打ち付け合う音、秘部から漏れるいやらしい音、愛しい人の口から出る愛の音、全てがカカシの耳から入り脳を支配する。この子を自分のものにしてしまいたい。激しく乱れて散っていく様が見たい、その一心でカカシは腰を振った。

「シカマルっ、すきだッ、すきだ…!」

「アッ!せんせっ、おれも、すきっ、アッ!やっ、ぁ、ひゃんッ!あ、ぁ、アッ、イく、イっちゃぅ…!」

「おれも、もう…!」

「あっ、や、ぁ、アッ、せんせぇ、せんせぇ!ッ、あ、ぁ、あッッッ、ああぁあぁあっー!!」

とぷん、と中に白濁が注ぎ込まれた瞬間、シカマルも二度目の絶頂を迎えた。力強く握られていた手もスルリと抜け落ち、ぐったりと机に横たわる。何度も深く息を吸う2人の音が部屋に響いた。シカマルの下半身はまだ熱でジンジンと熱いし、頭はボーッとして現実に頭が追いついていない。だが、幸せだということはわかった。まだ快感を逃がしきれずに震える手を見つめシカマルは呟く。

「俺…認められたかったんです」

「誰に?」

「…誰だろ……1番認めて欲しかったのは先生だけど、先生だけじゃなかった…今思えばきっとそれは勘違いで、俺はこうやって誰かに愛されたかったんだと思います」

「…シカマルは認めることが愛とイコールなんだね」

「だって、認めるってことは存在を刻むことでしょう?」

「………難しい話をするねシカマルは」

シカマルは困ったように笑うカカシの手を震える手で握り、指を絡める。不思議そうにシカマルを見るカカシにシカマルは笑いかけた。

「簡単ですよ」



「先生が大好きってことっス」

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