あの夏には君がいた(下)


「おい、飛段!今日カラオケいくだろ?」

「わりぃ!今日は用事あるからよぉ!」

「今日はって、最近ずっとそうじゃん!」

「ホント、わりぃって!!」

馴染みの顔に声をかけられたが俺は早々に教室を後にする。最近の飛段はおかしいと口々に囁かれているが、そんなことはどうでもよかった。早く踊りたくて仕方ない。シカマルとの約束は月水金の放課後、場所は屋上。因みにシカマルが教頭をうまいこと言いくるめて屋上の鍵を奪取した為、人は入ってこない。練習を始めてもう二週間ほど、プールの合同授業もあと2回しかない。シカマルと出会った六月の蒸し暑い梅雨空はもうどこにもなく、からりと日本晴れが広がる。もうすぐ、夏休みだ。

(夏休みになったら練習はどうすんだろーなァ…)

ま、シカマルがなんか考えてるだろ、とタカをくくって入るべからずと書かれた(因みにシカマルが書いた)屋上のドアをスペアキーで開ける。しかしそこにはシカマルの姿はない。まさか遅刻か?と首を傾げていると背中から蹴りを入れられる。

「いってぇ!てめっ、出会い頭に何かと理由探して蹴るのやめろよ!!」

「お前が教えた姿勢維持できてねーからだろバカ、ていうか暑い!今日から練習場所変えるからな!」

「何でだよ暑いのは今更だろ?」

「…………た、」

「え?なんて??」

「日焼けしたんだよ!完ッ璧、この練習のせいだからな!」

うがーっ!と怒った顔をする。シカマルを見て思わず吹き出してしまう。

「ぶっ!ぶふっ!!シカマル!おめー、そんなこと気にしてんのかよ!ひーっ、腹いてぇ!」

「死ッねェエェ!!!」

「うぐほぉっ!!」

飛び蹴りが腹にクリーンヒットしいつも以上に吹っ飛び、ゴロゴロと柵まで俺の体は転がった。がはり、と起き上がりすかさずシカマルを追いかける。

「テメェ!このがり勉野郎!!飛び蹴りはねーだろ飛び蹴りはァ!」

「避けれないお前の無能さがよくわかっていいじゃねーか、このトリ頭!!」

「うるせぇーっ!!」

「ぎゃーぎゃーうるせぇよ!言い返す頭もねぇくせに!」

バタバタと階段を駆け下りていると自然と笑いがこみ上げてくる。俺を知っている奴らやシカマルのクラスメイトは呆気にとられて俺たちを目で追ったが、そんなことは知ったこっちゃない。怒鳴りあいながらも何故か俺たちは笑顔で学校を後にした。

「ハァ、…ハァ、なぁ、シカマルちゃんよぉ、少し、休憩しねぇか…??」

「………もうバテたのかよ、情けねぇの」

「とか言ってお前も汗だくじゃねーか…俺ん家近いからシャワー浴びてくか?」

「……………行く」

汗だくになったシャツは体に張り付いて少しだけエロい。ちょっとどころじゃない下心があるなんて口が裂けても言えないが、涼みたいのは本当だ。俺の家は学校の最寄駅の近くにある体育館を曲って左、また右に曲って、左左右左、右右左右にある。え、わからねぇって?ていうか近くないって?それは言わない約束だ。ただ誘いたかっただけなのだから。それに、今まで迷わずにたどり着いた奴はいない。ていうか、誰も来たことないんじゃないか?まぁ、そんな我が家にシカマルを招いた俺はなかなかのチャレンジャーということか。ギイ、と豪邸の門を開けるとシカマルは目を丸くして立ち尽くした。

「……おぼっちゃんかよお前」

「いんや、俺ん家あっちだから、こっちはお袋の職場」

「住み込みか?」

「おう、ハウスメイドってやつ、親父がいなくなってからずっとここで働いてんだ」

「…じゃあ今は仕事中か」

「あー、今日は休みって言ってたわ、デートとかなんとか…」

「へぇ、元気なお袋さんなんだな」

「親父がいなくなってからずっとだよ、遊び呆けてばっか…」

「……………」

「あれが俺ん家」

指をさした先には庭先にある小屋みたいなこじんまりした家。もう随分この家に住んでいるから羞恥心なんか吹き飛んでしまうぐらいの愛着はある。シカマルを招き入れ、俺は風呂場に洗濯物がないか確認した。よし、何もない。

「シカマル、先入れよ」

「もうめんどくせーから一緒にはいろーぜ、どうせ男同士なんだし」

「マジで言ってんのか、狭いぞ」

「いいよ、俺細いから」

べっとりと汗で濡れたシャツにズボン、パンツ、それぞれ2着ずつ洗濯機に放り込んで俺たちは狭い狭い風呂場に入った。ヒンヤリとした水で汗を流し、シャンプーを泡立てる。途中泡合戦が始まったが湯船が抜けそうになったので慌ててやめた。洗い終わった頃には清涼感が俺たちを包んでいてスッキリとクリアな気分になっていた。濡れた黒髪を絞りながらシカマルが口を開く。

「わざわざありがとな」

「構わねえよ、普段世話になってるしな」

「まぁな、お前に教えるのは骨が折れるわ」

「もう振り付けは覚えたっつーの」

「でもまだ気持ちが乗ってねぇだろ、ただ踊ってるだけだ、それじゃ意味がねえ」

「気持ち、ねぇ……」

中々うまくいかない。ハァ、とため息をついた瞬間にガチャリとドアが開く音がした。俺は驚いて立ち上がろうとしたが、聞こえて来た足音が二人分で思わず足を止めてしまう。

「ただいまぁ」

「なぁ、本当にいいのかい?息子さん学校から帰ってこないかな?」

「いいのよ、あの子最近この曜日は遅いからゆっくりしてってちょうだい」

うふふ、なんていう気持ちの悪い声が聞こえて来て思わず俺は唇を噛み締めた。ため息をつきながらタオルを腰に巻いて風呂場を出る。ゆっくりとは恐らくそう言う意味である。そんなことされたらたまったもんじゃないと、俺は勢いよくリビングに続く扉を開けた。バァンッ、と言う音が響き、蝶番がギシギシと軋む。そして俺の視線の先には服がはだけたお袋とお袋をいやらしい目でしか見ない中年親父が呆けた顔で固まっていた。俺はドアを力一杯殴りつけ二人を睨んだ。

「あっ、あはは、こんにちは…息子さん、だよね?じゃあ、僕はこれで」

そそくさと男は帰ってしまう。お袋は残念そうに唇を尖らせた。

「何するのよォ、ちょっとぐらい気を利かせてくれたっていいじゃない」

「誰がババアに気を使うんだよ、家をラブホ代わりにすんな馬鹿」

「そんなこと言って、あなたも今日は誰か連れて来てるじゃない、靴が二つあったもの」

「………」

「姿が見えないけどあなたの格好を見る限りお風呂場かしら?お友達…じゃないわよね、恋人?いや、それなら家に連れてこないから……わかった!好きなんでしょ、その子のこと」

「アイツは…そんなんじゃねぇよ、いいから出て行けババア、邪魔だ」

「いやん、やめてったらぁ」

ぐいぐいとお袋を引っ張って玄関まで連れて行くとバスタオルで体を巻いて脱衣所から様子を伺っていたシカマルとばったり鉢合わせてしまう。お袋はシカマルを見た瞬間目を輝かせてシカマルに詰め寄った。

「あらあらまぁまぁ!なんて可愛らしい子なの!?男の子でもあなたほど可愛らしい子は中々いないわね!うんうん、体つきもセクシーだし姿勢もいいし、完璧よっ!ねぇ、あなたお名前は!?」

「えっ、シカマル、です…奈良シカマル」

「シカマルちゃんね!覚えたわ!うちの大馬鹿息子をヨロシクね**!私は同性婚とか全然OKだ・か・ら{emj_ip_0173}*」

「うるせぇっ、ババアッ!とっとと出てけ!!」

「あぁん、お馬鹿な息子が冷たい**」

バタバタとお袋を追い出して急いで鍵をかけるとドアストッパーを掛けた、そして大きくため息をつく。これで入っては来れないから、諦めてどこかへ行くだろう。俺の体はまたジンワリと汗でベタついていた。もう一回入りたいがどうしようか、と悩みながらシカマルを見る。

「………わりぃ、うちのお袋、元気すぎでよ、困るんだ」

「…いいや、俺は素敵な人だと思うぜ」

「そんな良いもんじゃねーよ…日替わりみたいに男変えて朝になるまで帰ってこねぇなんてザラだし」

「……………」

シカマルが歩くと床がギシギシと軋み、まだ乾ききっていない足の裏が床に張り付いてぺたぺたと音が鳴る。シカマルはゆっくりと俺の目の前まで来て、じっと茶色い瞳で見つめてきた。

「何だよ…」

「ずっと引っかかってたんだ、ようやくわかった…なぁ、飛段」

ぱさ、とシカマルの手から離れたタオルが床に落ち、シカマルは一糸まとわぬ姿で俺の眼に映る。

「……そのさ、どす黒い気持ち、全部俺にぶつけてみろよ、お前が普段抱え込んでるもの、全部」

俺、全部受け止めてやるよ?そう言ったシカマルと自分の置かれた状況を俺はすぐには理解できなかった。

■■

「ンッ、ふ…ぅ、ア、ん、」

「…ん、ッ、ふ…………」

ぴちゃぴちゃと舌が絡み合う音がする。俺はシカマルと裸で抱き合ってキスをしていた。何でこんなことになったかは自分でもわからない。だが、抑えきれない興奮が俺を欲望のまま突き動かしている。

「んっ!ァ、アァッ、ん、んぅッ!」

首筋に吸い付き、キスマークを残すと、そのまま胸に移動して乳首を吸い上げた。空いた手はもう片方の乳首をぎゅっとつまんで押しつぶす。

「あっ!ん、ンンッ!」

グリグリと何度か刺激を送るとシカマルは体を震わせ快感に犯されていた。ソッと唇を離し、吸っていた方の乳首もつまんで押しつぶす。

「ひぃっ、アッ!!」

「………お前、経験あんのかよ」

「ッ、はぁ、あっ、馬鹿…お前、俺とアスマの練習、見てたんだろ…?」

「…それは、」

「屋上での練習って、カマかけたんだ、本当はしたことねーよ」

シカマルは俺の髪を撫でて優しく微笑む。バレていたのか、と何だか気まずい気分になってしまうが、シカマルはさして気にしていないようだった。

「……見てたならわかるだろ、俺とアスマがどんな関係か、だからお前は気を使わなくて良い、まぁ恋人でもないから、浮気にはならないしな」

「………シカマル」

「飛段、お前の気持ち…全部俺にぶつけていいから、曝け出しちまえ」

ちゅう、と俺の唇にシカマルの唇が重ねられて、そこからはもう箍が外れたように激しくシカマルを抱いた。曝け出すというのが何かは分からないが、このお袋に対してずっと抱えている何かをシカマルに全てぶつけてしまおうとひたすら行為に耽る。部屋にはシカマルの声が響いて余計に興奮した。

「ンッ、ぁ、アッ!は、ァ、ッ、んっ、ひだ、ん、ッ!」

「ッ、シカマル…っ、は、ッ」

「ひっ、ぁ、アッ、あぁんっ!ひゃっ、あ、ァ、あぅっ」

シカマルの喘ぎ声が耳から頭に入り、脳内で何度も反芻させる。あぁ、気持ちいいな、とぼんやり頭の片隅でそんなことを考えながらもひたすら腰を振ってシカマルの中をめちゃくちゃにしていく。足を抑え、大きく開かせていると自分のものがシカマルの中を行ったり来たりするのが全てはっきり見えるのだ。奥を突くと下腹が盛り上がり、腰を引くと少しだけ肉がめくれてまた戻っていく。その生々しさに俺は自分の中で加虐心が芽生えてきていることに気づいた。素直にその欲望に従ってどんどん力任せに腰を振る。

「アッ!あっ、アンッ!ひだん、っ、ひだん、ぅ、ッ、ア、あぁっ!」

「も、イくか?」

「アンッ、あっ、いく、アッ、いっちゃう、ッ!あっ、やだ、やだぁっ、イく、アッ、あ、あっ、あぁあぁっ!!!」

ビクンッ、と体を震わせ達したシカマルの腰を引き寄せて俺はさらに奥を突いた。もっと、もっと奥で果てたい、すべてをシカマルに注ぎ込みたい。

「っ、はぁッ、わりぃ、シカマル…もうちょい…」

「ンァッ!?あっ、まって、まって、まだイって、ァ、アッ!ひぁっ、あ、アァッ!」

ぎゅっ、ぎゅう、と中がまた締まり、もう一度シカマルがイけるように前立腺をぐりぐりと押し込む。もう俺も限界だ。

「く、ッ、イくぞ…」

「ひ、ッ、ァ、アッッ!!!」

ぐったりと布団に倒れこんだシカマルの上に覆いかぶさり肩で大きく息をする。

「は、ァ……シカマル…」

「ん、ふっ、ん、ァ…」

舌を絡めあい、ゆっくりと腰を引くと一緒に白濁が溢れ出した。それを見て、あぁ本当にしてしまったんだと実感が湧いて来る。そしてなぜこんなことになったのか、それが今更理解できなくてシカマルを見ると、シカマルは布団に体を委ねながらも薄っすらと微笑んだ。

「……気持ち、晴れたか?」

「……………なんで、俺に抱かれる気になった?アスマとか言う奴より俺がいいって思ったのか?」

「いいや、俺はアスマが好きだよ…でも、もうわかんねーんだ、自分がどうありたいのか、だって自分には何もないって思うし実際そうだ」

俺も似たようなことをずっと考えていたな、と言葉を返せずに黙り込んだ。シカマルはどこか諦めたように笑う。

「…………」

「一緒だろ、お前も」

「………俺は、」

「もう散々頑張ってきたんだ、ずっと、ずっと、ずっと…誰にも褒められないけどアスマだけは褒めてくれた、認めてくれたから俺はここまでやってこれた…」

でも、と体を起こしたシカマルはぎゅっと小さく縮こまる。

「……今まで何とか男みたいな体にならないようにしてきたけど、さすがにもうキツくなってきた…足の骨とか今更痛いんだ、成長痛とか、来なくていいんだけどよ、それだけじゃないくていろんな事が、アスマが選んでくれた俺じゃなくなってきてるし、アスマも昔のままじゃない……」

もう嫌だ。と聞こえてきた弱々しい呟きで俺はシカマルがどうしてこんなことをしたのかわかってしまった。結局俺たちは自分の存在意義がわからなくて認めてくれて愛してくれた何かに縋ってきたんだ。俺はお袋でシカマルは「アスマ」、シカマルそれがなくなりそうで怖くて仕方なくて、だから俺を選んだのだ。

(…傷の舐め合いか、)

奈良シカマルが好きかと問われればそれはYESだ。だが、そこに恋愛感情があるかと聞かれてしまうとYESとは言えない。NOでもないがYESでもない、そんな微妙な感情を俺はシカマルに抱いていた。

もう一度シカマルの唇を塞ぎ、何度も舌を絡め合う。傷の舐め合いでもなんでもいい、俺にも縋る誰かが必要だ。だから、お互いに縋ってしまえばいい。答えが出るまで俺たちは互いの側にいよう、それが俺とシカマルが出した結論であった。

■■

シカマルと体を重ねるようになってからもう半月。夏休みが始まり、俺たちは毎日のように顔を合わせていた。朝早くに走り込みをして、一旦別れてから朝食後に再集合。昼までぶっ続けで練習し、昼食を食べて夏休みの宿題、俺の理解力がなさ過ぎてシカマルは何度もため息をついているが、それでもきっちり教えてくれる。因みに昼食の炭水化物は禁止である。炭水化物っていうのは食べたら眠たくなるらしい。宿題をある程度終わらせた後はまたぶっ続けで練習をする。大会に出るわけでもないのによくこれだけ練習できるな、と我ながら驚いてしまう。そして、あちらの方もお盛んかと問われると否定はできない。ムカつくことにお袋も気を使って週の何日かは家を空けるもんだからシカマルは俺の家にずっといるようになった。そして家をラブホがわりにするなと言った俺がそうしてしまっているからいそいそとデートに出かけるお袋にも強く言えない。そもそもそんなにシカマルが来て大丈夫なのかと言う話もあるが、シカマルの家はある程度放任主義らしくあまり家に帰らなくても気にすることはないようだ。朝食だけ家に顔を出して後はほぼ俺の家にいる。そして俺の家の掃除や洗濯やら、家事全般をやってくれて正に嫁が来たとお袋は大喜びだ。

昼飯を食べ終わった頃、シカマルのガラケーがピロン、と音を立てた。画面をスライドさせてカコカコとシカマルはメールの返事をし、俺に話しかけて来た。

「飛段」

「んー?」

「練習場所、今日違うとこ行っていいか?」

「体育館じゃダメなのか?」

「いや、ビワコ先生がレッスン後なら使っていいって言ってくれてるんだ」

「それって…あのアスマと鉢合わせになったりしねーの?」

「大丈夫、アイツ今海外だし、先生もそれをわかって声かけてくれてるから」

「へぇ、ていうかビワコ先生?って親御さんなんだろ?」

「あぁ、アスマの母さんだけど」

「お前らの関係、知ってんじゃねーの?」

「…さぁ、知ってるかもだし、知らないかもだし」

「まぁ、お前がいいならいいんだけど」

「おー大丈夫大丈夫」

何気なく交わしたこの会話の重要さなんてこの時にの俺にはわからなかった。でも、これが俺とシカマルが穏やかに過ごせた最後の時となる。

「ビワコ先生」

「シカマル、久しぶりね」

夕暮れ、あの曲がり角にあるスタジオ前でバイクに跨った女性はニコリと笑い、シカマルに教室の鍵を投げ渡した。俺が慌てて頭を下げると、可笑しそうに笑って手を差し出してくれる。

「飛段です…レッスン場、使わせてくれてありがとうございマス」

「いいのよ、シカマルもアスマがいる時だけなんてつまらないだろうし…でも、あなたみたいな子を選ぶなんて意外だわ」

「はぁ…」

俺みたいな子とは、どういう意味なんだろう。わからないがとりあえず愛想笑いをしておくと今度はシカマルが笑う。

「借りて来た猫かよお前」

「そんなんじゃねぇし…」

「喧嘩せずに、仲良くやりなさい、今日は台風が来るみたいだから天気がひどいなら泊まって言ってくれて構わないわよ」

「ありがとうございます、ビワコ先生」

シカマルが頭を下げたのにつられて俺も頭を下げるとビワコ先生はバイクを蒸して走り去ってしまう。その去り方がなんだかカッコよくて、思わず自分の母親と比べてため息をついてしまう。

「おばさんはおばさんで可愛らしいじゃん」

「…考えてること読むなよ、あれは頭おかしいんだよ、まじで」

「母ちゃんは大事にしろよ」

「へーへー」

レッスン場に入りとりあえず照明をつける。パチっ、パチっ、ジーッ、と電流が弾ける音がして辺りが明るくなった。教室の壁は鏡が貼り付けられていて頭のてっぺんからつま先までくっきり写っている。

「全身鏡かぁ、確かに型とか確認しやすいよな」

「だろ?体育館は全身鏡無かったからな」

よいしょ、と荷物を隅に置いてシカマルは着替えを出した。俺の分も放り投げて来る。

「ほら、早くしようぜ」

「おぉ…」

「飛段?」

「ん**、いや、全身鏡ってさ…いてぇっ!!」

「その先は言うなよ、まじで言ったら怒る」

「やっぱりシてんだ…いてっ!いたいいたい!まじ、ちょ、容赦ねぇなオイッ!」

げしげしっ、と脛を蹴られて俺は慌てて逃げるがシカマルは容赦なく蹴りを繰り出してきた。その攻撃をなんとか止めようと俺はしゃべり続ける。

「だってよぉ、いてっ、この間鏡の前でヤったらいつも以上に潮吹いてたし、いってぇ!」

「それに、立ちバックも好きだろ?ロッカールームとか、シャワールームでシてたんじゃねぇの??」

ようやく蹴りが止まって、脛を抑えながらニヤニヤと笑うとシカマルは顔を真っ赤にして唇をわなわなと震わせている。

「なんだよ恥ずかしがって、今更じゃねえか」

「…………うるさい、ばか」

シカマルは少しだけ目を潤ませてすすす、とカーテンの陰に隠れて蹲ってしまう。ちょっと苛めすぎたかもしれない。俺はゆっくりカーテンをめくってシカマルの頭を撫でた。

「わりぃ、言いすぎた」

「…………そりゃ、シてないとは言わねえけど、ここは俺の大事な場所だから、だから、そんな言い方して欲しくねえ…」

「うん、そうだよな、5歳からここ来てるんだもんな、からかって悪かった」

ぎゅ、とシカマルが俺に抱きついて来て、俺はそのままシカマルをカーテンから引き出した。胡座をかいてその上にシカマルを座らせると女のように小さな体のシカマルは俺の胸にすっぽりと収まってしまう。

「……………」

「……練習、するか?」

こくり、と頷いたシカマルの額にキスをして俺は立ち上がった。

「着替えて来るわ」

調子に乗ったことを反省して素早く着替えるとレッスン場へ戻る。

「シカマル着替えたぞ」

「おー、やろうぜ」

「アレやりたいクイックステップ」

「その前にワルツ!まだ完璧に出来てねぇくせに他のに目移りしてんじゃねえ」

「ちぇっ」

言い合いながらもしっかりとホールドを組んでステップの練習を始めた。シカマルに教わるようになってから早2ヶ月、俺もなかなか踊れるようになってきた。

「なぁ、シカマルッ」

「いてぇっ!!練習中に喋るやつがあるか!ばか!」

「いっっっ…!おま、ッ、謝るけどよぉ、ここまで強く踏むことあるかよバカやろォ…」

話しかけた拍子にギュむ、とシカマルの足を踏んでしまい踊りが止まる。そしてシカマルはキッ、と俺を睨んで容赦なく足を踏み返してきた。これが中々に痛くて俺は思わず蹲った。するとシカマルも小さな声で謝ってくる。

「……………わりぃ」

「はーっ、まじいてぇ、ほんとにいてぇ」

「……飛段?ごめん、な?痛いか??」

「痛いっての!馬鹿野郎!DVだぞ、DV!」

「……………ごめ、ん」

しょぼん、と落ち込み始めたシカマルを見て、もういいかと怒りが収まってしまう。優しくシカマルの頭を撫でて俺は笑った。

「まぁ、大丈夫だからよ、俺も悪いし…とりあえずちょっと冷やしてくるわ」

「お、おれ、湿布出しとく」

「ん、頼む」

足は腫れてはいない。だから一時的なものだろう。俺はシャワールームに行き、冷たい水で足を冷やした。うん、ヒンヤリとしていて気持ちいい。外では雨が降り始めていたのかザァアァ、ザァアァ、と激しい雨粒の音が耳に届く。この雨が止まないのなら今日は泊まりになりそうだが、間違ってもあのアスマとシカマルが寝て、おそらくセックスもしたであろうベッドでは寝たくないな、と俺は固く心に誓った。その時だ。激しい雨音に混じってパシッ、と乾いた音がした気がした。何の音だ?と首を傾げているとガタンッ、バタんっ、と何かが落ちたような音がした。

(シカマルの奴、何してんだ?)

タオルで足を拭いて、シャワールームを出ると音はより激しく俺の耳に届いた。

「シカマルー?どうかしたの、か…」

シャワールームはレッスン場の入り口を入ってすぐ右に曲がった奥にある。だから見えてしまった。いるはずのない、猿飛アスマがずぶ濡れで玄関に立っているのだ。これはマズイ、と俺は慌てて走る。

「シカマルっ!」

「ひだん……」

レッスン場の小さな棚やコンポなどが乗ったステンレスの棚が倒れてものが錯乱していた。シカマルは床に座り込み、呆然とした顔で俺を見た。右頬は赤く腫れ上がっている。それを見た瞬間、俺は一気に頭に血が上った。

「テメェッッ!シカマルに何してんだっ!!」

胸ぐらを掴み、アスマに詰め寄ると、それより鋭くドス黒いオーラでアスマは俺を睨んだ。

「お前は引っ込んでろ、人のパートナー好き勝手使いやがって、このクズ野郎が」

「んだとっ!!」

「ちがっ、パートナーじゃねえよ!飛段にはダンスを教えてただけだ!」

アスマの言葉に拳を握った俺を見て慌てて立ち上がったシカマルは俺を庇うようにアスマの前に立つ。その行動が気に障ったのだろうアスマはギロリとシカマルを睨んだ。

「俺がいつ、他の男と踊っていいなんて言った!?」

低い地響きのような怒鳴り声にシカマルはびくり、と肩をすくめる 。だが、怯まずにアスマの前へ一歩進み出た。

「そんなこと言ったら…アスマはどうなんだよずっと大会は違うパートナーじゃねえか」

「お前は出れないから当たり前だ、男だぞ」

「そ、それはわかってるけどさ…でも、俺も、踊りたい…アスマのパートナーになれないのはわかってるけど、俺も出たいよ、俺だって…最初は無理やりだったけど、今は好きなんだ、ダンス…」

だから、とシカマルの唇が動いた瞬間、アスマの大きな手がシカマルをもう一度叩いた。シカマルは数歩後ろによろめき、ギッとアスマを睨む。

「シカマルッッ!」

「飛段、黙っててくれ…!もう待ってられないんだ、ここでハッキリさせておきたい…!」

「…………その飛段とやらと踊るのか」

「…それはわかんねえ、本当に教えてるだけだがら、そもそもレベルが違いすぎる、もしアンタのパートナーを降りるなら相手は自分で探す」

はっきりとそう言い切ったシカマルを見てアスマは悲しそうな、何か言いたそうな顔をして黙り込んだ。その反応にシカマルは舌打ちをしてアスマの胸ぐらを掴む。

「…なんで、アンタが嫌そうな顔すんだよ…!アンタ、結婚するんだろ!?紅さんとッッ!なのに、そこまでして俺を留めておいて、どうしたいんだよっ!」

「結婚とお前は別だ」

「別って…なんだよ、なんだよそれ!俺はものかよ!?アンタにとって俺は都合のいいパートナーか?!それとも性処理道具か何かか!?ふざけんな!!俺が…俺がどんな気持ちでこの13年間アンタのパートナーしてきたか知らねえくせに!!勝手に俺をものみたいに言うなよ!なぁ!なぁって!!」

シカマルの聞いたこともないような声がレッスン室に響く。飛段は自分の心臓を直に掴まれているかのような苦しみに襲われた。あぁ、覚えてる。これは、初めてシカマルとアスマの練習を盗み見た時のあの感覚だ。シカマルが思いの丈を怒鳴り声に全て乗せても、それらは呆気なく消えていく。アスマはそっ、とシカマルの手を離させて冷たい声で呟いた。

「………………そこまで言うなら、もうやめよう、それでいいだろ?晴れてお前は自由の身だ」

なんで、と言う掠れたつぶやきの後、空っぽの目でシカマルはアスマを見た。そして消えそうな震え声が漏れだす。

「…アンタがさ、望むなら、手術だってなんだってしたぜ?女になって、アンタと一緒に…世界中、飛び回ってさ、ダンス、したぜ??…でも、アンタはさ、俺じゃなくて紅さんがいいんだろ?もうやめたいのはこっちだよ…!!何年も、何年も、縛りつけて、待たせて、俺が、いっつもどれだけアンタを待ってたか、どれだけアンタと踊りたくてしかたなかったか……知らないくせに!!何にも!何にも知らないくせにッッ!!!」

シカマルはそう怒鳴って、アスマに鍵を押し付けた。

「アンタが俺を飽きたおもちゃみたいに捨てるなら…俺はもう全部、全部、全部ッッ、無くしてやる…!」

カバンから取り出した携帯がボキッと音を立てて折れた。手帳に入っていた写真も、練習用のパンツやいろいろなダンスに関わるものがシカマルの手で壊されて行った。

「おい、シカマル…」

「うるさいっ!飛段は関係ねぇだろ!!」

「そうだけどっ、そうじゃねーって!落ち着け!」

「離せっ、離せよっ!!」

「どけ」

シカマルを止めようと俺はシカマルの小さな体を羽交い締めにするが、アスマが俺の首襟を掴みシカマルから引き離した。そして倒れて散乱したものの中からハサミを拾いシカマルの髪を掴む。

「おいっ、!」

俺が最後まで言葉を言い切る前に、じょきっ、という嫌な音が響いた。



ひゅっ、とシカマルが息を飲む音がした。はらり、はらり、とシカマルの長かった黒髪が落ちていき、シカマルも俺も呆然とそれを見つめて開いた口が塞がらなくなってしまう。アスマは淡々とシカマルの髪にハサミを入れ続け、胸の辺りまであった髪を全て切り落としてしまった。小さな子供に使い古された人形のような酷い髪をしたシカマルを全身鏡が映し出す。

「…全部、無くすんだろ、なら俺の為に伸ばした髪も、女みたいな体ももう必要ないな??」

アスマはシカマルの腕を引き、玄関へと連れていく。

「…あす、ま、」

「もう二度と来るな、顔も見せなくていい、俺がいない道を行くならダンスもやめてしまえ」

ギィ、バタン。と無情にドアが閉まる音がした。俺はどうすればいい、ぐるぐると頭の中で焦りと怒りが回り始める。

「追いかけないのか、好きなんだろ」

「っ、テメェと一緒にすんな!」

「いいや、一緒だ」

自分が切り落としたシカマルの髪を拾い上げアスマは悲しげに笑う。

「…………無理矢理にでもしないとな、」

そんな小さなつぶやきも聞こえずに俺は目の前の男を睨んだ。

「アンタ、意味わかんねえよ…!シカマルはアンタが…!」

「お前が俺からお涙頂戴のストーリーを聞き出す前にいいことを教えてやるよ、早く迎えに行かねーと、シカマルのやつ死ぬぞ」

「はっ、??」

「長年パートナーしてるからわかる、俺に捨てられたらあいつはどうしていいかわからなくなるから、きっと死んじまう、俺以外のものに執着がねえからな、いいのか?シカマルが死んでも」

死ぬ?シカマルが??こんなクソ野郎に捨てられたぐらいで???俺の頭は一気にショートしたが次の瞬間レッスン室を飛び出して走り出していた。大粒の雨が地面を濡らし行く先をかき消しているがそんなものは関係ない、と俺は雨の中に飛び込んだ。

(死ぬ?なんで、そんな、信じらねえけど、なんでだ、)

怖い。

飛段の心はぶるりと震えた。怖い。怖い。死ぬ、シカマルが、死ぬなんて。

怖い。

必死に走った。馴染みの道も、裏路地も全部走ったけどシカマルはどこにもいない。シカマル、死ぬな。死なないでくれ、そう心の中で唱えていると、橋の欄干に立ったシカマルが大雨の中かろうじて見えた。

「シカマルッッッッ!!!」

ふわ、と俺の視線の先でシカマルの体が浮いた。あぁ、これは間に合わない。ならば。

「このヤロぉおぉおぉ!!!」

自分も同じように欄干に手を掛け橋の向こう側へ飛び込んだ。バッシャーン!と水飛沫が時間差で二本上がり、細いシカマルの体を濁流の中なんとか掴み上げる。

「シカマルッッ!」

「………………ばかだろ」

俺のまさかの行動に目を見開いたシカマルは少し自嘲気味に笑い、そう呟いた。

「バカなわけねーだろ!!お前が飛び込んだらな!俺はこうするからな!飛び込みだけじゃねえぞ!どんな方法でも絶対同じことするからな!!!」

「………………なんで、なんで今、そんなこと言ってくれるんだよ、ッ」

岸に引き上げたシカマルの体をキツくキツく抱きしめる。俺はきっとあの日からずっとこうしてやりたかったんだと思う。シカマルが痛くなるぐらいキツく抱きしめて、こう言いたかったのだ。

「シカマル、泣いていい!泣け!!!」

「ひっ、く、ぅ、あ、あぁ、ああぁっ、ぁああぁッ!!」

シカマルの泣き声は雨にかき消されていただろうけども俺にははっきりと聞こえていた。覚えておこう。シカマルのこの泣き声を。覚えておこう。今日のことを。シカマルが忘れてしまえるように、シカマルが感じたものを全て、俺が預ろう。



みぃん、みんみんみぃん

みぃん、みんみんみんみんみぃん

、と蝉の声がやまない。俺の涙も止まらない。離れにある俺の部屋はシィンとしていてとても静かだった。だが、部屋の外にある世界は騒がしく、俺の部屋だけ時が止まったようなそんな気分だ。

(いや、時を止めてるのは俺か)

布団のそばに転がった電池切れの目覚まし時計を見て俺は自嘲的に笑い、髪をかきあげた。本当だったら指に絡まってきたはずの長い黒髪はそこには無く、スポーツ少年のようなさっぱりとしたベリーショートが鏡に映った。

「シカマル、来たぞー」

「飛段、」

「相変わらずメシ食ってねーのかお前」

ったく、と悪態をつきながら母ちゃんのたまご粥を持って来る飛段。俺のコイビト。以前からセックスはしていたけども、いつの間にかコイビトになっていた。なぜかよくわからない。でもあの嵐の日に俺を家まで送り届けた飛段は何者かと問われて言ったのだ、「コイビトだ」と。その時は驚いたけど、俺をおぶって大雨の中大声で叫んだ飛段を見て、まぁそれでいいかもしれないと思ってしまった。俺の家族に自分が不良だと思われないようにわざわざ銀髪を下ろしてくる飛段。優しい、優しい、俺のコイビト。

「ほら、食え!」

ん、と差し出されたスプーンを見て俺は首を横に振る。すると飛段はうんざりした顔をしたが、俺がもう一度首を振ると「わぁったよ」と呟き、冷ましたたまご粥を口に含む。

「あ、」

小さく口を開けると飛段の唇が重なってたまご粥の味が広がった。俺は数回咀嚼を繰り返してなんとかそれを飲み込む。

「あのよぉ、これ絶対ばっちぃって…本当やりたくねーんだけど」

「……………いやだ」

「もー、なんでだよ…」

「だって、」

だって、お前に生かされてる感じがするから。そう言うと飛段は目を丸くして俺を見つめてきた。その大きくてがっしりとした胸にぽすり、と体を預ける。

「……お前、最近どうしたんだよ、いや、こうなった理由はわかってるけどよぉ」

「……どうもこうも、コイビト、なんだろ?抱きしめてくれねーの?」

「…いや、それは良いケド」

ぎゅ、と飛段のたくましい腕がシカマルを包み込む。筋肉質だが、あの人と違って肌は白い。

(……………アスマ、)

都合のいいことを言っておきながら俺の心はやっぱりアスマしかいなくて、どうしようもない。きっと、髪を切ったのも突き放したのも全てアスマの優しさなんだろう。それがわかっても、俺は未だに心の隙間を埋めれないでいる。

「飛段」

「ん?」

「シようぜ、セックス」

な?と首をかしげると困った顔をしながらも飛段は優しく唇を重ねてきた。離れだから声は聞こえないし、両親も自分たちに気を使って尋ねてくることはない。ぴちゃぴちゃとわざと大袈裟に音を立てて舌を絡めあい。満足をした飛段が唇を離すと、俺は立ち上がって帯を解いた。ぱさっ、と浴衣が畳に落ちて何も着ていない自分の裸体が露わになる。たった一週間しか経ってないのにやつれて痩せほそったみずぼらしい体、体重は40kg代になってしまった。もうそんな体を愛してくれるのは目の前にいるこの男しかいない。俺は飛段の上に跨りまた唇を重ねた。

「…んっ!」

「……………シカマル、お前さ」

「黙れよ、説教なんて聞きたくない」

眉を寄せて睨み付けると飛段は困った顔をして俺の腕を引っ張り自分の胸の中に押し込める。

「だからって死にたいですって顔してるやつとセックスしたくねぇよ………俺は、いつもの自信たっぷりで偉そうなお前の方が好きだ」

ぐ、と言葉に詰まった。痛いところを突いてくる。バカなくせに鋭いやつだ。

「……………じゃあ、いい」

ぷい、とそっぽを向いて浴衣を拾い帯を直していると飛段が後ろから抱きしめてきた。

「シないんだろ?なんでこんなことしてくるんだよ」

「シないとは言ってねェよ……もうちっとさ、色っぽい顔しろってこと、お前は死んでないんだから、もっと生きてるって実感しないと……ほら、鏡見てみろよ」

鏡に映し出された自分の痩せほそった体は贔屓目に見ても色っぽいとはかけ離れている気がする。訳がわからなくて難しい顔をしているとかぷり、と飛段が肩に噛み付いてきた。

「ンッ…ぁ、」

ぷつ、と皮膚が破れ血が滲み出てくる。その流れ出る血を飛段の赤い舌が丁寧に舐めて傷口に舌を這わせてきた。チリチリとした痛みに俺は思わず唇を噛みしめる。

「セックスって、相手が欲しくてたまらない時に誘って欲しいんだよなぁ、俺は」

きゅっ、と乳首が摘み上げられ、思わず肩が跳ねた。

「ンンッ!」

くり、くり、と焦らすように刺激され思わず逃げようと体をよじったが、飛段の逞しい腕がそれを許してくれない。逃げ場がない俺はただ快楽を受け入れて喘ぐしかなかった。

「ッ、ぁ、ア、っ、やッ…!」

「欲しいって言えよシカマル、イきたいだろ??」

「……ッ、ア、ひ、だんっ、」

「早く」

「きゃうっ!っ、ふ、ァ…あぁーッ」

ぎゅう、と引っ張られ体に電流がバチッ、と走った。体を丸めその快感を耐えようとするが、中々治ることはない。

「イけないままでいいのか*?シカマルちゃんよぉ」

「…ッ、あ、っ、やだっ、アッ、ん、ンンッ、やだぁっ!」

涙が溢れ、俺は歯を食いしばった。なんだか無理やり泣かされているような気がして、悔しくて、飛段はそんな鏡の中の俺に気づいて後ろからキスをしてくれる。ぴちゃ、くちゅ、と響く音に加えて乳首に続く刺激がだんだんと俺の気を大きくした。

「ひだん、ッ」

「ん?」

「だめっ、もう、イくッ、イきたいッ」

「ん、よく出来ました」

「あぁっ!あアァッ!!」

ぎゅう、と引っ張り上げられ、思い切り指で乳首が押しつぶされるとそこから体全体に電流が走り、俺は呆気なくイってしまった。ぼーっ、と頭の中にモヤがかかったような、よくわからない状況になる。はぁ、はぁ、と漏れる息遣いと一緒に自分でも気づかない間に言葉を漏らした。

「ひだ、ん、っ、おれの、なか、いれて…ッ、おねがい…」

そう言った瞬間にぼろ、と涙が溢れて子供のような泣き声が部屋に響く。うわぁ、あ、あぁああ。おかしい、心が割れて死んでしまいそうだ。俺は、本当はどうしたいんだろう。飛段じゃなくて、アスマがよかった自分と飛段に縋る自分と、自分を×××たくなる自分。みんなみんな大きな金槌を持って容赦なく俺の心を叩いて、もう俺はどうにかなってしまいそうで、今すぐ×××たいと思ってしまう。歩んできた証は全て無くした。残ったのは爪が割れて血が滲み、皮がめくれて分厚くなった醜い足だけだ。自分から捨てたはずなのに、またそれを求めて俺は声をあげて泣いている。

「シカマル、シカマル、」

「ひっ、く、ひだん、やだ、おれ、ッ、もう、いやだぁ」

「……………大丈夫、大丈夫だからな、シカマル」

あぁ、また縋ってる。弱い。ごめんな。俺が弱いばっかりに、頼って縋って、飛段は俺から逃げれない。可哀想だ。そう思っているのに飛段の暖かい腕に抱かれると、自分から離れて欲しくないと思ってしまう。アスマは俺を突き放してくれたけど、俺は同じことを飛段にできそうにない。俺はきっと誰よりも臆病者だ。

落ち着いて泣き止み始めた俺を飛段は優しく抱いてくれた。慰めるようなその抱き方にまた俺は涙を流し、飛段に縋る。わかっていながらもやめられない、もう今の俺を見てくれるのは飛段だけだ。唇を重ね、必死にアスマを忘れようと俺は飛段の瞳を見つめ続けた。

■■

夏の終わりにはそこら中に転がっていた蝉の死骸がまるでなかったことのように綺麗なアスファルトが陽炎を揺らしている。夏の風物詩が息絶えようとも暑さはまだまだ続いていて俺はため息をついた。この暑さは今の体調には少し厳しい。ダラダラと流れる汗に息はだんだん上がってきて、視界も陽炎のように揺らめき始めた。

(あ、ヤバイ)

とうとう体に力が入らなくなり、壁伝いにズルズルと座り込む。少し二の腕の皮がめくれて血が滲んだ。はぁ、はぁ、と自分の荒い息遣いが聞こえ、震える手で新しいiPhoneを取り出した。

「…えっ、と、あんしょう、ばんごう…」

「シカマル?」

「やだ、シカマル具合悪いの?」

「ていうか髪どうした」

「サスケェ、髪は今どうでもいいってばよ」

「うるせぇ」

「んだと!」

「二人ともうるさい!!!シカマル、大丈夫?顔真っ青じゃない、こいつらに運ばせるから荷物貸して」

ぎゃーぎゃーと目の前で騒ぐお馴染みの声が反響して聞こえる。クラスメイト、いつもの三人組、ナルトに、サクラ、サスケ。わかってるわかってる筈なのに口は動かないし頭はぼんやりと意識を遠ざけ始める。

「ちょっと、シカマル!ナルト!本当にシカマル体調悪いかもしれない!!」

「わかったってばよ!サスケェ!先に保健室の先生に話つけといてくれ!」

「俺に指示するな、ウスラトンカチ」

「サスケくん!いいからはやく!!」

「チッ…わかった」

俺の耳に届いた会話はそこら辺までで、目を覚ますと保健室のベッドに寝かされていた。保健室をぐるりと見渡すが誰もいない。自分はどうなったんだろうか、と首を傾げていると後ろから声がかかった。

「よォ、あの時とは逆だな」

「飛段」

窓を跨いで保健室に入ってきた飛段は俺の隣に座って頭を優しく撫でてくれる。

「俺に電話できないぐらいしんどかったのか?」

「…わりぃ」

「…やっぱ、明日から迎えに行くわ、心配だしよ」

ちゅ、と唇が重ねられ飛段は優しく笑った。初めて会った時からは考えられないぐらい穏やかで暖かい雰囲気が飛段から出ている。俺は思わず顔が熱くなった。どくどく、と心臓が脈打ち、体が熱くなってくる。ずっとこの優しさを感じてきたつもりだったけど、こんな風になるのは初めてだ。こんな些細なことで、どうしてだろう。少し動揺して無くなったはずの髪を何度も耳にかけようとしてしまう。その変な行動に気づいたのか飛段は俺の髪をかきあげて額をくっつけてきた。

「シカマル?また顔赤いぜ?」

「…飛段」

「ん?」

「好き」

もう我慢できない。へ?と飛段の口が開いたのを逃さずに俺は唇を押し当てた。キスなんてアスマとも飛段とも散々してきたのに、このキスが初めてのキスのような、そんな緊張感がどんどん俺の心を熱くしていく。

「ん、ッ」

「……どうしたよ急に」

「どうしたって…好きだって今思ったから………」

「じゃあ、なに、今までは好きじゃねーけど俺とセックスしてたわけ?」

首を傾げて笑う飛段に俺は後ろめたい気分になる。そうだ、その通り、利用してた。俺があの家で飛段を誘ったあの日から、ずっとずっと利用し続けてきた。飛段が勝手に俺を好きで、勝手にコイビトだ、なんて言ったから、俺は飛段をコイビトとして、自分の心の穴を埋める都合のいい道具として、セックスをした。孕むはずのない肉の管に愛を注ぎ込んでもらえたら、俺もちゃんと人間に戻れる気がして、何度も何度もセックスを強要した。なんだかんだと理由をつけて置いて結局は自分の為だった。素直にそう言うと飛段は難しそうな顔をしてウンウンと唸っている。

「飛段…?」

「正直さァ、わかってたっての、お前が小難しいこと考えてるってことと、あの男を忘れたくて俺とセックスしてることぐらい、ていうか隠せてると思ってたのか?」

「…………わりぃ」

「俺だってよ、バカでも考える頭はあるんだ、考えないバカじゃなくてさ、考えるバカだから」

「……怒ってる、よな」

「怒ってる」

「……ごめん、本当に、あやまるしかできねぇけど、本当にごめん」

「………俺は謝って欲しくねぇ、ていうか!怒ってるのは怒ってる!でも、それ以上に、悔しいし悲しい」

眉を下げた飛段が優しく俺を押し倒した。頬を撫で、俺の短くなった髪に口付ける。

「お前はあの男が人生の全てだったかもしんねぇけど、俺にはそれだけには見えねぇし、強くて凛としたお前が好きだし、ダンスをしてる綺麗なお前も、意地悪そうに笑ってるお前も、俺がヘマして怒ってる時のお前も、全部好きだ………だから、あの男に振り回されてるお前に納得いかないんだよ、お前はもっと、もっとさぁ、あぁ、なんて言えばいいかわかんねえけど…」

熱い。顔が熱くて仕方ない。飛段の告白が心臓を痛いぐらい締め付けるけど、身体中が熱くて、どうにかなりそうだ。

「まぁ…俺が気づいたのも最近なんだけどな」

「…へっ!?」

「いやぁ、ずっとお前の体がエロいから好きなつもりでいたんだけどよ、毎晩オカズにもしてたし」

「はぁ??」

「うちに誘った時もちょっとそういう下心はあった」

「ちょっ!おい!!」

ギロっ、と睨んだ瞬間、唇が重ねられた。飛段は悪いなんて一つも思ってない顔でへらりと笑う。

「お前がさ、川に飛び込んだ時、死ぬかもしれないって思った時、怖くなった、いなくなって欲しくないって思ったよ…これってそういう事だと俺は思ってる」

「……」

「順番がちょっと間違ったけどさ、俺もお前のこと好きだから」

だから、俺のコイビトになるだろ?

なんて、ちょっと晩飯食いに行こうみたいな言い方で、それにイエスという答えがもらえるのもさも当然という声色で飛段は愛の告白をくれた。とりあえずちょっとどころじゃないぐらい言いたいことはたくさんあるが、それよりも飛段から貰えたものが多すぎて涙が止まるのを忘れたように溢れ出してしまう。あれだけ痛かった心臓も暖かくて緩やかに鼓動を刻んでいて、忘れてたものが取り戻せた気がした。

「ひっ、く、うぅ*ッ」

「…お前さ、本当泣き虫だよな」

「うっ、うるざい゛*!」

「泣き虫くん♪」

「ばかっ、ばかやろう!うっ、ふぅ、ッ、だれが、なかせてんだよぉ!」

「それもそうか…」

ふむ、と考えた後、飛段は優しく唇を重ねて来る。

「んっ、ッ、あ、ふぅ、っ…」

「ほら、泣き止んだ」

「……………ばかやろー」

「はは、バカで結構」

「飛段……」

「ん?」

「もっと、して?」

少し恥ずかしくなって目を逸らそうとするが、嬉しそうな顔をした飛段がしっかりと頬を掴んで離さなかった。俺が観念して目を閉じるとまた唇が重なり、離れて、また重なり、もう飛段のことしか考えられなくなって啄ばむようなキスに夢中になってしまう。誰も帰ってこない保健室で俺たちは気の済むまで唇を重ねあった。


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