猿飛アスマの遺物


:遺物とは
死者の残したもの。遺品。







猿飛、この名が俺は嫌いだった。自分の人生の汚点だと思っていた。ずっとずっと、忌むべきものとして見続けていた。そして今日、俺は改めて確信した。猿飛とは、やはり忌むべきものなのだと。

猿飛ヒルゼンと書かれた墓石には溢れんばかりの花束が添えられている。もう焼かれて骨となってしまった父親だ。ざまあみろ。いい気味だ。と心の中で悪態をついているとちょんちょん、と服を引っ張ってくる誰かがいた。

「アスマ」

「……………あぁ、シカマルか、びっくりしたぞ」

笑って愛弟子・シカマルの頭を撫でるが、肝心のシカマルは少し戸惑っている表情である。その反応に首をかしげると、シカマルは小さな背丈で精いっぱい手を伸ばし俺を抱きしめてきた。

「…シカマル?」

「アスマ、顔、怖いぜ…親父が死んだのにそんな顔しちゃダメだ」

「あぁ…でもなぁ、俺は猿飛なんて嫌いなんだ」

俺の突然の告白にシカマルは少し目を丸くして俺を見た。そりゃそうだろう。無理もない。

「特に自分の親父は嫌いだった、最後まで、涙の一つも出やしねえ」

俺は、悪い息子だろうか。と呟くとシカマルはジッと俺を見つめて小さくううん、と呟いた。そして小さな小さな声でこう言う。

「それがアスマなら、それでいいと思う」

この言葉を聞いた時、俺は衝撃を受けた。ずっとこの胸中を晒しても誰も否定はしても肯定する者はいなかった。お前は素晴らしい父の背中に臆してるだけだとか、この親不孝者だとか、そんな、そんな言葉ばかりかけられてきたのに、どういうことだろうか、この大人びた愛弟子はたった齢12でこの言葉を言ってのけてしまった。俺の弱い心はこの一言で落ちてしまう。

「……………そうか」

「…俺は、三代目のこと好きだから、それはそれでいいだろ?」

「あぁ」

なぁ、シカマル。と呼びかけると墓石に花を添えたシカマルが顔を上げた。まだ12歳のあどけない表情にドクり、と胸が高鳴る。

「なんだよ、アスマ」

「……頼みが、ある」

「頼み?」

それはずっとアスマが願い続けてきたもの。死してなおこの世に残るモノを残す。人生で最初で最後の作品。

「俺の、作品になって欲しい」

シカマルは少し訳がわからない、という顔をした後に少し考えるようなポーズをとって、そして頷いた。

「アスマがそれでこの件にケリをつけれるなら、付き合ってやっても良いぜ」

茶色い瞳の奥に宿った光が暖かくアスマを見つめている。この少年の優しさが身にしみた。だからこそ、最後までこの作品を作り上げ、人生をかけて猿飛を、猿飛ヒルゼンを否定しようと俺はこの時、自分の命をかけたのだ。

■■■

作品。さて、作品として奈良シカマルは申し分のない原石を持ち合わせていた。まずはIQ200の頭脳。何をするにもこの頭脳があるかないかでは飲み込みの早さも習得のスピードも違う。シカマルの一番の強みと言えよう。次に美しい容姿、というと多少語弊があるかもしれないが、凛とした美しさを奈良シカマルは持ち合わせていた。それはきっと奈良家嫡男という育ちの良さが出す気品や上品さに加え、長くて艶のある黒髪がそうさせるのであろう。後は知的好奇心の旺盛さだ。シカマルは知らないことがあれば知らずにはいられない。知るまで調べて自分のものにする執念がある。アスマが与えた全てのものをシカマルは吸収し、咀嚼、そして頭にしっかりと納めた。話術、暗殺術、房術、ありとあらゆる要素をシカマルに詰め込み、またシカマルも素直にそれを受け入れてくれた。

「なぁ、アスマ」

「ん?」

「いろいろ教えてくれてるおかげでよ、確かに給料増えたし周りからは一目置かれるんだけど、なんで色任務専門なんだ?」

「あぁ、色任務はな、政治の要だからな」

「………アスマさぁ、俺をどんな作品にするつもりなんだ?独裁者?」

「はははっ、独裁者もいいがお前は優しすぎるからな、そんな悪役は似合わん」

優しく頭を撫でるとシカマルは不機嫌そうな顔をする。

「なぁ、はぐらかさないでちゃんと答えてくれよ、アンタが作りたい作品は何なのか、聞かせてくれないと俺もビジョンがないから難しいんだ」

「…………写輪眼や、九尾をも超越する忍、それでいて輪の中心からは外れ、歴史の表舞台には立たず、裏から歴史を作る者…ってとこかなぁ」

「……………へぇ」

「今のでわかるか?」

「まぁ直球だったし、大体どうすればいいかはわかった」

「流石だな」

読んでいた本を閉じ、シカマルは衣服を脱ぎ捨てベッドに寝転がる俺に跨った。そして色っぽくニヤリと笑う。

「いいな、その笑み…ゾクッとする」

「色任務指名第1位の奈良シカマル様をなめんなよ、センセ」

そこからはもう互いに夢中になった。シカマルに房術を教え込んで数週間、最初とは見違えるぐらい淫らに俺の上で腰を振る少年がどうしようもなく色っぽくて俺は力でねじ伏せてしまう。喘がせて泣かせて、失神するまで抱き潰すのだ。

「……………ん、」

「起きたか」

「ん……アスマので腹ぐちゃぐちゃだ」

「赤ん坊できないから大丈夫だよ」

「マジでできたらどうすんだよヘタレ」

「ありえねーっての」

「安全牌だからって日頃のストレスぶつけないでくれます?紅さんにもこんな激しくしたことないでしょ」

「まぁ一発で終わるな」

「うげ、ゲロ甘…俺には8回以上した癖に」

「全部中出しな」

「サイッテー」

そんなこと言って笑い合いながら腹にたまった白濁を吐き出して、そんな毎日がずっとずっと続いていくんだとあの時の俺は疑っていなかった。

猿飛アスマの作品である奈良シカマルが15歳になった頃、猿飛アスマは奈良シカマルの目の前でその生涯を終えた。まさかの展開であった。作品の奈良シカマルは拠り所を失って発狂した。発狂した先には復讐が待っていて、復讐の先には終わりのない生がただそこにあった。猿飛アスマが作りたかったのは歴史の表舞台に立たない最強の忍。俺が成り損なったもの。戦争の後、火影補佐見習いとして働いた後、奥さんをもらって息子が生まれて、英雄の火影補佐となってとうとう猿飛アスマの作品とはかけ離れたものになってしまった。歴史に名をを残す忍。これでもそこそこ実力は買われているのだ。多分頭脳だけだが。でもアスマは言っていた。それは写輪眼も九尾の人柱力でも手に入れられないものだと、それがあるからお前は最強になれるのだと。要するにアスマが何を言いたいのかというとだ、殺して仕舞えばこっちのもの、ということだ。英雄も元裏切り者も、誰も彼も真正面からぶつかれば俺は負ける。でもアスマが俺に教えてくれたものを使って殺して(いろんな意味でだ)仕舞えばそれは俺の勝ち。勝負に負けて試合勝つ。俺が最も得意なスタイルで支配をしろ、と言っていたわけである。

多分、それを俺に託したのは自分には足りないものが多すぎたからなのだろうけど、聞きたくても土の中で眠ってしまった愛しい人はどうやったって起き上がることはない。

きっといつか俺もこの気持ちを抱いて土に還るのだ。愛しい人の元に。



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