親友だからこそ


メタル・リーが暴走し襲われたあの日、シカダイといのじんは放課後珍しく一緒に帰っていた。因みにいつも通りボルトはイタズラをしてシノ先生に捕まり掃除当番をさせれている。全く呆れても呆れ切れないぐらいのバカだ。シノ先生に連れていかれた時のボルトを思い出し、シカダイはやれやれとため息をついた。

「どうしたの?」

「いや、ちょっとあのバカのこと思い出して」

「あぁ、確かに、今日のあの顔は傑作だったなぁ」

いのじんはクスクスと笑ってシカダイに同調する。

「…もういいのかよ、信用してねーんだろ?」

「そんなこと言ったっけ?」

シレッといのじんはボルトの手を弾いたあの一件を覚えてないふりをする。いのじんのボルトへの物言いに気分を悪くしていたシカダイは、それがわかっていてワザとそんな質問をしたのだ。いのじんも当然シカダイがそう感じていたことはわかっていたので何食わぬ顔で対応した。いくら口が悪いと言っても幼い頃からの知り合いであるし、それを容認できるぐらいの寛容さは持ち合わせている。だから当の本人であるボルトだってこれっぽっちも気にしていない。でもそれにしたってあの言葉は少し言い過ぎだとシカダイは感じたし、それを忘れてはならないと思った。なぜならばシカダイはボルトの親友であるからだ。そしていのじんもそのことをしっかりと理解している。しばらく沈黙が続いていたが、ふいに顔を見合わせると何だかバカらしくなって二人は笑い合った。そして帰り道の途中にある公園に立ち寄る。

「ねぇ」

「何?」

「なんで今日メタルに謝ったのさ」

「…お前がそれを言うのかよ」

シカダイはため息をついてジャングルジムのてっぺんへよじ登った。いのじんもそれに続いててっぺんにやってくる。

「確かに言い過ぎだと思ったからああ言ったけどさ、あれはメタルが悪いでしょ」

いのじんはシカダイの隣に座ると巻物を取り出して鼻歌を歌いながら絵を描き出す。色とりどりに彩られていく動物たちを見ながらシカダイはまたため息をついた。

「それでも泣かしていい理由にはなんねーよ」

「迷惑をおこして、僕らに迷惑をかけたのはメタルだろ?」

「…俺だって……そう思ってたけど」

昨日の自分の心情を言い当てられたシカダイは言葉を詰まらせながらも呟いた。いのじんはそんなシカダイの気持ちを少し理解しつつもこう言った。

「無くて七癖あって四十八癖って言うぐらいだから緊張癖なんてそんな気負うことでもないと思うんだけど、要するにシカダイはその緊張癖にメタルがちゃんと向き合ってないから言ったんでしょ、それは謝ることじゃないじゃん」

いのじんもメタルの緊張癖には気づいていた。なんせ隠し事なんか一つもなさそうな裏表のないメタルのことなんてシカダイのように頭が良くなくてもわかってしまう。シカダイと同じく馬鹿正直に背負いこんで失敗ばかりするメタルに内心呆れて苦笑していたが、それが自分達にも降りかかってくるとなると笑っていられない。昨日の火影岩を崩落させた一件がまさにそうだ。あれは一歩間違えたら自分達も巻き込まれ命の危険に晒されていた所だった。そんな大きすぎる失敗を謝罪もなしにベソをかいただけで許されていること自体がおかしいことなのだ。メタルは緊張癖を気にしながらもそれを克服するには修行あるのみとバカのひとつ覚えのように修行に明け暮れているし、それを周囲に説明して理解を求めようともしない。要するにプライドや体裁を保つことだけを気にしてちゃんと自分の弱点に向き合っていないのだ。それがシカダイが怒った本当の理由で、あの場にいた全員が同じことを感じていたんだと思う。

「…………」

「家に帰ってからなにがあったかは知らないけど、僕はシカダイが正しいと思ったよ、ま、シカダイが謝りたいから謝ったんだろうけどさ」

夕日が地平線に隠れそうになっている。いのじんは絵の具をしまって帰り支度を始めた。シカダイは難しそうな顔をしてずっと考え込んでいる。

「じゃあ、僕そろそろ帰ろうかな」

「…………あぁ、じゃあな」

「シカダイは帰らないの?」

「ん、もう少しここにいるわ」

「そっか、じゃあまた明日」

いのじんはシカダイに手を振り公園を後にする。今度はいのじんがシカダイに言い過ぎた気もするが責めていないのだからまぁ良いだろう。いのじんは一人納得して、後ろから感じる気配に先程から準備していた超獣戯画を仕掛ける。

「う、うわっ!!」

夕日に照らされていて伸びていたいのじんの影がいきなり蛇になり驚いたのか気配の主の驚いた声と尻餅をついた音がいのじんの耳に届く。いのじんはため息をついて振り返り、気配の主を捉えてもう一度ため息をついた。

「やっぱり君か、バレバレだよ」

「い、いのじんくん…!」

あわわ、と焦るメタルを助け起こし、いのじんはさっさと歩き出した。メタルもそれを追いかけてくる。

「き、奇遇ですね!君も帰りですか?!」

「誤魔化さなくて良いから、みてたんでしょ?公園にいた時から気づいてたよ」

「なっ…!ふっ、いのじんくん、中々やりますね!どうですかこの僕のライバルに…」

メタルは普段通りの自分を演じようとワザと身振り手振りで大げさなリアクションをとるが、いのじんの隠しもしない心底うんざりとした表情に思わず黙ってしまった。痛い沈黙が二人の間に流れ、いのじんが眉を寄せてメタルを睨みつける。

「あのさぁ、聞いてたらわかるよね?僕は昨日のこと君が悪いと思ってるから、自分だけ謝らずに済んで平気な顔しないでよ」

「ぼ、僕は…」

「僕は、何?僕なりに努力して山籠りしてましたって?バカのひとつ覚えみたいに修行、修行、修行って、それで緊張癖がちょっとでも治ったの?」

メタルは昨日と同じように俯いて黙り込んでしまう。微かに肩が震えていて泣いていることがわかるといのじんの苛立ちはさらに大きくなり、思わず大きな声で怒鳴ってしまう。

「なんでシカダイが謝んなきゃいけないのさ…!一番謝る必要があるのは君だろ!!痛いとこ突かれたからってあんな事して…シカダイが怪我してたらどうするつもりだったんだよッ!言っとくけどシカダイは当たり前のことを言っただけだ!!シカダイはこれっぽっちも悪くないからな!!お前が全部悪いんだ!!!」

一気に言い切り、ハァハァと肩で大きく息をする。メタルは目に涙を浮かべ怯えた顔でいのじんを見ていた。いのじんはまだ苛立ちが拭えず近くにあったゴミ箱を蹴る。ゴミ箱は大きな音を立て宙を舞い、少しだけへこんで地面に落ちた。

「いのじんくん…僕は」

「聞きたくないッ!!」

メタルが伸ばしてきた手を振り払い、いのじんは蹲ってしまう。イライラと苛立ちだけがいのじんを飲み込み水色の瞳から涙がこぼれ落ちた。何に苛立っているのかはわかっていた。迷惑をかけられたメタルに、メタルに土下座をしたシカダイ、そして何よりシカダイに距離を感じて心ないことを言ってしまった自分にだ。シカダイがボルトを親友だと思うように、いのじんにとってシカダイは大切な親友だ。シカダイがそう思ってなくても、いのじんはそう信じている。思慮深くて他人を思いやり時には意見もできるシカダイをいのじんは好ましく思っていたし、実際に隣にいて一番心地いいのはシカダイの側しかなかった。だが、それでもシカダイが一番よく遊ぶのはボルトで、いのじんではない。シカダイと会うのはせいぜい猪鹿蝶の修行の時ぐらいだ。だから、いのじんはずっと心の奥底で自分がどれだけシカダイを大事に思ってもシカダイはボルトの方が大事なんだと感じていた。要するに、大好きなシカダイとの距離を感じて寂しかったのだ。

「いのじん」

蹲って泣きじゃくるいのじんの耳に聞き慣れた声が飛び込みいのじんは思わず振り返った。そこにはさっきまでいたはずのメタルはおらず、公園で別れたはずのシカダイが心配そうな顔でいのじんの様子を伺っている。

「………シカダイ」

いのじんは鼻をすすり、両手で涙を拭うとへらりと笑う。

「奇遇…じゃないけど、どうしたの?何かあった?」

「…何かあったのはオメーだろ、メタルに怒鳴ってんの全部聞こえてたってーの」

シカダイはいのじんの頬を引っ張り、「テメー、俺が言わずにいたこと全部言いやがったな*」と呆れた顔で言ってきた。いのじんは少し頭にきてふてくされながら言い返す。

「だって…僕は君の親友なんだ……親友でいたいんだよ」

「親友なら俺の気持ちを汲んでくれたりすんじゃねーの」

「しないよ!シカダイのはしなくていい我慢だもの!…シカダイが全部背負いこむことないじゃないか……」

そう言ってまた目に涙を貯めるいのじんを見てシカダイはため息をついて頬から手を離した。そして優しく頭を引き寄せ抱きしめてくる。いのじんより10cm程高いシカダイに抱き寄せられるとちょうど肩のあたりに顔がきて、パーカーに染み付いた奈良家の匂いがやけに鼻についた。シカダイは優しくいのじんの柔らかい金髪を撫でてくる。

「……ありがと、俺のために怒ってくれて」

「………親友だもん、当たり前だよ」

「お前さ、変なとこで自信なくすよな、普段あんだけ毒舌なくせに急に泣き虫になるし」

「シカダイだって、オブラートに包むっていうこと覚えた方がいいよ」

「お前に言われたかねー」

「僕も君には言われたくない」

シカダイから離れ、いのじんはもう一度目をこすり歩き始めた。今度こそ家に帰るのだ。シカダイも何も言わずに隣をついてくる。

「いのじん、明日…わかってるよな?」

「…考えとく」

シカダイの方を見ずにいのじんはそう答えてズンズンと坂道を登る。坂道を越えた向こうにはいのじんの家がある。二人が何も言わずに坂道を登りきると、家の前にはいのじんの両親がいて二人で花屋の閉店作業をしているところだった。

「あら、いのじんおかえり!シカダイもいたのね」

「こんばんは、おばさん」

「あれ、いのじんもしかして泣いたのかい?」

「はぁ?泣いてなんかないから!本当父さんってデリカシーないよね!!」

「こら!いのじ、」

「いのじん!!!」

サイの押しのけいのじんは店の奥にある玄関へ向かう。いのがいのじんの態度を叱ろうと大声を出す前にそれより大きな声でシカダイがいのじんを呼び止めた。いのとサイは驚いてシカダイを見つめ、いのじんもピタリと足を止めた。

「あのさ!勘違いしてるだろうから言っとくけどな、お前だって俺の大事な親友だからな!ボルトと自分を比べたりすんじゃねーよ!」

「…………僕の方が絶対君のこと想ってるよ」

「俺だってちゃんとお前のこと想ってるけど?それも否定すんのか?」

「…………だって、」

「だって、何?」

「……………」

「だから、何だよ?」

「……いっつも、ボルトばっかりじゃん、僕とはたまに猪鹿蝶の修行で会うぐらいだし…僕よりボルトの方がいいんでしょ」

言ってしまった。後悔やなぞの開放感がいのじんの頭に渦巻く。しかし言われた張本人のシカダイは面倒くささしか感じていなかった。すぅ、と息を吸い込みこう言い放つ。

「っとに、めんどくせーッ!!」

「な、なんでそうなるの!」

バッ、と振り返ったいのじんの肩を掴みシカダイは緑の鋭い瞳でいのじんを睨みつけた。

「面倒に決まってんだろ!俺がいくら親友だって言っても信じねーし!なに?言葉が欲しいんじゃねーの?言っとくけどな、俺はお前を仲間外れにした覚えは全くねー!お前が”俺”としか遊びたがらねーから疎遠になるんだろ!?俺は何回も誘ってるぞ!いい加減殻に閉じこもるのはやめろよ、誰もお前のこといじめたりしないし仲間だと思ってるから!」

「………でも、シカダイがいい」

ぶす、と頬を膨らますいのじんにシカダイは呆れ果てて今日で一番大きなため息をつく。

「いるだろ、ずっと隣に…ガキの頃から一緒じゃねーか、ボルトもそうだけどよ、俺たちは猪鹿蝶だろ。俺は鹿でお前は猪、んで、チョウチョウは蝶、猪鹿蝶の仲間として俺はお前を信頼してんだけど?本当に信じてくれねーの?これで信じてくれねーなら、俺はどうしたらいいんだよ」

「………………ごめん、面倒な奴で」

「謝れって言ってねーから………はぁ、もういいよ、俺が徹底的にお前のその訳わかんねぇ根暗な部分直してやる!……だから、だからさ、今はこれで我慢してくれ」

ずっとふてくされて前に突き出されたいのじんの唇にふに、と柔らかい感触がする。いのじんはそれがシカダイの唇で、シカダイにキスをされたと言うことにしばらく気づけなかった。シカダイは唇を離すと顔を赤くして腕で隠した。

「もう言葉以上の伝え方なんてこれしか思い浮かばねーよ!ばかいのじん!」

「え、しか…しかだい、ちょっと待って!?」

「誰が待つか!俺は帰る!おばさん、おじさん、さよなら!!」

シカダイは本当に走ってその場を去ってしまい、いのじんといの、サイはポカーンと小さくなっていく後ろ姿を見つめるしかなかった。


翌日からシカダイがいのじんを引っ張りまわしたのは言うまでもなく、そしてメタルに土下座をさせられていたことはアカデミーのクラスを越え、生徒たちの親の耳にも入ることになったのである。因みにこれ以来、いのじんはあることをシカダイにねだるのが上手くなったとかなんとか、それはまた別のお話。


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