かえるくん運命の乗り換え駅に辿り着く


友達ができた。ボルトやいのじんとも違う、友達。同じ目線でものを見て、考えも合って、互いを尊重しあえる。俺は結構その関係が気に入っていた。新しい繋がりの形だ。アイツは俺のぽっかりと空いていた穴を埋めてくれた。例え約束の場所に来なくたって気にせずにまた明日来てくれるだろうかと思えるぐらいアイツのことが好きだと俺の心は素直にそう感じていた。

ボルト達といるのは楽しい。ゲームもいたずらも、面白いことをする時はいつだってみんな一緒だ。でも最近は、その面白いことがだんだん危険なことになってきた。ボルトは家に帰ってこない父親を見返す為に数々の危険な事件に首を突っ込むようになり、元来の無鉄砲さに拍車がかかっている。いくら落ち着けとボルトを宥めたって効果はない。自分の信じるものと父親を見返す為にボルトは俺の言葉なんか聞こえないといった風にサラダ達と行動するようになった。

そもそも下忍班が違うのだし、ボルトがサラダ達と行動するのはごく当たり前のことだ。そして俺とボルトも確実にアカデミーを卒業する前とは違う。ボルトは一つ一つ任務をこなしていくことで自信をつけている。そしてそれに比例するように多忙になっていく父親(つまり七代目火影のことである)を目の敵にしているのだ。

焦るボルトを見ていつも思う。何をそんなに焦るのか。見返してどうしたいのか。多忙なのは火影であるが故なのに、なぜそれが理解できないのか。自分以外の家族がかわいそうだと言うが、それを大義名分にしているだけで本当は自分が寂しいだけなのではないだろうか。そんなことを言ってもボルトがそれを認めた試しはない。

俺の父親も里のNo.2であり、ボルトの父親と一緒に仕事をしている為その多忙さはよくわかっているつもりだ。でも俺は寂しいからと言って父親の気を引くようなことはしない。むしろそうして父親が稼いでくる給料と母親のやりくりのおかげで我が家は生活できているのだから、文句なんてこれっぽちもないのである。

俺は理解できない。ボルトののことも、他のみんなのことも。なぜそんな前に出たがる?子供の自分たちになにができる?せいせいケガを負って足手まといになるぐらいだ。誰かに助けられる未来が目に見えているのに、なぜ何かをしようとするのか、自分が選ばれた何かだと思っているのだろうか、バカバカしい寝言は寝て言え。実力もない奴が考えもなしに飛び込んだって死ぬのがオチだ。

「ねぇ、シカダイ」

「んだよ、チョウチョウ」

「アンタ最近何かあったでしょ」

バリバリと砕かれるポテチとそこはかとなく漂う人工的な味付け、よくそんなに食べれるものだと俺はため息をついたがチョウチョウはそんなもの知ったこっちゃないとポテチを口に押し込んでいく。

「なんもねぇよ」

そう、何もない。しいて言うなら特急列車に乗り換えず、普通列車に座っていたいだけだ。夕日が照らす土手に腰掛けるとチョウチョウもぴったりと隣に座ってきた。こいつは意外とパーソナルスペースというものがわかっていない。失礼な奴だと思いながらも何も言わなかった。

「ふぅん、ほんとに?」

「…しつけぇな、なんもねーって」

「そ、別にアチシもどーでもいいんだけどさ、なんかアンタ最近しょっちゅう怒ってる顔してるから、いのじんが心配してたよ」

そんだけ、とチョウチョウは軽く言って立ち上がった。夕飯を逃すわけにはいかないと猛スピードで走っていく。

「普段の任務でもあのぐらいやる気出せよなアイツ…」

ま、俺が言えたことじゃねぇけど、と一人で呟き、土手に寝っ転がった。夕日に赤く染められた雲をぼんやりと眺めていると開いた口からメンドクセェ、と口癖が転がり落ちた。

「雲は良いよなぁ…なーんもしなくても風が行き先を決めてくれんだからよ」

俺も雲になりたいな、そんなことを考えながら目を閉じる。チョウチョウの言うことは当たっている。最近は苛立ってばかりだ。自分が周りと少し違う人間なんだと思い知らされている気がする。誰にもわからないだろう、俺にだってわからない。ただ俺とみんなの間に大きな溝があるのはわかる。その溝が自分がどういう人間か教えてくれる。残酷な答えでもあるが、今の俺は案外そこが心地いいのだ。

きっとこの心の内を知れば、ボルトは否定してくる、そしてあしらう俺にため息をついて俺を更生しようとするだろう。いいのだそれで、理解してもらえなくても俺は俺だ。なにも変わらない、今あるところに居続ける。登れば自ずと責任が付いて回るのだから、責任なんて面倒なもの俺はいらない。責任より自由が欲しい。

そう思うのは、間違っているのだろうか?

頭の中のボルトは違うと言う。お前はそんなもんじゃない。もっとできる奴だと、大きな声でまくし立てて、俺の重い腰を上げさせようとするのだ。頭の中で勝手に思っていることなのに俺は思わず眉を顰め寝言のように呟いた。

「うっせぇよ…俺はお前みたいにはできねぇって…」

なんで頭の中まで邪魔をしてくるのか、つくづく面倒な友人だ。俺は体を起こし頬杖をつくと怒りのため息をついた。もちろんそんなことで怒りはなくならずどんどん眉はキッと吊り上げられていく。ああどうすれば良いのだこの気持ち、誰か答えをくれないだろうか、もうどうにかなってしまいそうだ!




「別にいいじゃない、それで」

「…へ??」

「だから、その考え、間違ってないと思うよ、君は君じゃないか、はい王手」

「あ゛ッ!!ちょ…おま、」

洗いざらい話したこともすっかり忘れ、マジかよと項垂れて負け戦となった盤上を見つめる。捕らえられた王は無残に惨殺されるのだろう。これで何度目の敗戦だと駒達が怒っている気がした。

「シカダイは、仲間に否定されたくないんだね」

「え?そうかな…いや、否定もそうなんだけど、アイツら絶対自分が正しいって思ってる連中ばっかりだしさぁ…」

駒を直しながら俺は文句を言うように呟いた。その文句を聞いてくすくすと笑う声が聞こえ、不思議に思い盤上から視線を上げる。

「んだよ…なにがおかしいんだ?」

「別に♪」

機嫌よさそうにはにかむ笑顔を少し睨みつけて俺は駒を並べ直した。今日は欠けている駒はない。

「よしできた、もう一回やろうぜ」

「いいよ、じゃ、俺が先攻ね…あっ」

カランカラン、ぽちゃっ。

指が弾いてしまった歩の駒は呆気なく排水溝へ落ちてしまう。拾えるだろうかと排水溝を覗き込んだが、泥にまみれて何も見えなかった。

「ごめん…力はいりすぎちゃった」

「いーよ別に、家に余ってる駒ならいくらでもあるし」

「………」

続きしようぜ、と立ち上がると俺の目には困ったような笑顔が写る。

「どうした?」

「いや…まだ、拾えるかなって…」

「え、そんなの良いって!予備あるし服汚れたら俺が母ちゃんに叱られるからさ、だから早く続きしようぜ」

ベンチに座って袋から余りの歩を取り出す。空いた四角に置かれたそれは最初からそこにあったかのように違和感がなかった。こだわらなくたって代わりはいくらでもあるんだから別にいいじゃないか、少し寂しそうな顔をしながら駒を進めるアイツに素直にそう思った。




「リョウギ!!!」

音をかき消すはずの大雨の中俺の声は良く通った。地面に倒れこみじわじわと赤い血が広がっていく。駆け寄って抱き起すとリョウギは力なく笑った。

「待ってろ!すぐに医療忍者が来るから…!!」

「もう…いい、よ」

「何言ってんだ!言いわけねぇだろ!!」

自然と涙が頬を伝うが大粒の雨はそれを見えなくしてしまう。だが震えた手は優しく涙を掬い、頬を撫でた。

「泣かないで…僕は歩だから、変わりはいくらでもいる、君にだってまたすぐに僕の代わりができるよ」

「…な、なに言って、あれは、将棋の駒の話じゃねーか…!」

「ひとつ、ひとつに…意味があるって教えて、くれた、の、は…君、だろ、」

「そうだけど…それとこれとは話が違うって!!」

雨に打たれていてもわかった、冷たくなっていく体が残りの時間を伝えてくる。怖くなって体が震えた。目の前にいる人を失いたくないと心臓が泣き喚いた。この状況を打開したくても、どうすればいいのか頭は全く動いてくれない。真っ先に父親の顔が浮かんだが、なにをしてくれるわけでもなくただ雨にかき消された。

「どうしよう…俺、なんにもできねぇ…」

せめて雨が当たらないようにと冷たくなっていく体をぎゅっと抱きしめる。震える体は悔しさと恐怖を煽った。増幅した感情は涙となってとめどなく溢れていき嗚咽が響く。

「…気にしないで…俺が選んだ、こと…だから、」

君のせいじゃない、と耳元で掠れた音が聞こえ、少しずつ瞼が閉じていく。俺は何度も名前を呼んだ。何度も何度も喉が潰れるまで叫んだ。助けたかった。でも自分には力がなかった。

あぁ、なんて俺は大馬鹿なんだろう。代わりなんていないのに。この世に誰一人として同じ人間はいない。あの時、一緒に駒を拾えば良かった。二人で泥まみれになって、諦めずに探せばよかった。

前に出たくないなんて嘘だったのだ。俺は気づかない内に自分に嘘をついていた。悪いことだけを想像して、やってもいないのに不必要と判断してきた。失敗するのが嫌で安全な場所でぬくぬくとしていたかったのだ。

それがこの結果だ!!

自分がなんて愚かなのか、痛いほど胸に刺さった。責任を避けて何もしてこなかった自分には何の手立てもない。ボルトのような派手な術も、サラダのような怪力や医療忍術だって…今の自分にあるのは少しの影術と役に立たない頭だけだった。

「りょうぎ、ごめん、ごめんなぁ…おれ、おまえをどうやってたすけたらいいか、ぜんぜん、わかんねぇ…」

辺りを見回しても人の姿はどこにもない。ここは木ノ葉であるはずなのに、世界でたった二人取り残されたような、そんな気持ちになった。

「ッ、だれでもいいからっ、たすけてくれよぉ!!」




神様、お願いします。

どうか、俺の大事な友達を助けてください。

代わりなんていないんです。

大事な、大事な友達なんです。

今の俺には何の力もないから、

だからどうか一度だけ、

俺の友達を助けてください。




雲がうらやましかった。何もせずに風に動かしてもらっている雲が。重い責任より雲のような自由に憧れていた。責任を負わないために言動には慎重になり、常に一歩引いて物事を俯瞰して見ていた。でも、それでは大事なものをとり零す。母親の言葉が痛いほど耳に響いた。


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