イワベエは素直になれない


イワベエは素直になれない




@イワベエの頼み

「おい、お前!」

「ん?」

アカデミーの校庭で声をかけられ、シカダイはくるりと振り返った。するとそこには昨日ボルトと喧嘩をしたイワベエが立っていてギロリとこちらを睨んでいた。

(うわ、メンドクセ…)

「なんだよ、イワベエ」

内心ため息をつきながらも仕方なくイワベエの相手をしてやる。しかし、肝心のイワベエは中々口を開かずそのまま突っ立っていた。シカダイは首を傾げイワベエの言葉を待つ。

「…なぁ、用がないなら行くぜ?」

「……………そ、そのだな…」

「うん」

「……………………………て、くれ」

「へ?なんて?聞こえねえよ」

イワベエの側まで行き、聞き返すとイワベエの頬はほんのりと赤く染まる。

(なんだぁ?)

「だからっ!べ、勉強!!教えてくれ!」

「……俺が?お前に?」

目をパチパチと瞬かせシカダイはイワベエを見た。イワベエは勢いよく頷く。ははーん、これは昨日のボルトの言葉がよっぽど応えたんだな、とシカダイは一人納得した。イワベエは居心地悪そうにしながらもシカダイの答えを待っている。

「本気か?」

「あぁ、本気だ!」

「授業みてーにサボったら俺教えねーぞ」

「約束する…サボらないし真面目に勉強する」

「………よし!ならいいぜ!今日から隣に座れよ教えてやっからさ!」

ニカッ、と笑ってイワベエに拳を突き出すとイワベエは少し戸惑いながらも拳を合わせて笑い返してくれた。

「…あ、ありがとよ……えっと」

「なんだ、覚えてねーのかよ、奈良シカダイ!よろしくな!」

「…結乃イワベエ、よろしく」

その日からシカダイの隣にイワベエが常に席を陣取ってボルトと少し喧嘩になったのはまた別のお話。



Aイワベエと図書室

静かな図書室でイワベエとシカダイは勉強に勤しんでいた。シカダイはスラスラと今日の宿題を解いて行くが、イワベエは困った顔をしながら教科書にかじりついている。

「……っ、わからん!」

「だから、ここはなこの公式使うんだって」

「公式がありすぎなんだ、覚えられん…」

げんなりと肩を落とすイワベエを見てシカダイは苦笑する。

「笑うなよ…」

「バカにはしてねーよ、あんまりにも一生懸命だから可愛いなって思って」

「かっ!?可愛い!?!」

思わず大声を出したイワベエを図書室にいる全員が睨みつけた。バカ、とシカダイにまた笑われイワベエは顔を赤くして教科書に隠れようとする。

「おい、シカダイ…可愛いはないだろ、男だぞ俺は」

「わかってるよそんなもん」

「じゃあなんで…」

イワベエの問いかけにシカダイはうーん、としばらく考えていたが直ぐに宿題に視線を戻した。

「おい、シカダイ」

「いや、なんてーかさ、一生懸命に努力してるのっていいじゃん、応援したくなんだよな………だから、頑張ってくれよ?」

シカダイは顔をこちらに向けようとはしないが少しだけ頬が赤くなっている。もしかして自分で言っておいて恥ずかしくなったんだろうか、イワベエの頬も少しだけ熱くなった。

「………ど、努力はする…」

そう言われたら勉強をするしかない。図書室には春の心地いいそよ風が吹き込んでいる。イワベエはもう一度公式を使って問題を解こうと姿勢を正した。


Bイワベエとデンキ


「イワベエくん」

「デンキ……?」

図書室で勉強をするのがすっかり習慣化したイワベエは声をかけてきたデンキに視線を向ける。デンキの手にはいつもシカダイが持っているイワベエ用の問題集が抱えられていた。

「シカダイくん、今日急にお家の用事で帰らないといけなくなったんだって、だから僕がピンチヒッター」

向かいに座るデンキ。イワベエは内心ため息をついた。自分からデンキをバカにするようなことを言った手前、デンキに勉強を教わるのはどうも気まずいし申し訳ない。ボルト達とつるむようになって必然的にデンキとも共に過ごしているがイワベエはデンキに後ろめたさを感じていた。

「さ、今日はどこまでやるんだい?」

「…………25ページ」

「オッケー、わからないとこがあれば聞いてよ、僕は自分の勉強してるから」

「……おう」

カリカリカリ、とシャーペンが走る音が響いた。イワベエは喋らないし、デンキもお喋りをして人の邪魔をするようなタイプではない。静かだが、どこか居心地の悪い時間はゆっくりと過ぎていった。

(あ、わかんねぇ…)

ぴたり、とイワベエの手が止まる。こんな時にシカダイがいれば気軽に聞けるのだが、生憎シカダイはここには居ない。さぁ、どうするべきだろう、イワベエは問題集を睨みつけながら一人悩んだ。

「……イワベエくん、ここ、わからないのかい?」

「えっ、あ、あぁ…」

「これはね…」

デンキは優しく、わかりやすく教えてくれた。何でデンキはこんなに普通に自分に接してくれるのだろうか、イワベエの頭にはそんな疑問が浮かびデンキの声はこれっぽっちも入ってこない。

「イワベエくん、イワベエくんってば」

「あ、すまねぇ…」

「……シカダイくんが良かった?」

「ち、ちがう!別にそういうわけじゃ…!」

慌てて否定するイワベエを見てデンキはくすくすと笑った。

「ねぇ、イワベエくんはどうしてシカダイくんに勉強を教えてもらおうと思ったの?」

「………別に…」

「勉強ならサラダちゃんやボルトくんもよく出来るのに」

デンキは不思議そうに首をかしげる。

「ボルトに聞けるわけねぇだろ…あのうちはの女にはバカにされそうだしよ」

「なるほど、それでシカダイくんか」

「……………それに、」

「それに?」

「………あいつ、人の話最後まで聞いてくれるから、嫌いじゃねぇ」

ぼそっ、と小さな声で呟かれた言葉が耳に届きデンキは嬉しそうに笑う。

「そっか!よし、じゃあしっかりページ進めないとね、もう一回説明するよ」

「お、おう…」

デンキはイワベエに問題を解説しながら先ほどのことを思い出していた。

「なぁ、デンキ」

「なんだい?」

「今日のイワベエの勉強教えんの代わってくれねぇか?」

「…イワベエくん?なんで急に」

「家の用事ができてさ…それにアイツもいつも俺じゃ嫌だろうから」

へらりと笑ってデンキに頼みごとをしてきたシカダイの表情は初めて見るものでどこか自信なさげだった。デンキは素直にシカダイに疑問をぶつける。

「なんでそう思うの?」

「…うーん、なんでっつーか、アイツがなんで俺に勉強教えてくれって頼んできたのか知らねーんだよ」

「……でも頼んできたんでしょ?」

「そーだけど…ほら、俺結構キツイことも言うからさ」

「そうかな?でも、そんなに悩むなら聴いてきてあげるよ、もちろんそれとなくだけど」

「えっ!?い、いいよ!そんなことしなくて…とっ、とにかく!頼んだからな!」

そう言って走って帰ったシカダイに言ってやりたい、イワベエはちゃんとシカダイを信頼して頼んできたのだと、デンキは明日シカダイに会うのが少しだけ楽しみになった。



Cイワベエと朝の鍛錬

イワベエの朝は早い、なぜならばイワベエはかの七代目火影のように強い忍になるべく日夜修行が欠かせないからだ。一に鍛錬、二に鍛錬、三と四は無しで五に鍛錬である。まぁ、最近は三と四に大嫌いな勉強が入っているが、それは致し方がない。勉学もまた強い忍に必要な要素の一つであるのだから。それに、勉強も悪いことばかりではないと最近は感じている。それはきっと、あの緑の瞳の少年のお陰であろう。イワベエは一人ほくそ笑みいつものランニングコースを走り抜ける。

「なぁに笑ってんだよ」

「うぉっ!?」

急に声をかけられたイワベエは驚いて足を止めてしまう。振り返ったその先にはまさに今イワベエが思い出していた少年・奈良シカダイが立っていた。

「びっくりさせんなよ…」

「俺のせーじゃねーし、ていうか一人でニヤニヤ気持ち悪いっての」

速度を落とし二人で並んで走り始める。天気が悪いわけではなかったが、今日の朝は少し肌寒い。シカダイの頬は熟れたリンゴのように赤くなっていた。その頬を軽くつねりイワベエはシカダイを睨みつける。

「うっせ、生意気言うな」

「いてぇよ、年上ぶるなよなダブり」

「筆頭」

「たらこ唇」

「スカした野郎」

「究極のバカ」

「う、…こんにゃろ………」

「ハイ、俺の勝ち」

タッタッタ、とシカダイの走るスピードが上がり背中が小さくなって行くイワベエも負けじとスピードをあげシカダイに追いついた。

「なぁ!」

「なに!」

走りながら大声で呼びかけるとシカダイも大声で返してくる。

「勉強!もし俺ができるようになったら!」

イワベエはそこで口を噤んでしまった。なにを聞こうとしたのか自分でもよくわかっていない。もし勉強をできるようになったら、どうなるんだろう。もうシカダイと関わりは無くなるのだろうか、もう図書室で一緒に勉強をすることは…………………。

「なんだよ、急に止まって」

走るのをやめて立ち止まったイワベエの側までシカダイが寄ってきた。イワベエはただ黙って首を振る。シカダイは面倒そうに頭を掻いてため息をついたが、それでもイワベエの心を探ろうと口を開いた。

「あのさ、イワベエ…おまえが何で勉強教えてくれってわざわざ俺に頼みにきたのか理由はしらねーよ、でもさ、俺とおまえもうとっくにダチ同士じゃん?お前がいつか俺に勉強を教えてもらわなくてよくなる日が来たって俺とお前は変わんねーよ」

これはイワベエにかけた言葉ではあるがシカダイ自身が望んでいることだ。まだ日は浅いがシカダイはイワベエを気に入っていた。しかしどれだけ仲良くしたくても人間の感情はいつも予測不可能である。だからこれはあくまでもシカダイの希望であってイワベエが本当にそこまで望んでいるかわからない。しかしそうあって欲しいとシカダイは不安を押し込んでそんな言葉をかけたのだ。

「………お、おれは」

「情けない顔すんなよな、年上だろ?」

イワベエの不安げな表情を見てシカダイはニッカリと笑う。これは多分、互いに同じ気持ちを抱えているのだろう。それがわかってシカダイは少しだけ安心した。朝日がその笑顔を照らし、シカダイの緑の瞳がキラキラと輝く。なんだかその笑顔に元気付けられイワベエはしゃんと胸を張り笑顔を返した。

「年下が生意気言うんじゃねーよ!」

「その年下に勉強教えてもらってんの誰だよ」

「うっせ!それとこれとは別!」

「へーへー、横暴な先輩様だ」

足並みを揃えて二人はまた走り出す。イワベエもシカダイも互いの距離が少し縮んだ気がして自然と笑顔になった。



Dイワベエと夏風邪


「起立、礼!着席!」

委員長の掛け声に合わせて生徒達は動きを繰り返す。着席すると目の前にいる教師はいないものかのように扱われ、生徒達はそれぞれ隣や前にいる友人たちとおしゃべりを始めてしまい教室はすぐに騒がしくなった。

「なぁ、デンキ今日ってテスト返しだったよな?」

「そうだよ、こないだやった木ノ葉周辺の地理テストが返ってくるはず」

「どうだった、あれ」

「う*ん…ちょっとわからなかったなぁ、だから満点は無理かも、ボルトくんは?」

「俺はばっちし!今回も満点だぜ!」

ボルトはデンキにそう言って笑うと後ろに座っているイワベエに話しかけてきた。

「なぁなぁ、イワベエどうだった?」

「なんでオメェに言わなきゃなんねーんだ」

「ちょっとぐらいいだろ*」

「まぁまぁ、ボルトくん、シノ先生こっちみてるよ」

「げっ!まじかよ…」

なぁなぁ、と詰め寄ってくるボルトを手でシッシッと払いのけイワベエはそっぽを向く。デンキが苦笑いしながらボルトを宥め、とりあえずイワベエたちの席は静かになった。イワベエはやれやれとため息をついてチラリと横の席を見る。いつも座っているはずの彼が今日はいなくて少しだけ右側がムズムズした。

(会いたい、なんて思ってねーし…)

そう言い訳しながらも一日中イワベエのムズムズは治らない。なんだがムズムズしてどうしようもなく腕をさすっても一向に治ることはない。あぁ、気持ち悪い、違和感だらけだ。なぜ今日はアイツがいないのか、全ては隣にアイツがいないせいだ。しかし、それはそれこれはこれ、イワベエは誰かにアイツが何故いないのかと聞く勇気なんてこれっぽっちもない。子供っぽい安いプライドがイワベエを邪魔するのだ。早く明日にならないか、明日になってアイツがまた来ればこのムズムズも治るのに、イワベエはそう思いまた腕をさする。ふと顔を上げると担任の油女シノがこちらに向かってきていた。

「イワベエ」

「シノ先生…なんか用か?」

ぶっきらぼうに返事をするイワベエにシノは眉を寄せるが、一つ咳払いをすると持っていた封筒をイワベエに渡した。

「何だよコレ」

「プリントだ、今日の分のな」

「いや、俺持ってっし…」

「お前のじゃない、シカダイのだ」

「……アイツの?」

イワベエの不思議そうな顔を見てシノはにっこりと笑う。

「今日、シカダイが休みで気になってたんだろう?丁度いいからプリントを届けてくれないか、後ノートも見せてやりなさい」

「はぁ?何で俺が…!」

「この間懲りずに風魔手裏剣持ってきていただろう?」

「うぐ………わかったよ!届けりゃいいんだろ!」

シノの手から封筒をむしり取ると、イワベエは足をドンドンと鳴らしながら下駄箱置き場へ行ってしまう。あの少年のまるでガキ大将のような横柄な振る舞いにはまだまだ頭を悩ませるが、時折見せる優しさに少しずつ成長しているんだとシノは感じさせられていた。

(お手柄だぞ、シカダイ)

廊下で一人ニヤけるシノを避け生徒達は下校していく。イワベエはそんな情景を思い浮かべながらブツブツと文句を呟く。だが、足取りはどこ軽やかだ。結局の所、イワベエはキッカケがあれば、シカダイの家に行く為の大義名分があれば、シカダイに会いたいという気持ちをあっさり肯定するのだった。

(我ながら単純だぜ…)

木の葉の里の外れ、山の麓にシカダイ達、奈良家の家が建っている。高い塀に囲まれた昔ながらの家屋がイワベエを威圧し、イワベエはゴクリと息を飲んだ。表は鍵がかかっていた為、庭から入る。

「す、すんません……すんませーん………」

シーン、とあたりに静けさが漂い、家人が誰もいないことを伝えたが、ごほんごほんと二階から咳き込む声が聞こえシカダイが休んでいることはわかった。イワベエは悪いと思いつつも靴を脱ぎ、家に上り込む。

「おじゃまします…」

二階へ続く階段は古びていて、踏むたびにぎっ、ぎっ、と音を立てた。咳き込む声もだんだん近くなってくる。

(あそこか…)

階段を登りきり、突き当たりの部屋を開けると子供部屋らしからぬ大量のCDやレコード、本などが置かれた部屋の真ん中に布団にくるまったシカダイが苦しそうに呻いていた。

「ぅ、ぐ……うぅん」

「…おい、来たぞ」

ぺたり、と額に手を当てるとシカダイは熱に浮かされた緑の瞳をうっすらと開き、力無く「いわべ、ぇ…?」と呟いた。

「おぅ、家に誰もいねーのかよ?」

「……みんな…しごと、だから」

仕方ない、そんな風に笑うシカダイに少しだけ胸が痛む。ボルトが普段から父親である七代目を毛嫌いしているのは七代目が仕事にかかりっきりだかららしい。だが、いつも隣にいるシカダイからはそんな話を聞いたこともなかった。シカダイの父親も七代目と同じぐらい忙しい火影補佐であるのに。もしかしてコイツも寂しいのかな、とイワベエはシカダイに少し同情的な感情を抱いた。しかし、シカダイがまた苦しそうに咳をしてイワベエのそんな考えはすぐに打ち消されてしまう。とりあえず水分補給をさせなければと枕元にあった水をシカダイに飲ませようとした。

「…いらね、ぇ」

「馬鹿、水ぐらい飲め、ホラ」

「ん……ぅ…」

少しずつシカダイは水を飲むが口の端から水がこぼれ落ちてしまう。イワベエの両手はシカダイを支えるのとコップを持つので塞がっていてそれをぬぐってやることもできない。これではシカダイのパジャマがびしょ濡れになってしまう。イワベエは少しの間考えた後、おもむろに水を口に含んだ。

「いわべ…んっ…ふ、ぅ……」

ちゅ、ちゅっと水音が響きシカダイの喉が潤っていく。シカダイはボヤけた頭で状況を整理しようとするがそんなことをしている暇はなかった。シカダイが水を飲み干せばイワベエはまた口に水を含んで飲ませてくる。段々と二人は舌を絡めあい、水ではなくてお互いを求め合い始めた。

「んっ、ふ、ぅ…」

「…ッ、ん…シカダイ……」

「ん、ぁ…いわ、べぇ……」

ちゅぱ、と唇が離れ銀の糸がひいた。シカダイの心臓はドキドキとうるさいし、イワベエの顔は真っ赤でおそらく心臓も煩いのだろう。イワベエは優しくシカダイを押し倒し馬乗りになると布団に投げ出されたシカダイの手を掴んだ。

「…………いわべぇ…おまえ、こういうシュミなのか…?」

「…………わかんねぇ…なんかお前を見てたら急に…こうしたくなって…」

「…………なんだそれ、ふふっ、へんなやつ…」

苦しそうにしながらもシカダイはへらりと笑い。イワベエもぎこちなく笑い返す。

「もういっかい…するか?」

「……ニヤニヤすんなよ気持ち悪い、病人は大人しくしてろ」

「おまえのせいだよ」

「うっせ」

シカダイの上からどくと、布団を直して新しい冷却シートを貼ってやる。そして恥ずかしさからもう帰ろうと立ち上がろうとするとシカダイがその手を掴んだ。

「んだよ…」

「…あのさ……けっこう、うれしかったんだ…おまえがきてくれて」

「そっ、そうかよ……」

「………まだかえらないでくれよ、いわべえ」

少し潤んだ緑の瞳、赤くなった頬、荒い息遣い、全てがイワベエの心を掴んでしまう。イワベエは赤くなった頬を隠そうに帽子を目深にがぶり、シカダイの手を握り返した



Eイワベエと火影さま


「イワベエ、また宿題を忘れてきたな……」

「うっ…こ、今回はちゃんとやってきたぜ!家に忘れただけだ!!」

職員室に呼び出されたイワベエは担任の油女シノからこれでもかと言うぐらいの冷たい視線を受けている。もうすぐ夏休みの学期末だと言うのにイワベエの周りだけはツンドラ地帯のように寒々しい。シカダイの指導のおかげで少しずつ成績を伸ばし始めたイワベエだったが、宿題を忘れたり寝坊して遅刻したりなどの内申点に響くような素行が多い。ようやく卒業試験の受験資格も得られそうだと言うのにこれでは本末転倒になってしまう。シノの怒りは最もであり、職員室にいる他の教師は一切イワベエを庇おうとしなかった。一方、苦し紛れの言い訳をしたイワベエも自分に非があることは自覚しているのかそれ以上言い返してくることはない。シノは大きくため息をついて机から便箋を取り出すとサラサラと何かを書き出す。

「イワベエ、これをもって火影様の所へ行け、罰として書類仕事を手伝ってもらう」

「げっ!で、でもよ!今日はシカダイと約束が…!」

「全てはお前の責任だ、きっちりと事情を説明して謝ってこい」

「なんとかなんねーのかよ!ちょ、押すなって!シノ先生!」

ガラガラッピシャンッ、と職員室のドアは閉められイワベエは途方にくれた。シノらしいてんとう虫があしらわれた封筒を眺めてため息をつく。

(ったく…ついてねーなぁ)

イワベエはシカダイの待つ教室へ渋々と足を向けた。今日は大事な約束の日だったのに、シカダイの残念そうな顔が頭に浮かぶ。あぁ、なんて言えばいいんだろうか。イワベエが頭を抱えていると、遅すぎたイワベエを心配したのか前からシカダイが駆けて来るのが見えた。

「イワベエ!用事終わったか?」

「……シカダイ」

バツの悪そうな顔をして俯くイワベエを見てシカダイは不思議そうに首をかしげ、イワベエのそばまでやってきた。

「どうした?」

「………ワリィ、今日の約束ダメになった」

「………あぁ!ま、大方事情はわかった、別にいいぜ?急ぎじゃねーし、しっかり反省してこいよ」

少し固まった後に事情を理解したシカダイはにしし、と笑ってイワベエを許してくれた。その笑顔が眩しくてイワベエはサッと視線をそらす。

「ほら、早く行ってこいよ、遅刻したら余計ペナルティー食うぞ!じゃあ、また明日な!」

「あっ、お、おぅ…また明日…」

パタパタとシカダイの駆ける足音が聞こえなくなると、イワベエもゆっくりと歩き出す。イワベエの心はなんとなくモヤモヤとして、自分が悪いはずなのに何故だかシカダイに不満を感じている自分がいる。なんと言うか、アッサリ?いや、味付けの話ではなく、やけに呆気なくイワベエの懺悔の時間は終了したのだ。シカダイが遊べないと言う事実を受け入れてしまったから。もうちょっと、拗ねるとか、怒るとか、何かアクションが欲しかったと、イワベエはため息をついた。

(バカみてぇ…)

一人ぶつぶつと文句を言いながら荷物をまとめ校門に向かう。運動場にはまだ残って遊んでいる生徒達がちらほらと見えた。自分も宿題さえ忘れなければ今頃シカダイと遊べていたのに、とイワベエはため息をつく。まぁ、それもこれも全て自分のせいであるが。

(とっととペナルティー終わらせて帰りて*)

「お、イワベエじゃないか」

「なっ七代目!?なんでここに!?」

とぼとぼと歩いていたイワベエの肩を叩きニッコリとナルトは笑った。イワベエは驚きのあまり後ずさる。その様子に苦笑しながらもナルトは優しくイワベエの頭を撫でた。

「安心しろ、向こうには影分身がいるんだ。俺も執務室に帰るとこでさ、イワベエも一緒に行くか」

「あっ、は、ハイ!」

憧れの七代目火影の笑顔はイワベエには効果覿面で、さっきまでのモヤモヤが嘘のように吹っ飛んでしまう。イワベエはスキップをしそうになる足を抑えてナルトと火影塔へ向かった。



「ただいま」

「おう、お?イワベエか、お前も一緒だったんだな」

執務室で書類を片付けていたシカマルがイワベエを出迎えてくれる。もちろん、シカマルがシカダイの父親であることは知っているが、面と向かって顔を合わせたのは初めてである。シカダイと同じ髪型に綺麗に整えられた髭が清潔感を醸し出していて思わずイワベエは顔を覆った。

「…どうしたイワベエ」

急に目の前で悶え始めたイワベエを見てシカマルは少し引き気味に問いかけてくる。ナルトはその奇妙な場面に苦笑してシカマルの肩を叩いた。

「憧れの奈良補佐官にあって感無量なんじゃねーの?」

「…それ、お前だけじゃねーのか?」

普段はナルトばかりが目立って子供からそういった目を向けられないシカマルは半信半疑でナルトを見返す。イワベエはその言葉を聞いて勢いよく顔を上げるとシカマルの手を握った。

「なっ、七代目は確かに憧れですけど!奈良補佐官も俺は大好きです!忍界大戦や対暁でのご活躍もそうですが、中忍試験での試合をビデオで見た時から俺ずっと憧れてました!俺は頭は良くないから真似はできないですけど、七代目みたいに強くなって奈良補佐官みたいな相棒が欲しいんです!!」

「おっ、おぉ…」

イワベエの勢いに思わずシカマルの口角は引きつりそうになるが、寸前のところでそれを耐える。正直そこまで言われると悪い気がしないのは事実だ。シカマルはわしゃわしゃとイワベエの頭を撫でた。

「ありがとな、イワベエ」

「い、いえ!本当のことですから!」

「しっかしよ、やけに素直だな!お前は素直じゃないってシノから聞いてたんだけどよ!」

「うっ…!そ、それは……」

それは言わずもがな、憧れの二人の前だからなのだが、流石にそれを正面切って言えるわけはなく、思わず顔を赤くさせて慌てているとタイミングよく執務室の扉が開いた。

「親父、晩メシ持って………イワベエ」

「シカダイ…」

顔を上げたシカダイとイワベエはバッチリ目が合うが、イワベエは赤くなった顔を隠そうと慌ててシカダイから目をそらした。シカダイはそんなイワベエの様子に少しだけ眉を寄せたが、ため息をついてシカマルに弁当箱を渡す。いつもと違って話しかけても来ないシカダイの様子にイワベエは首を傾げ、ナルトとシカマルも顔を見合わせこの変な空気は何だ?とアイコンタクトをとったが、事情はわかりそうになかった。

「わざわざ、ありがとなシカダイ」

「別に…じゃあ俺帰るから、七代目失礼します」

「オウ、またなシカダイ!」

あっさりとシカダイは帰ってしまい。シカマルが大きく伸びをして書類仕事に戻った。ナルトもそれに合わせて仕事を再開させ、イワベエもシカマルの指示どうりに書類を整理していく。

「奈良補佐官、できました!」

「お、早いな、じゃあこの書類を締め切り順に分けてくれ」

「…………」

「おい、イワベエ?」

「あっ!すんません!!了解しました!」

にっこりと笑ったシカマルの笑顔に思わず見とれてしまい、少し固まってしまったイワベエは慌ててシカマルの持つ書類を受け取って背を向けた。

(……あっぶねぇ*、でも奈良補佐官の笑顔、シカダイの笑顔と似てたな………)

イワベエは書類を分けながら、シカダイの笑顔を思い出す。シカダイは案外表情がコロコロと変わるのだ。普段はクールそうに見えるが、怒りっぽい時もあるし、子供みたいに笑う時だってある。イワベエはシカダイのそんな所が気に入っていた。そう思った瞬間、書類を分ける手がピタリと止まる。

(…………会いてぇな)

会いたい。今すぐあの笑顔をみたい。シカダイはまだ近くにいるだろうか…。イワベエは勢いよく立ち上がりシカマルとナルトに向きなおる。二人は突然立ち上がったイワベエに驚いたのか、目を瞬かせこちらを見ていた。

「七代目!奈良補佐官!すんません!俺、ちょっと行ってきていいですか!?」

「行くって、どこに行くんだってばよ?」

「シカダイの所です!!今じゃなきゃダメなんです!すぐ戻りますから!」

「あっ!おい!…………行っちまった」

二人の返事を聞く前に執務室を出て行ってしまったイワベエの廊下をかける音が小さくなっていく。ナルトとシカマルは顔を見合わせ、苦笑した。

「イワベエ、アレは絶対シカダイのこと気に入ってるんだな」

「俺の顔見てたのもそういうことだぜ、多分」

「ははっ、アイツ、お前の笑顔みて固まってたもんな」

青春だな、と二人は頷きまた仕事に取り掛かった。とりあえず今日のイワベエのペナルティーはもう良いだろう。うまく仲直りができたら解放してやろう、ナルトはそう考えて一人微笑んだ。

一方のイワベエは坂道を駆け下り、シカダイの姿を探していた。中々シカダイの姿は見えない。もしかしてもう帰ってしまったのだろうか、そう思っていると見慣れた筆頭が人混みを避けて路地裏に入っていくのが見えた。急いで路地裏に入るが、もうシカダイの姿はない。どこにいったのだろうか。

「…とりあえず、探すしかねーか」

イワベエが路地裏で駆け回ってる頃、シカダイもまた路地裏にいた。よく知る裏道を抜けてある建物の屋上にたどり着く。そこは屋上が一般に向けて解放されていて、大きな屋根付きのベンチが設置されている。子供の頃に父親であるシカマルに連れてきてもらって以来、ここはシカダイの憩いの場であった。ベンチに座りぼんやりと雲を見上げる。

(なんで…こんな気持ちになるんだろ)

仕方ないことの筈なのに、仕方ないで済ませない感情がシカダイの心を襲う。イワベエが宿題を忘れるのはいつものことだし、シノ先生のペナルティーもいつものこと、イワベエだって充分反省していた。だから、嫌な顔せずに許したのに…。帰り道の歩道橋の上から七代目と歩くイワベエの嬉しそうな顔を見てシカダイのそんな仕方ない気持ちはガラガラと音を立てて崩れ去ってしまった。

(俺だって楽しみにしてたんだぜ…)

心がキシキシと音を立てて軋んでいくような気がした。イワベエの顔なんか見たくもない。なのに、何故か無性にイワベエに会いたくなる。何だかよく分からない矛盾に呑まれ、シカダイは膝を抱えて俯いた。そして、震えそうになる声で小さく呟く。

「イワベエ……」

「シカダイ」

「……!」

無いはずの返事に思わず顔を上げるとさっきまで執務室にいたはずのイワベエがシカダイの目の前に立っていた。シカダイは驚いて立ち上がる。

「なんでここにいんだよ?ペナルティーは?」

「うっ、えっと……」

「…………ハァ」

言いにくそうにするイワベエを見てシカダイはなんとなく事情を察する。ため息をついたシカダイを見てイワベエはへらりと笑った。

「…んで、何の用…………」

シカダイはギロリとイワベエを睨みつけて嫌味の一つでも言ってやろうと思っていたが、最後までその嫌味が口から出ることはなかった。なぜかと言うとイワベエは突然シカダイを引き寄せ、胸の中に閉じ込めてしまったからだ。驚くシカダイの耳元で聞き慣れた声が響く。

「何もなかったんだけどよ…会いたくなったんだ、わりぃな約束
やぶっちまって、楽しみにしてたよな」

「……イワベエ」

申し訳なさそうに笑うイワベエを見て鼻の奥がツンと痛む。喉は震えてまともな声が出ないし、目の奥はズキズキと痛い。イワベエの言葉がさっきまでシカダイを呑みこもうとしていた苛立ちを一気にかき消し、冷え切った心を暖めたのだ。しかし、こんな些細なことで子供のように泣くなんてカッコ悪い、そう思ったシカダイは溢れ出しそうになる感情を抑え、首を振った。

「俺いっつも詰めが甘くてよ!まぁ、お前も知ってるだろうけど…シカダイ?どうした?」

何とか会話を続けようと話をしていたイワベエは、シカダイの大きな瞳に涙が溢れ出しそうになっているのに気づき、慌てて顔を覗き込んだ。そして、シカダイを落ち着かせようと優しく背中をさすってやる。

「おい、シカダイ?」

「………………………イワベエ、」

「ん?」

「何で来たんだよ…」

「さっき言ったじゃねーか」

「良いから」

「……お前に会いに来たんだ、顔が見たくなったんだよ…ダメだったか?」

「いいや…………俺も、会いたかった」

潤んだ緑の瞳が綺麗な弧を描き、シカダイは嬉しそうに笑う。その笑顔に見惚れてしまったイワベエの唇は、次の瞬間にはシカダイの唇と重なり合っていた。何がどうなったかはわからなかったが余計なことを考える前に体が動いてしまう。舌を絡ませ、唾液が滴る音が辺りに響き、シカダイを抱きしめている手が体を弄りスルリと服の下に入り込むとシカダイの体はぴくっと小さく跳ねた。互いに名前を呼び合いながら二人はそのままベンチに倒れこんでしまう、後のことは恐らくベンチと雲と太陽のみぞ知るのであろう。



Fシカダイと本当の気持ち

「はぁ……」

保健室の窓際でベッドに寝転び雲を眺めていたシカダイは大きくため息をついた。本当は授業中で体育館で実技練習をしているのだが、生憎シカダイは体調不良で保健室送りとなってしまった。それもこれも全ては先日のアレからだ。初めての感情にシカダイの心は乱れに乱れてしまい、眠れなかったり、急に涙が出たり、とにかくおかしいのだ。因みに今日は柄にもなくいつもの倍の量の朝食を食べ、見事に体育館でランニング中に吐き戻してしまった。病弱ってキャラでもないのだが、周囲からはあまり丈夫そうには見られていなかったようで大騒ぎになってしまい、保健室へと連れていかれたのだ。確かにそのお陰で気分は幾分かマシになった。シカダイはベッドから体を起こし、窓を少しだけ開けて風に当たった。丁度タイミング良く保険医は会議でいない。人の気配に敏感なシカダイには好都合だ。

(俺…イワベエのこと好きなんだな)

ベッドの脇に置いてある棚に鏡が置いてあり、それに映る自分の顔を見て何気なくそんなことを思う。この間屋上でイワベエとキスをしてから唇がなんだか変な感じだ。いや、初めてではないのだが、それでもあの風邪をひいた日のキスとこの間のキスは別物な気がしていた。なぜかって?それは、シカダイ自身がイワベエにキスをしたのだから。自分から感極まってしてしまったのだ。

(本当にそうなら、こないだのよくわかんねーモヤモヤは「嫉妬」ってことになる………ったく、めんどくせー女かよ俺は)

だが、どれだけ屁理屈をこねてもシカダイがイワベエとまたあのキスをしたいと感じていることはまぎれもない事実であった。自分はいつから同性愛者になったのだろうとシカダイはため息をついた。

(まぁ、俺がゲイだろうがなんだろうが、肝心のイワベエの気持ちがわかんねーからなぁ、なんとも言えねぇ)

果たしてイワベエはシカダイのことが恋愛的な意味で好きなのだろうか。なんとなくで男友達(しかも年下だ)にキスする奴なんて中々いないだろうし、恐らくそうだと思うのだが、断言出来る要素が少ない。それに相手はあのダブりのイワベエだ。恋愛感情を理解できる思考回路があるのかすら定かではなかった。たった一つだけ分かっていることがあるとすれば、これからシカダイはイワベエに近づく者全員に殺意を抱くという事だけだ。自分のあまりの面倒くささにシカダイは何度目かわからないため息をついた。

「シカダイ*」

ガラガラと音を立ててボルトを先頭にいのじんとデンキが入ってくる。シカダイはベッド周りのカーテンを開け顔を覗かせた。

「よっ」

「よっ、じゃないってばさ、ビビらせんなよな」

「まぁまぁ、元気そうだしさ、よかったねシカダイくん」

「わりぃ、心配かけたな」

「無理しないでよね」

「ん、気分悪くなったら休むから」

三人と会話を交わしながらもシカダイはここにいないイワベエを探してしまう。遅れて入ってきてくれないだろうか、会いたいし顔が見たい、欲を言えば心配して欲しい。あの夏風邪の時のように側にいて、ずっと手を握ってくれないだろうか。

「シカダイ、次の授業どうする?」

「あ*、もうちょい休むわ、またちょっと気分悪くなってきた」

「ん、了解、シノ先生には言っとくってばさ」

「おー、よろしく」

予鈴のチャイムに合わせ三人はすぐに保健室を出ていった。結局イワベエが来ることはなくて、なんだか裏切られた気分でベッドに沈む。ふと、横を見ると保健室のガラス棚に本が並んでいるのに気づいた。どうやら保健に関する児童向けの本のようだ。シカダイはだるい体を起こしてガラス棚を開けに行く。本のラインナップはありきたりなものだったがすることもないので適当に数冊本を取り出してベッドに戻る。

(まだ保健の授業ってねーよな、高学年からだっけ?)

最終学年用と書かれた本をパラパラとめくっていく。本には中々リアルな絵が描かれていていつかこの授業を受ける時は覚悟しなければいけないと思った。そのまま流し読みをしていると、青年と女性が赤ん坊を抱えているイラストが描かれた章に差し掛かり、シカダイは思わず手を止めた。

「赤ちゃんについて…」

なんとなく内容はわかる。シカダイも詳しくは知らないが、自分の今抱える感情のこともあるし、知っておかなければならないような気がして意を決してページをめくった。

■■■

「イワベエ!イワベエは居ないのか?」

担当教諭がイワベエを呼ぶが返事はない。クラスメイト達もイワベエの姿を探すが教室のどこにも見当たらない。誰も知らないのであろう、生徒達の様子を見て担当教諭はため息をついた。

「…はぁ、それでは授業を始める、今日は26pの演習問題からだ」

■■■

(…………読めるかと思ったけどめっちゃキッツ…)

シカダイは顔を赤くしながらページをめくる、本の表紙に最終学年用と書かれていた理由がようやくわかった。男女の体の仕組みから赤ん坊が生まれる手順まで全てが事細かく書かれていて、まだアカデミーに入学したばかりのシカダイには刺激が強すぎたのだ。しかし、シカダイの目論見通り、章の最後のページにはLGBTについてのコラムが用意されていた。まぁ、ありきたりなことが書かれているだけだったが、それでもマイノリティであるLGBTの認知が広まり始めていることはわかる。

(…………まぁ、俺が同性愛者だったとしても奈良家の跡取りだからなぁ…普通に結婚すんだろなぁ)

イワベエはこれを知っているのだろう。だって彼はダブりのイワベエなのだから、きっと授業も受けているはずだ。もしかしたら男女のやり方だけじゃなくて男同士のやり方も知っているかもしれない。

イワベエがもし、俺を好きだったら…………そういうことを、したいと思うかな…。シカダイはぼんやりそんなことを考えた。すると突然ベッドを仕切っていたカーテンが開き、シカダイは慌てて本を布団の下に押し込んだ。

「よう」

「いっ、イワベエ!?授業は!?」

「……オメーがいねぇからサボった、何読んでたんだよ」

「ちょっ、バカ!なんでもいいだろ!!」

制止もむなしくイワベエはあっさりシカダイの隠していた本を取り上げ読み始めてしまう。

(っ、何でよりによって本人に見られるんだよ…!)

シカダイはあまりの恥ずかしさに顔が火照って仕方がなかった。イワベエはそんなシカダイをまったく気にせずに本を読んでいる。

「懐かしいなぁ、でもなんでこんなの読んでんだよ」

「べっ、別に!」

「……なぁ、なんでだよ」

「うるさい、ばか…」

湯気が出そうなくらい熱い顔を隠そうと枕に顔を埋めようとしたがそれさえもイワベエに取り上げられてしまう。シカダイには成す術がなくなってイワベエを睨みつけることしかできなかった。

「何すんだよ」

「赤くなって可愛いからよく見てぇんだ」

「……近いし」

「そうか?」

イワベエはニヤリと口角を上げシカダイの顔を覗き込んでくる。なんか調子乗ってるだろコイツ、と少しだけ頭にきたが、どれだけ睨みつけても効果はなさそうだ。シカダイはぷい、とそっぽを向いてイワベエから視線をそらす。

(はぁ、何で泣いたりなんかしたんだろ俺…すっかり調子乗ってるしイワベエの奴…)

実はこの間屋上でキスをした時、シカダイの中であまりにいろいろな感情が混じったせいなのか理由もなく涙が出て止まらなかったのだ。イワベエは最初こそ慌てていたものの、その内にシカダイを落ち着かせようと何度もキスをしてくれた。それからだ。恐らくイワベエの中でシカダイが「勉強を教えてもらってる友達」から「守らなければならない年下の友達」にシフトチェンジしてしまったのだ。完全にヒエラルキーが入れ替わってしまった。おまけに今はシカダイがイワベエへの気持ちを自覚してしまったのだから一挙一動がシカダイの胸を高鳴らせてしまう。このうるさい鼓動が早く鳴り止めばいいのにとシカダイは膝を抱えて俯いた。

「おい、シカダイ」

「…うっせ、かまうな」

あぁ、もう、好きだ。好きで好きでしょうがない。いますぐキスをしてくれ。その唇でお前に悪態を吐く俺を黙らせて、舌を絡ませて息ができないくらい俺を支配して欲しい。心配なんかしなくていいから強引に俺を組み敷いてくれよ、なぁ、お願いだ。

「顔見せてくれねーの?」

優しく耳元で囁くイワベエの言葉に首を振る。どうしても素直になれない。今は優しくして欲しくなんかない、強引にして欲しかった。しかし、そんなシカダイの思惑とは裏腹にイワベエは優しくシカダイの背中を撫でて肩を抱き寄せてくれる。シカダイの心臓はアラームの様に鳴り響き、だんだん苦しくなってきた。

「…なぁ、ダイ」

「…………」

突然家族しか呼ばない愛称で名を呼ばれシカダイの肩がかすかに揺れる。イワベエはそれを見逃さず、耳元で何度もその名を呼んだ。

「ダイ、」

「……そんな呼び方、すんなよ」

「この間は喜んでたじゃん」

「……………」

「ダイ、俺さお前の目好きなんだよ、いつもキラキラ緑色がひかってて、すげー好きだ………だから、な?」

見せてくれ、とイワベエが耳元で囁くとようやく真っ赤になった顔を上げてイワベエを見るシカダイ、その目は正に宝石の様に輝き、少しだけ潤んでいた。予想どうりの反応にイワベエは満足げに笑みをこぼす。そして軽く唇を啄むと優しくシカダイをベッドに押し倒した。シカダイの髪をほどき、Tシャツをめくり上げる。

「い、イワベエ…」

「じっとしてろ」

ちょっと待て、シカダイは焦った。確かにそう言う願望はあったし、さっきまでそんな本を読んでいたのだから否定はしない、だが、いくら何でも早すぎだ。まだ告白もしてないし、恋人にもなってないじゃないか!いや、キスはノーカンって言ってるわけじゃない、もういろんなものを飛び越して飛躍しまくりなのはわかってるけど、わかってるけど、まだ心の準備が…!!!

シカダイの胸にイワベエの顔が近づいていく、それはほんの一瞬の動作であるのにシカダイにはやけに遅く感じた。高鳴る心臓が痛いほど叫び声をあげ、全身の血が湧き立ち体が火に包まれた様に熱くなる。もうダメだ、シカダイはギュッと目をつぶる、だがいつまでたってもシカダイの身には何も起こらなかった。

「……………?」

シカダイがおそるおそる目を開け状況を確認するとイワベエは大人しくシカダイの胸に耳を当て目を閉じていた。

(…………ねて、る?)

状況が理解できずにシカダイが少しだけ体を起こすとイワベエは片目だけでシカダイを見てニヤリと笑う。

「お前の音、うるさすぎ」

「なっ!?う、う、ううるせぇ!!どけ!ばか!!」

「おーこわいこわい」

イワベエはシカダイの平手打ちを避け、両手を上げて体を起こす。そしてまたニヤリと笑ってこう言い放った。

「お前、俺とセックスしたかったんだろ?」

「はぁあぁ!?!?ふざけんな!!したいわけねぇーだろ!」

大声で否定するとイワベエもまた大きな声で笑った。

「俺はしたいぜ、お前とセックスしたいと思う」

「……………な、なんで…俺、男だぞ」

「守りたいから、お前の全てがわかってないと守れないだろ?」

ん?とシカダイは心の中で首をかしげた。なんかちょっとおかしくないか?と頭のどこかで警鐘が鳴り響く。

「……じゃあ、そこに好きって感情はあるのかよ」

「あるにはある、でも恋人になりたいわけじゃねー」

スパッ、とシカダイの気持ちは真っ向から切り捨てられてしまった。シカダイは思わず口を閉ざし、目を丸くしてイワベエを凝視した。頭の回転が早いのがシカダイの美点だが、今はその自慢の回転も鈍くてしょうがない。つまりどういうことなのかよくわからない。どれだけ考えても現実に頭は追いつかないが、とりあえずイワベエが恋愛的な意味でシカダイを好いていないことはわかった。

(………あぁ、馬鹿だ、本当に何でコイツに弱い自分を見せたんだろう)

(誰にも見せないようにしてきたのに、何でこいつには見せて大丈夫だと思ったんだろう)

思えばあの夏風邪の時からだ。シカダイのイワベエに対する警戒心が少しずつ崩れていったのは…。あの時も風邪でいつもより弱気になっていて、つい見舞いに来てくれたイワベエに甘えてしまった。イワベエは確かに素行は宜しくないが、一応年長者としての落ち着きは持ち合わせていて、シカダイの友人の中では今までにないタイプの人間だったのだ。そうなると、イワベエは諌める役回りが常に定位置だったシカダイには初めて頼ってもいいかもしれない友人となっていた。そこであの夏風邪の一件が起こったのだ。それまでのシカダイは大人の事情というものにかなり理解があった。シカダイに関わる大人はみんな口を揃えてこう言う。

「シカダイは聞き分けのいい子だ」

「大人の言うことをよく聞いてくれる」

「シカダイなら大丈夫、わかってくれる」

別にシカダイだって全てを飲み込んでいたわけではない。父が約束を破ればそれなりに落ち込んだし、風邪で苦しくても家族がいない時は一人布団にくるまって泣いている時だってあった。でも自分の感情以上に大人の仕方ないもよく分かったのだ。自分の気持ちを飲み込んで、大人の言うことを聞き分けよく聞いてきた結果、シカダイは自分の弱い子供な部分を人に見せることはなくなった。それは家族に対してもそうだ。何事も程々に、勉強もすればイタズラもする。大人が望む子供らしさを出していればそれでいいとシカダイはずっと思ってきたのだ。

(…………調子に乗ってたのは俺だったんだなぁ)

シカダイはベッドから立ち上がりイワベエを放って保健室から出て行く。イワベエが背中越しにシカダイを呼ぶ声が聞こえるが、そんなものは全て聞き流してシカダイは一人になれる場所を探した。廊下にはタイミングよく響いたチャイムに合わせてたくさんの子供達が出てくる。シカダイはその群れを避けながらなるべく何も見ないように、何も聞かないように、目を閉じて耳を閉じて真っ暗闇の中を感覚だけで歩き始めた。



Gイワベエと恋心



イワベエをまるっきり無視して保健室から出ていったシカダイ。残されたイワベエは訳が分からずに首をかしげた。自分の発言のヤバさと愚かさにも気づいていないらしい。これはかなりヤバイ、頭が。

「なんだぁ、あいつ…?」

「なんだじゃないわよ!調子乗んな!」

隣のベッドから怒声が聞こえ、振り返ったイワベエの左頬に綺麗に右ストレートが決まった。イワベエは成す術なく吹っ飛ばされ壁にぶつかる。

「ってぇ…何すんだ!!」

「ふざけんじゃないわよ!黙って聞いてればなんてこと言うの!?シカダイがかわいそうじゃない!」

隣のベッドから出て来たサラダは腕を組み、思い切りイワベエを睨みつける。なぜ今ここにサラダがいるのか理由はわからないが自分とシカダイのやり取りを聞いていたことはわかる。部外者に口出さしをされるのも面白くない為、イワベエは立ち上がってサラダを睨み返した。

「てめぇには関係ねーだろ」

「あるわよ!隣のベッドでいちゃいちゃいちゃいちゃ…体調悪くて寝てるこっちの身にもなりなさい!!それにアンタがあんまりにもクズだから黙ってられなくなったの!」

「誰がクズだ!!」

「ア・ン・タ・よ!」

サラダとイワベエは睨み合い、保健室が戦場と化す。止めるものは誰もいない虎と龍の戦いが今始まった。

■■■

真っ暗闇の中、シカダイは膝を抱えて蹲っていた。いろんな感情が溢れ出してシカダイのココロを指すのだ。ぶすり、ざくり、ざくり、ぶすり、と後悔だったり、悲しみだったり、本当にたくさんの感情がシカダイに襲いかかった。誰にも今の自分を見られたくない。そう思ったシカダイは影を伸ばして自身を包んでしまう。

影の中に隠れてしまうと抑えようとしていた感情もどんどん溢れ出した。ポロポロと溢れる涙はしょっぱくて、息をしようとするたびに咽せる喉は苦しくて仕方がない。

「ばか、だっ…ひとりで、もりあがって………おれって、ほんとに…おおばかやろーだ………」

数分前までの自分に忠告したい。あまり心を許しすぎたら後で泣くのは自分だと。いくらイワベエが守ってくれるとしても、シカダイはシカダイだし、まさか自分の弱みを見せることで格下に扱われることになるとは思ってなかった。シカダイはイワベエと対等だと思っていたし、少なくとも恋人や夫婦のような特別な関係になった男女(男女だけではないが)に格差ができると教えられたこともなかったわけで、まるで言いなりの人形にでもなれと言われているようなイワベエの言い方にシカダイは今までにないぐらい深く傷ついたのだ。

「でも……おれも、たよりすぎたんだ……イワベエなら、だいじょうぶって………」

もう頼らないようにしよう。自分のことは自分でしなければ、処理できない感情だって顔に出さないようにして、いくら苦しくっても自分でなんとかするのだ。今までだってそうして来たのだから、またそうしていけばいいのだ。

戻ろう、イワベエと仲良くなる前の自分に。

もう、誰にも弱い部分は見せない。

自分が自分である為に。

■■■

「いってぇ…………」

イワベエは真っ赤に腫れた頬を抑え保健室の窓から見える青空を眺めた。悔しいことにサラダとの戦いは援軍を潜ませていたサラダの圧勝だった。いくらアカデミーの女子でも手加減はしなければとイワベエは考えていたのだが、そんな暇もないぐらいボッコボコにされた。恐るべし女子パワー。イワベエは先ほどの地獄を思い出し顔を青くする。

(てか…手当てしねーとな)

痛む身体を抑えて立ち上がろうとするとスッと手を差し伸べられる。

「…シカダイ」

「よぉ、ボロボロじゃん、喧嘩かよ」

イワベエを助け起こしシカダイはニカッと笑う。ていうかお前が原因なんだが、とイワベエは言いたくなったがグッと抑えた。よくわからないがサラダ達の怒り方と何より自分がああ言った時のシカダイの顔がイワベエに非があると教えてくれているような気がしたのだ。

「シカダイ、その…さっきは、」

ごめん、その一言が出ずにイワベエは俯く。謝ることに意味を見出せないのだ。何が悪いかもわからずに謝ったって余計に相手を怒らせてしまうことはわかっていた。しかし、イワベエのそんな気持ちとは裏腹にシカダイはあっけらかんとこう言い放つ。

「いやぁ、ワリィ!ちょっと気持ち悪くなってさトイレ行ってたんだ、話の途中だったのにごめんな?」

今度はイワベエが目を丸くする番だった。いやいやいや、待て待て待て、そんな反応じゃなかっただろう。ショックで堪らないという顔だったじゃないか、呼んだのに無視して出て行ったじゃないか、つまりは怒ってるんだろう?そう言いたいのにシカダイはイワベエに一切そんなことは言わせない雰囲気を醸し出している。まるで何もなかったかのように笑って、話の途中で気分が悪くなったというシカダイの言葉に嘘偽りがないような気がして来た。まさか自分が見たシカダイは幻覚だったんだろうかとイワベエは考えてしまう。

「ぼーっと突っ立ってねぇで、ほら、手当てしてやるよ」

「お、おぉ」

シカダイは優しい手つきでイワベエの手当てをしてくれた。さっき自分が解いた髪が肩に掛かっていて綺麗に光を反射している。

(まるでナイチンゲールだ…)

ダブりのイワベエと異名を持ちながら、ナイチンゲールを知っていたことは賞賛に値するが、今は全く関係のないことである。そうこうしてイワベエがシカダイを見つめているうちに手当ては終わってしまった。離れた手の温もりに名残惜しさを感じて自分の頬に触れた。

「終わったぜ、俺がいない間に何したんだよ」

「…ちょっとな」

「喧嘩っ早いよなお前」

「ボルトとつるんでるお前に言われたくねーよ」

「…そっか、そりゃそうだな、じゃ!俺、職員室行ってくるから、わざわざ来てくれてありがとうな、イワベエ!」

さささーっ、とシカダイは出て行ってしまい、イワベエだけが保健室に取り残された。どこかよそよそしいシカダイの貼り付けたような笑みはイワベエの心をときめかせることはない。

(あれ?)

その違和感に疑問を感じ、確認しようと服を掴む。

(あんなに心臓がうるさかったはずなのに…なんでだ?)

(それになんで、あんなによそよそしい態度、されたんだ…?)

怒ってるわけではなさそうだった。でも何かが違う。イワベエはその違和感に不安を感じた。もうシカダイはイワベエに本当の笑顔を見せてくれないのだろうか。そんなのは嫌だ。御免被る。

(シカダイの笑顔が好きなのに…ずっと笑ってて欲しいのに)

あの笑顔はイワベエがみたい笑顔じゃない。保健室にそよ風が吹き込む、しかしそれは木枯らしのように冷たくて、イワベエをゆっくりと冷気が包み込んだ。



Hイワベエと恋敵


サラダとイワベエの戦いから早1ヶ月。イワベエに対する女子からの視線は痛くて堪らないが、それよりもシカダイのよそよそしい態度の方がイワベエの心を抉る。イワベエはわからない。なぜあの時シカダイが傷ついたのか、傷ついたということはわかっても、理由がわからない。完全に部が悪い。イワベエのそんな心情をシカダイは全く知らずに今まで通り接してきてくる。勉強は教えてくれるし、遊びに出かけたりもする、ただ笑顔だけは貼り付けたような笑顔であるが…。

「はぁ…」

「なぁにため息ついてんだってばさ?」

「ボルト…」

落ち込んだ顔をしたイワベエを見てボルトは笑顔を…返すことはできなかった。極めて厳しい顔でイワベエの隣に座る。イワベエはそんなボルトの表情に気づいて、もしかしたらボルトならシカダイに対する答えを持ってるかもしれないと思い立った。

「あのよ、」

「いちいち説明すんなってばさ、聞かなくてもわかる」

シカダイのことだろ?と言いたげなボルトの青い瞳をイワベエが見つめ返すと、ボルトはため息をついてポケットからキャンディーを取り出した。片方をイワベエに渡す。因みに味はボルトが大嫌いな梅干し味だ。イワベエはそれに気づかず口に含み悶絶したが、ボルトは知ったこっちゃないと舌を出す。

「出したらぶっ殺す」

「ふぁ!?ふぅじゃふぇんふぁ!」

律儀に咥えながら反論するイワベエにボルトはしっかりと首を振った。

「それに、シカダイがどうやったら前みたいに戻るかなんて知らねーから」

自分でなんとかしろ、と言うボルトは大好物のハンバーガー味のキャンディーを口に入れた。イワベエはやっぱり事情をしってるんじゃないか、とキャンディーを噛み砕いた。

「…お前も怒ってんのか?」

「怒ってねーよ」

いや、怒ってるだろ。イワベエはとっさにそう思ったが口には出さなかった。余計な怒りを買いそうな気がしたからだ。

「………お前は、シカダイとどうなりてぇんだよ」

「…どうって、」

「あるだろ色々、親友とか相棒とか………恋人、とか」

この際、男だとか女だとかって問題は関係ないとボルトは思っている。時代は絶えず進む。ボルトとイワベエがこうしている間にも時代は変わっていくし、言ってしまえば世界のどこかで人が死んでは生まれて、文明が崩壊して新たな歴史が始まっている。忍の世界も変わり続けなければならない。他里婚が一般化したならば次は同性だってなんだってアリにしてしまえばいいのだ。人間は誰一人として同じ奴などいないのだから。まぁ、なぜまだ11歳にも満たないボルトがそんな小難しいことを考えているかと言うと、これもまた時代なのである。ボルトの問いかけにイワベエは少し悩んでから呟いた。

「…………わかんねぇ」

「……でも好きなんだろ、なんで告白しねーの?」

「…………そいうのっていいもんじゃねーから……」

「好きなのに?」

「………あぁ、」

イワベエは暗い顔で頷く、多分そう思う何かがあるんだろう。だがボルトは深くは聞かなかった。おそらくシカダイにも話していないであろうことを先に聞いてしまうのは気が進まないからだ。ボルトは頬杖をついてため息をつく。

「でもよ、イワベエ…あんまり意固地になってたらシカダイ本当に戻ってこなくなるぜ、せっかく両思いなのに」

しかも、男同士で。とボルトは心の中で付け加える。イワベエは難しそうな顔をして黙り込んでしまう。何を考えているんだろうか、ボルトはチラリとイワベエを見たがシカダイのようにはわからなかった。

「…俺は親友泣かすような奴認めたくねーけど、アイツがお前のこと好きだって言うんだ、もうそこまで言われたら何にもできねぇよ、お前らの問題だろ」

がり、と飴を噛み砕き、ついていた棒をゴミ箱に放る。泣きじゃくるシカダイを偶然見かけて事情を聞き出そうとした時、シカダイは確かにそう言ったのだ。涙を流してイワベエが好きだと言った。ボルトにとっては気持ち悪いかもしれないけど好きで好きでたまらない、と、だから泣いているのだと。ボルトは何も言わずにシカダイの背中を撫でてやることぐらいしか出来なかった。ぼんやりとその時のことを思い出していたボルトを今度はイワベエが盗み見ている。

「…なんだってばさ」

「本当に言ったのか?あいつが俺のこと好きだって?」

「言ったよ…てーか、見たらわかる、だから早く仲直りしろよ、このままじゃシカダイずっと泣き止まねぇってばさ」

アイツはみんなが居ないところで泣くって、お前ならわかるだろ?と聞くとイワベエは頷いた。すると二人の前を普通科のクラスの女子が話しながら通り過ぎていく。

「あんた、今度シカダイくんに告白しなよ!かわいーんだし絶対大丈夫!」

「えぇ**いける?本当??」

アカデミー生にしては成長している胸を寄せる女子達のきゃぴきゃぴとした声はすぐに遠ざかっていくが、イワベエの表情は苦いものになっていた。ボルトはニヤリと笑ってイワベエを小突く。

「ほら、意地張ってたらシカダイの奴、可愛くておっぱい大きい女子と付き合うかもしれねーってばさ?」

「………ぅ、それは…」

「嫌なんだろ?」

ピタリとイワベエの心情を言い当てたボルトはバシッとイワベエの肩を叩く。イワベエは勢いで前のめりになり頭から転がった。

「ってぇ!」

イワベエが体を起こそうとするとボルトはイワベエの胸倉を掴み引き上げる。その目はあまりに真剣で大人しく胸倉を掴まれていることしかできない。

「あんまりチンタラしてっと、マジで取られちまうぞ、余計なことは忘れて自分がどうしたいかしっかり考えろってばさ!」

(自分が…どうしたい、か…?)

イワベエは考えた。足りない頭が必死に回って今までの思い出を呼び覚ます。勉強を教えてくれたことや、朝のランニングに図書室での自習、お気に入りのゲームで通信対戦もしたし、帰りに買い食いもした。そして何より、イワベエに笑いかけるシカダイの笑顔がどうしてもまた見たかった。

(だって………だって、俺はアイツが…)

「……好き、だ…………アイツが、シカダイが好きだよ、俺、シカダイが好きなんだよボルト、他の誰かに取られたくねぇ…」

「…そこまでわかってるなら、もう悩む必要ねーじゃん」

ニカッと笑って手を離すボルト。イワベエはすぐさま立ち上がって服を整えるとボルトに何も言わずに走り出してしまう。ボルトは少しだけ複雑な気持ちでその背中を見つめた。

(………今までシカダイの隣は俺だったんだけどな)

次、シカダイを泣かせたらイワベエには一発お見舞いしなきゃ気が済まねーな、と考えながら教室に戻る。いのじん達にも話して協力してもらおう。大事な幼なじみで大事な親友だから、泣かしたりしたら困るのだ、ボルトだってシカダイの涙は見たくないのだから。

(まぁ、でも…上手くいけばいいな、シカダイ)

教室に入るとみんながボルトの名前を呼んでいる。ボルトはそれにいつもと変わらない笑顔を返した。

■■■

イワベエは走っている。廊下を走るなという先生の声も無視して、走っている。なぜ走っているか理由は明白であるが、目的の人物は中々姿を現さない。息が上がって段々スピードも落ちてきた。だが、ここで足を止めるともう見つからないかもしれない。イワベエは無理にスピードをあげ、意地になって走った。するといつもの図書室の窓におなじみの筆頭が見える。

(いた!)

勢い余って図書室を通り過ぎてしまいそうになるが途中でUターンをして扉の前まで来る。深呼吸をして息を整え、ゆっくりとドアを開ける。(心は焦っているが図書室では静かにしないといけないとイワベエはこの数ヶ月で学んでいた)気配を消してシカダイを探す。すると図書室の中で一番日当たりのいい窓際の席にシカダイが座っている。その背中になんて声をかけようか、イワベエは少し悩んで立ち止まってしまう。

(余計なことは、考えずに……)

「俺が、どうしたいか……」

敢えて名前は呼ばずにシカダイの前に回り込む。

「…………ねてる、」

すやすやと陽だまりに包まれ目を閉じているシカダイ。ゆっくりと肩が上下していて寝ていることがわかった。机には参考書が広がったままだ。それもシカダイがわざわざイワベエに教えてくれている範囲である。参考書には至る所に書き込みがあってシカダイがイワベエのことを考えて、イワベエの為にこんな時間のかかることをしているのがわかった。イワベエはその心遣いに思わず笑みをこぼし、シカダイの頬を優しく撫でた。シカダイの長い睫毛が揺れ、寝ぼけてイワベエの手にすり寄って来る。

「…………ごめんな、シカダイ…お前のこと泣かせてばっかりだ」

イワベエはゆっくりとシカダイに顔を近づけ優しく唇を重ねた。離すとちゅ、と小さくリップ音が鳴る。

「本当は大事な話があったんだけどよ…また、お前が起きてる時にするよ、ちゃんと逃げずに」

ゆっくりと手を離しイワベエは図書室から出ていく。ボルトの言う通り余計なことを省いてしまえば、自分がどうしたいかなど簡単なことだった。イワベエは決めた。シカダイのことを諦めることを諦めよう。どう足掻いたって、この気持ちは偽れない。イワベエはシカダイが好きだ。よくわからない高揚感に後押しされ、イワベエは頬を緩ませながら自分の荷物を取りに教室まで戻っていった。



I素直になったイワベエとシカダイ



「借り物競争?」

長引くHRに飽きかけていたボルトがシノの言葉に体を起こした。シノはボルトに話を聞くように注意してからそれぞれの列に短冊ぐらいの大きさの紙を配る。

「そうだ、普通科と唯一の合同種目だからな、忍術の使用は禁止、純粋な身体能力のみで競ってもらう」

「なんだそれつまんねー」

「バカボルト、普通科の子たちは忍術使えないんだから当たり前でしょ」

「だから運動会も種目分けてるんじゃん、なんでわざわざ普通科としなきゃいけねーんだよ」

言い返してきたサラダを睨みつけているとそこにいのじんが口を挟んできた。

「交流なんじゃない?別に嫌いあってるわけじゃないからいいじゃない」

「まぁ、そーだけどよ」

「お喋りはそこまでだ、今日は借り物競争で使うお題を書いてもらう、あまり突拍子も無いものは書くなよ、五分後に回収する」

シノの言葉にみんな思い思い書き込んでいく。イワベエの隣のシカダイも迷わず書き込んでいた。イワベエは少し考えてから書いては消し、書いては消しを繰り返した。その不審な行動にシカダイが気づき不思議そうな顔で見ている。

「…なにしてんだ?」

「ん?あぁ、ちょっと迷っててな」

「何書こうとしてんだよ」

「ダーメ、見るな」

「なんでだよ」

見せろよ。見せない。の応酬が繰り返される。シカダイはイワベエが借り物競争の札を見せてくれないと言うことが気に障ってムキになり始めていた。イワベエもシカダイには絶対に見られたくないとそれを阻止しようとする。

「見るぐらいいだろ!」

「ダメなもんはダメだ!」

「そんな人に見せれないようなこと書いたのかよ!」

「ッ…いい加減に、しろっ!」

バシッとシカダイの手を払い体を押しのけると思ったより力が入りすぎてシカダイの体がぐらりと後方へ傾いた。手を伸ばしたが時はすでに遅し、シカダイは隣の机の角で頭を打ち床に倒れた。

「シカダイ!」

「イワベエッ、無理に動かすな!サラダ、チョウチョウ、保健の先生を呼んで来てくれ!シカダイ、大丈夫か…?」

駆け寄ろうとしたイワベエを止め、シノがシカダイをの様子を、確認する。サラダとチョウチョウはシノの指示通り急いで教室を出ていく。シカダイの頭はぱっくりと割れ、血がダラダラと流れいてシノの服をジワジワと血で染めていった。その光景にイワベエは思わず立ち尽くしてしまう。

「…わ、わりぃ……俺、そんなつもりじゃ…」

「わかってる、止めなかった先生も悪かった…保健の先生が来たら一緒に行こう……わかったな、イワベエ」

「………は、い」

頭への衝撃で気を失ったのかピクリとも動かないシカダイを見てイワベエの心はズキズキと痛む。自分はとんでもないことをしでかしてしまった。シカダイの青ざめた顔をイワベエは見ていることしかできなかった。


■■■


「シカマルさん!」

「おい、木ノ葉丸!ノックぐらいちゃんとしろ!」

執務室に駆け込んで来た木ノ葉丸を咎めたシカマル。しかし木ノ葉丸の焦りように思わず手を止めてしまう。ナルトも手を止めて立ち上がった。

「木ノ葉丸、何かあったのか?」

「七代目、シカマルさん、シカダイが………」

木ノ葉丸は息を切らしながら事情を説明する。その説明が終わる頃にはシカマルはいてもたってもいられず走り出していた。人の波を押しのけ息子がいる病院へ向かう。途中家によると丁度妻のテマリも連絡を受けて病院に行く所だった。シカマルはテマリを連れて急いで病院に向かった。

「サクラ!」

「テマリさん!シカマル!」

院長であるサクラが二人を病院の正面玄関で今か今かと待っていた。テマリはサクラの手を掴み縋り付いてしまう。

「サクラ、シカダイは!?」

「落ち着いて、軽い脳震盪を起こしてたけどもう大丈夫よ」

「頭はどうだ?怪我したんだろ?」

「えぇ、8針縫って傷口は塞いだから、後は目覚めるのを待つだけ…だから、二人とも安心して」

優しく笑うサクラを見てテマリは腰が抜けたのかへたり込んでしまう。シカマルも安堵のため息をついてサクラに深々と頭を下げた。

「病室に案内するわ、シノとえっと…結乃イワベエくん、だったかな?シカダイと喧嘩しちゃった子も付き添ってくれてるわ」

イワベエ、その聞き覚えのある名前にシカマルは頭を上げた。

「イワベエって…」

「確かシカダイと最近仲良くなったやつだったよな、風邪の時も見舞いに来てくれたんだろ?」

不安げに眉を寄せるテマリの肩を抱き寄せる。イワベエがシカダイを怪我させたのならば何か事情があるのだろう。理由もなく他人を傷つける子じゃないはずだ。サクラに連れられて病室に向かうと扉の前でシカマル達を待っていたシノから大体の事情を聞かされた。とりあえずイジメなどではないことにシカマルとテマリは胸をなでおろす。

「シカダイは目が覚めたのか?」

「いや、まだだ、ちょっと待て今イワベエを…」

「シノ、構わねぇよ、二人は外で待っててくれ」

シカマルはイワベエを呼んでこようと背中を向けるシノを呼び止めテマリと病室に入る。六つあるベッドはそれぞれカーテンで仕切られていた。一番右奥のベッドを除くと俯くイワベエと頭に包帯を巻いて眠るシカダイがいて、空気が少し重い。

「奈良補佐官…!」

「お疲れさん…って、やめろ頭上げてくれ」

イワベエはシカマルに気づくと深々と頭を下げる。シカマルはそれをやめさせ椅子に座らせた。

「奈良補佐官、テマリさん…すいませんでした!俺、力の加減ができてなくて…それでっ、そのせいで、シカダイが…!」

「事情は聞いたよ、イワベエだっけ?アンタは怪我してないかい?」

「え、あ、俺は…大丈夫、です」

イワベエに優しく笑いかけるテマリ。まさかそんな優しくされるなんて思ってもいなかったから、イワベエは目を丸くしてテマリを見た。なんで?と小さな子供のような目をしてイワベエはテマリに訴えかける。

「喧嘩ぐらい、よくあることじゃないか、それにシカダイの奴は私に似て強情なんだ、しつこかっただろう?」

「…………怒らないん、ですか…」

もっと怒鳴られたり叩かれたりするんだと思ってた。大事な息子を怪我させたんだから、当たり前に自分は罰を受け、シカダイには二度と近づけなくなるんだとイワベエは勝手にそう思っていたのだ。だが、そうではないようだ。イワベエの頭を優しく撫でてテマリは笑う。

「……うちの息子より痛そうな顔してる子に怒れるわけないじゃないか、シカダイのそばに居てくれてありがとうな」

ぎゅ。とテマリに抱き寄せられイワベエは思わず体を強張らせた。だが、シカダイと同じ匂いがテマリの着ている着物から漂ってきてイワベエの鼻をくすぐる。その匂いにどこか安心してイワベエはゆっくりと肩の力を抜いた。


■■■


「イワベエ、おはよ」

「…はよ、シカダイ」

頭に包帯を巻いたシカダイがニッコリと笑う。包帯の位置がいつも髪を結んでいる位置にある為今日のシカダイは髪を下ろしていた。あの事件からすでに数週間、今日はアカデミーの合同運動会だ。忍術科と普通科では差がありすぎるため種目が分けられるが唯一この間お題を書いた借り物競争だけは忍術科と普通科が合同で行う種目である。イワベエはその借り物競争に全てを賭けていた。何も知らないシカダイはいつも通りイワベエと他愛もない話をして笑っている。イワベエはシカダイの横顔を盗み見てゴクリと唾を飲んだ。なんたって今日でシカダイとの関係が徹底的に壊れるかどうかがわかるのだ。因みにシカダイは頭の怪我が完治していないため今日の競技は全て棄権する予定だ。

「イワベエ!」

「ボルト」

ちょっとちょっと、と手招きをするボルトを不思議に思いながらもシカダイに別れを告げてボルトについて行く。ボルトは階段を一段飛ばしで駆け上がり屋上にたどり着くと給水塔の上に飛び乗った。イワベエも後に続きボルトの隣に腰掛ける。

「何の用だよ」

「今日、どうするつもりなんだってばさ」

白黒つけんだろ?とボルトはイワベエの計画を聞き出そうと身を乗り出した。

「…ありきたりなんだけどよ」

ごにょごにょと計画の一部始終を伝えるとボルトはニヤリと笑う。

「それなら細工は俺に任せろってばさ!後はシカダイがみんなの前で素直になるかだけどなぁ…」

いっつもカッコつけて大人びた態度をとるシカダイが大勢の人間の前で素直になるだろうかとボルトは首をひねった。

「それでいいんだよ、無理なら俺とアイツの関係はそれで終わりだし、後ろ指さされるのは俺だけだアイツに迷惑はかからないようにする」

「…そっか、よし、わかった!俺が出来ることなら協力してやるってばさ!がんばれよイワベエ!」

ボルトはニカッと笑い、拳を突き出してきた。イワベエもそれに応え拳を合わせる。合同運動会はもうすぐそこまで迫っていた。


■■■


時間が過ぎるのはあっという間で気付けば合同運動会の最終種目、借り物競争の時間となった。グラウンドの向かいから細工に成功したボルトからのサインが見えイワベエは手を振り返した。しかし普通科が絡むなら純粋な体力勝負のみと言うのは些か面白くない。だが、今までの競技でチャクラを使いすぎたのもあるし仮に術を使えたとしてもそんな大技は出せないか、とイワベエはため息をついた。因みにグラウンドには保護者達が集まって我が子の活躍を今か今かと待っている。その中にテマリとシカマルを見つけイワベエの胸は少しだけ傷んだ。自分が今からしようとしていることはもしかしかするとシカダイだけでなくシカマルやテマリでさえも傷つけてしまうかもしれない。それだけは少し恐ろしいと思う。イワベエは無意識に胸を掴み、唇を噛み締めた。後ろではピストルの音が響き第一走者達が走り出す。イワベエは6レース目の4コーナーだ。

級友達がぞくぞくとレースに出て行く。サラダやボルトはもちろん一番でいのじんやチョウチョウは力を抜いてのんびりと走っていた。今は4レース目、あと二つでイワベエの番である。少し緊張した面持ちのイワベエのそばにボルトがやってきた。

「おい、イワベエ、緊急事態だ」

「…なにが?」

「この間の普通科の女子、おまえと同じレースに出てるみてぇだぞ」

「はぁ、それが?」

「バカ野郎、あの女子も何かしてくる可能性高いってばさ、おまえのありきたりな作戦を誰も思いつかねーって言い切れねーよ」

ていうかお前の作戦、少女漫画みてぇだからな、とボルトは舌を出す。どうやら鳥肌が立ちそうなぐらい気持ち悪いらしい。イワベエだって恥ずかしくないわけではないがシカダイはこうでもしないと自分と向き合ってくれない気がするのだ。

「だとしても俺は俺のやりたいようにする」

選ばれなければそれまで、選ばれたなら俺は世界一の幸せ者だ。6レース目の参加者を呼ぶ声が聞こえイワベエはスタートラインに向かった。

■■■


「ねぇシカダイ」

「ちょっといい**?」

レースが終わったサラダとチョウチョウは両脇からシカダイを挟み木陰へ連れて行く。シカダイは怪訝そうな顔をしながらも大人しくついてきた。

「なんだよ急に」

「なんだよじゃないわ」

「そうよ緊急女子会よ」

いや、俺は女子じゃないぞ、と眉を寄せたシカダイを他所に二人は水筒を取り出してチョウチョウ持参の紙コップに麦茶を注いで行く。

「いい?ここで喋ることは私達だけの秘密よ?誰にも言わない悟らせない、約束できる?」

「もっちろん!」

「シカダイは?」

「お、おぉ…」

状況は掴めずにいたが二人が乗り気だった為、シカダイは仕方なく二人に付き合うことにした。三人は紙コップで乾杯をしそれぞれ座りやすい場所に座って円を作る。

「んで、なんの女子会なんだよ」

「とぼけないで、あんたの女子会よ」

「そーよ、猪鹿蝶と幼なじみのよしみで助けてあげるって言ってんの感謝しなさい」

パリパリとポテチをかじる音が響く。シカダイはさらに状況が掴めなくなって首をかしげた。その反応が演技でないことに気づきサラダはため息をつく。

「はぁ、アンタやばいよシカダイ」

「保健室でイワベエとあんだけいちゃいちゃしながらそれはないでしょ*」

「なっ!!??ば、ばかっ、そんな大きい声で…!っていうか、なんでそれを…!?」

「丁度あんたらがいちゃつき始めるちょっと前にアタシが保健室に休みに来たの、まっったく!休めなかったけどね!」

「……………まじかよ」

顔を真っ赤にしてシカダイは俯く。サラダはあの時の苛立ちを思い出したのかぐい、と麦茶を飲み干した。チョウチョウはポテチを食べ終わりチョコレートを齧り出す。

「ていうかぁ*、シカダイぶっちゃけまだイワベエのこと好きっしょ?」

「…好きじゃねぇ」

「ウソ、じゃあなんでそんな怪我したのよ」

サラダがシカダイの頭の包帯を指差すとチョウチョウもうんうんと頷いた。

「あれって要するに俺のこと好きなのになんで隠し事すんだよっていう嫉妬?イライラ?だよね*、頭の怪我も自業自得」

「…………」

「無理に作り笑いしないで怒ればいいじゃない」

「そうそう」

簡単じゃない、とあっけらかんと言ってしまう二人の言葉にシカダイはぐっと拳を握る。

「……俺は、女じゃねぇ」

「だから何よ」

「女でも男でも文句言うぐらいできんじゃん」

「そんな簡単に言うなよ!」

立ち上がり怒鳴ったシカダイの態度に眉を寄せたサラダはシカダイに詰め寄る。

「被害者面してどうすんの!一発ぐらい殴ってやんなよ!!」

「うるせぇっ!女のお前に何がわかんだよ!」

「わかるわけないじゃない!私は女でアンタは男なんだから!でもこのまま黙ってんのはおかしいって言ってんの!殴るなり許すなりしてあげなさいよ!!」

「まーま、サラダもシカダイも落ち着きなって」

二人にポテチを差し出すチョウチョウ。サラダとシカダイが仕方なしにそれを受け取るとチョウチョウは満足気に頷いた。

「シカダイさ、本当にいいの?イワベエがもしかしたら別の子と付き合うかもよ?」

「…それ、は…」

「もしかしたらシカダイが逆立ちしたってなれないかわいい女の子かもしれないし、ちょーイケメンでゲイでも女の子にきゃーきゃー言われちゃう男かもしれない…もしそうなったとして、シカダイ耐えれんの?」

チョウチョウの言葉どうりの想像をしてしまいシカダイは泣きそうになりながらも首を振った。サラダがシカダイの背中を優しく撫でる。

「あちしたち、アンタのこと心配だけどさ…でも何よりアンタが無理しないで笑ってるのが一番嬉しいよ、ね、サラダ」

「…まぁね、あんだけ作り笑いしてたら気になって授業受けれないし」

「それにさぁ、女と男でも両思いになる確率なんて低いのに男と男でアンタら両思いなんだよ?いっちゃわな損だよ、損!」

「…………許して、くれっかな…」

涙声で呟くシカダイを見てサラダとチョウチョウはやれやれと苦笑いをする。そして二人同時にシカダイの背中を叩いた。

「いてぇ!」

「バカ、許してあげるのよシカダイ!」

「そうそう、悪いのはあっちなんだから、ドーンと構えてなさいドーンとね!」

にっこり笑う二人にシカダイも思わず笑ってしまう。

「……ありがと、二人とも」

「「どーいたしまして!」」

■■■

運命の6レース目。イワベエがスタートラインに立つ。サラダとチョウチョウはシカダイをグイグイと押して列の最前列へと連れて来た。

「ちょ、痛いって」

「ばか、我慢なさいよ」

「イワベエのことだからありきたりなことしか考えてないよね*、それに何にもしてこなかった時はシカダイから行くんだよ、あいつ運動だけはできるから多分一番だろうし」

「チョウチョウの言う通り、一番おめでとう*とかって言って二人っきりになっちゃいなさい」

「…………わかったよ」

若干気後れしながらもシカダイはぐっと拳を握りしめ決意を固めた。スタートラインに立つ教師がピストルを掲げる。いち、に、さん、心の中で数えるよりも早く銃声が鳴り響きランナーは一斉に走り出した。

「いけー!イワベエー!!」

「イワベエくん!がんばれー!」

ボルトやデンキが口々に叫ぶ声がやけに遠く聞こえる。シカダイはジッとイワベエから目を離さず、どうかこっちに来てくれないだろうかと叶わない願いを抱いた。

「シカダイくん!シカダイくん!」

「えっ、俺?」

イワベエを見つめて別世界へ旅立っていたシカダイの服を見知らぬ女子が引っ張る。初めて見る顔にシカダイは戸惑いながらも視線を向けた。

「あ、あの、私の札…これなんだけど、一緒に来てくれませんか!」

「好きな人」と書かれた札を見せられシカダイは思わずたじろいだ。恥ずかしそうにしながらも見知らぬ女子はグイグイとシカダイに迫ってくる。

「初めて見たときからずっと好きで!ずっと話してみたかったの!すぐに付き合ってほしいわけじゃないから、よかったら、よかったら友達から…!」

「き、気持ちは嬉しいんだけどよ…俺は、」

「……だめ、?」

うるうると目に涙をためて見つめてくる女子にシカダイは困り果ててしまう。どうすればいいだろうか。好きな人がいると言ったらそれはそれで面倒そうだし、かと言って断っても泣き出されてしまいそうだ。そして何よりも服を掴む手がとてつもなく強い。なかなかの執念を感じる。

「………えっ、と…」

「お願い!ここで断られたら私、学校中の笑い者よ!フリだけでもいいから…」

「…………わかっ、」

半ば無理やりだが仕方なく引き受けようとしたシカダイを今度は反対から誰かが引っ張る。ぽすん、と誰かの胸に抱きとめられシカダイは目を丸くした。

「悪りぃけどよ、フリでもダメなんだ…こいつは俺のだから」

「イワベエ………」

「なっ!?私が先よ!なんで後から来たアンタが横取りするのよ!」

「裏見てみろ、その札、俺が書いたやつだからな」

慌てて裏を確認すると確かに汚い字でイワベエの名前が書いてある。シカダイはそれを見て思わず苦笑してしまった。

(どうりで字が汚いと思ったぜ)

「っ、アンタが書いたとか書いてないとか関係ないわよ!私が引いたんだから!シカダイくんは私と行くの!」

「それはこれを見ても言えんのか?」

イワベエが自分の札を見せる。そこには同じように「好きな人」と書かれた札があった。

「…なんで、インチキよこんなの!」

「さぁね?たまたまじゃねーの?んで、こうなったらもうシカダイが選ぶしかねーよな」

「は?俺が?」

「もちろん、この胸が大きい女か、この俺か、お前がどっちか選べ」

ジッとイワベエがシカダイを見つめる。女子も執念を燃やした目で見つめられた。シカダイは口を真一文字に結び黙ってしまう。心はすでに決まっているが、周りの目やこれからの自分の評判、色んなものが邪魔をして中々一歩を踏み出せないでいた。もう他のランナーはゴールをしたようで会場中の視線がシカダイ達に突き刺さっている。

「ねぇ、シカダイくん、私と来て!後悔させないわ、こんな頭が悪そうで強引なやつなんかより私の方が絶対いいわよ!」

そう言われてシカダイは思わずイワベエを見る。頭が悪そうで強引。彼女は確かに正しいことを言った。だが、イワベエは何も言わずに黙っている。その理由がシカダイにはなんとなくわかった。何も言わずに黙っていることで謝罪しているのだ。この間の保健室でのことを。そして貶されても反論しないのは、多分、本当に好きだから、だから待っている。シカダイがイワベエを選ぶのを、黙って待っているのだ。

(…本当、バカだな)

イワベエが勉強を頼んで来た時を思い出した。あの時と何も変わらない。いつも必死で努力家で、ボルトに負けるまでは嫌なことから逃げていたけど本当はすごく真面目だった。自分の夢に必要なことならなんでもしていた。その一昔前のドラマのようなひたむきな所が、シカダイがイワベエを好きになったきっかけだった。

(……あれ、)

とくん、とくん、と心臓がゆっくり早くなって行く。走馬灯のようにイワベエとの思い出が駆け巡った。楽しかった。勝手に好きになって、勝手に落ち込んで、勝手に泣いて、たくさん一緒に笑った。シカダイの心にまたあの感覚が戻ってくる。

(あぁ…やっぱり好きだ)

「ごめんな、確かに頭が悪くて強引な奴なんだけどさ、やっぱり俺…イワベエが好きだ、だから、君とは一緒に行けない」

「そんな…」

とうとう泣き出してしまった少女の涙を持っていたハンカチで拭ってやる。

「でも、勇気を出して俺の所に来てくれたんだよな…ありがとう、だから俺も勇気を出すよ、君のように」

にっこりと笑ってイワベエに向き直った。イワベエはまだ表情を変えない。そうだ、少しイタズラしてやろう。シカダイはニヤリと笑ってイワベエの手を握る。

「…イワベエ、何か言うことねーの?」

「………怪我させたりとか、保健室のこととか…………色々ごめん」

「許してほしい?」

コクコクと頷くイワベエの首に手を回す。そして少し背伸びをすると簡単に唇が触れ合った。イワベエもさすがに今それをすると思ってなかったのか目を丸くしてシカダイを見ている。

「ばぁーか、俺を怒らせたらこうなるんだよ、覚えとけよ?俺の恋人なんだから」

シカダイはそれだけ言うと勝手に走り出してしまう。イワベエは後から続いて俺を追いかけてゴールした。事情が全くわかっていない第三者はハトが豆鉄砲を食らったような状態だったが、事情を知っていたボルトやサラダ、チョウチョウ、それにクラスのみんなは大声で囃し立て、暖かく二人を迎え入れた。




さて、これで素直になれないイワベエの話は終わりだ。めでたしめでたし、まさにハッピーエンドである。因みにこの日の出来事はアカデミーのジンクスとなり次の年からは借り物競争に好きな人を連れてゴールできたら永遠に愛し合えるという恋愛に飢えた女子達の格好の的となった。まったく素晴らしい話だ。都合よく男同士の部分が省かれている所はノーコメントとしておこう。それとさらに事後報告をすると、あの女子はあの運動会以来良き友人となっている。まぁ、インターネットで逐一俺達のいちゃつきエピソードを呟くのはやめて欲しいが、本人曰く「公衆の面前でフラれた私の身にもなって」とのことなので大目に見ることにした。それにインターネットに情報を流されたからといっていちゃつくのをやめる気は毛頭ない。短い青春を謳歌せねば、こればっかりは面倒なんて言わないつもりだ。

「誰に話してんだお前…」

「ばか、ナレーションだよナレーション、エピローグってやつ?」

「………はぁ、」

イワベエは訳が分からずに生返事をする。そういう間抜けな顔に俺は弱かったりするのだ。ベッドにイワベエを押し倒し、そのまま抱きついた。

「今度はなんだよ…ったく、」

「わかってるくせに」

ニヤリと笑うとイワベエもニヤリと笑う。そして優しく頬に手を添えキスをして来た。濃厚なキスだ。そして意外なことに中々上手い。いや、それは前から知っていたと思うけど、最近さらに上手くなっている。もう俺はこのキスだけでどうにかなってしまいそうだ。

「なぁ、こっち見ろよ」

「いっつも見てんだろ」

それもそうだ、とイワベエは頷きもう一度キスをしてきた。俺はキスをしながら自室のブラインドを下げ、部屋を薄暗くした。流石にここまで見せるのはどうかと思うしインターネットにも呟いて欲しくない。まぁ、俺に夢中なっているこのバカにはそんなことは全部関係ないみたいだけど。

「ん、ぁ…っ、イワベエ」

「ん、何?」

「好き」

「…おう、俺も好きだ」

またこの先はいつか話そう。とりあえず今は二人きりで楽しませてくれ。


- 1 -

*前次#


ページ: