親譲りの


「何が言いてぇんだよ!!!」

ガンッと壁を叩いた音が耳に届き、ナルトは肩を揺らした。物陰から声がした方を覗いてみると、そこにはシカマルと息子のシカダイがいた。シカマルは相変わらずの仏頂面でシカダイを見つめているのだろう。こちらからは唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうなシカダイの顔が良く見えた。

(あ〜もしかして修羅場ってヤツか…?)

止めに入ろうか悩んだが、これは所謂、親子の乗り越えるべき壁ってやつなのだろう。ナルトが出る幕ではない。それにシカマルなら上手くやるだろうとナルトは信じている。

(シカマルは素直じゃねーからな…ちょっと不安だけど…ま!大丈夫か!)

ニシシと口が孤を描く、この際、お互いに普段恥ずかしがって言わないようなことを存分に言いあったらいいのだ。七代目火影として、今日の職務と任務の報告書の提出義務は後回しにしてやろう。

ナルトは気配を悟られないように静かにその場を後にした。

(あーやっぱりテマリに似てんなぁ…)

息子に睨まれてもお構いなしの父親、奈良シカマル。呑気に息子と妻の共通点を探している。一方の息子はというと、母親譲りの大きな瞳を歪ませ、溜まる涙を必死に堪えようとしている。

「…なんか、なんか言えよ!!何が言いたいんだよ!」

「いや、何も」

ゆっくりと首を横に振る父の言葉にシカダイは小さく息を飲んだ。

「っ!何でだよ…!」

「…何か言って欲しかったのか」

至っていつもと変わらない平静な父の落ち着いた声に苛立ちを隠せず、もう一度壁を殴りつけた。折れた筈の右手の感覚はもう無い。

「そうじゃねぇよ!」

「じゃあ、なんだ、怒鳴ってばかりじゃわからねーぞ」

「…今回の任務は…俺の判断ミスで失敗したんだぞ!!」

「そうだな」

「俺だけ軽症でっ!みんなはっ…!」

中忍試験後、シカダイただ一人が中忍昇格となった。口々におめでとうと言ってくれる人々。最初は悔しがっていたボルトでさえも最後にはおめでとうと言ってくれた。父も、自分と同じように同期の中で一人だけ中忍に昇格したのだと同期の親たちは口を揃えて懐かしそうに語っていた。

「シカダイはシカマルそっくりね!がんばりなさいよ!」

たった一言だけだったが、シカダイの心には重くのしかかった。

でも、例え父でさえも負けるのは性に合わない。この際だ、完璧にこなして期待に応えよう。そう意気込んだ矢先の事だ。

中忍として初めての任務中に急遽副隊長として抜擢されたシカダイ。任務内容はクーデター疑惑のかかっている小国に忍び込み戦力の要となる火薬を廃棄することだった。順調にいっていたはずの任務が隊長の裏切りで状況が一変、その場でただ一人の中忍だったシカダイが指揮をとることになったのだ。

「おれ…は、しのびにはむいてねぇ…」

小隊長となる中忍には常に冷静な判断と状況分析力が求められる。父は昔からそれに長けていたそうだが、如何せん性格は母親譲りの負けず嫌い、父ほど冷静でいられるような性格ではなかった。

(アンタは、いつも俺の先を阻みやがる…)

やる事成す事の全てに父がついてまわった、自分がどれだけ努力をしても常に父が前にいて、その大きな背中で自分の道を阻む。そんな父に尊敬の念を抱いたが同時に嫉妬もした。父を越えなければ、その思いだけがシカダイの原動力だったのだ。

(やっぱり…父ちゃんには敵わねーのかな)

俯き、床を見つめながら諦めにも似た感情を抱く。もう、シカダイは早くこの場から逃げ出してしまいたかった。いくら負けず嫌いだと言っても、面倒くさがりな一面も持っていたものだから、こんなに苦しいのなら自分を許して楽になってしまいたいという思いがわき出てきたのである。

「向いてないからどうした」

「え…」

任務でしか聞いたことのないような低い声が廊下に響く。驚き、顔をあげると、そこには険しい顔した父の顔。こんな顔をしている父を見るのは初めてかもしれない。思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「回りくどい言い方はやめろ、結局どうしたい」

「だから…俺は、忍びには向いてない…元々、アンタみてーに冷静じゃねーから…」

「諦めるのか…」

父の真意がわからず同じ答えを繰り返したシカダイ。シカマルは先ほどよりも眉間に皺を寄せている。とうとう怒らせてしまったのではないかと内心焦ったが、今言ったことは嘘ではない。シカダイは本当に、自分が忍に向いていないと感じたのだ。

「…こんな俺じゃ、またみんなを危険に晒すだけだ」

「じゃあ、そうやって一生泣いていろ!腰抜けが!」

「…!!!」

廊下に響く怒鳴り声、十数年、この人を父として生きてきて、初めて怒鳴られた気がする。仏頂面しかできない父だが、決して声を荒げて自分を怒鳴るようなことはなかった。怒鳴られたことがショックだったのか、見捨てられたことがショックだったのか、原因はわからないが、自然と視界がボヤけていき、胸にせりあがってくる何とも言えない感情がシカダイを苦しめた。

「…っ!!!ふっ、ぐぅっ、アンタに…アンタに!何がわかる!?どうせ俺はアンタと違って出来の悪い息子なんだよ!!!最初から何でもできたアンタとは違う!!!」

キッと自分を睨む目は涙で濡れていて、シカマルは自らの経験を思い出していた。自分の息子は、己に似ているようでやはり妻に似ているのだろう。どんなに苦しくても立ち向かおうと自分を睨みつけている大きな瞳が、本当は諦めたくない、と語っているのだから、きっと逃げてしまったら一生後悔することになる。

(お前は十分、俺より凄いぜシカダイ…)

「逃げるのは簡単だ、諦めたらいい話だからな、でもよぉシカダイ…お前一人が諦めてどうする、きっとボルト達はこれからも任務に就いて常に死と隣合わせの世界で生きていくぞ…任務において死は避けられねぇ、でもな、もしお前が隊長だったなら仲間を危険に晒さないために作戦を考えることはできるかもしれねー…冷静になれないだと?ハッ!寝言は寝て言いやがれ!テメーは何人の命預かってると思ってんだ!冷静になれないんじゃねー、冷静になるんだよ!」

「……」

「まだ、逃げたいか…逃げたいならお前の好きにしろ、危険なことしねーで家に居てくれる方がよっぽど親孝行してるってもんだ」

息子は何も言わない、だが、先ほど自分を睨んでいた大きな瞳から涙が溢れ、両手は力一杯握りしめられている。どうやら自分の伝えたかったことが少しは息子の心に届いたらしい。

「シカマル!シカダイ!もう大丈夫、みんな無事よ!」

手術室で治療にあたっていたサクラがこちらに走ってきた。ナルトも後をついて来ている。

「おぉ、そうか!良かった!お疲れさん」

「なぁに?これくらいどうってことないわよ」

ぽん、と肩に置いた手はさり気なく払われ、ニヤッとした表情でシカマルを見上げるサクラ。やはり、木ノ葉の、いや、女は強し、ということだろうか。サクラの返答にニシシと笑ったナルトは廊下に設置されている長椅子に座り、ふーっ、と一息をつくと、背を向けて俯いているシカダイにこんな言葉を投げかけた。

「シカダイ…今回の任務は失敗だな、でもな、みんな生きて帰ってきた…それだけで十分だってばよ!」

(…!ナルトのヤロー…)

かつての五代目と同じ言葉を投げかけたナルト。自分もこの言葉を同じように背を向け俯いた状態で聞いたのことがついさっきのことのように思える。やはり、この子は自分の息子なんだな、とシカマルは改めてそう実感した。そして、自分と同じように、息子はこう言ったのだ。

「次こそは完璧にこなしてみせます…!」

「オウ!」

「ナルト、他のみんなにも言いに行きましょう」

シカダイの返答に満足そうに返事をしたナルト。サクラが次の報告へと促す。

「そうだな!じゃ、シカマル、ここは任せたってばよ」

「ったく…了解しましたよ、七代目」

小走りで駆けて行く、ナルトとサクラの背を見送る。ナルトは何も言わなかったが、その目は間違いなく、息子と話をしてやれ、と自分に言っており、こういう所はコイツに敵わなねーな…とこちらも改めて実感した。

「親父…俺、もう逃げねーよ」

ポツリと息子がそう呟く、彼の目には迷いが無くなっていた。その答えに満足し、無言で頭を撫でる。珍しいことに息子は何も言わず、されるがままになっている。

「そうか、それなら良いんだ、それで…お前の思うようにしろ」

「…あぁ」

「なぁ…シカダイ」

「何?」

「俺と違って冷静じゃねーって言ってたけどよ…実は俺とお前結構似てる所あるんだぜ?」

そう言って頬笑むと、息子は不思議そうな顔をしてこちらを見た。

「…どこだよ」

「そうだな…例えば、泣き虫、な所とかな」

「なっ!!うっせ!俺は泣き虫じゃねー!」

カッと頬が赤くなり、否定する息子の必死さにシカマルは笑いを堪えられなかった。こんな所も妻にそっくりである。

「それに、面倒くさがりな所も似てるし、すぐ諦めちまう所も良く似てる」

「勝手に話進めんなよ!っていうか、似てるところ多すぎだろ!」

「そりゃあ、親子だからな」

「…っ!」

笑いながらそう言い切った父の笑顔を見て、シカダイは何かを思い知らされた気分になった。父を超えようとする余り、父と自分が親子であることを、自分はすっかり忘れていたような気がする。

「俺だって最初から何でも出来たわけじゃねぇ、アカデミーの頃なんか、鉛筆動かすのも面倒でなぁ、テストなんかいつも白紙で提出してた、修行なんてのも親父に連れられてやっとこさやってたぐれーだしよぉ」

「じゃあ、なんでそんなに出来るようになったんだよ」

拗ねたように呟く息子、シカマルは少し言いよどんだが、しばしの沈黙の後、意を決したように話始めた。

「…俺もお前と同じぐらいの時にな中忍になって、初めての任務で小隊長を任された…ま、人手不足が理由で部下も全員下忍つー無茶な任務でよ、結果は大失敗、増援に助けられるわ、部下は意識不明の重体だわ、ターゲットには逃げられるわで散々だった…」

「それって…」

自分と同じような経験をした父の話に驚きを隠せないシカダイ。

「そうだ、オマケに小隊長だった俺だけは軽症でなぁ、大きなケガっていえば、指の骨折ぐれーだったよ」

「親父…父ちゃんでも失敗するんだな」

「たりめーだ、俺だってお前と同じぐらいガキの頃があったから今があるんだ、俺も親父に叱られたよ、この腰抜けが!ってな」

「…ははっ、父ちゃん、俺と同じこと言われてるじゃん」

まさか叱られた内容まで一緒だとは思わなかったが、どうやらそんな所まで一緒だったようだ。思わず笑った息子を見て、シカマルは少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「うっせ…俺だって同じこと息子に言うと思ってなかったよ」

「なんだ…俺って意外と父ちゃんに似てるんだな」

「そうだなぁ、お前は母ちゃんに似て芯が強いし、かと思えば俺に似て面倒くさがりで泣き虫な所もある、誰か一人に生き写しって訳じゃなく、色んな人に似ているからこそ、お前があるんだ、そんで、そっからお前自身のものを作っていく、それがお前の糧もなるし、自信にもなっていくんだよ」

「…俺、大丈夫かな」

父ちゃんや母ちゃんみたいに頑張れるかな…、そう不安そうに呟いた息子をシカマルは何も言わずに抱きしめた。小さく息を飲む息子、まだまだ成長途中の体を更に強く抱きしめ、耳元に顔を近づけた。

「シカダイ…一回しか言わねーから良く聞いておけ…お前はな俺と母ちゃんの自慢の息子だ、これからも色んな失敗をお前はするだろう、けどな、お前はそれを乗り越えて行く力がある、俺と母ちゃんはそう信じてる、勿論、俺たちだけじゃなくて、ばあちゃんやカンクロウ、我愛羅、みんなそうだ…みんなお前を信じてるんだ」

「父ちゃん…」

「逃げたくなったら、みんなの顔を思い出せ、きっとお前の力になる」

「……おう!」

顔をあげ、自分に笑いかけてくる息子につられて笑い返す。これからも息子は迷うだろう、立ち止まることだってあるはずだ。でも、そんな時には自分たちが、仲間たちが、彼をきっと支えるだろう。そして、彼はまた立ち上がり、前へ進んでいく。

根拠の無い確信。

しかし確実。

子を信じる父親の気持ちがこの時ようやくわかったような気がした。

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