そばにいるのは


夕日が差し込む墓場、中央に位置する火のモニュメントが夕日に照らされ、まるで本物の炎のように揺らめいている。緩やかに吹き込む風が冷たく、思わず身震いをした。

(来るのが遅くなってすまねぇな、親父)

親父の、シカクの墓石を掃除しながら、心の中で呟いた。気にするな、こっちもお前の相手ばかりしている暇ねぇしよ。自分の良く知っている親父なら笑いながらそう言うだろう。きっと四代目火影やいのの父であるいのいち達と盛大に酒盛りでもしているのではないだろうか、あちらには自分の祖父達もいるはずだ。シカマルにとって、死後の世界というものが本当にあるのかは確認しようのないことだが、大戦にて蘇った歴戦の猛者達を見る限り、人は魂になったとしても残された者達を見守っているはずだ。

(いや…そうあって欲しい)

師である猿飛アスマと、父である奈良シカク。自分にとって二人の偉大な忍を失った。例えようのない悲しみと、己の力不足をいくら呪っても二人が生き返ることはない。もっと同じ時を過ごしていたかった、まだまだ知りたいこと、教えて欲しいことがたくさんあったのだ。いつか縁側で将棋を指している時にシカクはこう言っていた。

「素直になれ、いつまでもそうやって自分の気持ちを隠していると気づいた時にはもう手遅れになっているかもしれねぇぞ」

まだ中忍になりたてのシカマルには良くわからなかったが、今なら身に染みて理解できる。シカクの言うとおりだ。気づいた時にはもう遅かった。昔から自分は素直じゃない捻くれた子供だった。贅沢なことだと思う。両親も親戚もいた、友人だっていたし、何一つ不自由などなかった。毎日、食卓を家族と囲んで、修行を付けてもらい、時には将棋を指して同じ時を過ごしたのだ。

惜しみなく与えられる愛を照れくさく感じて跳ね除けたのは自分だ。素直に愛を受け入れられず師を呼び捨てにし、他の大人にも随分と生意気な態度を取った。愛を求め、人に認められようと努力するアイツのことだって理解できなかった。それはきっと、アイツがもっていないものを自分は既に持っていたからなのだろう。

(今ならアイツのことわかるかもしれねぇな)

今、自分には守るべき人がいる、守りたい人がいる。そのために戦争が終わっても痛む体に気づかない振りをして仕事に打ち込んだ。自分はまだまだ未熟だ。経験も少なければ、力も無い、少しでも早く成長して足りない部分を補わなければ…。そう思いがむしゃらに目の前にある課題に取り組んできた。

強くなりたかった。

親父や、師のように。

守りたい人たちを守れるカッコいい大人に。

思い返せば、自分の憧れてきた二人は、「子供の奈良シカマル」にはカッコ悪いところしか見せてなかったように思う。母に怒鳴られ土下座をする親父に、頬に紅葉の跡をつけて集合に遅れてきた師。正直カッコ悪いと思っていた。それでも、自分が中忍となり、子供ではなく、一人の忍になったあの時から二人の背中は全く違うものとなった。

初めてのことがたくさんあった。火影には無理難題を言い渡され、夜遅くまで書類と格闘した。任務に出れば出る程、前回より早い作戦立案を求められた。人の命が、自分の手にかかっていることが多くの事を通じて自分に染み込んできて、そこではじめて自分が今まで守られていたことに気付いた。

(そうだよな、親父)

自分は愛されていたのだ。いくら生意気な口を叩いても、不躾な態度をとっても、大人たちにとっては、大切で愛おしい玉だったのだ。

なぜ、もっと早く気付けなかったのだろうか、無理やり手を握ってきた親父の手のぬくもりも、任務後に頭を撫でて笑いかけてくれた師の笑顔も、全部がシカマルにとっては失いたくない大切なものだった。ようやくそれが理解できるようになった頃には、もう二人は自分の傍にはいなかった。

「シカマル、ちゃんと話せたか?」

「ナルト…」

「まったく!仕事、仕事って言ってシカクのおっちゃんの墓参り行ってねぇとか、ありえねぇってばよ!」

「…嫌だったのかもな」

「え?」

「俺はさ!お前みたいに素直じゃなかったからよ…考えちまう、もっと色々聞きたいこと、話したいこと、ちゃんとしとけば良かったって」

もうすっかり暗くなり始めた空を見上げ、そう言った。嗚咽交じりのガラガラとした声が、余計に涙腺を刺激する。

「シカマル…」

「バカだよな、お前がどんだけ望んでも手に入れられないもの、俺は最初から持ってたのによ…身近にありすぎて今まで気づけなかった」

ずっとそばにあったぬくもりが、いつまでもあるんじゃないかって錯覚していた。永遠なんてものはどこにもないのに、いつまでもあるものだって決めつけて勝手に安心していた。

「そんなの、みんなわからないと思うぜ、みんな気づけなくて、気づいた時にはもう遅くて、そうやって後悔して、泣きながら、悩みながら生きているんだ」

肩を組み合い、空を見上げた。空に輝く無数の星々がキラキラと光り、空を彩っている。「俺にも父ちゃんや母ちゃんが生きてたら、そんなこと絶対わかんなかったってばよ」と独り言のように呟いたナルトの顔を見ると、目が合い、昔から変わらない笑顔でニシシと笑いかけられた。

「俺がそれに気づけたのはよ、イルカ先生に第七班のみんなに、お前ら十班、八班、ガイ班…そうやって大切な人が増えていったからなんだ」



なぁ、シカマル。お前はスゲー奴だよ。頭も良いし、統率力だってある。正直、お前が本気だしたら俺じゃなくて、お前が火影になっちまうんじゃないかって、俺は思ってる。それでも譲らねぇけどよ!大切な人がいなくなるっていうのは辛いよな、俺たちはみんなこれからも、そうやって居なくなった人たちを時々思い出していくと思うんだ。笑い話になったり、偶には会いたくなって、腹の奥がぎゅーって熱くなって涙が止まらない時だってきっとある。そうやって、生きていくんだ、多分な。だから、無理に忘れようとしなくっていいんだ。寧ろ思い出して、一緒に生きて行けばいい、みんなずっと俺たちを見守っていてくれるから。



肩を組みながら歩き出した。アカデミーの頃に戻った気分だ。よくイタズラをした日はこうやって肩を組んで一緒に帰ったことを思い出す。

「…やっぱ、俺じゃなくてお前が火影になった方が良いと思うぜ」

「ちっとはやる気だせってばよ、このグチたれおバカ!」

「その呼び方やめー!お前だって超バカだろ?」

「ムッキー!言ったなシカマル!」

「はは!捕まえてみろよ、おバカナルト!」

「あーーー!もう、もう許さないってばよ!こんにゃろっ!待て!」

必死に追いかけてくるナルトに捕まらないように全速力で路地裏を駆け抜ける。息が上がって、苦しくなるが、不思議と心は晴れやかだった。

「玉」とは里のこれからの未来を担う子供たちのこと。

俺たちはその「玉」を守っていかないといけない。もう守られる子供ではいられないのだ。まだまだ不安はたくさんあるが、ナルトと話してなんとなく、大丈夫なような気がしてきた。根拠はないが、それがナルト流だったりするのだろう。きっと心配ない。だって、俺たちにはたくさんの人からもらった愛情がある。いつだって大切な人たちは傍にいるのだ。俺たちには見えないだけで、いつも見守っていてくれる。俺は俺のできることをするまでだ。



「つっ、かまえた…シカマル抜け道は卑怯だってばよ…」

「ははは!わりぃな」

「ま、これで俺の勝ちだな、今度一楽おごりってことで!」

「ばーか、そんな約束してねーよ」

「なにぃ!勝負にペナルティは付き物だってばよ!」

「ガイ先生かよそれ…なぁ、ナルト」

「ん?二本勝負は無しだってばよ、シカマル」



これからの未来を担う子供たちの為に、ナルトに未来を託してみたい。

きっと、それはうずまきナルトにしかできないことなのだ。



「なれよ、火影」

お前ならきっとできる。お前のその諦めないど根性がなんだってできるようにしてきたんだ。
今までも、そして、これからも。

「オウ!!」

ナイスガイポーズは男の約束の証。拳を合わせ俺たちはニシシと笑い合った。

- 1 -

*前次#


ページ: