夕闇に消えた影法師



うちのお父さんは元々忍だったらしい。何故、らしい、としか言えないかというとお父さんは忍だった頃の話をしようとはしないからだ。今のお父さんの仕事はありきたりな運送業で朝から晩までトラックを運転している。偶に珍しく家に帰ってきたかと思えば自室に籠り一歩も部屋から出ようとしない。正直14年も家族として一緒にいるはずなのに私はお父さんがどんな人なのかすらも知らないのだ。お母さんもそんなお父さんに従うかのように忍のしの字も言ったことがなかった。そしてお母さんも忍びだったらしい、我が家には秘密がそこら中にごろごろと転がっている。まさに忍者屋敷だ。(実際はただの賃貸住宅である)そんな少し変な家庭に違和感を覚えつつも、忍の話をしない我が家で私は唯一忍をやっている。



姓は猿飛。名はミライ。猿飛ミライ。それが私の名前。ついこの間中忍に昇格したばかりだ。ようやく雑務とザコのDランク、Cランク任務とはお別れして誰もが羨むエリート街道が始まるのだ。猿飛の名に恥じぬように必ずエリート忍者として高給取りになる。それが私の目下の目標だ。目標のためにものんびりはしていられないと、勢いよく地面を蹴り、民家の屋根を飛び跳ねていく。あまりにも足音が大きかったのか次々と家のベランダから顔を出した住人が大きな声を出し、あたりに響き渡った。

「コラァ!またお前か!もうちょっと静かにしろ!!!」

「あ、ごめんなさ〜い!!」

「この馬鹿!アンタの声のほうがうるさいよ!!子供が起きるじゃないか!」

3丁目の文句ばかり言う大工にパン屋のおかみが叩き棒を持って向かいのベランダから応戦する。大工も負けじと「何だと!やるか!?」と強気に言い返していた。その戦いに周囲の住人たちが少しずつ起き始める。この言い合いは3丁目名物の目覚まし時計なのだ。ミライはいつもと変わらない光景にハハハと大きな口を開けて笑った。

「今日も良い一日になりそうだ!」

■■

「おはようございまーす」

火影塔に入り、まずは先輩である上忍や中忍の忍に挨拶をする。みんな顔を上げてミライに挨拶を返してくれた。馴染みの先輩たちに頭を撫でられからかわれながら執務室がある最上階まで階段を上っていく。

「おうおう、誰かと思ったらサルじゃねーか、親父さんは相変わらず荷物運びかぁ?」

「………オハヨウゴザイマス」

でっぷりとした腹をさすりながら少し薄毛の男がニヤニヤといやらしい笑顔でミライを舐めまわすように見てくる。ミライは居心地の悪さを感じつつも万が一のこと考えてきちんと挨拶をした。それでも男はまだ満足しないのかズイ、と顔を近づけてくる。正直言って口が臭すぎる。止めてくれ、鼻がもげそうだ。ミライはあまりのニオイに眉を寄せ、それでも負けるもんかと目線だけは離さなかった。

「昨日の報告書はだしたのか??出したよなぁ?親父さんと違って優秀だもんな??」

「……ハイ」

「…よろしい、ならまだ終わってない奴らの分も頼むぞ」

顎を撫で、満足そうに男は言ったが、その無理難題にミライは思わず言い返してしまう。

「えっ!?で、でも自分も今日は今日で仕事が…」

「できないのか?優秀な猿飛一族なのに?」

「そ、それは…」

「できるよなぁ?お前は優秀な猿飛一族の子なんだから、だからオレの研修にも遅刻した挙句…ッ、この、このオレのッ、大事なッッッ!!!」

「スイマセン!私、火影様に呼ばれていますので!!これにて失礼致します!!!」

怒りに肩を震わせ始めた男を見てミライは慌てて逃げ出してしまう。その一部始終を見ていた上忍2人が書類を運びながら何気なく話始めた。

「なぁ、あの人っていつも猿飛ミライにはああなのか?」

「あぁ、お前は異動してきたばかりで知らないか、ミライの奴、中忍初日の研修に遅刻した上にあまりにも全速力で来たもんだからさ…勢い余ってあの人とぶつかっちゃって、数少ない髪の毛毟っちまったんだよ、あの人それを嫌がらせだってずっと言っててなぁ…」

「それでか…それにしても、なんで父親のことを持ち出してるんだろうな」

はて、と首をかしげる新米にもう一人の上忍は立ち止まって苦笑した。

「お前、ミライの父親が誰か知らないのか?」

「知らん」

不思議そうにしている新米の耳元で男はこう囁く。

「アイツだよ…不死身の暁と戦った」

「……なるほどな、猿飛ミライも災難だな」

ようやく納得した新米はある意味同情的な目線でミライが昇って行った階段を見上げた。それに同調して男も頷く。

「全くだ」

■■■
「失礼いたします火影様!」

元気よく挨拶をし、頭を下げると執務室で作業をしていた火影が顔を上げ、笑いかけてくる。

「オウ、おはようミライ」

「任務ですか?それとも書類仕事ですか?なんでもしますよ!」

「落ち着けってばよ、中忍になったからってハリきりすぎだ。もっと肩の力抜け、な?」

期待を込めたミライの視線はしゅんと下を向いてしまう。そんなミライを見て火影、もというずまきナルトはミライの頭を優しく撫でた。ミライはそれが子供扱いされてるように感じ、不満げに頬を膨らます。

「子供扱いしないでください。私はどんどん仕事をこなしてエリート忍者になるという目標があるんです。張り切るのは当然なんです。」

「エリート忍者ねぇ、忍の仕事が減ってきてるこの時代にか?」

「あ!今笑いましたね!」

「笑ってねーってばよ…親父さんの為だろう?」

「当たり前です!お父さんを馬鹿にする奴なんて私が全員黙らせるんですから!」

「えらいな、ミライは」

ナルトは少し辛そうな顔でミライを見る。ミライはこの顔をよく知っていた。昔からミライがこう言うとみんなこの顔をするのだ。何かを思い出しているような、辛そうな顔を。教えて欲しいと思ったことは何度もあったが、誰にも聞くことはできなかった。なんだか聞いてはいけない気がして、ずっとそのままにしてきたのだ。

「…それで!今日の任務はなんですか?」

「あぁ、今日は火の国の国境警備だ。急に人員補充しないといけなくなってな、お前の持ち場はここだな」

ナルトは地図を取り出し火の国が八つの地域に区切られている一番端を指した。最西端、砂隠れ側の国境だ。

「1人でですか?」

「それは流石にないってば、この区画には6人派遣してるから、お前はその1人だってばよ」

「じゃあここにいけばいいんですね」

「あぁ、他の5人はもう警備に当たってるからな、ちゃんと指示に従えよ?」

「はい!行ってまいります!」

姿勢を正し、勢いよく頭を下げるとミライは急いで執務室を出て行く。バタンと大きく音を立てたドアに少し顔をしかめたがナルトは仕方なさそうに笑った。

「あの張り切り方はどっちかってーと木ノ葉丸だなぁ」

懐かしい気持ちに駆られ、机の引き出しを開ける。引き出しの中にはたった一つ、小さなアルバムだけが入っていて、ナルトは大事そうにそのアルバムをめくった。妻との写真、家族の写真、7班や同期たちとの写真もある。ある一枚の写真が目に入り思わず手を止めた。

「…………さ、仕事すっか」

しばらくその写真を見つめたが、すぐにアルバムを閉じ引き出しにしまってしまう。もう少し見ていたかったが仕方がない。あまり仕事をサボると怒られてしまう。その場面を想像し、ナルトは少し笑ってまた書類の山と向き合った。

■■■■

「よし!がんばるぞー!」

国境近くまで行くとなると一時間程度は時間がかかる、ミライは念入りに準備を済ませてから雷車に乗り込んだ。

(本当は忍らしく走っていきたいんだけど、スピードでこうも上回っているものを使わないわけにはいかないよね…)

忍でありながらも発達していく文明には逆らえない、その現実を肌で感じる時代にいるんだとミライは身を以て実感している。だが、文明が発達することで不便が利便になり人々が喜んでいるのだから今の現状を真っ向から否定することもできなかった。

(まぁでも、体力温存にもなるし、電車賃も経費で落とせるし……あ、トラック)

窓の外を眺めながらそんなことをぼんやりと考えているとトラックが整備されてない道をガタゴトと走っているのが見えた。車というものは雷車の少し後に出た機械で雷車と同じく雷を発する装置で車を動かしているそうだ。まだまだ一般の実用化にはこじつけられないらしく、業務用の大きな車しか生産されていない。父親の会社とは違うが見覚えのある会社名を見ながらミライは家族の顔を思い出す。そして心の中で十数年間聞けずにいる質問を投げかけた。

(ねぇ、お父さん…なんで忍をやめたの?何があったの?いじめられた?死にそうになった?嫌になった?なんで、なんでやめちゃったの?)

(お母さんもなんで何も言わないの?なんで何も教えてくれないの?私だけ何にも知らないのに、私が頼りないから教えてくれないの?)

「家族がいるのに……私はひとりぼっちだ」

遣る瀬無い思いをかき消すかのようにベルが鳴り響く。ミライはだるい体を伸ばして少しだけストレッチをすると気合を入れ直した。

「いつものことだけど、考えてもわかんないよね!とりあえず目の前のことをやんなきゃ!」

勇み足で一歩一歩しっかり地面を踏みしめる。ミライは、自分の野望はやはり叶えるべきものであると再認識した。必ず忍として出世し、父を馬鹿にするものたちを見返す。そして父を超えた時、ミライはきっと、初めて猿飛家に巣食う秘密に触れることができる。その日まで諦めはしない。諦めないことがミライに唯一できることだから。

「がんばらなきゃ…」

ミライは誰にも聞こえない声で繰り返し繰り返し暗示のように呟いた。

■■■■■

警備ポイントが見え、辺りに木ノ葉の額当てをつけた忍達がちらほらと見える。ミライは大きく息を吸い込んで思い切り腹から声を出した。

「お疲れ様です!!!」

ミライの声に気づいた一人の男がこちらにやってくる。見た目的には40代ぐらいだろうか、だかそれでも忍である。体つきは若い者にも引けを取らない。男はにっこりと笑ってミライを迎えてくれた。

「おう、ご苦労さん、まぁ通達きてるからわかんだけど、一応名前聞いておくわ」

「猿飛ミライです!つい先日中忍に昇格しました!本日はよろしくお願いします!」

「おう、よろしくな、早速だけど侵入者の捜索に行ってもらう」

「侵入者!?」

「あぁ、ホラ見てみろ」

指を辿った方に視線を向けると傷ついた鹿や兎、様々な動物たちが医療忍者の手当てを受けている。ミライは、はて?と首をかしげた。かしゃんかしゃんと頭の中でキーワードが組み合わさっていく、国境の警備任務、侵入者、傷ついた動物たち…。最後にはぷしゅう、と頭がパンクしたがそれでもわかったことを整理しようとした。

「とりあえず国境を越えた侵入者がいることはわかりましたが、なぜ動物を?密猟ですか?」

「いや、密猟じゃねぇよ」

咥え千本を噛み締めた男は巻物を取り出してきた。ずいぶん古びた巻物だ。

「ペインの襲撃で木ノ葉が壊滅したことはアカデミーで習ったろ?」

「はい…それが今回の件とどう関わるんですか?」

「ペインの放った地爆天星の影響でここら辺の動物はみんな数がめっきり減ったんだ、今は奈良家が一頭一頭管理して飼育してる…だが、あの動物たちは奈良家の管理下にない動物だ」

「誰が何のために……」

「さぁな、だが、ようやく回復してきた山々に縄張りを作られたら生態系が崩れちまう…怪しい奴を見かけたらまず連絡しろ、抵抗するようなら拘束して構わねぇ」

「はいっ!了解しました!えっ、と…」

ミライは相手の名前がわからず困った顔をして千本を咥えた男を見上げた。男はそれに気づいて手を差し出す。

「あぁ、まだ名乗ってなかったな、不知火ゲンマだ、一応ここの警備隊を指揮してる」

「よろしくお願いします!ゲンマ隊長!」

ミライはしっかりとゲンマと握手を交わした。ゲンマはにっこりと笑ってミライの頭を撫でる。

「よく似てるな、アスマに」

「えっ!?父を、父を知っているんですか!?」

「あぁ、アカデミーの同期だったからな」

じゃあ、私の父がどんな忍だったか、教えてください。ミライがそう言おうとした瞬間、ターンッ!と耳にしたことがない音が響く。咄嗟に苦無を取り出し身構えたが音が鳴り止んでも事態が動くことはなかった。

「ミライ、捜索は一旦取りやめだ…お前はここで待機、俺は向こうの連中の様子を見てくる」

「ま、待ってください!私も、私も何か…!」

「ダメだ、ついこの間まで下忍だった奴に行かせられない、あの音を聞いただろう、モノは見たことがないが恐らく異国の武器だ…何があるかわからねぇ」

睨みつけることはしなかったがそれでも厳しい口調でゲンマはミライの要求をはねのけた。しかし、それはまさに戦力外であるという通告でミライの心をぎゅう、と締め付ける。だめだ、ここで引き下がったら、自分はまた一人なってしまう。がんばって、がんばって、頼りにして貰わないと、自分は…。

「人手は!!!」

「うぉっ、な、何だよ…」

はぁ、はぁ、と大きく肩で息をしてキッ、とゲンマを睨みつける。

「人手は!一人でも多いほうがいいです!お願いです!足手まといにはなりませんから!!だからっ…!」

(やめて、もう一人にしないで、私だけ蚊帳の外はもういやなの)

じんわりと涙が出そうになり必死で歯をくいしばる。そんなミライを見てゲンマはため息をついた。

「なんて顔してるんだよ…」

「うわっ、ちょ…!」

わしゃわしゃとミライの髪をぐしゃぐしゃにし、ゲンマは優しく微笑んだ。

「わかった、ただし俺のそばを離れるなよ?お前の熱意に応えただけでまだお前の実力はわからないからな、補佐役に徹するように」

「は、はいっ!わかりました!!」

「ゲンマ隊長!」

「お、無事だったか、状況は?」

ちょうど森から帰ってきた男とゲンマは話し始める。ミライは自分の要求が通った喜びを噛み締め、飛び跳ねたくなる気持ちをぐっと抑えた。

(お父さん、私、がんばるよ…!)




つづく

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