不協和音


昔、家に大きなピアノがあったことがある。黒光りした漆黒の黒がカッコよくて、良く親たちの目を盗んではそれで遊んでいた。手を挟んだら危ないから、と母は言い聞かせるように優しく言ったが、重なり合う音の共鳴が心地よくてやめることは一度もなかった。家に遊びに来る奴ら全員と何度も何度も同じことをしていたけれど、やっぱり一番音が合わさるのはアイツで、その頃からアイツは俺の全てであり、たった一人のかけがえのない奴だ。

『シカダイ、ピアノ!』

『ん?あぁ、いいぜ』

二人で笑い合って何度も音を重ねた。ド、レ、ミ、だんだん高くなる音も不思議と耳は痛くならなくて、このままどこまでも二人なら一緒にいけるような、そんな、気分。





「ったく、あのくそ親父!!」

「またそれかよ…お前ほんと飽きねぇよな、そこまで怒って何になるんだよ」

「お前だって文句一個も言ってねーのがおかしいってばさ!!」

「うちは昔からそうなんだよ、今更気にしてねぇ」

アカデミーの帰り道。夕日が石畳を照らしてオレンジがきらきらと光っている。その光はとても綺麗だが、それに相反するように最近のボルトは苛立っていて、口を開けば父親の文句ばかりだ。ネガティヴなことを聞かされるこちらの身にもなって欲しいとシカダイはため息をついた。一方、大人びた、スカしたリアクションをするシカダイにボルトは苛立つ。絶対にシカダイだってそうなのに、そんなことありませんむしろ平気ですと言った顔で飄々としている所がシカダイの嫌なところだ。

「お前は一人っ子だからわかんねーよ、あのくそ親父が帰って来ないせいでヒマワリが寂しがるんだ」

「それを大義名分に七代目を責めてるだけだろ、ほんとは自分が構って欲しい癖に」

「なっ!!!違う!!あんなクソ親父なんか帰ってこなくていいてばさ!!」

あ、言ってしまった。思わず口から出た言葉にボルトは冷や汗をかいた。シカダイは面白そうに笑っている。

「おーおー、立派な反抗期ですこと」

「うるせぇ!」

大体さぁ、とシカダイは手を頭の後ろで組んで真っすぐボルトを見つめてきた。ボルトはその緑の瞳に思わず体が固まる感じがした。

「そんなに嫌いなら七代目の庇護下にしかいれない家なんて家出でもなんでもすりゃいいじゃん、忍なんだから野宿も狩りも一通りできるだろ」

「はぁ?そーいう話じゃねぇし、第一俺がいなくなったら母ちゃんやヒマワリが、」

「それ、おかしいって」

シカダイはボルトの言葉を遮り、バッサリとそう言った。ボルトは状況が呑み込めないままシカダイの言葉を待つ。

「別に頼んでねーじゃん、ヒマワリもヒナタおばさんも誰もお前に七代目の代わりをしろなんて言ってねーだろ?家にいたいのはお前の意志で、家族が心配するんじゃなくてお前が家族を離れたくないだけじゃん」

他人に責任転嫁するなよ。

そう言ったシカダイの言葉にボルトの頬は熱くなった。どう感じたかなんて細かい感情を分析する前に怒りが頭を締め付ける。

「セ、セキニンテンカなんてしてねーってばさ!!!母ちゃんやヒマワリがクソ親父に文句言わねぇんだ、我慢してんだよ!だからっ、だから、俺が代わりに…ッ!」

「そんなん頼んでねーよ、お前以外はその生活を受け入れてんだ、ガキみたいにギャーギャー一人で騒いで、みっともねぇんだよお前」

だせぇよ。とシカダイがその言葉を言い放った瞬間にボルトは地面を蹴った。拳を握って、本気で殴ろうと大きく振りかぶった。しかしそれはいとも簡単に避けられ、急に止まれない足は縺れてそのまま地面を転がっていく。

「いってぇ!」

「なぁ、ボルト、お前の気持ち全く分からねぇとは俺も思わねーよ?うちの親父だってお前の親父のサポートしてんだからさ」

家になんかいないことの方が日常だし、とシカダイは言う。その言葉にボルトはますます訳が分からなくなった。滲みそうになる涙を必死に抑えギロリとシカダイを睨みつけた。

「じゃあなんでそんな平気そうな顔してんだよ!!俺は…俺はッ!」

「泣くなって、ほら」

シカダイはボルトの腕を引っ張り一度助け起こすと、持っていたハンカチでボルトの涙を拭いてやる。それが悔しいやら恥ずかしいやら、とにかくシカダイの真意が見えなくてボルトは乱暴に拳で涙を拭った。

「…お前、何がしたいかわかんねーってばさ」

「しいて言うなら、そうやって親父の文句言ってるお前が嫌いだから、正論ぶつけていじめたくなる」

さらりとそう言い放ったシカダイにボルトは今度こそついていけなくなりぽかんと口を開けた。

「え、、、なんだよそれ」

「だって、お前親父の話ばっかで全然俺の話きかねぇし、怒ってる理由もガキ丸出しだし、かっこわりぃから」

「……だって、」

「だってじゃねぇよ、せっかく一緒にいんのにさ」

ボルトの視界を緑が覆った。ちゅ、とかわいらしいリップ音が響き柔らかい何かが離れていく。

「なぁ、ボルト、俺たちしばらく距離おこうぜ、今のお前といても楽しくねーんだもん、もうちょっと男上げて出直してこい」

そしたらまた一緒にいてやってもいいし、とシカダイは笑って立ち上がる。そのまま手をあげてシカダイはボルトを放って帰っていった。そもそも自分たちはいつから付き合っていたのか、なんでフラれたのか、というかキスをされたのか、もう訳が分からなくなってすっかり姿が見えなくなったシカダイに向かってボルトはこう叫ぶ。

「ホント、お前ってわけわかんねーってばさーーー!!!」

その叫びに返事はないが、とりあえずもう少しマシな男にならなければとボルトは心に誓った。もちろんシカダイの為ではない、自分の為だ。触れた唇の感触を思い出さないようにしてボルトは歩き出した。

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