影に沈む(上)


影に沈む


互いの声も聞こえないような騒がしさ。むしむしと汗を促す熱気。どう考えてもロマンチックのロの字もないこんな場所で、酔いに揺られながら、すごく、そそられた。

その頸に。

まぁその後はお察しのとおりだ。かぶりといってしまった。一瞬にして辺りは静まり返り阿鼻叫喚、叫び謝り殴られ、すったんもんだというかなんやかんや、当の本人はポカンと口を開いて一言も喋らない。

「ほら!!雷影様、謝ってくださいマジで!!!」

「はやく!!!!!!」

「本当にすいませんシカマルさん!」

「この人まじで変人の変態で!」

「あとで俺らからも言っときますから!!」

再び静寂が訪れ、ばっちり相手と目があう。まだ状況が飲み込めていない瞳を見て、意を決して口を開いた。

決して酔った勢いではないと前置きしておこう。

「いや、ホント、悪いね………なんだか気になっちゃって………でも、酔ったからじゃなくてね、ホントに、気になったんだ」

「…………あ、いや…えっ、と…」

「ネェ、木の葉の参謀サン、木の葉なんか捨てて雲に来ないか?」

俺の言葉に周囲はまたあんぐり口を開けた。もう、静寂じゃない、沈黙だ。どうすればよいのやら。

「……………あ*、なる、ほど……雷影様?えっとですね、そういう口説きは二人きりの時にお願いしマス」

ぺこり、と頸を摩りながら頭を下げたシカマルにまたまた阿鼻叫喚の嵐だった。

あちゃー、だめだ何にもわかってないなこの人。一人ため息をつきカップに残った酒を飲み干すと間髪入れずに目の端で金色が動くのがわかる。

「アホかシカマル!何言ってるんだってばよ!」

「いでぇっ!?」

スパーンッ、とナルトがシカマルの頭を叩いた。いつもはそれが逆のはずなのだが今日ばかりはそうではない、木ノ葉の忍達は目を丸くしてその状況を見守っている。

「っんの!何すんだナルト!!」

「こっちのセリフだってばよ!そのIQ200の頭はお飾りか!?えぇ!?」

「はぁ?今なんでそんな話になるんだよ!」

「ばか!どういう意味で言われてんのかわかってねーだろ!なぁにが二人の時、だ!絶対二人になんかさせねーからな!火影命令だ!」

「……う、………わぁったよ」

これはまた珍しい。シカマルがナルトの剣幕に押されて折れてしまう。ナルトはまだ怒りは収まってないようで、自分の体でシカマルを隠してしまい、残念ながらダルイの視界には入らなくなった。

「雷影、ちょっとおイタがすぎるってばよ…ほどほどにしてくんねーと、俺なにするかわかんねーからな?」

「いやぁ、すまないね…ちょっとした出来心だったんだ」

ビリビリと殺気が伝わってきた。これは地雷だったか、仕方なしに謝罪を告げるがダルイは一ミリも諦めたつもりなんてない。どうにかして二人の時間を作ろうと頭はそのことでいっぱいだ。



さて、そんな騒動はあったが数十分もするとみんなそんなことは忘れて酒を浴びるように飲み干し、数時間後には宴会場が死屍累々となっていたのであった。

ナルトは酔いつぶれた、いや正確には自身の手で酔い潰したシカマルを連れ、早々に宴会場を後にしていた。どうにも苛立ちが収まらずあのまま飲み続けていたら何をするか自分でもわからなかったからだ。耳元にシカマルの暖かい吐息がかかる。すっかり出来上がっているな、とため息をついた。

「いつもだったらおぶさるのは俺のはずなんだけどな…」

部屋に入りベッドにシカマルを寝かせると結っている髪紐を解き、上着を脱がしてやる。こうして改めてシカマルの顔を見ると昔と一つも変わっていないことが手に取るようにわかった。アカデミーの頃から変わらない、寝てばかりで雲が大好きなあのゆるんだ顔だ。この顔が見れなくなったのはいつからだろうか、サスケの奪還任務の時か、師匠であるアスマが死んだ時か、どれにせよシカマルはもうあの面倒くさがりのグチタレオバカなんて呼ぶことはできないぐらいに真面目で真摯な忍になった。そうさせたのは何なのか。ナルトは何も知らない。

「なぁ、シカマル…お前ってば大事なことは何一つ俺に言ってくれねぇよな……」

起きない相手にそう呟くと、さらりと髪を指に絡ませ、優しく口付ける。シカマルの女のような美しい髪をナルトはとても気に入っていた。いつもはすぐに髪をまとめてしまうので極たまにしかみれない貴重な姿だ。そのまま髪を少しいじってみるがシカマルが起きる気配はない。起きないとわかると触ってみたいという欲望がムクムクと湧き上がってきた。

「シカマル…」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟き、そっと両手で頬に触れ顔を近づける。まだシカマルは起きない。少し乾いた唇を舐め、ゆっくりと閉じられた唇をこじ開けていく。舌を入れ、まるでシカマルの全てを奪うように口付けを繰り返した。



「あ゛ーーー、あたまいてぇ………」

「だからシカマルほどほどにしとけって言ったってばよ」

朝日が差し込むホテルの一室。ナルトは昨日のことなんて知らないふりをして笑いながら水をシカマルに差し出す。真っ青な顔でそれを受け取り水を飲み干していく喉仏が少し唆るなんて本人には口が裂けても言えない。

「…おれ、きのうなんかしたか……?」

「いや、してねーよ?」

「そっ、か……あ*なんで飲んだんだよ昨日の俺………」

「まぁ、羽目を外したくなるときもあるってばよ、今日は俺のそばにいるだけでいいから離れるなよ?」

意味深にそう呟き隣座る。シカマルは何も言わない。もしかして嫌がられたかもしれないと思いながらシカマルの顔を見ると、仕方ないなという風に笑ってこちらを見ていた。

「………え、」

「なんだよそのリアクション」

「いや、まさかそんな笑顔だとは思わなかったってーか…」

「…ばあーか、何年一緒にいるんだよ」

グイ、と頭を引き寄せられ凭れ掛かる。シカマルは優しく金色の頭を撫でて、子供をあやすように子守唄を歌う。流石にそんな歳じゃないと言いたくて顔を上げようとしたが、愛おしそうにナルトを見つめる眼差しの前では何も言えなかった。

「…………ナルト」

急に視界が肌色になる。額に押し付けられる唇は暖かくじんわりと温もりが伝わってくるような気がした。背に手を回し自分より少し細身な体を引き寄せ、応えようとしたが…。

「シカ、マル……」

「ダメだ」

「………自分からしといてどういうことだってばよ」

「ダメなもんはダメっ、ちょっ、おい!」

制止の言葉は聞こえないふりをしてソファにそのまま押し倒す。仕方ない、あんな少しではナルトが我慢できるわけないのだ。シカマルはナルトに甘すぎる、ナルトはそれをわかってシカマルを利用することがよくあった。

「ナルト…降りろ」

ため息をつきながら押しのけられるが、負けじとしがみついて抑え込む。

「嫌だってばよ、あんなことするってことはシカマルもそうなりたいんだろ?」

「…………………酔いが残ってただけだ」

苦し紛れの言い訳にナルトの機嫌は一気に悪くなってしまう。普段はシカマルに対して怒るということはあまりしないが、今回ばかりは煮え切らない態度に腹が立った。

「それさ、すっげぇ卑怯」

昨晩ダルイが噛みついた頸に歯を立て思い切り力を込める。少し尖った犬歯がシカマルの柔らかい皮膚をいとも簡単に噛み破り、ゆっくりと真っ赤な血が溢れ出した。

「ちょ、い゛っつ゛…!だから、待てって!」

「火影様!起きていらっしゃいますか!」

突然響いたノックの音と少し切羽詰まった声にナルトは立ち上がり、ドアへ向かう。シカマルはひとまず側にあったティッシュで噛まれたうなじを抑えたが出血が止まらなかった。血に染まる左手を見て思わずため息を吐く、自分が悪いのは百も承知だ、しかし自分にもナルトにも家族がいて、もう惚れた腫れたで何もかもを放り出せるほど子供ではない。もう夢見る子供の時間は終わったのだ。

(それでも諦めきれないのは…なんでだろうな)

きっと理屈じゃない。あの人の時と同じように、理性ではなく、本能で好きなんだろう。恋は人を変えるというが全くその通りだ。シカマルは血に染まった左手を頸に添えて爪を突き立てた。深く深くもっと深く抉れるように、これは罰だ、妻と子がありながら思いを抑えきれない愚かな自分への罰としてシカマルは傷を抉り続けた。

「シカマル、木ノ葉から緊急の……シカマル?」

廊下に出て話し込んでいたナルトが部屋に戻り辺りを見回すがシカマルは忽然と姿を消し、部屋はガランとしている。ナルトは慌てて部屋中の扉を開けるがシカマルの姿はどこにもない。必死に自分の名を呼ぶ部下の声は耳に届くはずもなく、冷や汗が伝う背中の嫌な感触をなんとか拭おうと必死だった。

(違うんだシカマル、困らせたいわけじゃねぇんだ)

(俺だって自分がどんなに酷いことをしようとしてるかわかってる)

(でも抑えられねえ、ヒナタと同じようにお前も俺のそばにいて欲しい)

(だから、お前も少しでも俺に対してそういう気持ちがあるなら……俺は…)

「火影様!」

「っ、あぁ、今行く…」

部下に呼ばれ仕方なしに部屋を後にする。急に姿が見えなくなったから、少し焦ったがまぁ大丈夫だろう。きっと彼処だ。見当はついている。早く済ませて迎えに行かなければ、強引にしようとしたことも謝ろう。心を整理すればまたいつも通りだ。大丈夫、まだ大丈夫。



「こんな術…あったんですね」

ナルトとシカマルが宿泊していた建物から少し離れた雲隠れの中枢、美人なナースに頸を手当てされながらシカマルは面倒そうに呟いた。その顔を見て意地悪そうに笑うのは雷影、もといダルイである。

「マブイの術を改良したんだ…便利だよこれ」

「確かに…うちの里でも使えたら便利ですね」

「いいよ、教えても」

「は、?」

突拍子も無い申し出にシカマルは目を丸くする。確かに忍界大戦の折に忍五大国は互いに手を組み、マダラやオビトといった強大な敵と戦ったが、戦争が終わればそれは意味をなさない。共通の敵をなくした今、里同士の友好が保たれているのは様々なモノの流通を止めないためだ。忍五大国は最早、戦争を共に駆け抜ける仲間ではなく持ちつ持たれつのビジネスパートナーとなっているのである。これからは益々忍の需要が減り、ビジネスとして忍術を使わなければいけない時代が来るというのに、こんな便利な術を他里に伝えようとするなんてこの男は何を言っているんだろうか。そんなシカマルの考えをダルイも察したのか口元のヒゲを撫ぜながらにこりと笑う。

「そんなに警戒しないでくれ、条件はあるがアンタ達は忍界大戦の立役者だ…それぐらいしてもいいと思っている」

「条件…?」

不思議そうにするシカマルの元へゆっくりと近づいていき、眼の前で止まると自分より身長が低いシカマルを見下ろす形になる。ナースが手当てした頸に触れ優しく撫でて笑いかけた。

「なぁ、アンタ本当に雲に来てみないか」

「は……?」

「アンタを一人の忍として認めてるんだ雲に来て欲しい」

肩を掴まれるがあまりに急な提案にシカマルは思わず後ずさりをしてなんとか逃れようとする。頭の処理は到底追いつかない。欲しい?俺が?雲に来い?シカマルの頭はショート寸前だったがなんとか言葉を絞り出した。

「おれ、は…木ノ葉の、七代目火影の補佐として仕事があります…そんな急に言われても…………」

「あぁ、構わんよ、だからこの術を教えるんだ、距離も早さも段違いに変わったし何より生身の人間が防御をしなくても良くなった、今まで通りに木ノ葉に住めばいい必要な時に雲に来てくれたらそれで…」

「それは…雲と木ノ葉でこの技術を独占する、そういうことですか?」

「まぁ………そうなるね、あ、それだけじゃないよ」

「………へっ、どういう…!…ん、んぅっ!?」

どういうことだと口を開こうとしたがその後に言葉がシカマルの口から出ることはなかった。ダルイの分厚い唇がシカマルの口を完全にふさいでしまい息を吸うことすら許されない、突然の口付けに驚き離れようとするがダルイの逞ましい腕がシカマルをしっかりと抱きしめて離さなかった。

「んっ、ぁ、だる、いさ、んッ…!」

逃げられない、シカマルの心がそう思ってしまうと後は簡単だ。息ができないように深く口付けていくと、なんとか息を吸おうと口を大きく開けてしまう、そうしたらより口付けがしやすくなる。それを繰り返して、繰り返して、息ができなくなっても構わないから、どうにかして自分を見てもらおうと、抱きしめる力をさらに強くした。

「はっ、ぁ…ッ、ゲホッ、ッ、あん、た……は、ッ、どういう、つも、り…なんだ、よ」

雷影室の机に押さえつけられながらもようやく解放されたシカマルがギロリとダルイを睨みつける。ダルイは余裕があるのかゆるりと口元を緩ませながらシカマルの頬に口付けた。

「こういうつもり、って言ったらわかるか…?子供じゃないしわかるよな?」

「……………悪趣味だな、アンタ」

「ひどいな、俺の数十年に及ぶ片思いを否定しないでくれよ」

「所帯持ちの三十路男に言うセリフじゃねーよ…」

「ははは、確かにな…でも同じだろ?上司と部下で見つめあっちゃってさぁ、かわいいよなぁ」

「…………!」

ダルイの言葉に首から頭の先までが真っ赤になってしまう。バレていたのか、ドクドクと心臓が脈打った。

「ほら、図星だ」

「ち、ちがっ…!」

「違わないさ、俺がどれだけアンタを見ても振り向きはしなかった、生娘のように恋にうつつを抜かして、それでも本当に忍か?」

「…ッ、アンタが言える口かよ」

「だから提案してるんだ…わからないほど、バカじゃないだろ………?」

「……………そんな穴だらけの提案乗れるかよ、それにアイツがそんなこと許すはずねぇ……ですので、諦めてください雷影様」

キツく突き放す俺の言葉が逆に火を付けてしまったのか、ニヤリと笑って押さえつけられていた手がようやく解放される。

「何としてでも火影の了承もらうからさ」

そんな余裕ぶった言葉は無視して部屋を後にした。歩きながら乱暴に唇を拭う。シカマルはこれっぽっちもダルイの言葉が実現するなんて思っていなかった。信じていたのだ。ナルトは自分を大事にしていると、守ってくれると信じていた。自分がアイツの気持ちを弄んでいることも忘れて心のどこかで勝手に安心していたのだ。



「ナルト、アンタねいい加減にしなさいよ」

「………へ?」

緊急の連絡だと言われ通信室にて木ノ葉にいるサクラと話し込んでいたナルトはサクラの言葉に目を丸くした。幸い周りには誰もいない。サクラは最初からこの話をするつもりだったのか木ノ葉側も人払いはしてあるようで、うんざりしたような顔でモニター越しにこちらを見ている。

「サクラちゃん?何の話だってば…?」

「……言わなくてもわかりなさいよ、ナルト、シカマルよ」

「……それは…う、俺も悪いことだっていうのはわかってる、でもさ、」

「でもじゃないわよ!!!」

スピーカーから放たれる音が耳に痛い。それは後ろめたいことを指摘されているせいなのか、物理的に音が大きすぎるのか、どちらだろうか、いや、どちらもなんだろう。恐る恐るとモニターに映るサクラを見ると泣きそうな顔をしている。なぜそんな顔をするのだろうか、怒っているのは彼女で怒られているのは自分なのに誰を思って泣きそうになっているのだろうか。

「さ、さくらちゃ…」

「アンタはね!もう木ノ葉の意外性No.1のうずまきナルトじゃないの!もうドベでも落ちこぼれでもなんでもないの!!アンタは!アンタはこの世界の英雄で木ノ葉の七代目火影でしょう!?」

「ッ、わかってるってばよ……」

「ハァ?どこがよ、男が男を好きなんておかしいって言われる世界よ?シカマルだって自分の家庭があるし…昔はアスマ先生とそういう噂もあったから否定はしきれないけど…」

「シカマルを悪く言うなよサクラちゃん!」

カチン、と頭にきて言い返してしまうが、その反応は確実にサクラの怒りを逆撫でしてしまい、木ノ葉の通信室にあった机が無残にも壊れてしまう。

「悪く言わせてるのはアンタよ……アンタがシカマルを好きだからこうなってるの」

「それは……」

「仮に両思いで奇跡みたいな確率でテマリさんとヒナタが受け入れたってね、世間の目は厳しいわよ…もうアンタは木ノ葉で一番の忍なんだから」

「……………、わかってんだけどさ、わかってんだけど…俺、シカマルが好きだって気持ち止めらんねぇよ……ヒナタと同じでアイツもひとりぼっちだった俺のそばにいてくれたんだ、シカマルは何にも言わなかったけど…俺……」

涙が止まらない。なぜ、シカマルなのだろうか。なぜ、ヒナタだけで満たされなかったのだろうか。自分の大事な人をそばに置いておきたくなって、その気持ちが我慢できない。苦しくて苦しくて胸が張り裂けそうだ。わかってる、自分の気持ちを押し通したらたくさんの人を泣かしてしまう。ヒナタにボルトに、ヒマワリ、日向の家の人たちも、シカマルの家の人たちも、みんなみんな、俺のせいで泣いてしまうんだ。

「…………泣くんじゃないわよ…私だってアンタが生半可な気持ちで言ってるわけじゃないくらいわかる、恋は理屈じゃないものね」

モニター越しに掠れた声が聞こえた。サクラも泣いているのだろう。あぁ、初恋の人まで泣かしてしまうなんて自分はなんて愚かなんだろうか。

「でもね、サスケくんを……こんな言い方はしたくないけどね、犯罪者を妻にした私でも苦しかったの、何度も何度もくじけそうになった…男と女でも辛いのに……男同士なんて、あんた達二人の心がボロボロになるだけよ」

ナルトは何も答えなかった。ひたすら俯いて、何かを考えているのかサクラにはわからない。仕方なく涙を拭い、通信を切る。プツンとモニターが消え部屋は暗く闇に包まれてしまった。

(ごめん…ヒナタ、ボルト、ヒマワリ………だめな父ちゃんでごめんな)

「ナルト?こんなとこにいたのか」

ガチャ、と部屋に光が差し込み、シカマルが顔を出した。今一番見たくない顔を見てしまい思わず何も言わずに顔をそらす。シカマルはそんなナルトの気持ちを察したのか、電気はつけずに扉を閉め部屋を再び暗く静かな空間にした。

「どうした?ナルト」

「何でもないってばよ…シカマルこそどこ行ってたんだ?」

ギシ、とソファが沈みシカマルが隣に座ったのがわかる。シカマルはナルトの質問には答えない。答えないことこそが返事のような気がしたからだ。ナルトもそれを察したのか、暗闇の中でシカマルを優しく抱きよせる。

「何で今来たんだよ………」

「……ナルトが辛いときに支えるのが俺の役目だからな」

「……………」

黙り込むナルトを優しく撫でて抱きしめ返す。暗闇で目が見えないせいか、抱きよせられる感触も耳にかかる吐息もいつも以上に近く感じられた。ナルトは何も言わずにシカマルを押し倒す。シカマルは大人しくナルトにされるがままになった。髪を解かれ、ネックレスや指輪も外される。カランカランと二人の結婚指輪が音を立てたのが合図かのように、服を全て脱がされ、布一つ纏わずにソファに寝転ぶとじんわりと出てくる汗がソファの生地とべったり張り付いて思わず顔をしかめた。

「……すぐ気にならなくなるってばよ」

暗闇で見えないはずの表情を読み取り唇を塞がれる。ダルイの時とはまた違う暖かさがシカマルの心をゆっくりと解していった。

「ん、ぅ、ふ…ぁ、ふぅ…んぁ、んぅ」

「んっ…シカマル、かわいい…」

「……しゃべるなよ、バレるだろ」

「………そうだな、じゃあ…シカマルも声出しちゃダメだってばよ」

素早く足を開かせ、慣らしもせずにそのままねじ込んでいく。中は熱くねっとりと絡みつきなかなか奥へと進まないが、シカマルの足を押さえ真上から挿入出来るようにすると先ほどまでの窮屈さが嘘のように沈み始める。

「ひっ!?ぅ、ん…ッ、ぁ………はぁ、ッ、ァ、アァ、っ、は、ぁ、あ、ぁッ、………なる、と、なるとぉ………」

「声、出さねーんじゃなかったのか?」

「んっ、ばかやろッ、ん、ぁ、アッ…!」

喘ぎはあえて聞こえないフリをしてゆっくりと動き始めると段々シカマルの声が高く女のような声になっていった。我慢などできないくらいに抱いてやらなければシカマルは素直になれないのはナルトも百も承知だったので、よく知るシカマルの良いところを上手く突いていく。

「ンッ!んっ、う、ぅッ、ぁ…ッ、なる、とッ、そこ、ぁ、あ、アァアッん!!」

「ッ、シカマル、イくの早すぎっ、ふ、ぅ」

「うるさ、ァ、ッ!いっ、ん、んぅっ!」

体が震え達すると中がぎゅう、と締め付けられてナルトもつられて達してしまうが御構い無しに突き続けていく。シカマルは壊れたおもちゃのようにナルトの名前を呼んでどんどんと乱れていった。

「なると、なるとぉ、ッ、ん、なるとっ、あ、ァ、ッ、なると、なるとぉッ」

「ん、シカマルッ、シカマル、好きだ」

「んぁ、ッ、おれも、おれもすきぃ、なるとっ、アッ、ん、んぅっ、あ、あっ、アッ!」

体位を変え、うつ伏せにさせ腰を持ち上げると更に激しく突いていく。空いている左手はシカマルの何度達したかわからない敏感な所を握り込んで擦り始めた。

「あぁンッ、それ、だめっ、なると、なるとぉ、あ、おかしくなっちまう、なるとぉ…!」

「おかしくなれよ、俺だけを見て、俺のものになってくれ…!」

「ひぁ、あ、んぅ、ぐッ、ぅうぅ……」

中に出し続けたせいで気分が悪くなってきたのかシカマルが冷や汗をかいているのがわかる。腰をつかんで力強く打ち付けながら肩や首、頸を強く噛んでいくと噛むたびに嬌声がひときわ大きく響き、中がぎゅうぎゅうと締め付けられていった。

「シカマルッ、声出して良いから、なっ?」

「アッ!ひぁっん!なるとッ、も、アッん、ンァッ、だめ、ひゃっ!ぁ、だめっ!アッ、アッ、アッ、アッ、んっ、やぁぁっん!!」

「しかまる、ッ、俺も、もう…ぐっ…!!」

「あっ、ぁ、あ、あぁ………なる、と…あつい…………」

ゆっくりと引き抜くと精液が溢れ出しソファを汚す。シカマルはぐったりとソファに倒れ込み肩で大きく息をした。下腹に手をやり優しく撫でるとシカマルは少し気分が悪そうに呻いた。

「う……ナルト、やめ……」

「…………我慢だってばよ、俺のなんだから」

「それとこれはちげぇ………気持ち悪りぃんだよ、シャワー浴びる…」

「…しゃーねーな」

瞬身の術で自分たちの部屋に戻ると素早く浴室にシカマルを連れて行く。シカマルはナルトが瞬身の術を使えることに驚いていたようだがそんな顔には気づかないふりをして浴室に押し込んだ。



広いワンルームに置かれたソファに沈み込み目を閉じると窓から差し込む光が服を着ていない上半身を温める。微睡む意識の中、ふと自分が家にいるような感じがして、心が温かくなった。目を閉じれば息子と娘が自分を呼ぶ声が聞こえる。漂ってくるおいしそうな匂いは妻が朝早くから支度をしている味噌汁の匂いだ。あぁ、これ以上ない幸せがここにあるのに、なんで自分はまだ足りないのだろうか。居場所も生きる理由ももうあるのに、自分は何をあの男に求めているのだろうか。

「いくら考えてもわかんねーってばよ」

こんなことならもっと早くに気づきたかった。ヒナタと思いが通じ合う前に気づけば、こんなに苦しいことはなかったのに…。たくさんありすぎて幸せな筈の心にぽっかり穴が開いて隙間風がぴゅうぴゅうと吹いていた。


「………はぁ、」

温かいシャワーがシカマルの体を温める。丁寧に精液を掻き出して、体をしっかり洗うと腹痛と怠さは幾分かマシになった。湯船に浸かり何気なく天井を見つめると先ほどの行為が思い出される。こうして身体を重ねてしまう度に結局自分もアイツが好きなのだと心底思い知らされてしまう。全部アイツに捧げたくて、自分の何もかもをさらけ出してしまいたくなるのだ。それをするのは伴侶である妻のはずなのにそれをしない自分は卑怯者だ。子供を作り妻を自分の里に縛り付けておいて、自分は上司の男と不倫をしている。最低で最悪の人間だ。なのに、ナルトはそれをわかりながら俺を抱く、ナルトも同じ最低で最悪の人間なのに俺もナルトに抱かれることを求めている。

「……………俺…どうしたらいいんだろ、アスマ先生………」


風呂から上がるとソファに座るナルトが見えた。頭を拭きながら隣に座り差し込む光に暖かさを感じる。隣にいるナルトは何も言わない。なんだか不思議に思い口を開こうとしたが、それよりも先にナルトが沈黙を破った。

「シカマル………俺さ、お前のことが好きだ」

「……………」

「…でも、俺ってば昔みたいに突っ走れるほどガキじゃねーってばよ、わかるだろ?」

「………あぁ」

「…だから、決めたってばよ」

「…………………」

何を?と聞きたかったがそんな勇気があるはずも無く唇が情けなく震えた。ナルトの顔は見えない。あれだけ真っ直ぐ見つめてきていた水色の瞳もこちらを向くことはなく、なんとなく、本当になんとなく、これで終わりなのかもしれないと思った。

「……シカマル、俺ってば、」

「もういい」

「シカ………マ、ル」

水色の瞳がようやく俺を見た。その目は驚いているのだろうか、大きく見開かれていてまるで俺が声を奪ってしまったかのように見える。体の奥底からいろんな感情が溢れ出しそうになった。それをグッと抑えて心を抑え込む。もうナルトには何も言えなかった。誰が悪いとか、誰を責めるとか、そういうことではなくて、もし俺に誰かを責める権利があるとしたら、それはきっとナルトへの気持ちに気づいてしまった過去の自分なんだろう。

「………なると、」

掠れて言葉にならない声が不器用に名前を呼ぶ。驚くアイツの手を握り、何も言えないように唇を塞いだ。もう何も聞きたくなくて、これで終わりにしたくて、何もかもから逃げることを選んでしまった。唇を離し、何も言わずに部屋を出て行く。ナルトが追いかけれないように部下にナルトの世話をするように無線で指示をする。これでいいんだ。これで最低で最悪の人間はいなくなる。そんな事実はもうどこにもない。



「そんなずぶ濡れでどうした」

「…………なんでもありません」

「なんでもないことないだろう?それとも…追いかけてきて欲しかったのは俺じゃなかった?」

「ッ!うっせぇ!!!」

背中越しに声をかけてきた男の核心を突く言葉に思わず振り返り、ガシャン!と思い切り窓を叩き割ってしまった。左手からは血が流れ刺すような痛みが伴ったが御構い無しだ。声をかけてきた男、もといダルイはいつも通りの考えが読めない顔でシカマルを見ていた。ダルイは一歩一歩シカマルの方へ歩み寄り、優しく窓を叩いた手を降ろさせ、空いている手でシカマルの頬を撫でる。

「そんなこと言ってもさ、アンタのことほっとけない」

「…やめて下さい、俺は一人で良いんです」

「怖いな、そんな人を殺せそうな目で睨まないでくれよ」

「…殺してあげましょうか、俺の術なら苦しまずに殺せますよ………ハハハッ、アハハッ!」

本当に目の前にいる男を殺したくなった。あの時に似ている、師を殺された時だ。目の前にいる奴の首を刺して、腹を割いて内臓を引き摺り出してやりたくなる。その後は爪を剥いで、皮を剥いで、眼球をくり抜き、歯を一本ずつ抉るのだ。痛みで叫ぶ声を聞くために舌は最後まで抜かない。地面を血に染めて全てを切り刻んで、そして跡形も無くしてやる。人間としての尊厳を踏みにじり、家畜以下の、家畜以下にすらなれない存在に貶めてやりたい。

「嫌いだ、アンタなんか、本当に殺したくなってきた………」

「…………それでアンタの気がすむなら、そうしたらいい」

「……………ッ、」

抱きしめられた。今度は強引に唇を奪われることはない。優しく優しくガラス細工を扱うかのように抱きしめられる。わけがわからなかった。何がしたいのかこの男は、というか自分が何をしているのかわかっているのだろうか。バカじゃないのか。

「…………はなして、ください…」

「嫌だね……そんなひどい顔して泣いてるアンタを俺は一人にしたくない」

「………ない、て…る?」

言葉にした瞬間に自分が泣いていることに気づいた。ナルトの驚いた顔にも納得がいく。頬を伝う涙が暖かくて、ようやく実感が湧いてきた。辛かったのだ。ナルトに別れを告げられそうになって、怖くなったのだ。捨てられたくなかった。家族とか責任とか、そんな面倒なものは何もかも抜きにしてナルトの側にいたかったのだ。

「泣いていい……我慢なんてするな」

「っ、う、ッ、う、ぅ…うぅう…うわぁあぁぁ!!!」

包み込むように抱きしめられ、我慢していたものがすべて溢れ出した。ダルイはそれを全て受け止めるかのようにいつまでも優しく抱きしめ続けたのだった。



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