ハリウッドスターに魅せられて


最近の俺の暇つぶし、それは観察である。

(いた…)

茂みに隠れ、気配を消すと何も知らないターゲットは嬉しそうな顔でベンチに座り、持っていた袋から大きな弁当を取り出す。三段だ。お重である。しかも安物ではなさそうだ。あれは彼女の手作りなのだろうか。いや、でもアンコ姐さんたちはあの人に恋人はいないって言ってたし…。茂みの中でウンウンと俺は唸り、彼女という可能性を想像したが、全くもって当てはまりそうな人物はいない。(あくまで俺の知っているあの人の交友関係の中で、の話だが)しかし、恋人がいるのは悪いことではないが、些か面白くない。だって、きっと彼女に俺の趣味を知られてしまったら辞めさせられてしまうだろうから。それだけはなんとしてでも阻止せねば…!

「みーっけ」

「うわっ!!」

「なぁにコソコソしてんだよシカマル、こっちで弁当一緒に食おうぜ」

ぐい、と引っ張られ茂みから引きずり出された俺を眩しい日差しが照らす。そう、俺の名前は奈良シカマル。ついこの間中忍になったばかりの忍者の卵である。


ハリウッドスターに魅せられて



「いただきます」

「イ、イタダキマス…」

あーん、とエビフライに食いつく大きな口に見惚れながら、二段目に入っていた黒豆を口の中で転がした。俺の目の前にいる人は不知火ゲンマさん。木ノ葉の里の特別上忍で、前回の中忍試験で審判を務めた人だ。そして今は俺の教育係。俺は何の因果か前回の中忍試験でたった一人の合格者として運悪く合格してしまい、馴染みの第十班から離れ、現在はこの人の部下として働いている。正直激務と言う言葉がぴったりの職場だし、そう言う意味では古巣が恋しくなるが、そんな憂鬱を吹き飛ばしてしまうぐらい不知火ゲンマという人は魅力の塊だった。

俺は常々、自分がイケてねー派の男だと口に出してきたが、別にカッコいい顔じゃない自分に不満がなかった訳ではない。むしろ出来ることならイケてる顔に生まれてみたかったとさえ思っている。女子に纏わりつかれるのはごめんだが、眺めたら思わずため息を吐いてしまうような顔にはなってみたいのだ。昔、その話を親父にすると「俺に似て面食いだなぁお前もよ!」と背中を叩かれたが、断じてあんなだらしないエロ親父とは一緒にしないで欲しい。俺は何というか、綺麗なものを眺めていたいだけなのだ。その人というより、綺麗なものが好きなのである。

「またボーっとしてんのか?」

「へっ?あ、あぁ、まぁ…」

「ボーっとしてるのはアンタが綺麗だからですよ」と言ってしまいたい欲望をぐっとこらえて「雲、見てたっス」と返した。するとゲンマさんは仕方ないな、という風に笑って俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。体はアスマより小さいのに大きな手なのだ。でもアスマのように指がゴツゴツしているかというとそうでもなくて、スラリと伸びた綺麗な指である。隣の席で書類を捲っている時、いつも視界の端にその指がチラチラと映る。いつか手を触らせて欲しい、と俺が密かに思っているのは秘密だ。

「髪、乱れるんでやめてください」

「いいじゃねぇか、また括れば」

「3分休憩時間くれるなら良いですよ」

ニヤリ、と笑って返すとゲンマさんは笑い出して余計に俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。聞いてないな、とため息をついて俺はまだ半分ほどあるお重を指さす。

「休憩時間、あと15分ですけど?」

「あぁ、そうだったな」

(弁当、誰が作ったんですか…なんて聞きたくても聞けねーや)

じっと見つめているとゲンマさんの好みが良くわかってくる。ゲンマさんの味覚は意外と子供っぽい。パスタもクリーム系ばっかりだし、ハンバーグとか、ドリアとか、まさにお子様の定番といった料理にいつも目を輝かせているのだ。まぁ、本当のお子様ではないので基本的に好き嫌いをしている所は見たことがない。というか好きな食べ物すら聞いたことがない。あぁ、良いな。ゲンマさんの口に運ばれていく料理たちが羨ましい。俺もあの薄いピンクの唇にはむっとされてみたい…。

(って、何考えてんだ俺は…変態かよ)

本当は見てるだけでいいはずだ。そのはずなのに、最近の俺は少し変だ。見てるだけじゃ満足できない。もっと触れて欲しい。もっと笑顔が欲しい。もっと名前を呼んで欲しい。俺のことをもっと見て欲しい。

「奈良シカマル!!!」

俺の邪な感情を*き消すかのように凛とした力強い声が空から降ってきた。慌てて見上げると、五代目火影・綱手が今にも暴れだしそうな恐ろしい顔でこちらを睨みつけている。自分は何か失敗をしたのだろうか、あまりの剣幕に俺は少し恐ろしくなってか細い声で返事をした。

「声が小さい!!今から執務室に来い、お前に話がある!!!」

返事もできずにコクコクと頷くと綱手様はさっさと踵を返して建物の中に入ってしまう。俺は慌ててその後を追おうと立ち上がった。

「ゲンマさん、すみません俺…」

「行ってこい、まぁ、あの怒りようは気になるが、きっと大丈夫だ」

がんばれよ、と拳を突き出され、俺もそれに倣ってコツン、と拳を合わせる。

「い、行ってきます」

「オウ、行ってこい」

走って行く背中を見つめながらゲンマはため息を吐き、最後のエビフライを口に押し込んだ。

とんだ茶番だ。

俺の名前は不知火ゲンマ。年齢はドンピシャのアラサー。好きなものはかぼちゃの煮つけ、嫌いなものはほうれん草。

特技、他人の感情を読むこと。

もうおわかり頂けだろうか。俺は他人の感情が読めるのだ。つまり、さっきまで奈良シカマルが頭の中で悶々と考えていたこと全てが、俺に筒抜けという訳である。とはいってもそこまで便利な特技ではない、意識して使えるものでもないし、あーなんか怒ってるなとか、喜んでるなぁとか、漠然とした感情を読み取るぐらいが関の山だ。それなら人間観察を生業とする忍にだってできる。要するに無くてもいい能力であり、俺は特に誰かにそのことを話すつもりもなく30年という人生を歩んできたのだ。しかし、30年目にして初めて異例の事態が起きた。奈良シカマルである。出会いはついこの間、半年前の中忍試験、審判として俺は奈良シカマルと砂のくノ一・テマリの試合に立ち会った。その時は至って普通のお気楽なおこちゃまだったのだが、まさか再会した時にはシカマルの思考全てが聞こえてくるとは思ってもみなかった。ゲンマさん、ゲンマさんと囀るひな鳥のように頭の中で呼んでおいて、現実ではあまり表情を変えない淡泊な子だ。ギャップがありすぎる。初めは大いに戸惑ったが、まぁ最近は聞こえてくるはずのない声にも少しずつ慣れてきている。しかし、現実は上手くいかないというか、予想の斜め上を行く奈良シカマルの思考を読んでいると、どうやらアイツは俺のことが好きらしい。よくあんなこっぱずかしいことを考えれるものだ。俺が感情を読めると知ったらどんな顔をするのだろう。それを見てみたい気もするが、そうなると俺がアイツの気持ちに返事をしなければならなくなってしまうので、それは何としてでも避けたい。

(まぁ、本人が自覚してねーけど)

それも時間の問題である気がするが、きっと誰かに相談するような子ではないし、恐らくその時はまだ先の話なんだろう。俺はお重を片付け、グッと背中を伸ばした。

(思春期特有の憧れってやつかね…こんなアラサーのおっさん好きになってどうすんだか…)

まぁ、イケメンと言われて悪い気はしないし、否定はしない。現に寂しい夜を過ごしたことがないのだから、シカマルの言葉を借りるとそこそこイケてる派なんだろう。さて、自分の感情を心の中だけで留めている奈良シカマル君にご褒美だ。俺には恋人はいない。そして俺の一番好きなものはかぼちゃの煮つけ、因みに嫌いなものはほうれん草。弁当は毎日自分で作っている。

「って、聞こえるわけねーか」

千本を咥え直して、俺はいつも通り自分の仕事場へと足を向けた。

「あっれー!ゲンマじゃない!なんか今日顔赤いわよアンタ!告白でもされたー??」

窓から身を乗り出したアンコが大きな声でそう叫ぶと、周りにいた人間が一斉に俺に視線を向けたのがわかった。思わず千本を*み潰してしまい、カラ、と割れた片割れが地面に落ちる。

「………ご指摘ドーモ」

その一言だけを絞り出して、俺は足早にその場を去った。

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