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2021/08/30
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丁重にお断りします

広々とした屋上に、春の暖かなそよ風が吹き抜けていく。その風に心地よさそうに揺れ動く緑色の葉。そこにベンチに寄り掛かり、こくり、こくり……と船を漕ぎながら寝息を立てて寝ている青年の姿があった。金色のメッシュの生えている紫色を濃く含んだ髪を掠れてそよそよと流れていく風に、その青年は閉ざしていた瞳をゆっくりとと開いた。

「…んん。今、何時でござるか……?」

誰もいない屋上でその問いに返ってくる答えがあるはずもなく。眠そうな金色の瞳を擦りながら、青年はのそのそと立ち上がった瞬間、遠くから知人の声が聞こえた気がして、辺りを見渡す。

「忍くーん!忍くーん!!」
「この声、鉄虎くん……」

ここでござる!!と空にも届くぐらいの大きな声で返事をすれば、鮮明になった声と同時、その人物の姿が視界に現れた。

「いたいた。やっと見つけたッスよ!!」
「拙者のことを探していたのでござるか?」
「もう、忘れたんスか。1時10分から集合って先輩から言われたじゃないッスか!!」

その言葉にハッとして近くの時計塔を見上げる。どうやら長い間眠っていたらしく、長針が3の数字を指そうとしていた。只今の時刻1時15分、これでは5分の遅刻である。今まで眠っていた人物、仙石忍と同じユニットである“流星隊”に所属している鉄虎くんは、どうやら忍を探すために校内中を駆け回ってくれていたらしい。その額ににじんだ汗が、彼がいかに一生懸命に探し回ってくれていたかを物語っていた。

「拙者としたことが……申し訳ないでござる……」
「ああああ!!切腹とかそんなんはいいっスから、取り敢えず行くっスよ!みんな待っているんだから!!」

「切腹は侍でござるよ」と口を開きかけた途端、彼が経験したこともないような強い力で腕を引かれ、足元がもつれそうになる。早く早くとせかす声が真剣な色を帯びていたので、大人しく付いていく。





「意外とすぐに終わったッスね」

隣を歩く鉄虎くんの言葉に、忍はこくこくと頷いた。結局、今後の活動内容について、千秋先輩から少し説明を受けて直ぐに解散した忍たちは、次の授業が始まるまでにはかなりの余裕があったため、余った昼休みの時間を持て余すようにのんびりと教室への道を進む。遅れて申し訳なかったと千秋に謝罪をしたところ、問題ないと高らかに笑う彼に背中をドンと叩かれた。少し痛かった。

「それにしても、忍くんが居眠りなんて珍しいっスね。いつも元気にはしゃぎまわっているのに」
「うーん……実は最近心配ごとがあって、よく眠れないのでござる」
「えぇえ!!あの忍くんが……」

さも驚いた様子で目をまんまるに見開き後ろへ反れた彼に忍は首を傾げる。さて、拙者はどんな目でみられていたのだろうか、ぼんやりと考えながら打ち明けようと思っていた悩みをそっと胸の中にしまい込む。

「……やっぱりやめておくでござる」
「いや、ごめんッス!!つい癖で!!」

しかし仲間の一大事だとしたら力になりたいんだと、真剣な色をした瞳で腕を掴まれれば、それはもう話すしか選択肢はないもので。

「…お姉ちゃんが心配なんでござる」
「…お姉ちゃん?」
「そう、1つ上のお姉ちゃんでござる」

先日この学院に1人の女子生徒が転校してきた。その女子生徒はプロデュース科初の生徒であると同時、この学院唯一の女子生徒なのだが、実はその女子生徒は、彼にとっても特別な存在であった。

「ええええ!!転校生の女子の先輩、忍くんのお姉ちゃんだったんスか?!」
「そうなんでござる……!」

だから心配で心配で!!そう言って頭を抱える仙石。こんなに考えあぐねる仙石の姿は鉄虎も初めて見るもので、鉄虎はしょんぼりと眉を下げた。

「そうだったんスか…因みに……」

どんなお姉ちゃんなんスか。なんなく、そんな思いつきで鉄虎の口から溢れ出たその質問に、仙石もまた、自らの姉の姿をぼんやりと思い浮かべる。

「そうでござるね……。優しくて可愛くって温かくって可愛くって綺麗で……自慢の姉でござる」
「べた褒めッスね」
「それによく似ているって言われるでござる」
「……お、おぅ」

全く想像できないんスけど。頭の中で散乱する情報に思わず頭痛がしてしまいそうだ。取り合えず良い姉だということだろうか。

「優しい人なんスね。会うのが楽しみッス」
「期待してもらって大丈夫でござるよ!!」

ようやくまとまった。

安心して肩を降ろした鉄虎の耳に、突如地響きに似た足音が木霊する。背後で徐々に大きくなってくるその振動に振り返ると、そこには自分たちと似た格好の生徒が凄まじい速さでこちらに向かって駆けてきていた。

「待ちなさい!!#name1#ちゃん!!」
「ぜっっったい嫌だーーーーーーー!!」

逃げている生徒とそれを追いかける2名の生徒。胸元にあるネクタイの色から彼らが2年生であることは容易に察することが出来た。しかし、追われている側、前方を走る生徒は周りと様々な違いがあった。

「……あれ?」

思わず口からこぼれた声、振り返ったまま未だに足を止め続けている隣の友人につられて、仙石も足を止めて振り返る。

「あの女の人もしかして……」
「あっ、お姉ちゃん」
「やっぱり」

膝上までの灰色のそれはズボンではなくスカートで。走っているためになびく髪は長く男性のものとは思えない。小さくふっくらとした唇から放たれた声は、自分らより高音であり、それはどう考えても男性ではなく__

「もぅうう!照れ屋なんだから!」
「照れてない!照れてない!!」
「諦めて一緒に椚センセェのもとに来てちょーだい!!」
「あんたが行きたいだけだろーよ!!!」

後ろの生徒の方が、体格的にも、能力的にも、性別的にも有利なはずなのに、その差が縮まらないのは何故だろう。すごいスピードで駆けてくる2人は、自分たちの目の前を一瞬で通り過ぎて廊下の向こうへと消えていった。

「knightsの専属プロデューサーになりなさい!!」
「丁重にお断りします!!」

あの様子なら逃げ切れるんじゃないか、とも思った忍達だったが、現実はそう上手くいくものではない。今まで大した運動もしてこなかった女子が、アイドルとして1年間過酷な運動量をこなしてきた、ましてや現役陸上部の彼に叶うはずもなく………呆気なく彼女はknights専属のプロデューサになってしまうことを彼らはまだ知らない。

「…もしかして忍くん……」
「なんでござるか??」
「……いや、なんもないッス」

2人が去っていった方向を、しばらくの間、茫然と見つめていた。

(シスコンですか、なんて言えない)
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はれのそら