「エース隊長の帽子になりたい」
ぼーっとエース隊長を眺めているとつい心の声が漏れた。
「は?」
どうやら聞かれてしまったらしい独り言は、少しばつが悪いけど訂正するつもりはない。
「だってずっとエース隊長の頭の上に乗ってられるんですよ?羨ましい。ずっと引っ付いてられるなんて」
紛れもなく本心だった。こんなことを本人に聞かせるのはどうかと思ったけど、バッチリ固有名詞入りの独り言を聞かれてしまったうえに不思議そうにされては説明をしないわけにもいかなかった。
そしてそんな願望を聞かされたエース隊長はというと、ぽかんとしたあと「変わった奴だな」と笑っていた。
──そしてある日の宴。
いつものことながらどんちゃん騒ぎで楽しんでいたけれど、夜が更けるにつれみんな酔い潰れてバタバタとその場に倒れていく。
私もだいぶ酔ったな、と船に身体を預けると瞼が徐々に下がってくる。寝るなら部屋に戻らなきゃ、とぼんやりとした頭で考えるけど今はすごく気持ちがいい。できることなら動きたくない。
ここが甲板であることも、自分が座ったままだということもちゃんとわかっているけれど、どうしても動く気にはなれなかった。もうこのまま寝てしまおう、と全身の力を抜き瞼を閉じた。
「───」
一瞬夢の世界に旅立ったけれど、すぐに起こされてしまった。
目を開けるとそこにはエース隊長が居て、ぼんやりとした目でもわかるくらいにエース隊長も酔っているようだった。
「ちょっと来いよ」
回らない頭で何だろうかと考えているうちに「来い」と言ったエース隊長に腕を掴まれて立たされていた。
「なんですか?」
そのままエース隊長に腕を引かれて歩くと思っていた以上によろけた。おまけに呂律も回ってない気がする。
一方のエース隊長は酔ってはいるけれど歩みはしっかりしている。……ように思える。頭がふわふわしているので今歩いているのが真っ直ぐなのかは正直よくわからない。
だけど酔っ払って気分もいいし、そのうえエース隊長に腕を引かれて歩くのは最高の気分だ。
何があったのかは知らないけれど、今世界で一番幸せなのは間違いなく私だろう、なんて訳のわからないことを考えて一人ニヤニヤする。
どれくらい歩いたか、エース隊長がピタリと歩みを止めた。同じく止まってエース隊長を見上げる。どうやら目的地に着いたらしいけど、ここがどこなのか、相変わらずふわふわする頭では考える気も起こらなかった。
「えーす隊長、ここは?」
「おれの部屋だ」
喉がヒュッと鳴った。驚きすぎて胃の中のものを全て吐き出してしまいそうだった。
急激に酔いが醒めていくのを感じる。
おれの部屋……?それってつまり……?酔った男女が……おれの部屋!?
まずい。今日は可愛い下着じゃなかった気がする。そして暴飲暴食によりお腹回りが非常に気になる。まずい。非常にまずい。ドクドクドクと心臓が焦りを表して嫌な汗をかく。
「お前、前におれの帽子になりてェって言ってただろ?」
「は、は、はい。確かに言いました」
確かに帽子になりたいとは言ったし、それは今も同意見だ。だけどまさかこんなことになるなんて。
酔いが醒めても混乱が続いて目が回りそうだ。
「でも帽子にはしてやれねェ。だから……おれの抱き枕になれよ」
「へっ!?」
エース隊長は今自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。いいや、わかっていないはずだ。だって私にもわからないもの。抱き枕ってどういうこと?
すでにパンク状態の頭でグルグルと考えてみても何一つわかりそうにない。
「なァ、いいだろ?」
「は、はい……?」
そんな頭に追い討ちをかけるように返事を迫るエース隊長。よくわからないくせにとりあえず頷いてしまったのは、あくまでも酔っているからということにしておきたい。
ガチャッとドアを開けて通されるままに部屋に入る。中には二段ベッドがいくつかあるけれど、誰一人部屋には戻ってきていないらしい。みんな酔い潰れて寝たか、あるいはまだ飲んでいるのか。
「ここだ」
キョロキョロと部屋を見回しながらエース隊長の後をついていくと壁に引っ付けて設置されたベッドの前でエース隊長が止まった。
「あ、あの……」
ついてきたものの、一体私はどうすれば……とエース隊長を見上げると、梯子を登るように促される。どうやらエース隊長のベッドは上段らしい。
梯子をのぼると途端にエース隊長の匂いに包まれて、何だか物凄くプライベートを覗いてしまったような気がして恥ずかしくなった。また心拍数が上がる。
とりあえず正座して深呼吸をしてみよう、と思った瞬間ぐらりと身体が揺れた。
そのまま私の身体はエース隊長に抱き込まれながら布団に着地した。
「あああ、あの、こ、これは……!?」
目の前には壁があって、背後からはエース隊長の温もりを感じる。思わず叫びそうになるのを堪えながら聞いてみる。だけどほんの数秒の返事を待つ余裕すら私にはなかった。そんなことをしていたらあまりの緊張とパニックで死んでしまうと思った。
返事を待たずして何とかこの状況から抜け出そうともごもごともがいてみる。
「じっとしてろ」
「っは、はい!」
せめて手が自由になれば……とエース隊長の拘束から腕を引っこ抜こうと奮闘しているところへ耳元で響いたエース隊長の低い声にピシリと身体が硬直する。声の近さからして思っていたよりも顔が近くにあることを認識してまたバクバクと心臓が暴れる。もしかしたら心拍数には上限がないのかもしれない。
言われた通りにただじっとしていると呼吸の仕方がわからなくなる。なるべく息が荒れないように、そっと呼吸を繰り返すと思ったように酸素を取り込めなくて息苦しい。このままではうっかり窒息死してしまうかもしれない。
「どうだ?おれのモンになった気分はよ」
またエース隊長の声が鼓膜を震わせる。低く、ひどく眠そうな声はいやにセクシーで身震いがした。
「さっ、最高です……!」
うまく呼吸はできないし、心臓は相変わらず爆音を上げているけど必死に言葉を紡いだ。
「そうか」
フッと笑った後にどこか満足そうにそう言ってエース隊長は眠ってしまった。
背後から聞こえる寝息を耳にこれからのことを考える。
今は誰も居ないこの部屋もそのうち誰か戻ってくるだろう。その時に私はどうすればいいのか、この状況を一体どう説明すればいいのか。
幸いエース隊長のベッドは上段なうえに壁際なので、酔った状態では私の姿は見えないかもしれないけど、それでもいつ見つかるかわからない。そして何より、朝まで私はこの幸せに耐えて無事生きていられるのだろうか──そんな不安が過った夜。
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