「エース、誕生日おめでとう!!」

 まだか、まだか、と口数少なくなりつついくつかの時計をみんなで見つめること数十秒。
 秒針がてっぺんを指すと同時にワッと響いたお祝いの言葉に、主役であるエースはどこかぎこちなく笑っていた。

 祝いだ、祝いだとそこら中で鳴り響く様々な音は、まるでここが世界の中心であると錯覚させる。闇を照らすロウソクの火は温かく、今がすっかり冷えた深夜だということも忘れてみんな口々に祝いの言葉を投げては酒を呷る。
 頑なに誕生日を言いたがらなかったエースが酒に酔ってぽろりとこぼしたと聞いたのは、ほんの数日前。二日ほど滞在した島を出てすぐのことだった。
 どうして言いたくなかったのかは知らないし、誰も何も聞かなかった。海賊に限った話ではないけれど、自分の誕生日を知らずに生きてきた者も少なくはない世界、聞かれたくないことの一つや二つ誰にだってある。何も言わず、ただ普段通りに笑って酒を飲んでやれるくらいには皆大人だった。
 しかし、だからといって祝わないという選択肢はないと、急遽新年のお祝いから予定を変更して秘密裏に準備が進められてきたのが今回の宴だ。幸い、出航直後という食料も物資もホクホクの状態で開かれた宴は、祝いに相応しく豪華で派手なものだった。

「よぉ、飲んでるか?」

 手すりを背にガヤガヤと騒がしい中心に向かいながらちびりちびりとお酒を飲んでいると、大量の料理を持って逃げるようにこちらへ向かって歩いてきた本日の主役がトントンと階段を上り「隣いいか?」と返事を待たずして隣に腰を下ろす。

「それなりにね」

 カツン、とお互い飲みかけのジョッキを合わせてバカ騒ぎするみんなを見つめる。

「いいの?主役がこんなところにいて」
「いいんだよ。ずっとあんなとこに居たんじゃ身がもたねェ」

 ついさっきまで揉みくちゃにされていた彼はひらりと手を振ってジョッキを置くと、片手で持つには重量オーバーに思える特盛のパスタを豪快に頬張る。

「ったく、何がめでてェんだか……」

 もごもごと咀嚼しながら眉を顰めたエースがぽつりとこぼす。その声は何だか無性に切なくて、私はまたちびりとお酒を飲む。

「エースはさ、好きな人に想いを伝えるとき以外に『好きだ』って最後に言ったのいつだか覚えてる?」
「ん?なんだよ、急に。……覚えてねェな」

 少しだけ考えた様子を見せたエースは覚えてないと言うなりフォークに巻き付けたパスタをまた口へと放り込んだ。

「だよね。誕生日をお祝いするってさ、多分そういうことなんじゃないかなぁ」
「……そういうことって?」
「普段言えない『好きだよ』とか『大切に思ってるよ』とかそういうのを『おめでとう』に込めて伝える……みたいな?」

 口いっぱいにパスタを詰め込んだまま信じられないものでも見るかのようにこちらを向いたエースは、しばらくしてもぐもぐと咀嚼を再開させ、また宴の中心へと目を向ける。

「好き、ねェ……」

 カチャ、とお皿にフォークを置いて静かな声でそう呟いたエースは、今度は香ばしく焼けたお肉を手に取る。

「宴の口実がほしいだけだろ」

 がぶりと肉にかぶり付きながら「食うか?」と反対の手で渡されたお肉を受け取ったはいいけど、よく考えればあんまりお腹は空いていないような気がする。でも黒胡椒のたっぷりかかったそれはとてもいい香りがして食欲をそそる。

「んー、まぁそれもあるだろうけど……それだけじゃないんじゃないかなぁ」

 晩御飯も食べたしこんな時間だけどまぁたまにはいいか、と同じように肉にかぶり付くとピリッとした絶妙な刺激のあと、じゅわりとジューシーな肉汁とほっぺたが落ちそうなほどの旨味が口いっぱいに広がった。お腹が空いていなくても入ってしまうのだから不思議だともごもごと口を動かしながら「だって見てよ」と続ける。
 見渡す限りの笑顔の中に並ぶ料理はエースの好物ばかりで、隅に積み上げられたセクシーな本や、少し高そうなお酒におつまみは、出航してから知った彼の誕生日に何か贈れるものはないかとみんなそれぞれが考えて持ち寄ったプレゼントだ。エースがどう感じているかはわからないけど、そこには確かに温かいものがあるような気がするのだ。
 ちらりと視線を向けると、器用に眉を歪めて口をへの字に曲げたエースが酒を呷った。

「ね?」
「……どうだかな」

 ハ、と笑ってまたお肉にかぶり付くエースに笑って私もがぶりとかぶり付く。もぐもぐと食べながら、あ、そうだと汚れてない方の手で上着のポケットからささやかな彼へのプレゼントを取り出す。

「はい、これ。私から」

 チョコだよ、とこの間の島で買ったちょっといいチョコレートを渡す。誕生日を聞いたのが島を出てすぐでよかったと、自分用に買ったものを食べすにとっておいたものだ。

「いいのか?貰っちまって」
「うん、いいの!食べて」
「そうか。ありがとな」

 手のひらに収まるサイズのそれを膝の上に置いた彼がお肉を食べ終えると、下から彼をさがす声が聞こえた。

「ほら、呼ばれてるよ」
「いいんだよ、バレやしねェって」

 何を根拠にそう思ったのか、しーっと口に手を当てたあと、手をフリフリと振った彼が見つからないはずもなく、すぐに「おい、エース!主役がそんなとこで何してんだ!」と今度はハッキリとこちらを目掛けて声がかかる。
 げっ、と嫌そうな顔を隠しもしない彼はすぐさま立たされ連行されていく。

「あっ、エース……!」

 下へおりながらごそごそと私が渡したチョコをポケットに入れた彼が立ち止まって振り返る。

「おめでとう!」
「おう、……ありがとう」

 照れくさそうに笑うエースにくすりと笑ってお肉を齧る。
 さっきまでどこか眩しいものでも見るかのように見つめていた宴の中心へと連れ出された彼は、到着するなり文字通り浴びるようにお酒を飲まされている。
 そんな彼を見て緩む頬をごまかすように手すりに凭れて空を見上げればキラリと光った流れ星。お願い事は間に合わなかったけど、どうか彼の誕生日に少しでもいい思い出ができますようにと一人願いながら酒を呷った。

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