島が見えたと聞くなりはらはらと降り始めた雪に高鳴る胸を抑えきれずに部屋に駆け込んでしっかり防寒することしばらく──。ようやく着いた島には予想通りの銀世界が広がっていた。
「雪だー!!」
早速船から降りて足跡一つない雪を踏み締めると、ズボッと膝くらいまで足が埋まった。よろけつつも引き抜いて二、三歩歩いてみるも状況は何一つ変わらない。しかしそれすらも楽しくて真っ白なそれを両手いっぱいに掬い上げると、あろうことかそれはサラサラと手から零れ落ちていった。
確かに歩いたときに違和感はあった。ギュッと足下で雪同士が固まるような感覚は少なかったような気がするし、引き抜いた足についた雪は少し足を振っただけでぽろぽろと簡単に落ちていったような気もする。
試しにもう一度掬い直して、雪玉を作るようにギュッと握ってみる。しかしそれは固まることはなく、またサラサラと手から零れ落ちていく。
「すっごい……!!エース!雪サラサラだよ!」
「あァ、みてェだな」
隣で同じく雪玉を作ろうとしていたらしいエースがパラパラと零れ落ちていった雪を見て言う。
「何これ!こんなの初めてー!」
ふわっと粉のような雪を散らして、くるりと振り返り背中から倒れ込んでみる。ふかふかのそれは、やはり私の知っている雪とは違っていた。
「ふかふかだー!」
きゃあきゃあと騒いで起き上がろうとすれば、ついたそばから雪が崩れて手が沈んでいく。
「エース……」
起こして、と手を伸ばせば「ったく、しょうがねェなァ」とズボズボと足を埋めながら来てくれたエースが呆れたようにしながらも起こしてくれる。
「はしゃぎすぎだろ」
「……いつも雪が降るたんびに
雪合戦してる人に言われたくない」
でも起こしてくれてありがとう、とパンパンと服についた雪を払うと、帽子にもついていたらしいそれをエースが払ってくれる。
「エースってさ、面倒見がいいよね」
「そうか?」
じぃっと少し真剣な彼の顔を見つめながら言えば、彼は不思議そうに首を傾げた。
「うん、そうだよ。だって時々お兄ちゃんみたいだなって思うことあるもん」
深く考えることなく発したその言葉に何だか妙に納得して一人うんうんと頷く。前々から不思議だったのだ。サッチ達とはしゃいでいるときは随分幼く見えるのに、二人になると何だか照れくさくなるくらい大人びて見える瞬間がある。それはきっと彼の面倒見の良さがそう思わせているのだろう。なるほどなぁと彼を見上げたままでいると、難しそうに眉を顰めていた彼が力を抜いてハッと笑う。
「バカ言え。おれァお前みたいな手のかかる妹は御免だぜ」
「あ、ひどーい」
ぽんっと頭に手が置かれたかと思えば「ひでェのはどっちだよ」と、ニット帽の上の飾りをグリグリと押し潰される。
「好きなヤツに兄貴みてェだって言われる男の気持ちがわかるかよ?」
なぁ、妹サンよ?と口角だけは上がった顔を近付けられて首を傾げる。
「……もしかして怒ってる?」
「そう見えるか?」
こつん、と頭突きするようにおでこをくっ付けられて思わず笑ってしまう。
「ふふ、ごめん。そんなつもりじゃなかったの」
「じゃあどういうつもりだよ」
近すぎて見えないけど、声からしてムスッとした顔をしているのがわかる。何とか弁解できないかとあれやこれやと考えてみるけれど、彼の機嫌を直せそうなものは何も思い浮かばなかった。
「んー……深い意味はない?」
「お前な……」
スッと顔を離した彼にまた手で頭をグリグリされて「ごめんごめん」と笑う。
「でもあれだよ、『好きなヤツに兄貴みてェだって言われる男の気持ち』は多分わかるよ。……さっき知った!」
言い終わる前にくるりと彼に背中を向けて走り出せば、二歩目の足が着地する前にガシッとフードを掴まれ捕まった。ザクザク近づいてきた彼に今度は腕を掴まれ、そのまま体が反転するようにグイッと引き寄せられて転びそうになりながら彼の胸に飛び込むと、さっき私がしたように背中から雪へと倒れ込む彼につられて私も彼を下敷きにするようにして雪に沈む。
「お前、今のはずりィだろ……」
「……何のこと?」
えへへと笑って起き上がろうとすれば、がっちり背中に回された腕に力が込められる。
「逃がすかよ」
至近距離で合った目に、ニィとつり上げられた口角が非常に心臓に悪い。いくら雪だるまのようになるまで服を着込んでいるとはいえ、こうも密着していてはドキドキとうるさい心臓の音が彼に伝わってしまうんじゃないかと気が気じゃなくて、出来る限り背中を反らして目を逸らす。
「エース、船すぐそこ」
「これだけ雪が降ってりゃバレねェよ」
ふんっと彼は笑っているけれど、そんなはずはないと思うのだ。だって現にいくつかの視線が氷柱のように背中に突き刺さっているような気がする。それなのに彼の手が私の後頭部に添えられる。
「ちょっとまって……!ほんとに!見られてるから……!」
「気のせいだろ」
「違うってば!だって今口笛も聞こえたじゃん!」
必死に体を反らしても、どうやら私の背筋では彼の腕一本にすら敵わないらしい。ぐぐっと近付いた顔に心臓がバクバクと暴れて、雪まみれなのにどこもかしこも熱い。
「え、エース!寒くない!?寒いよね!?そのままじゃ凍っちゃうよ!?」
息をするのも躊躇われる距離になけなしの抵抗を続けつつ、ぺしぺしと肩を叩いて言ってみれば「凍らねェよ。おれは"火"だからな」とまたニィと笑われた。我ながら馬鹿なことを言った。
「で?他には?」
後頭部に添えられた手は逃がしてくれそうにはないけれど、まだ何かあるなら聞いてやると引き寄せられる力が弱まる。しかし、彼の瞳に映る自分の姿さえわかるような距離でじぃっと楽しそうに見つめられては、出てくるものも出てこない。「えっと……」と働かない頭のせいで言葉に詰まっていると、「時間切れだ」と頭を起こした彼によって視界を奪われた。
未だしんしんと降り続ける雪は、ぼうっとする頭を冷やしてはくれなかった。
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