今日もいい天気だな、と生温い風を受けながらぼんやりと海を眺める。せっかくだから何かしようかと無粋なことを考える頭をぶんぶん振ってまたぼんやりと海を眺める。やることなんて探し出したらキリがないけど、今は"やらなければならないこと"の類いは何もしたくない。掃除?筋トレ?論外だ。
しかし、退屈ではある。何かの鳥の鳴き声を聞きながら、釣りでもするか……とくるりと振り返ってぽてぽて歩いていると、樽に座って同じく退屈そうにぽけーっと空を見上げているエースを発見した。にまにまと口元が緩む。何かする前に彼にちょっかいをかけよう。
「エース!」
「うおっ!?」
ドタドタと勢いよく走ってドンッと彼を囲うようにして彼の後ろの壁に両手をつくと、ガタッと樽を揺らして驚いた彼の瞳に私が映る。
「好きだよ」
にっと笑って決め台詞ならぬただの告白をして、キマッた──と得意気にふんと鼻を鳴らせば、彼は「お、おう……?」と相変わらず丸くしたままの目に困惑の色を浮かべる。
「……何だよ、急に」
瞬きすら忘れてしまったかのような彼の反応に満足してパッと手を離すと、彼も反らしていた体を元に戻してずれてしまった帽子を直す。
「ヒマだったから」
「……はあ?」
「ねぇ、ドキドキした?」
呆れたように眉を歪めた彼に目を輝かせて聞いてみれば「あ? あー……まァでもお前が思ってるようなやつじゃねェな、たぶん」と胸を押さえて少しだけ考えるような素振りを見せた彼から面白くない答えが返ってきた。
「ちぇ、つまんないの〜。たまにはドキドキしてもらおうと思ったのに」
「ハ、そりゃ残念だったな」
くつくつと笑われてぶーと唇を尖らせる。
「……じゃあ交代!」
「は?何を」
「私も『ドンッ』ってのやられてみたい」
「はァ?なんでおれが……」
「いいじゃん、ヒマなんだから」
ほら早く、と渋る彼の手を掴んで立つよう促す。無茶振りにも程があるなとは思うけど、退屈なんだから仕方がない。ワクワクすることがなければ作ればいいんだ。
重い手を引きずって、壁際へと移動する。よし、ここでいいだろうとなるべく人通りの少ないところを選んでくるりと振り返って彼を見上げる。にまにまと期待に胸を膨らませながら彼の手を離して、とん、と自ら壁に背をつけて準備は万端整った。
「はい、じゃあお願いします!」
「……一応聞くが、拒否権は?」
「ナシです」
だろうな、と深い深いため息を吐いた彼が帽子を後ろ首にかけてガシガシと頭を掻く。
「……で?何をしろって?」
覚悟を決めたのか、乱れた、というよりは乱した髪を一度掻き上げた彼が首を傾げる。眉間に皺は寄っているけれど、どうやら付き合ってくれるらしい。
「えっとねー、私の横にドンッて手をついて何か一言言ってほしい」
「……ひとこと?」
「なんかこう、きゅんってしそうなこと」
「あァ?『キュン』だァ?……なんだそれ、わかるわけねェだろ」
「いいからいいから!ほら早く!」
「早くってお前な……あ゙ーもう!どうなっても知らねェぞ!」
わくわくした目で見つめると、チッと舌打ちをしてまたバサバサと髪を乱した彼がやけくそ気味にドンッと勢いよく壁に手をつく。照れていることとイライラしていることがありありと伝わってくるその瞳は思っていたよりも鋭くて、自分で仕組んだこととはいえ思わずキュンとしてしまう。
「す、……す、きだ」
笑ってしまうほどぎこちなく彼が告げる。しかしどうしたことか、笑う余裕なんてないくらい強烈に胸が高鳴る。きちんと心の準備はしていたし、彼にとっては"言わされた"だけの言葉だ。それでも不格好に紡がれたそれは予想以上の破壊力で、あろうことか猛烈な勢いで私の顔の熱を上げる。
「おい、お前が言い出したんだろ……!何か言えよ」
「ご、ごめん……!あまりにもかっこよすぎた……」
「はァ!?」
暇潰しの終着点がわからずに壁に手をついたまま痺れを切らしたように言う彼と、下を向いて悶えるだけで精一杯な私。絶望的な空気がさらに鼓動を速めて身体中が熱くて仕方ない。
「おい……!」
私のせいでこうなったんだから私がなんとかしないといけないのはわかってる。でも今は無理、とぐいっと覗き込もうとしてくる彼の顔を押し退けてどすっと素早く彼の胸に飛び込む。
「今は顔見られたくない……!」
「お、まえ、なァ……!!」
顔を見られたくないあまりぎゅうっと思い切り抱きつくと、ピシリと一瞬硬直した彼の体がおそらく怒りからわなわなと震え出す。
「ごめんって!こんなつもりじゃ……」
「バカ、怒ってねェ!」
「怒ってるじゃん……」
「怒ってねェっつってんだろ……!いいか、お前今絶対おれのこと離すなよ」
「う、うん……?」
なんで?と聞きたいところではあるけれど、何故か上がっていく一方の熱のせいで私としてもまだしばらくは彼のことを離すつもりはないので聞かないでおく。
とはいえこの空気──一体どうしたものかと頭を悩ませていると、「春だねェ……」と生温い視線とともに冷やかすような声が聞こえてきて、ボンッと私たちの周りだけ急激に気温が上がった。
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