「火拳のエース!お前はもう完全に包囲されている!!晩メシ抜きにされたくなければ速やかに投降しなさい!!」

 拡声器のキィンという音が頭に響く。
 毎日毎日よくやるな、と間近の出来事をどこか遠くに捉える。

 ──立てこもりが起きた。
 犯人はおなじみのエース隊長。
 冷蔵庫からハムをつまみ食いしているところをサッチ隊長に見つかって逃げ場をなくしたエース隊長は、あろうことか食料庫に逃げ込んだ。
 そして私たち4番隊の数人が召集され、食料庫前にてエース隊長の投降を待つ。そんな状況。
 食料庫には窓もなく他の部屋と繋がってもいないので、入ったドアから出てくる以外に方法はない。しかし、出てきたところで私たちの手に負えるかは疑問だ。
 ふぅ、とこっそり息を吐き壁に凭れ掛かろうとした瞬間ガチャっとドアの開く音がした。
 しかし気付いたところで踏ん張りきれず、壁に凭れるはずたった私の背中はぬっと伸ばされたエース隊長の腕に着地し、何故かそのままズルズルと引き摺られるようにして食料庫へと連れ込まれてしまった。一連の動作があまりにも速くて私がその状況を理解したのはバタンッと再びドアが閉まった時だった。……不覚。完全に油断していた。というかエース隊長の状況把握力凄すぎないか?まるで外の様子が見えていたかのようだ。

「ふっ、フハハハハハハ!これでおれの勝ちだな!?サッチ!こいつを返して欲しくば今回は見逃せ!」
「チッ、賊めが」
「お前も賊だろうがよ!」

 ……何ていうか、仲が良いな。何だってこんなに仲が良いんだ、この人達は。
 完璧に悪役をこなすエース隊長の後ろで半ば呆れつつも何だか少し感心してしまう。いやしかしとんだ茶番に巻き込まれたもんだ。身の危険はないにしろ、この状況……どうしたものか。

「すまねェな。巻き込んじまって」
「いえ」

 くるり、と振り返ったエース隊長は先程までの悪役っぷりが嘘のようにいつものエース隊長だった。それどころか油断しているようにさえ見える。
 正直この分だと簡単に捕まえられそうだな、と思ったけど、面倒なのでとりあえずサッチ隊長の指示を待つことにした。

「まぁ、座れよ」

 疲れるだろ?とエース隊長が空樽を用意してくれたので座ってみる。壁に凭れて適当に足をぷらぷらさせているとエース隊長は何やら奥の方でごそごそとしていた。

「食うか?」

 戻ってきたエース隊長は籠いっぱいに盛られたイチゴを持っていた。
 真っ赤に熟れてまるまるとしたそれは、見ただけでじゅわ、と口内を潤した。だけど、食べるわけにはいかない。雑念を払うように首を振る。

「いえ、結構です」

 4番隊として、みんなの"食"を預かる身として、つまみ食いをするわけにはいかない。日頃から散々みんなに注意しておいて自分だけ食べられるわけがない。

「なんだよ、食えよ」

 うまいぞ?と言いながらもぐもぐとイチゴを食べるエース隊長。
 仮にも4番隊の私を人質にとっておいてその前で堂々とさらなる罪を重ねるとはどういうことなのだろうか?と考えつつ首を横に振る。

「イチゴは嫌いか?」
「いえ、好きです」
「なら食えよ」

 ほら、と再び差し出されたイチゴを「本当に結構です」と手でガードすると、エース隊長は少しムッとした様子で近付いてきた。

「食えって」

 今度は口の前にイチゴを差し出される。
 甘い香りが鼻腔をくすぐって思わず口を開いてしまいそうになるのをぐっと堪える。
 意地でも開くもんか、とぎゅっとかたく口を閉じてまた首を横に振る。

「へェ……意地でも食わねェってか」

 何となく不穏な空気を感じてエース隊長を見上げると、そこにはメラメラと闘志のようなものを宿した瞳があった。ニヤリ、と笑ったエース隊長は恐怖でしかなかった。

「お前がどこまで意地を張れるかわからねェが、おれも絶対に折れねェ。だから早いとこ食っちまえよ」

 ほら……と誘惑するようにイチゴを揺らすエース隊長。わけのわからない決意表明をしながら片腕を私の後ろの壁についたエース隊長は少し上から意志の強そうな瞳を向けてくる。
 頭上からさっきの何倍もの甘い香りが漂ってきてなんだかイチゴ酔いしそうだ、と思った。
 何故こんなことになったのか。何がそんなにもエース隊長に火をつけてしまったのか。
 もはや返事をしようもんなら開いた口にそのまま無理矢理捩じ込まれてしまうであろう状況にぷるぷると小さく首を横に振ることしかできない。

「食えよ」

 影になっていてもエース隊長のそばかすがはっきりと見えるほど近い距離でじっと見つめながら言われると段々と思考回路が奪われていく。
 今すぐにこの場から逃げたい。サッチ隊長は何をしてるんだ。
 逃げることは疎か、助けを呼ぶことすらできない状況にうっすらと目に涙が浮かんでくる。

「ほら、食っちまえよ」

 唇を優しくなぞるようにイチゴを押し付けられ、エース隊長の手を掴む。
 そんなことはお構い無しに続けられる行為にイヤイヤと首を振ってイチゴが離れた隙に俯くと、エース隊長がため息を吐いた。

「強情なやつだな」

 少しだけできたエース隊長との距離に急いで立ち上がろうとすると、とんっ、と胸元を軽く押されて定位置に戻ってしまった。

「逃がさねェ」

 籠を近くの樽の上に置いたエース隊長に再び迫られて顎を持ち上げられて目があった瞬間、サッチ隊長の声が響いた。

「仕方ねェ!プランBだ!!」

 ──ガシャン。

「……は?」

 我ながらうまく隠していたなと思う海楼石の錠をエース隊長の手首にかけると、舌舐めずりでもしそうなくらい悪い顔をしていたエース隊長はくたりとその場に崩れ落ちた。
 サッチ隊長の指示がなくとも、もう限界だと思って用意していたからすぐに反応できた。
そう、最初からこんなこともあろうかと何人かに海楼石の錠が渡されていたのだ。

「すみません、エース隊長」

 力なくへたり込むエース隊長に一応謝罪して封鎖されていたドアを開ける。

「よし、でかしたぞ!」

 すぐに雪崩れ込んでくるサッチ隊長と入れ替わるように外に出ようとすると、エース隊長に名前を呼ばれた。

「ま、待てよ……お前、裏切るのか!?」

 サッチ隊長に確保されながら人聞きの悪いことを言うエース隊長を見つめる。

「……裏切るもなにも、私は元から4番隊です。エース隊長」

 つかつかと部屋から出ると背後からまた騒がしい声が聞こえた。

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