シャカシャカとデッキブラシで床を磨いていると、じわりと鼻の頭と額に滲んでくる汗。首にかけたタオルで顔を拭ってふぅと息を吐く。
──暑い。じりじりと照り付ける太陽は容赦なく肌を焼き、吸い込んだ息さえも熱くてゔぇと顔を顰める。拭いたそばから噴き出してくる汗に嫌気が差しつつも、はぁーと大きく息を吐いて掃除を再開させる。
暑さはたまらないけれど、それでも綺麗になっていく床は気持ち良くてシャカシャカシャカシャカと夢中になって擦っていると、コツンと前からやってきたデッキブラシに恐らく意図的に邪魔された。このブーツはエース隊長だと顔を上げようとすれば、ぽすりと何かが頭にのせられて視界が遮られた。
「よぉ、暑いな」
ぷらぷらと胸の前で見覚えのある飾りが揺れる。それが何であるか理解すると同時にこめかみを伝った汗に、まずい!と咄嗟にデッキブラシを体で支えて被された帽子を両手で持ち上げる。
「なんだよ、被ってろよ」
「私、今すごく汗をかいているので……!」
「バーカ、気にするかよ」
返そうとした帽子はエース隊長の手によって私の頭に逆戻りさせられた。気にしないと言われてもこちらはすごく気になるのだけど……と思いつつ、せっかくのご厚意を無下にするのもなぁとううんと悩んだ末にお言葉に甘えてお借りすることにした。直射日光をガンガン浴びていた頭は当然まだ熱いけれど、被ったそばからほんの少しその熱さが和らいだような気がするのだからやっぱり帽子ってすごいのかもしれない。
「……悪くねェな」
お礼を言ってシャカシャカと掃除を再開させていると、ぽそりと何か聞こえて「え?」と声の主であるエース隊長を見上げる。
「それだよ、帽子。なかなか似合ってる」
ピッとこちらを指差して爽やかな笑みを浮かべるエース隊長に思わず眉を顰める。
「……エース隊長って思わせぶりが激しいって言われませんか?」
「あ?……オモワセブリ?……言われねェな、たぶん?」
視線を上へやって「んー」と少しだけ考える素振りを見せたエース隊長だけど、その瞳はすぐにこちらへ向けられた。首を傾げて、質問の意図は?とでも言いたそうなエース隊長の瞳を見つめ返して、「本当ですか……?」とこちらも首を傾げる。
「じゃあ私が第一号になりますけど、エース隊長って思わせぶりが激しいですよね」
「……そうか?」
「そうですよ」
こちらはいつも参っているんだと唇を尖らせてシャカシャカと手を動かしていると、つられたようにシャッシャッと適当にデッキブラシを動かしたエース隊長が「たとえば?」とまた手を止める。
「え?」
「たとえば、お前はどんなときにおれがオモワセブリが激しいって思うんだ?」
「んー……そうですね」
同じく私も手を止めて、エース隊長をじっと見たあとに視線を横へ逃がして考える。
例えば──今。自分だって暑いのにこうして帽子を貸してくれたりするし、さらには『似合ってる』だなんてサラッと言ってしまうのだから、それはやっぱり私の思う『思わせぶりが激しい』に値する。だってこの帽子は今やエース隊長のトレードマークと言ってもよさそうなものだし、それを被されて似合うだなんて言われてしまえば全く思うところがないと言ってしまえば嘘になる。
他にも、重い物を持っていたら「貸せ」とすぐに気付いて代わりに持ってくれるし、食堂でも「こっちだ」と席を確保してくれていたりするし、宴でだって「飲んでるか?」なんて絶対に顔を見せにきてくれるし、不意に目が合えば笑ってこちらへ駆けてきてくれる。用事があるわけでもないのに、だ。
それに何より、全体的に距離が近いのだ。不快感がないから気付きにくいけど、思えば肩を組んだり手を引かれたり頭を触られたりなんてのは日常茶飯事で、もしも私が彼に恋する乙女だったならきっとドキドキしすぎてとっくに気が狂って内側から破裂してしまっているだろう。
「──と、まぁこんな感じですかね……?」
パッと思いついたところだけいくつか挙げて、「まぁ全部エース隊長のいいところなんですけどね」と付け足せば、黙って聞いていたエース隊長が「ふーん?」とまた首を傾げる。
「それで、お前は嫌なのか?それが」
「え?いや、嫌かと言われたらもちろん嫌じゃないですけど……でも何かこう、危ないな?って思うときもあります」
「危ない?」
「はい。何かこう……ね?」
眉を歪めて理解できないという顔をするエース隊長に、胸の辺りを押さえて何となくのニュアンスを伝える。まさか日によってはクラッときたりキュンとしたりすることがあるなんて言えないのでどうかこれで勘弁してほしい。
つまり何が言いたいのかというと、心臓に悪いので思わせぶりな態度をやめてほしい。
「へェ、そいつはいいこと聞いた」
「え?」
ニッと口角を上げるエース隊長は、うんざりするほど青い空によく映えていた。
「いや。ありがとうな、教えてくれて。気をつけるよ」
伸びてきたエース隊長の手にぽすっと帽子を目深に被らされ、視界を取り戻そうと伸ばした手は意図せずエース隊長の手に触れる。
「まァおれはお前にしかそんなことしねェから他のヤツらは何とも思ってねェだろうけどな」
ぺしぺしと形が変わらないくらいの力で帽子を叩くエース隊長に、「そういうところですよ!」と声を張り上げれば、彼はへへっといたずらっ子のように笑ったのだ。
←/top