──暑い。何もやる気が起きない。しんどい。
 息苦しいほどの暑さにタオル片手にパタリとベッドに倒れ込んでしばらく──。寝ることもできなければ、当然暑さが解消されるわけもなく、ズシリと重い体にもう何度目になるかわからないため息を吐いてじわじわと止めどなく浮かんでくる汗を拭く。ああ煩わしい。
 こういうときにネガティブなことを考えるのはよくないとわかってはいるけれど、あまりの暑さに脳もそうは言っていられないらしい。どこへぶつければいいのかわからないイラつきと、恐ろしいほどの脱力感。もうだめだ、動けない。まぁ、さっきから動いてないんだけど。

「おーおー、くたびれてんなァ」

 ガチャとドアが開いたかと思えば、うだるような暑さに似合わない軽快な靴音が近付いてくる。

「……仮にも女子をつかまえて"くたびれてる"ってどうなの?」
「女子、ねェ」

 ふんと鼻で笑われても体の向きを変える気にはならず、彼に背中を向けたままううんと唸ってタオルを顔に押し付ける。

「何しにきたの」
「へェ、いいのか?そんな態度で」

 ふぅんと意味ありげに笑う彼に興味が湧かないわけではないけれど、どうしても動く気にはなれない。これ以上汗をかきたくないんだ、私は。

「せっかく氷入りの水持ってきてやったってのによ」
「あぁぁありがとうございますエースさまァ……!!」

 振り返ることすらできなかった体はいとも容易く動いて、考えるより早くガバリと勢いよく起き上がる。カラカラの喉にはあまりに魅力的だった言葉に、背筋を伸ばしてらんらんとした目で彼を見上げるとぷっと吹き出した彼がくつくつと笑う。

「ほらよ」
「ありがとう……!」

 差し出された水を受け取ると、すっかり手をびちゃびちゃにしてくれた結露がぽたたと太ももを濡らした。

「エースさま、氷は……?」
「……とけた」

 細けェことは気にすんなと気まずそうにするエースに、さすがだねと笑えば、ピッとまだ彼の手にも残っていたらしい水を顔に飛ばされた。

「うるせェ。文句があんならおれが全部飲んじまうぞ」
「ないです、ごめんなさい」

 見せかけだけ伸ばされた彼の手からスッと水を遠ざけて慌てて口をつける。

「あ、でもまだ冷たい!ありがとう」

 一口飲んで感想を伝えてからゴクゴクと一気に飲み干すと、「そりゃあよかった」と彼が笑う。

「あ〜生き返った」

 まだ冷たいグラスを膝の上で持ったままホッと息を吐くと、やれやれとまた鼻で笑った彼が「干からびる気かよ」とサイドテーブルに置いてある空のグラスに目を向ける。

「危なかったよ」

 へへと笑って、座ったまま体を伸ばして結露に濡れた新入りのグラスを空のグラスの横に置く。

「それで?何しにきたの?」

 何か用があったんでしょ?と彼に向き直って聞けば、「お、そうだった」と何かを思い出したような彼が少しだけ目を大きくする。

「さっき空からでっけェ氷が降ってきてよ。船に当たる前に砕いたからほとんど海に落ちちまったんだが、取れた分だけでもみんなでかき氷にして食おうぜって話してたんだ。で、お前を呼びにきた」

 行こうぜと親指を立てて背後にあるドアを指す彼に、呆然としてしまって言葉が出てこない。

「え……まって?そんな得体の知れないモノ食べても大丈夫なの?」
「……大丈夫だろ?氷だし」
「いやいやいやいや」

 何言ってんだ?みたいな顔をされたけど、私は間違ってないはずだ。

「わ、私はいいかな……暑いし」

 じわりとまた噴き出してきた汗を拭いて「みんなで楽しんできてね」とよそよそしく笑えば「何言ってんだ、暑いから食うんだろ?」と手を差し伸べられた。

「嫌だ!そんなよくわからない氷食べたくない!私はエース達みたいな強靭なお腹は持ち合わせてないの!」

 差し出された手を無視して足を投げ出したまま嘆くように横向きにベッドに転がれば、「腹なんかみんな同じだろ」とグイグイと腕を引っ張られる。

「やだぁ〜!同じなわけないでしょ!?一人で行ってきてってば!」

 ぎゅっとシーツを掴んで抵抗していると、パッと腕を離したエースがはぁーとため息を吐く。

「わかった。食わなくてもいいから一緒に来いよ」
「なんで?」

 暑いじゃんとベッドに転がったままチラッとエースを見れば、何か言おうとして一度口を閉じた彼がガシガシと頭を掻く。

「……お前が居ねェとなんか調子狂うだろ」

 ぶっきらぼうにさえ思える声と眉間のシワに思わずぷっと笑ってしまったけれど、私の胸には全く違う感情が広がっていた。

「……それなんかズルくない?」
「うるせェ。いいから早く行こうぜ」

 はぁとわざとらしくため息を吐いて「しょうがないなぁ」なんて言いながらも、緩みそうになる口元と胸を満たす感情に従って、彼の手を取り炎天下へと繰り出す決意をした。

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