それは甲板で並んで大の字で空を見上げているときだった。
「おれは時々、お前を食っちまいてェと思うことがある」
「え、こわ」
彼がよくわからない発言をかましている間にも、雲はゆったりと流れている。暑くも寒くもない気候。日差しは大きな白い雲に遮られているけれど、文句なしのきれいな青空。
ああ、あの雲はくじらに似てるなと思いながら、何となく彼の発言の意味を考える。
どんなときに人を食べてしまいたいと思うだろう。
腹が立ったとき? いや、腹が立つ人間を食べたいとは思わないだろう。きっと胃がムカムカする。
面倒くさいと思ったとき? うーん、それも違うな。胃がもたれそう。
冷たいなと思ったとき? さっぱりしてそうだけど、おいしそうかと言われたら難しい。
うっとうしいと思ったとき? うーん、こってりしてそうだ……と考えたところで、私は今一体何を考えているんだと正気に戻った。
「あの雲、くじらに似てない?」
「あーありゃ確かにクジラだな。んじゃあっちはウサギか?」
「あ。ほんとだ、うさぎ。かわいい」
他に何かに似た雲はないだろうかときょろきょろと目を動かしていると、ふと何かが引っかかった。ころりと彼のほうへ寝返ってにぃっと口角を持ち上げる。
「──さっきのさ」
「ん?」
「食べちゃいたいって思うやつ、もしかして『かわいい』って思ったときとかだったりして」
にひと笑ってからかう気満々の目を向ければ、「あ?なんだって?」と伸びてきた手にがしっと顔面を鷲掴まれる。そのままぐりぐりとこめかみを刺激されて「いたいいたい」と彼の手を叩いてけらけらと笑っていれば、「ったく」と最後におまけのようにぺんっと頭を叩かれて解放された。
「なに?図星なの?ムキになっちゃって」
「んなわけねェだろ」
相変わらずにやにやしたまま「食べてもいいよ」と彼の前にぷらぷらと腕を差し出せば、ぐっと掴まれて、ガブッと思いのほか強く噛み付かれた。
「ぃ゛った!?」
「お前が悪い」
ぺいっと腕を放られて「そうだけどさぁ……!」と涙目になりながらじんじんする腕を摩る。血は出てないけど歯形がくっきりだ。ひどい。
「じゃあどんなときに食べたいって思うのよ」
唇を尖らせてやさぐれたように聞けば、ちらりとこちらを見た彼が「バーカ、決まってんだろ」と笑う。
「ムカついたときだ」
ふんっ、と鼻を鳴らす彼が腹立たしくて、仕返しをすべく彼の上に飛び乗った。
←/top