馴染みの店に、馴染みの顔。
 "落ち着く"以外の表現が思い付かない状況だというのに何となく落ち着かないのは、目の前の彼がどこかピリッとした空気を放っているからかもしれない。

「何?怖い顔して」
「あァ?」

 枝豆をつまみながら聞いてみれば、何のことだと言いたげな反応が返ってきた。
 乾杯して以来どこか心ここにあらずで渋い顔をしていたというのに、まさか気付いていなかったんだろうか。
 呆れた、と目で訴えれば、ばつが悪そうに頭をガシガシと掻いた彼が大きく息を吐く。

「……悪い」

 ようやく崩れた表情にふっと笑い、ジョッキを傾けると「相変わらず大した飲みっぷりだな」と彼は頬杖をついた。

「まぁね。飲まなきゃやってらんないでしょ」

 何があったわけでもないけれど、反射的によくある決まり文句を返すと彼はフンと鼻で笑った。

「で?どうしたの?」

 もう一度枝豆をつまみながら話を戻すと、彼は「あー……」と歯切れの悪い反応を残して葉巻を燻らせる。
 一体なんなんだ。聞かれたくないことまで聞くつもりはないけれど、似合わない反応をする彼は正直気になって仕方がない。
 しかしこれ以上詰めるのもなぁと、モヤモヤとした気持ちを呑み込むように酒を呷る。
 ちょうど届いた焼き鳥と空になったジョッキを交換して、何か話題を変えようかと考えながら熱々の焼き鳥を頬張っていると「好きだ」とまるで苛立っているかのような声が耳に届いた。

「……は?え、……え?」

 何が?と聞くには彼の瞳はあまりに真剣で、驚いて止めてしまった咀嚼を再開させてとりあえずゴクンと飲み込む。

「え、と……、え、それって"私が"ってこと?」

 我ながら恥ずかしいことを聞いているなとは思うけど、大事なことなので一応聞いてみる。もし違ったら海に飛び込む覚悟はできている。
 ちら、と一度下げた視線を彼へと戻すと彼はハァと少し大袈裟に煙を吐き出した。

「それ以外に何がある」

 よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるなとツッコミを入れたくなるくらい真っ直ぐな瞳を向けられて、一気に顔が熱くなる。

「え……今?」

 時間もあってかあまり人はいないとはいえ、お世辞にもムードがあるとはいえない馴染みの店で、全力で気を抜いた女を前に言うことだっただろうか。
 コトンと置かれたお酒に会釈をしてもう一度彼を見ると、彼は眉間の皺を深くした。

「悪かったな。気の利いた店は柄じゃねェんでな」

 ガシガシと頭を掻く彼に思わずぷっと笑うと舌打ちされた。

「それでおかしかったんだ?なに、可愛いとこあるじゃん」
「笑ってんじゃねェ」

 ここへ来てからずっとおかしかった彼の行動がこれのためだったのかと思うと、どうにもおかしくて口元が緩んでしまう。いくら舌打ちされようと、睨まれようとしばらく収まりそうにない。
 しかしあまりに笑ってばかりいると本気で怒られてしまうな、と静かに腹を括る。

「私も好きだよ」

 ずっと前からね、とニヤけながらもじとーっとした目を向けると「そうか」と随分淡白な返事が返ってきた。

「……え、それだけ?」
「うるせェな。何て答えりゃいいんだ」

 まぁ確かに……とすっかりいつも通りになった空気に拍子抜けするとともにどこか安心する。
 よし、じゃあ気を取り直して乾杯しよう!とジョッキを持ち上げると彼は呆れたようにため息を吐いた。

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