先に風呂に入る、とお風呂に向かった彼がズボンだけひっかけてガシガシと頭を拭きながら出てきたので、葉巻を銜えてしまう前に呼び止める。
 きっとキンキンに冷えたビールで喉を潤したいところだろうけど、その前に──とご飯の後に食べようと思って切っているところだった梨を彼の前へ差し出す。腰を屈めてぱくりとそれを食べた彼がシャクシャクといい音を立てて「うめェ」と言うので「ほんと?」と私も一緒になってつまみ食いする。

「本当だ。おいしいね」

 シャクシャクと味わってへへ、と笑いかけるとガブリと噛み付くようなキスが降ってきた。

「んっ、……え、なんで?」

 分厚い胸板を押して何故このタイミングなんだと聞くと「理由がねェとしちゃいけねェのか?」と真顔で返された。

「いや、そういうわけじゃないけど……んむっ、んん!」

 肩をぽんぽんと叩くと「……今度はなんだ」と不機嫌そうに顔が離される。

「な、梨!冷蔵庫入れないと……!」

 ね!?と強引に納得させて、まな板の上に放置したままだった梨をお皿に盛って手を洗い、数歩歩いて冷蔵庫に向かう。パタンと冷蔵庫を閉めて彼の方を見ると、彼はこちらを向いたまま腕を組んで食器棚に凭れていた。
 戻ればさっきの続きをするかもしれないと思うと何だか戻りづらくてどうしたものかと考える。
 お待たせしましたとパタパタと自ら彼の胸に飛び込んでいけるような可愛い人間だったらよかったんだけど、生憎私にはハードルが高すぎる。

「いつまでそうしてるつもりだ」

 いつまで、なんて精々数秒彼の足元に視線を落として立ち止まっていただけだというのに随分せっかちな話である。

「あ、えっと……あの、何だか戻りづらくて……」

 視線を彷徨わせながらゴニョゴニョと情けない返事をすると、ハァとため息を吐いた彼が髪をかき上げながら近づいてくる。
 大きな影ですっかり視界が暗くなって息を呑むと、熱っぽい瞳に射抜かれてまた唇が重ねられる。

「あ、の……とりあえずご飯……っ」

 ふいと顔を逸らして言えば、「あとであっためりゃいいだろ」と大きな手に頬を包まれてがぶりと下唇を噛まれた。ああこれはまずい。

「んっ、んんっ、ふ……」

 今日のメニューはローストビーフにコーンポタージュにサラダにパン。確かに今すぐに食べないといけないようなメニューではないけれど、後回しになると間違いなく面倒になるだろう。しかし彼に夕飯を抜かせるわけにはいかない。そしてできることなら私もシャワーを浴びたい。
 好き放題暴れまわる舌に翻弄されながら、ぽくぽくと色々なことを考える。

「んっんん、ふっ、す、スモーカーさんっ……!」

 ようやく唇が離され、カクと力が抜けてへたり込みそうになるのを彼に凭れて耐えているとぎゅうと抱き締められる。

「スモーカーさん、やっぱりご飯が先!」

 負けじと彼の背中に腕を回して言うと「お前はこの状況でおれが逃がすと思ってんのか?」と腰を撫でられた。

「う、で、でもダメ!ご飯が先!シャワーも浴びたい!」

 折れないぞという強い意志を込めて腰を撫でる彼の手をひっぺがすと彼は不服そうに身体を離し、ごそごそとポケットを漁って何も言わずに取り出したコインをキィンと弾いた。

「……裏!」

 パンッと受けた手を見てチッと舌打ちをする彼に、内心ほっとしつつも、ふふんと得意気に笑ってみせる。

「ハイ、じゃあ先にご飯ね!」

 冷蔵庫を開けて冷え冷えのビールとスモークチーズを取り出して、「スープ温めるから、スモーカーさんはこっちでこれでも飲んでてください」と彼の背中を押してリビングまで誘導する。
 ハァとため息を吐いてソファに座った彼は「先にメシだぞ」とシガーカッターを手に取る。

「……わかってますよ」

 ぽそりと呟いて逃げるようにキッチンに向かうと、しばらくして葉巻の匂いが漂ってきた。

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