何となく頭がふわふわして力が入りにくいな、とは思っていた。しかしまぁそんな日もあるか、と微かに過った嫌な予感はなかったことにして普段通りの生活を送っていた。
ぽと、と額から何かが落ちる感覚にうっすら目を開けると何故か私はベッドの上にいた。
驚いて飛び起きようにも、それが出来ないくらいには身体が怠い。先程額から滑り落ちたと思われる折り畳まれた濡れタオルを見て、何となく全てを察する。成程、どうやら熱が出たようだ。
しかし自分でベッドに入った記憶はない。ハァと自身の情けなさに息を吐いて仰向けになると「気付いたか」と聞き慣れた声がする。
横になったまま声のした方へ目を向けると、書き物をしていたらしい彼がペンを置いて眼鏡を外す。
「……マルコ」
近付いてきた彼の名を呼んだ声は、思っていたよりも掠れていた。
「調子はどうだ?」
言いながら伸びてきた手をぼんやり見つめていると、額に冷たい感触。すうっと熱が吸い取られていくようなそれが気持ちよくてゆっくり瞼を閉じる。
「……マルコの手、冷たい」
「バカ、お前が熱いんだよい」
額から手が離れたかと思うと、今度は手の甲が首に当てられる。重い瞼を持ち上げてぱちぱちとゆっくり瞬きをすると確認を終えた彼の手が離れていく。
「マルコ……私ベッドに入った記憶ないんだけど……」
ちらと彼の方を見ると「ああ、ぶっ倒れたからな」と大体予想通りの答えが返ってきた。どうりで曖昧どころか一切の記憶がないわけだ。
「そっか……ごめんね」
ご迷惑をおかけしましたと眉尻を下げて笑うと、呆れたようにため息を吐かれた。
「ったく、何で黙ってたんだよい」
そばにあった椅子を引き寄せて腰掛けた彼からの視線が痛いのは、朝から何となくとはいえ身体への違和感があったからだ。
「別に黙ってたわけじゃ……。何となく変な感じするなーとは思ってたけど、まさかこんなことになるなんて思わなかったの」
ごめんなさい、ともう一度謝ると彼はもう一度息を吐き、頭を撫でてくれた。
「これでも心配したんだ、今度からは何かあったらすぐに言ってくれ」
彼のその優しい手つきと優しい声は、ただでさえぼやけていた視界をさらにぼやけさせた。
ありがとう、と頭を撫でる彼の手をぎゅっと握って頬を寄せると勝手に涙が零れ落ちた。
「とりあえず何か食って薬飲んでりゃすぐよくなるはずだ」
今何か食えるか?と涙を拭ってくれた彼の手が今度は頭をぽんぽんと撫でる。
「んんー……食欲ないけど頑張って食べる」
「じゃあサッチに何か頼んでくるよい」
そう言って立ち上がった彼を弱々しい声で呼び止めて「薬……苦くないやつにしてね」といい年して恥ずかしいお願いをするとふっと笑われてしまった。
「ガキみてェなこと言ってんじゃねェよい」
「だって……」
不味いの嫌なんだもんと"ガキみたい"ついでに唇を尖らせると「安心しろ、嫌ならおれが飲ませてやる」と彼は唇の端を持ち上げた。病人の熱を上げてどうするんだ。
「……遠慮します」
思わず目を逸らすとギシッとベッドが軋んで視界が暗くなる。ちゅ、と小さな音を立てて離れていった彼は「そりゃ残念だ」とくつくつ笑って今度こそ背中を向けた。
遅れてやってくる熱に、患部である額を押さえるべきか、いっそのこと顔全体を覆い隠すべきか悩みに悩んで布団をずり上げた。
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