「……あ?何だその服は」
「別に?たまにはこういうのもいいかなって」

 酒場に入るなり見つけた目当ての金髪は珍しくカウンターの隅で一人しっぽり飲んでいた。「お隣いいですか?」なんてしおらしい声を出して、それっぽく髪を耳にかける仕草までしてみせたというのに彼の何とつれないことか。
 ふんっとわざとらしくスカートのフリルを揺らして彼の隣に座る。わかりやすく拗ねましたアピールをしているというのに、彼はそんなことには気付かない。
 いつもどろどろの作業服かラフな格好しかしていない女が明らかに不慣れなお洒落をしてきたのだ、眉間に皺を寄せて葉巻を噛み締めて『あ?なんだその服は』はないだろう。
 ピキピキとこめかみの辺りに力が入るのを何とか抑えて彼から見えないところで握り拳を作って闘志を燃やす。
 今日こそは、女として見てもらうんだ。

 幼なじみにありがちな、"性別という概念のない関係"に悩まされていた。
 ある程度の年齢になるまでは、"何も用事がなくても隣にいられる存在"だなんて浮かれていた。しかし、そんな状況に甘んじていた結果がこれだ。幼なじみは決して有利な存在ではないと気付いたときにはスタートラインはもはや遥か彼方。これではいけないと思い直したのが少し前。
 手始めに、愛用していたシンプルな髪ゴムを邪魔にならない程度の小さなリボンのついたものに変えた。他にも、睫毛をいつもよりも長くしてみたり、お惣菜パンに伸びそうな手をクリームたっぷりの甘いパンに伸ばしてみたり、甘いカクテルを飲んでみたり──色々と小さなことからコツコツと試してみたりしてるけど、そんなものは何の意味もないと気付いた。精々「珍しいな」で終わりだ。染み付いた関係を変えるにはもっと直接的にアピールしていかないと──と意気込んでこの間買ったちょっと露出度の高い服を着ていつもの酒場に乗り出したわけだけど、彼からの"ハレンチ"認定も下りず、さてこれからどうしようかと頭を悩ませる。

「そういえば今度さ、棚が欲しいんだけど」

 ポリポリとナッツをつまみながら言えば「空いてねェ」とこれまたつれない一言。

「まだ何も言ってないじゃん」
「どうせ付き合えってんだろ?面倒くせェ……大体、棚なんか作ればいいだろ」
「やだよ、面倒くさい」

 こくこくと甘いカクテルを飲んで「お願い」と頼めば「……ったく」と息を吐いた彼が「昼メシ奢れよ」とフライドポテトを食べる。やった、交渉成立と喜んでふと、こういうところがダメなのでは?と思い至る。

「……あれだね、何かデートみたいだね」
「あ?棚買いに行くだけだろうが」

 何言ってんだお前、とバカを見るような目で見られた。恥ずかしくてテンションこそ上げれなかったものの、結構勇気を出したのに。

「……バカ」

 ぽそりと吐いた悪態は、でろでろに酔った客の笑い声に紛れて消えた。

「おい」
「……ん?」
「替われ」

 ピッと立てた親指を自分の方へと指した彼がスッとグラスを私の前へとスライドさせて立ち上がる。なんで?と聞こうとして、右隣が騒がしくなってきたことに気付いて立ち上がる。
 別に隣に人が来ても平気なのにな、と不思議に思いつつも替わる気満々の彼に急かされるようにして彼の座っていた席に座る。

「着てろ」

 バサッと渡された上着を反射的に受け取って、きょとんとする。

「なんで?別に寒くないよ?」
「いいから、着てろ」
「えー」

 せっかくお洒落してきたのになぁと渋々着ると、こちらに体を向けていた彼が「フン」とまたカウンターに向かう。

「酒場にそんな格好で来てんじゃねェよ」
「……うるさいな。どこにどんな格好で行こうが私の勝手でしょ」

 長すぎる袖を捲ってまたこくこくとカクテルを飲んでちらりと彼を窺うと、彼の隣に来たお客さんと目が合ってしまった。お互いすぐに逸らしたけど、何度も合うと気まずいので気をつけないと。それにしても背の高い人だなともぐもぐとチーズを食べる。彼よりも頭一つ分くらい高いので彼の方を見ると自然と目に入ってしまう。まぁ連れの人と話してるのでもうあまり気にしなくてもいいかもしれないけど。

「そういうセリフはなァ、てめェでてめェの身を守れるやつが言うんだよ」

 時間差でお説教のようなことを言った彼が葉巻の灰を落とす。

「なに?酔ってんの?」

 ふふっと笑って酒を呷るとチッと舌打ちをした彼もグイッと酒を呷る。お互い次のお酒を頼んで待ってる間にポリポリとナッツをつまんでいると「おれが言いてェのはだなァ……」と彼が続ける。

「お前も……女、なんだからよ」
「──は?」

 時が止まる。さっきまで耳を賑わせていた音も嘘みたいにピタリと聞こえなくなった。
 ──今、彼は何て言った?
 口に運ぼうとしていたナッツをぽろりと落として瞬きすらも忘れて、こちらを見ない彼を見つめる。

「ちったァ気ィつけろ」
「は……、は……?お、んな……?だ、だれが……?」

 脳の処理が追いつかなくて呆けた顔で壊れかけの機械が最後の力を振り絞るようにギシギシとした声で問えば、「あ?お前だよ、何言ってんだ」とようやくこちらを向いた彼が眉を顰めつつも平然と言ってのける。

「え、え……いつから?」
「は?……なんだお前、頭でも打ったのか?」

 あまりに話が通じないからだろう、いよいよ頭の心配までされてしまってとりあえずぶんぶんと首を横に振る。

「ち、違うの、その……パウリーに女だって思われてると思ってなかったから……」

 このままではいけないと何とか説明してみたけれど、顔がぐんぐん熱くなってるような気がするんだけど赤くなってないだろうか。
 ふわふわする気持ちをごまかすように震える手でナッツを摘まむと、彼は「言ってる意味がわからねェな」とさらに難しそうな顔をした。
 ぱく、とナッツを食べて「そのままの意味デス……」とだけ答えて注文したお酒を受け取ってすぐにグビリと一口飲む。

「……思うもなにも、お前は女だろうが」

 そりゃ仕事の面では対等だと思っちゃいるが、……それ以外は別だろ。お前が女扱いされんの嫌がってんのは知ってるが──と話し続ける彼の話をどこかぽやぽやとする頭で聞きながら彼から借りた上着の袖に触れる。

「……おい、聞いてんのか?」
「う、うん!そっか……!そっか……!!」

 遥か遠くに見えたスタートラインにはもう既に立てていたのか。どうしよう、飛び上がりそうなほど嬉しい。くびくびと飲んだお酒はさっきよりもずっと美味しいけど、まるで水を飲んでいるように軽い。

「パウリー、すっ……!……じゃなくて、これからもよろしく!」

 勢いで気持ちが溢れ出しそうになったのをぐっと堪えてバシバシと彼の腕を叩くと「なんだよ、改まって……気色悪ィな」と彼が鼻で笑う。
 まだまだ道のりは長そうだけど、今日のこの気持ちがあればきっと息切れなんてしない。

「……よし、明日もバリバリ働くぞーっ」
「おい、あんまり飲みすぎんなよ」

 だらしなく緩む頬をそのままにグイッと酒を呷れば、頬杖をついてこちらを見つめる彼がため息を吐いた。

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