どうしてこんなことになったのか。
「口を開けろ」
帰ってきた恋人をまともに迎えることもできないまま、私は今布で視界を奪われてベッドに組み敷かれている。人のお腹に馬乗りになって顎を掴んでくる彼はまず私の恋人で間違いないので身の危険はないにしろ、あまりにも状況が掴めないので言われた通りに口を開けるのは少々躊躇われる。
「安心しろ、毒物ではない」
ふん、と鼻で笑って放たれた言葉はベッドの上で恋人に向けるにはあまりに物騒で、それが可笑しくもあり淋しくもあった。……それくらいの信用はあるつもりなのに。
あ、と口を開けると「それでいい」と何かが口に放り込まれる。重力に従って喉奥へと侵入しようとするそれを慌てて舌で受け止めて押し上げると、口内に広がるほのかな苦みと甘み。毒物でないにしろ、思っていたよりもずっとやわらかい刺激に、構えていた口内が潤いを取り戻し始める。どうやらからかう意図はなさそうだと判断し、すっかり力の抜けた舌で右へ左へころころと何度か転がして正体を探る。
「……チョコ?」
ほとんど確信に近いものを感じて、しばらく舌で転がしてからやわらかくなったそれを噛んで飲み込む。
「あァ」
正解した喜びにふふんと鼻を鳴らしたものの、目や身体が自由になることはない。恐らくまたチョコレートだと思われるものが閉じていた唇に押し付けられて、口を開く。
頭にはたくさんの疑問が浮かんでいた。ただのチョコならどうしてこんな与えられ方をしているのだろう。彼は今何を思って私の口にチョコを運んでいるのだろう。どうして目隠し?どうしてチョコ?何の時間だこれは?
考えたってわかるはずもなく、ただ与えられるチョコを食べ続けた。
視覚を奪われると他の各感覚が研ぎ澄まされていくというけれど、本当だろうか。少なくとも味覚はそうではない気がする。こんな体勢だからかもしれないけど。
唾液に溺れそうになりながら何個目かわからないチョコを食べ終えると、ようやく満足したのか脇腹の辺りのベッドが沈み彼が私の上から離れていく。
結局何だったんだと起き上がって目隠しを取ると、すでにベッドからおりようとしている彼。流石に何か声をかけようと口を開いたところで、目に飛び込んでくる足元に散らばった包装紙。
「……あーーーっ!」
一目見ればわかるそれは、雑誌等でよく見かける高級チョコレート店のものだった。
「あぁ……!あぁ……!!」
雑に開けられた包装紙と中身の無くなった箱を持ち上げて打ちひしがれる。
一度は食べてみたいと思っていたチョコレート。しかし奮発するにも、いくらなんでも高すぎる額になかなか手が伸ばせずにいた。それをまさかこんな形で食べることになるなんて。こんな、味のよくわからない状態で。
「どうしたのこれ!?ねぇ、どうしたのコレぇ……!!」
「うるさい」
悔しさにベッドに崩れ落ちる。ぎ、とシーツを握り締めると「要らなかったら捨てろと言われたんでな」としゅるりとネクタイを外した彼が言う。私はゴミ箱かと突っ込む気力は今の私にはない。
「死ぬまでに一度は食ってみたい、だったか?」
よかったじゃねェかと笑われてドンドンと力なくベッドを叩く。
「よくない、味全然わからなかった……」
「それはお前の問題だろう。馬鹿舌め」
「誰のせいで……!」
「知らんな」
ソファにどっかり座った彼を睨み付けてみてもチョコが返ってくるわけではない。口内に残る落ち着いた甘みが切なくて、とん、とん、とまた力なくベッドを叩いた。
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