久しぶりのデートに早起きして胸を弾ませていた朝が嘘のように、ドスドスと可愛さの欠片もない足音を立てて歩く。
 何もわざとそうしているわけじゃなく、普通に歩いているつもりなのに呆れるほど感情が足に表れてしまっていた。

「なァ、機嫌直せよ」
「直るわけないでしょ!信じらんない!」
「悪かったって」

 店を飛び出してからずっと彼を置いていくつもりで早歩きをしているというのに、半歩後ろを歩く彼との距離は一向に広がらない。それもまた確実にイライラを募らせてはいたけれど、走ったところでそれが解消されることはないということはよくわかっているので走らない。

「怒んなよ」

 止まれとばかりにぱしっと肩を掴まれて、怒りのままにその手を払いのける。そして足を止め彼と向き合うと、睨み付けるようにその顔を見上げた。

「怒るわよ!」

 何故こんなことになっているのかというと、それはさっきの食堂で起きたことが原因である。
 料理は美味しかったし、久しぶりのデートはやっぱり嬉しくてずっと頬は緩みっぱなしだった。
 途中で彼が眠ってしまうのもいつものことだし、特に気にせず食事を続けた。
 周りの人には一応笑顔で「大丈夫です。いつものことなので。気にしないでください」とは言ってはみたけれど、それでも気になるのかいくつかの視線は向けられたままだったけど、それも含めていつものことなので、そこまでは何の問題もなかった。
 けれどその後「ぷほっ!?」と跳ね起きた彼による"いつもの行為"だけは、私にとってどうしても許せるものではなかった。

「どうしていつも女の人のスカートで顔を拭くわけ!?」
「どうしてって……言われてもなァ。……あったから、か?」
「ありえない」
「……悪ィ」

 時にはウエイトレスさんのエプロンで、時には見物客の女の人のスカートでどろどろになった顔を拭ってしまう彼は、今回も例に漏れずそばに立っていたお姉さんのスカートで顔を拭いた。
 突然スカートを汚されたその人には本当に申し訳なくて、慌てて彼に拳骨を落とし、きっちり謝ってほんの少しのお金を渡してきたけれど、今私が怒っているのはそういうことではない。

「……本当は触りたかっただけなんじゃないの?」
「はァ?触って何になるんだよ?」
「知らないけど!パンツでも見たかったんじゃないの!?」
「は?そんなわけねェだろ!変態かおれは!それに、見えるわけねェだろ!拭いてんだから」

 反論できる立場にないはずの彼はよく分からない主張を引っ提げて反論してくるが、納得なんてできるはずがない。
 いくら下心はないと言われても、恋人である彼が他の女の人に触れるのはやはり気分が悪い。
 何度もこの件で衝突しているというのに、彼の悪い癖はなかなか直らずにいた。

「もう最っ低!ほんとありえない!」
「だから悪かったって」

 機嫌直せよ、な? とまた触れてこようとする彼の手をピシャリと弾く。

「浮気者!」
「うわっ!?浮気って……お前、そう言うと話が変わってくるだろ」
「変わらないでしょ!」

 ふいっと顔を背けると、彼はどうすべきかと悩んでいるようだった。
 そして暫しの沈黙のあと、静かに口を開いた彼は「……本当に、悪かったよ」と本日何度目かの謝罪を口にした。
 チラリと横目でその表情を盗み見ると、僅かに下を向いていた彼が顔を上げる。

「でもおれが触りてェのも、パンツを見てェのも……お前だけだ」

 これ以上ないほど真剣な顔と声でそう言った彼に、一瞬きょとんとしてしまったものの、思わず「ぶふっ」と吹き出す。
 慌てて口を引き結ぶが、もう込み上げてくる笑いを抑えることはできなかった。
 何笑ってんだよとでも言いたげな彼に向き直り、潤んだ目元を拭う。

「ちょっとそれ全然ときめかないんだけど!真顔で何言ってんの!?」

 あまりに不釣り合いに思えたそれに、怒りなんてすっ飛んで笑っていると彼は「いや、別におれァそんなつもりじゃ……」と少しばつが悪そうな顔をした。
 それでもニヤつく私につられたのか、それとも自身の発言を思い返したのか、しばらくすると彼もふっと笑い出した。

「……なァ、触ってもいいか」

 すっかり険悪な空気が晴れた頃、こちらに手を伸ばした彼が聞いてくる。どうやら何度も手を弾かれたことを気にしているらしい。
 こんな形で仲直りするのは少し不本意ではあるけれど、収まってしまった怒りをまた持ち出す気にはなれなかった。
 何となくこそばゆい雰囲気に口を歪めつつもこくりと頷くと、ふわっと優しい温もりに包まれた。

「好きだ」
「うん」
「悪かった。もうしねェ」
「うん。まぁそれもう何度も聞いてるけどね」
「ぐっ……わ、わりィ……」
「あはは!」

 さっきまでの険悪なムードのせいか、彼の一挙一動がきゅうと胸を締め付ける。
 これからはこんなことが起きないようにタオルを持ち歩こうと心に決めて彼の背中に腕を回す。
 ぽかぽかと気持ちのいい陽気の中、ああ、ずっとこうしていられたらどんなに幸せだろうと瞼を閉じて緩む頬を彼の胸に擦り寄せた。

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