朝は眩しいくらいに青かった空は、お昼を食べ終えた頃にはどんより曇り始め、しまいにはぽつぽつと雨が降り出した。
 帰るまで持続した雨にうなだれるひとが多い中、忘れ物という名の置き傘をしていた勝ち組の私は特に焦ることなく、校門前の騒がしさがうそのような帰り道を行く。ぱたぱたと傘に当たる雨音だけが響く。
 子どもの少ない住宅街から通っているから、門を出れば大半の子が反対の道を行くけれど、その寂しさにもずいぶん慣れた。別れる間際、話が特別盛り上がっていたときには少しだけ残念に思うこともあるけれど、それでもひとりになって徐々に高揚していた気持ちが落ち着いていく時間も嫌いではなかった。
 さわさわとむき出しの肌を撫でていった風の匂いはどこか切なくて、もうすぐ冬服かとぼんやり考える。
 顔に霧のようなしずくが当たって、横目で見た水溜まりを叩く雨は強くなっていて、肩で支えていた傘を起こそうとしたときだった。
 ドンッと勢いよく後ろから何かにぶつかられて、よろけた拍子にバタバタと傘にたまっていた雨水が落ちていく。

「入れてくれ」

 聞き慣れた声とともにへらりと笑って腰を屈めて無理やり傘の中に入ってきた男を、胸を押さえながら睨みつける。

「寿命縮んだ」
「大げさだな」

 けらけら笑う彼からは爽やかな香水の香り。
 許可してもいないのに奪われそうになっている傘は、ふたりで入るには少し狭い。

「ちょっと、いいって言ってないんだけど。出てってよ」
「あァ?冷てェこと言うなよ」
「だって誰かに見られたらどうするの」
「いいだろ、別に」
「よくない。勘違いされたらどうするの」

 いくら寂しい帰り道だといっても、全く同じ学校のひとがいないわけではない。もしちらりとでも誰かに見かけられたら、たちまち噂は広がってきっと私の人生は終わるだろう。

「させときゃいいだろ。くだらねェ」

 ハッと真面目に取り合ってくれない彼は、事の重大性がわかっていない。あんたはよくても私は困るのよという目を向けながら、ため息を吐いて傘から手を離す。

「じゃあ私も勘違いしちゃうかも」

 もうどうにでもなれ、とやけくそついでに嫌味っぽく冗談を言ってやれば、少し先の信号が赤になった。

「……いいよ。勘違いじゃねェから」
「え?」

 彼の言葉が脳に届くより早く聞き返す。ほとんど反射的だったそれに、彼は「……聞き返すなよ」と眉根を寄せてこちらを見下ろした。

「お前のは、勘違いじゃねェって言ったんだ」
「え」

 赤信号で立ち止まる。ばたばたと傘を叩く雨は、狭い空間をより強く感じさせる。途端に触れ合いそうな肩にすべての神経が集中して息が詰まる。
 ああ、神様。どうか今すぐこの信号を青にしてください。
 叶うはずもないことを願って、返す言葉を考えた。

/top