「エースってさ、"火"じゃん?」

 わしわしといつものように彼の濡れた髪を拭きながら、考える。

「……ん?おう?」

 彼は頭こそ動かさなかったものの、きっと私の言葉の意味を知ろうとタオルの下で耳に意識を集中させてくれているはず。

「じゃあさ、こう、"ボボォッ"ってやったら髪なんて一瞬で乾くんじゃないの?」

 変わらずにわしわしとタオルを動かしたまま聞けば、少しの沈黙。
 声が弾んでしまったのは、どうして今まで気付かなかったんだろうと我ながら目から鱗の画期的な発想に感動すら覚えたからだ。

「あー……そうかもな?」

 しかし、返ってきたのは何だか歯切れの悪い返答だった。

「『そうかもな』って、試したことないの?」
「ないことはねェけど」
「じゃあどうだった?」
「……さァ」

 なんなんだ。
 似合わない反応をするエースに違和感を覚えて首を捻る。彼ならできるものは『できる』、できないものは『できない』とはっきり言いそうなものなのに。いや、そもそも濁す意味がわからない。正直できたってできなくたってどっちでもいい話のはずだ。それなのにどうして──?
 悶々と考えていると手の動きでバレたのか、「もういいだろ」と話してもないのに話を切られた。

「ラクそうなのになぁ」

 つまんない、と声には出さずに不満をあらわにする。わしわしと手を動かしながらエースのお望み通り黙ってはみても、考えることはやめられない。

「……嫌なのかよ」
「何が?」
「お前が言ったんだろ、ずっと拭いてやるって」

 いや、だから何が?と首を傾げつつも、声には出せなかった。彼の声色からは、何か拗ねているようなふてくされているようなそんなものを感じて、会話を続けるにも少し慎重になる必要があると思った。エースは不機嫌になるとわりと面倒くさい。

「……なんの話?」

 しかし、わからないものはわからない。下手に答えて機嫌を損ねるよりはやっぱりちゃんと聞くべきだと、ぐるぐる三十秒くらいあれこれと考えたあと少し真剣なトーンで聞いてみる。

「髪。……ガキの頃の話だ」

 たっぷり溜めた三十秒が効いたのか、エースも少し落ち着いたようで、なんとなく理解できそうな答えが返ってきた。
『髪』『ガキの頃』『ずっと拭いてやる』──と彼から得た情報を頭の中で整理していく。

「──あ」

 思い当たることが一つあった。
 それは子どもの頃、何度言ってもろくに拭かずにぽたぽたとしずくを垂らしていたエースの髪を拭いていたときだった。
 

「いいって言ってんだろ。うっとうしいんだよ、お前」
「だめ。かぜ引くでしょ」

 嫌がるエースにしつこく付きまとって半ば無理やり彼の髪を拭くことが私の日常だった。

「もう。めんどくさいなら毎日私が拭いてあげるから、いいかげん嫌がるのやめてくれない?」
「ハ、毎日?バカか、お前?そんなことしてお前になんの得があるってんだよ」
「別になにもないけど!気になるのよ!」

 サボもルフィもふつうに拭かせてくれるよ!?とがしがしとイラつきをぶつけるように拭いていると、彼はめずらしく黙ったままだった。
 ──そうだ、思い返してみればそれからだ。エースが、渋々ではあるけれど逃げ回らずに拭かせてくれるようになったのは。
 
 そしてそれからしばらく経ったある日、彼がぽつりと言ったのだ。

「……いつまで続ける気だよ」

 ふてぶてしいけれどどこかさみしくなる彼の声色に、私は首を傾げつつ「ずっとよ」と答えた。
 

 
「ふ〜ん?」

 へぇ〜?と懐かしい思い出に浸ってにやける口元をそのままに、彼の後頭部へいやらしい視線を送る。
 今ではすっかり当たり前になってしまっていたけれど、思えばあのエースが嫌がるどころか言わずとも自ら私の前に腰を下ろしてくれるようになったのだ。

「……なんだよ」
「いや?かわいいとこあるな〜と思って」
「うるせェ。その顔やめろ、うっとうしい」
「顔見えてないでしょ」
「見なくてもわかんだよ」

 んふんふとご機嫌な笑いをもらして手を止める。

「心配しなくてもずっと私が拭くよ」

 だって私はこの時間が気に入ってるんだから、と声には出さずに伝えると、彼は少し居心地が悪そうに「……おう」と小さく頷いた。

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