誰かに頬を撫でられた、と錯覚するくらいじっとり張り付くような生暖かい風を受けながら、空を見上げ静かに息を吸い込む。
「なにしてんだ?」
「ん?んー星見てる」
我ながらひどい大嘘だ。空を覆うもったり重い雲は、太陽の光がなくてもわかる鉛色。
別に後ろからした声が煩わしかったわけではない。ただ何となく、本当のことを言う気分にはなれなかった。
「ふーん。星、ね」
たしかによく見えら、と船縁を抱いて適当に合わせてくれる彼との間に流れる空気は心地いい。私はいつも彼のこういうところに救われていた。
「みんな、お前がいねェってさがしてた」
「うそ?ごめんね」
ちゃぷちゃぷといつもは聞こえない船に当たる波の音がする。このままいつまでも時間が過ぎていってしまいそうな予感。
捜してると言っても、きっと本当に用のある人はいない。
「じゃあエースも戻らなきゃ。今度はエースが捜されちゃう」
一息おいて彼が戻りやすいよう声に弾みをつけて切り出したのに、彼は動かない。それどころか、面倒だとでも言うように小さく鼻で息を吐いた。
「いいんだよ。おれは今星を見てるからな」
いそがしいんだ、とこちらへ視線を寄越した彼がにっと口角を上げる。
ふっと思わず吹き出した。
「そっか。そりゃあしょうがない」
「だろ」
くっくっと笑い合って真っ暗な海を見つめる。
「ねぇ、エース」
「あー?」
「ありがとね」
「……なにが」
生暖かい風が髪をさらう。言わなくてもちゃんと言いたいことは伝わっている、そんな空気感がやっぱり心地よくて口元が緩む。
「いろいろ!」
照れくさくて笑って言えば、彼も「なんだ、へんなやつ」と眉を顰めて笑った。
不快なはずの湿度はいつの間にか気にならなくなっていた。
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