ザーザーと目の前を白く染め上げていく雨を睨む。
まだたこ焼きとからあげとわたあめとポテトとかき氷とベビーカステラしか食べていない。串焼き肉と焼きそばとチョコバナナとりんご飴とフランクフルトの屋台はたぶんもう閉まってしまっただろう。
エースとふたり、お祭りに来ていた。
ぞろぞろと人の波にのりながら目についたものを片っ端から食べ歩いていると、ぽつりとおでこに雨が当たった。
あっと言う間に強まった雨はたちまちお祭り会場を混乱させ、バタバタ駆けていく人、商品や器材が濡れないようにシートをかけて慌てて店じまいをする人と目に映るものすべてが慌ただしくなった。
そしてそれは私たちも例外ではなく、食べかけていたものを慌てて口に放り込んで、残りが濡れないように袋を縛って雨を凌げる場所を探した。
しばらく走って見つけた屋根のあるベンチ。吹き込む雨でベンチは濡れていたけど、雨を凌ぐには充分だと座らずにほっと息を吐いた。余分に買っていたたこ焼きと食べかけだったベビーカステラはたぶん無事。とはいえ袋はびしゃびしゃだ。
少しの雨なら止めば再開されていただろうけど、この分ではきっともう今日は中止だ。
あーあ、もう少し遊びたかったと肩を落とす。
ぽつぽつとあった人けはもうすっかりなくなっていた。
「中止だろうね。祭り」
「だろうな」
この雨じゃあなとかき上げられた彼の髪からぼたぼたとしずくが落ちる。私たち自身も、たこ焼きとベビーカステラの袋に負けず劣らずびしゃびしゃだった。せっかくお洒落してきたのに台無しだ。
「とりあえず、食べる?」
「おう」
中まで染みてしまう前に救出しなければとエースにたこ焼きのパックを渡して、私は湿気てしまったベビーカステラの袋を開ける。
「ん」
「ん?あ」
一つ取り出して先に彼へ。すぐに自分も食べて、中身はやはり無事だったことを確認する。やさしい甘みが雨の中走って疲れた体にちょうどいい。焼きたてのほくほく感はないけど、冷めたら冷めたで味が濃く感じられておいしい。
もぐもぐと味わっていると、隣から感じていたソースの匂いが強くなった。目の前に差し出されたたこ焼きをちょっとまってと手で制して、急いでベビーカステラを飲み込む。少し間を置きたい気もするけど、そうも言ってられないと「あ」と口を開けてたこ焼きを受け取る。
一瞬でベビーカステラの味を消すソースとマヨネーズと鰹節の味。噛み進めればダシがきいていておいしい。熱々のとろとろもおいしかったけど、こっちも冷めたら冷めたでおいしい。食べやすいし、もちもち食感。今食べている一つはどうやら紅しょうがが多めに入っていたようで得をした気分だ。
「まだいっぱい食べたかったのになぁ……」
「あァ、おれも肉が食いたかった」
だよねぇと屋根の先に見える空を見上げる。と言っても、雨が邪魔をして見えないけれど。
それから雨が止むのにはそう時間はかからなかった。微妙な組み合わせだなと思いつつお互い何も言わずベビーカステラとたこ焼きを交互に食べ合っていたら、食べ終わる頃には小降りになっていた。そして今はすっかり止んでいる。それでも、量が降ったのでやっぱり祭りは中止だろうけど。
「あーあー、もう少し待ってくれたらよかったのにね」
相変わらず雨への悪態をつきながら、辺りを見回す。
「ぃった……!?」
無意識に小さく踏み出した足に、突然ぴりっとした痛みが走った。
何事だと見てみると、足の甲に派手に靴擦れができていた。しかも両足。履き慣れていないわけでもないサンダルだけど、雨の中走ったのがよくなかったのかもしれない。濡れていれば大人しかった痛みが、中途半端に肌が乾いて現れてしまったらしい。
さてそろそろ行こうかというこのタイミングで?我が足ながら空気が読めなさすぎて嫌になる。
しかし、気付いてしまえばどうしてだかじくじくと不快な痛みが増した。
「あーあー、擦れてんな」
思わず「痛い」と声に出してしまったせいで同じく何事かとしゃがんで確認してくれていた彼が言う。
大丈夫だと迅速に処理したいところではあるけど、こんなときに限って絆創膏を持っていない。
「しょうがねェなァ」
はあとわざとらしく大きなため息を吐いた彼にばつが悪くて何も言えずにいると、軽く腰を持ち上げた彼がくるりとこちらへ背中を向けてしゃがむ。
「ん」
そして、広げられた手。
「んん……?」
「おぶってやるよ」
「えっ!」
いやいやいや。まさか。もしかしてそうかなとは思ったけどそんなまさか。おはなしの世界ではよく聞くけどそんなことが現実に……?この私に……?いやいやいやいや。たすけて。本の中だけの話でしょ?だって重いし、ここからどれくらい距離があるかもわからないし、申し訳ないし、服だって濡れてるし、重いし……。
頭の中はうるさいのに一言も発せずにいると、「早くしろよ」と痺れを切らした彼がこちらを振り向く。
「い、いいよ、大丈夫。歩けるから」
「歩けるったって、痛ェんだろ?乗れ」
はあ?と眉を顰めた彼にさらに急かされて焦りで胸がざわざわする。
「痛いけど……我慢できないほどの痛みじゃないよ!ただの靴擦れだし。本当に大丈夫。ありがとう」
「うるせェなぁ。ごちゃごちゃ言ってねェで乗れっつったら乗れ!」
彼のイラつきはごもっともだ。
しかし、こちらにも言い分はある。
「……だって!恥ずかしいんだもん……!!」
びりびり感じるイラつきなんて知ったことかと声を荒らげ白状すれば、一瞬の間のあと、ハッと鼻で笑われた。
「恥ずかしいだァ?なーに急に女ぶってんだよ」
「なっ?!」
「いいから、乗れよ」
「──っ、」
羞恥で噛み付こうとした口を思わず閉じさされる落ち着いた優しい声。喉奥で詰まった言葉が行き場をなくして苦しい。
ずるい。こんなときにそんな声を出すなんて。
「………………お、オネガイシマス……」
「よし」
ぎこちなく首に腕を回してしがみつけば、満足気に言った彼がよっこらせと立ち上がって歩き出す。
体がさらに密着する。
「ひー」とか「きゃー」とか叫びたい気分だった。
彼は知らないけれど、私の顔は真っ赤だった。
「ごめんね。重いでしょ……?」
たくさん食べたし……と今さらながら後悔する。
聞いたってしょうがないのに、お決まりのセリフは言わずにはいられなかった。
「あ?あーそうだな、背骨が折れそうだ」
わかっている。これも彼の優しさだということは。
しかし考えるより早く頭が出ていた。ごつんっと鈍い音を立てて後頭部に頭突きすると「──いてっ、お前なァ、運んでやってるやつにたいしてなんて仕打ちだ!」と彼から非難の声があがった。
「感謝はしてる。ありがとう」
「そーかよ。どういたしまして」
ふたりして小さく笑う。
慣れないリズムで揺られながら見る景色はいつもよりも少し高くて、落ち着かなくて、特別だ。
「あーそうだ。その服、なかなか似合ってたぜ」
思い出したように告げられたそれに一瞬息ができなくなって、きゅうっと胸が苦しくなる。
──ああ、だめだ。『好き』が溢れる。
抱えきれないほどの喜びを表現するすべは見当たらなくて、たくましい首に力いっぱい抱きつけば、「ぐぇっ、くるし」と驚いた彼に早々にギブアップだと後頭部で頭を叩かれた。
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