何もかもが嫌になって、家を飛び出した。
 明け方の誰もいない、車も通らない海沿いの道を行く。
 気分は爆走。だけど、自転車で二人乗りだからきっとそんなにスピードは出ていない。

「エース! 海! 海行こう!」
「あー?」
「海!」

 風に遮られないように短く伝える。
 カーブを曲がるために二人分の体重を乗せて傾いたタイヤが、砂利を踏んでメリメリと小さく音を立てた。
 
 見慣れた海岸から見える海は、いつもと少し違って見えた。波は強く、荒っぽい。おかげで普段よりも狭まった砂浜で、濡れないように少し離れて海を見る。

「こんな時間に来たの初めてかも」

 暗いとも明るいともいえない時間。きっと今日も、太陽が昇ればうんざりするほどの暑さで容赦なく肌を焼かれるんだろう。
 道路の隅に寄せて停めた自転車は、誰に取られる心配もないけど一応鍵をかけてきた。

「で? 何があったんだ?」

 こんな時間に飛び出すくらいだ、何かあったんだろ? と黒い瞳が私を捉える。「うん」と風に乗せるように曖昧に答えて荒れた海を見る。
 きっかけは、確かにあった。
 親に向けられた怒りが理不尽に思えたし、そのあとベッドに入ってから適当にやり取りをしていた深い関係ではない友人からの他愛ないメッセージにもイラッとした。

 だけど本当の問題はそんなことではなく、たぶん単に自分の心の問題だとわかっていた。最近はずっと不安定だった。無性にイライラして、不安で、どうしようもない焦燥感に勝手に涙が出る日もある。
『そういう年頃』だとわかっている。いろんな大人たちから散々聞かされてきた。だけど、その『そういう年頃』の一言でとても片付けられない、片付けていいかわからないほど複雑でどうしようもない激情を落ち着かせる方法がわからなかった。
 自分の抱く感情がはたしてすべて正常なのか、わからない。
 こんなことを言えばきっと大人はみんなうっすら馬鹿にしたようにやさしく微笑むんだろう。
 イライラする。何もかも。

 でも、私にはこんな時間に理由も聞かずに一緒に海に来てくれる友人がいる。
 きっとそれはとても幸運で、恵まれたこと。
 深刻になりすぎないようにあえていつもの調子で聞いてくれる優しい友人を、今度こそちゃんと見る。どうせくだらないことだろと呆れて笑い飛ばしてくれそうだった声とは違い、思ったよりも心配をかけてしまっていたことを自覚する。申し訳ない──そう思うと同時に、こんな自分を心配してくれる人がいることがうれしくてたまらなくて胸がぎゅっと押し潰されそうになった。

「いろいろあったんだけどさ、エースと海に来たらなんかどうでもよくなってきたかも」
「はあ? なんだそれ」

 ごまかしてんじゃねェぞ、とみるみる眉間に寄せられたしわを見て「ちがうちがう」と否定する。

「本当にそうなの」

 まったく信用していないという目を向けられて思わず笑ってしまいながら「まあ愚痴は聞いてもらうけどね」と続ける。渋々といった感じで息を吐いたエースは、どうやら納得はしていないけどひとまずはそれで手を打ってくれるらしい。

「ごめんね。こんな時間に付き合わせて」
「んなこたァどーでもいいんだよ。おれがしたくてしたんだ」
「やさし〜」
「……まァな。お前だけ。トクベツだ」

 茶化しにめずらしくノってきて意外だと思っていると、あとに続いた言葉がもっと意外でついまた笑ってしまった。

「なに笑ってんだよ」
「ううん、なにも?」
「……信じてねェな?」
「そんなことないよ」

 彼はきっと、自分で思っている以上に自分が優しいひとだということをわかっていない。それはもちろん、私以外にも。
 その事実を伝えると、彼は居心地悪そうに否定した。

「そろそろ戻らないとね」

 キラキラと白く輝き出した海は、まだ活動の準備ができていない体には眩しくて、けれど目を逸らしたくない美しさがあった。

「エース、宿題やった?」
「あ? やるわけねェだろ」

 今日もまた、暑い一日がやってくる。

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