「エース隊長、好きです!」
「おう、ありがとな」

 もはや日課となったやり取りにも、エース隊長は眩しいほどの笑顔を見せてくれる。
 本当はもっとたくさん伝えたいことがあるのに、彼を前にすると驚くほど言葉が出てこない。他の言葉なんてまるで最初から知らなかったかのように好きだとしか言えず、そんな自分が情けなく嫌になってしまうこともあるけれど、言わずにはいられない。

 今日は比較的平和な一日だったな、とベッドに転がってどれくらい経ったか。雨でも降るのかとても蒸し暑く、寝返りをうっても一向に眠れないまま時間だけが過ぎた。このままでは時間の無駄だ、と仕方なく起き上がり、外の空気を吸いに行くことにした。
 甲板に出ると生温いながらも風がある分、室内にいるよりかは幾らか快適に思えた。
 んん、と伸びをして、昼間よりも随分と広く見える甲板をぼうっと見渡す。
 そしてふと目が留まった見慣れた背中に、驚いて胸が高鳴る。
 慌てて駆け寄って声を掛けようと口を開いたけれど、喉奥で詰まったそれは音になることはなかった。
 闇にとけてしまいそうなその背中は、どうしようもなく胸を締め付けて何故だかじわりと涙が滲んだ。
 彼はいったい今何を考えているのだろう。

「どうした、寝れねェのか?」

 声を掛けることも立ち去ることも出来ずにただ立ち尽くしていると、相変わらず真っ暗な海を眺めたままの彼に突然声を掛けられて思わずビクリとする。
 彼の表情は見えないけれど、初めて見るどこか淋しそうな背中に、きっと今は一人になりたかったはずだと思うととても申し訳なくて返事をすることを一瞬躊躇った。しかしもう既に充分邪魔をしてしまったというのに、そのうえ返事をしないのはどうだろうかとすぐに思い直し「あ……何だか暑くて……」と苦し紛れにへへ、と小さく笑いながら答えると、エース隊長は「そうか」と空を見上げた。

「エース隊長も眠れないんですか?」
「あー……まァそんなとこだ」

 カラリとした声でそう答える彼は、どこまでも嘘の吐けない人である。纏う雰囲気と声があまりにアンバランスで、ぎゅうと胸が絞られたかのように苦しくなった。大きな背中が、とても小さく幼いものに見えた。

「なァ、お前はさ……どうしておれのこと好きだって言ってくれるんだ?」
「え……?」

 静かな夜でなければ聞き取れなかったであろうそれは、確かに私の鼓膜を震わせたけれど理解するのには少し時間がかかった。
 しかし質問の意味は理解しても、考えたこともないそれはすぐに答えなんて見つかるはずもなかった。

「んー……どうしてでしょうね……?」

 私の反応が意外だったのか、ついにこちらを向いた彼はいつもの調子でへらっと笑ってみせた。

「悪いな、変なこと聞いちまって」

 忘れてくれ、ともう一度笑うと彼は帽子を深く被り直した。
 彼に何があったのかは知らない。だけど、どうしても今、また伝えないといけない気がした。いや、どうしても伝えたくなってしまった。

「……エース隊長、好きです!」

 ピクリと小さく揺れた肩は、確かに私の話を聞いてくれていた。

「どうしてかは上手く言えないんですけど、すごく……すごく、好きです!」

 結局頭で色々考えてみても、うまい言葉は一つも出てこない。だけど、一番伝えたいことはいつだってこれなのだ。

「……ありがとう」

 そう言って口元に浮かべられた笑みはいつもよりも歪だったけれど、どうしてだか今までで一番綺麗だと思った。

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