ツイッターログ3

【1】

 ——灰色だった世界に鮮やかな色をくれたあの人の為に。
 それが、イノリ・ペニーウォートの原動力であった。戦うことは怖いし、今でも出撃の前は緊張してしまう。クリサンセマムの鬼神、などと呼ばれてはいるが自分には相応しくない呼び名だと思う。
 本当は灰域種と戦わずにいられるのならそのほうがいい。それでも幼馴染が望むのならば、彼の為にクリサンセマムの鬼神らしい戦い方をしてみせようと、そういう生き方をしようと決めた。
 まだ子供だった頃からユウゴの為に生きたいという願いを持ってしまった。それがどうしようもなく歪んだ思考だとしても。

「ユウゴ……無事?」
「ああ、何とかな……」

 バルムンクとの戦闘中、想定外だったハバキリの乱入によって苦戦を強いられた。キースがどうしてもバルムンクの素材が必要だと言っていたし、だったらもう3日ほど碌に寝ていないらしいキースの代わりに自分が手に入れてくるからキースは休んでいて、と。
 彼を強引に寝かしつけて偶然近くにいた幼馴染を誘い、久しぶりに二人で任務についた。
 ……キースはきっと大人しく寝てはいないのだろうけれど、激しい戦闘に駆り出すよりはマシだろう。

「イノリは……大丈夫そうだな」
「……なんとか、怪我はせずに済んだ、と思う」

 荒ぶる神々は気紛れで、此方の都合なんて考慮してはくれない。少人数での任務の時に限って複数の敵を相手にする羽目になるのだ。
 いくらクリサンセマムの鬼神、なんて呼ばれていようとも限度がある。自分も決して無敵ではないのだとイノリは思う。
 怪我はしていないけれども激しく動き回った影響か体の節々が痛む。望んで鬼神なんて枠に収まったわけではないのに、鬼神としての動きを求められ、それに応じる為に普段から肉体を酷使しているのも原因かもしれない。
 ユウゴの懐刀として——ユウゴが恥をかくことのないような強さを得なければならなかったし、その為に鬼神という言葉は自分を奮い立たせるものでもあり同時に雁字搦めにするものでもあった。
 まだ幼い、世界を何一つ知らない子供だったとはいえ、その生き方を選んだのは自分自身なのだからそれを悔いたことなど一度もなかった。

「私がどれだけ否定しても、きっと周りは私を他のAGEとは違う存在として扱う」

 ……それは私が、人より少しだけ強かったから。ただそれだけの理由でイノリ・ペニーウォートは一介のAGEではなく、鬼のような強さのAGEとして扱われるようになった。

「だったらせめて……仲間にも怪我をさせずにみんなで生きて帰れるよう、私が頑張らないといけないと思うから」
「イノリ……」

 単にアラガミを倒せるだけでは駄目なのだと思う。

「だからユウゴに怪我がなくて、よかった」

 手の届く範囲だけでも、その命を掬い上げたいと思うのは嘗て幼馴染が自分を同じように掬い上げてくれたからだった。

【2】

 私は家族という存在を知らない。弟はいるけれど物心ついた頃から親がいない私達はお互いを家族だと認識していてもそれがどんなものなのか理解できていなかった。だから私の感覚は間違っているのかもしれない。

「家族だから、ユウゴに無理をさせるの?」

 多少の無茶であれば構わない。
 今までも無茶をしなければならない場面はあったし、ユウゴも万全な状態であったから無茶をしても必ず生きて帰ってくるのだと確信していた。——今回の敵はアヌビス灰嵐種。私と、ユウゴ。それにニール達も加わって手も足も出なかった相手だ。
 キース達が何とか対策してくれたとはいえ、明らかに体調の悪そうなユウゴを連れて行く、という判断に違和感を覚えた。

「……私は家族だからこそ、ユウゴが出撃することに反対、だけど」

 止めたって聞いてくれないのは分かっている。
 もしもユウゴが出撃するのならば彼を全力でフォローするつもりではあるけれど。……それでもきっと、無事では済まない。もしもユウゴを出撃させてユウゴに何かあったら私は自分を許せないかもしれない。

「…………私はユウゴの命も、自分の命も、失いたくないだけ」

 このままではどちらも失ってしまうかもしれない、それはとても怖い。ユウゴにはそんな姿、見せられないけれど。
 クリサンセマムの鬼神、なんて呼ばれていても本質はただのAGEでしかないのだ。

【3】

 食べ物の味が分からない、ということ自体はあまり気にしたことがない。子供の頃から私にとって食べ物は得られるだけでも贅沢なもので、少しでも腹が満たされるのならば味なんてどうでもよかった。
 それが辛くても甘くても、口に入れた途端に吐き出したくなるような味だったとしても、それを食べねば飢えて死んでしまう環境。だから味が分からなくても今更どうということはない。吐いてしまうほどの味の料理を口にしても平気になったのだから寧ろ喜ばしいとさえ思う。

「……ペニーウォートにいた頃は、食事を楽しむことなんて出来なかったわ」

 もちろん、適合試験を受ける前も。だから食事を楽しむ、という感覚がよく分からなかった。
 クリサンセマムに拾われて、食事が腹を満たす為だけのものではないのだと理解した今は少しだけ、味が分からないことに対して疎外感がある。

「環境が改善されたから、かしら。これでもペニーウォートにいた頃より、味が分かるようになった」
「……ストレスとか栄養失調が原因だったみたいだからな。ペニーウォートと比べたらここは天国みたいなものだ」

 味覚を喪失しても適切な治療を受けることも出来ず、放置されていた。
 ペニーウォートに私のような身寄りのない使い捨てのAGEを気にかけてくれる看守なんている筈もない。看守にとってAGEの命なんてその程度のもの。
 親のいない孤児なんて大人にとっては邪魔者でしかなかったのだろう。立場の弱い私たちがストレスや栄養失調で体調を崩しても、その結果衰弱死したとしても、看守にとっては替えのきく存在だ。

「でもイノリが食事を楽しめるようになりたい、なんて言い出すとは思わなかった」
「自分でもびっくりしてる。……食事なんて飢えなければそれでいいと思っていたもの」

 ユウゴやフィム達と同じものを食べているのに、楽しそうな彼らと違って何も感じない。それが少し寂しい。味が全くわからない、というわけではないけれど私でも分かるような味付けの料理なんてそれはもう料理ではない。

「いつか、同じように楽しめるようになれるといいのだけど」

 そんな些細な夢を見られるほど、きっと今は毎日が充実している。

【4】

 あの日あの時私を捉えた彼の瞳は決して生きることを諦めてはいなかったと思う。だから私はきっと、心の底から生きたいと願うことが出来た。
 初めて私に声をかけてくれた、身内以外の同世代の子供。たったそれだけのことが、私にとってはかけがえのないものだった。——なんて、彼が気付いているか定かではないのだけれど。もちろん彼が私にどんな思いで話しかけたのか知る由もない。

「イノリ?」

 ユウゴと出会えた私はきっと幸運だった。自分の運命を悟って絶望するだけだった私は、差し出された彼の手をしっかりと握りしめて、生きていこうと決めたのだ。
 今でも思う。あの時、ユウゴが声をかけてくれなかったら。ユウゴの声に反応するだけの気力すらなかったら。きっと私は今この場にはいなかっただろう。
 ——私は彼の望むままに生きる。それは自らの意思で。ユウゴが望むのならば私には相応しくないと思っている「クリサンセマムの鬼神」という二つ名の通りに、鬼神らしく活躍してみせよう。これはユウゴが見せてくれた光。私一人では決して手の届かなかったもの。

【5】

「ユウゴ、あの、その」

 何故か先程からユウゴに手を繋がれて、彼に引きずられるように歩いている状況に混乱する。

「お前、怪我してるだろ」
「それは……」
「俺が気付かなかったら放っておくつもりだったんだろうが」

 悪化したらどうするんだ、とユウゴは溜息をつく。
 確かに先程の任務で少し判断ミスをして、結果的に怪我をしてしまった。とはいえ痛みも殆どないし誰かに心配をかけるほどのことではないから、と黙っていたのだがどうやら幼馴染にはお見通しらしい。

「……そういうとこ、子供の頃と変わんねぇよな」

 私は本当は泣きそうなくらい痛くても決して痛いとは言わず、笑っているような子供だったことを自分でも自覚している。
 だからこそユウゴは今でも怪我をした私のことを心配してくれているやのだろう。今回の怪我が痛くないのは本当のことなのだけれど。

「ちゃんと応急処置しとかないと、何かあったら困るだろ?」
「ユウゴは心配性ね。……でも、嬉しい」

 こういう言い方もおかしいかもしれないけれど、幼馴染に心配してもらえるってきっととても幸せで恵まれている。