その身を蝕む呪い

 鬼神、などと呼ばれていても実際にはただの人間でしかない。怪我をすることもあるし多忙で疲労やストレスから体調を崩してしまうこともある。
 イノリ・ペニーウォートが体調不良で倒れる、というのは珍しいことではあるが……。

「今日はしっかり寝ること。無理は禁物。何かあったら誰か呼んでね。私も出来るだけ様子を見に来るけれど……」

 クレアはイノリの枕元に薬と水を置き、テキパキと説明する。
 恐らく疲労が原因の風邪だろう、と診断されたのは一時間ほど前だった。起きてから妙に体が重く、頭が痛かったことは覚えている。それでも仕事くらいは、とベッドを出て朝食に向かった。
 ——確かその途中に意識を失ったのだ。
 視界がぐるぐると歪んで、まっすぐ歩くことさえ出来ない。これはまずい、と認識したときには既に自分の体は床に倒れ込む形になっていた。何とか起き上がろうとして、それ以降の記憶は朧げだ。

「今日のイノリの仕事はいつもより少なかったから、出来る範囲で私たちがやっておくから安心して。流石に鬼神の代わりを完璧にこなすのは難しいかもしれないけど……」
「……ありがとう」
「あ、お昼になったらちゃんとこの薬飲んでね」

 それだけ言い残し部屋を出るクレアをぼんやりと見送る。
 静まり返った部屋に一人。普段ならなんてことないのに、何故か心細くなってきた。
 自分が倒れてしまった分ハウンドへの負担は増えているだろうし一緒にいてほしい、なんて言えるわけがない。
 イノリは布団を頭まで被り、目を閉じた。眠ってしまえばきっと心細さも感じなくなるだろう。

*

 体調を崩していつも通りに戦えない自分と、そんな自分を庇うように立ち回るユウゴ。
 ユウゴは疲労困憊といった様子で、戦闘用に持ち込んだアイテムも底をついている。私が何とかしなければ、とイノリは靄のかかった頭で必死に考える。
 アラガミは此方の都合など考えてくれない。イノリ目掛けて火を噴いた。咄嗟に回避しようにも体が重くて思うように動かせない。
 死を覚悟して目を瞑った瞬間、自分の体が突き飛ばされた。

*

「イノリ」
「……ユウゴ?」
「随分と魘されてたみたいだから起こしちまったが、大丈夫か?」
「……うん、平気。起こしてくれて……助かった」

 どうやら夢を見ていたらしい。
 ユウゴが起こしてくれなければ夢の中の自分とユウゴは死んでいたかもしれない、と思うと現実ではないとはいえゾッとする。
 弱っていたから悪い夢を見たのだろうか。

「ところで、体調はどうだ?」
「……ん、朝よりは楽になった、気がする……。まだ体は重いけれど」
「そうか。まあ今日はこのまま休んでおけ。お前はいつも忙しいからな」
「忙しいのはお互い様だと思う……」

 自分たちの夢の為とはいえ毎日遅くまで難しそうな資料とにらめっこしているユウゴの姿を見ている。
 フィムに叱られて寝かしつけられそうになっているユウゴの姿に思わず苦笑したことも。

「…………ねぇ、ユウゴ。私がもう少しユウゴに側にいてほしい、って言ったらユウゴは怒る?」

 本当はそんなこと言うつもりはなかった。
 こんなことを言われてもきっとユウゴは困ってしまうだろう。仕事はまだ残っているだろうし、自分のわがままでしかないと理解しているのに。
 一瞬驚いたような表情のユウゴを見て、口を開く。

「別に、何でもない。……冗談だから、気にしないでほしい。ユウゴにも仕事があるのは分かっているし……」

 布団を被り、ユウゴの顔が見えなくなった状態でそれだけ紡いだ。
 いくら弱っているからって忙しい幼馴染に甘えられる筈がない。ユウゴに側にいられると、きっとそれ以上のわがままを言ってしまうから。
 ユウゴに優しくされるといつも以上に子供のようになってしまいそうで、何でもないと繰り返すことしか出来なかった。