命の味

 食事が苦痛でしかなかった。
 元々、幼い頃から碌なものを食べる機会すらなかった。酷いときはゴミを漁ったこともある。そんな不衛生なものを口にして死んでしまった同年代の名前のない子供を知っている。
 生きる為に必死に食べるけれど、今まで口にしたものはどれも少しでも腹を満たす為のものでしかなく、味は最悪だった。
 それでもAGEになってからはたまに与えられる食事が少し楽しみだったのだ。味はやっぱり微妙なものだったし量も足りないことが殆どだった。看守に毒でも盛られているのでは、と恐る恐る口にすることも多い。それでも楽しみだと言えたのは「一緒に食べるAGEの仲間たち」がいたからだ。
 誰かと一緒だと思うだけで不味い食事の味も少しは忘れられたしお互いに地獄のような日々を励まし合いながら過ごす時間は生きる希望を与えてくれたといっても過言ではない。
 ——それすらも、他人と共有出来なくなった。
 今まで口にしていたものの味が分からなくなった。不味いと思っていたものですら、何も感じない。だから何かを食べるという行為が嫌いだった。

「……そもそも、何を食べても味が分からないのだから私に他の人と同じ質の食事は必要ないと思う」

 クリサンセマムで出される食事はペニーウォート時代と比べて質も量も上だ。
 こんな時代なのだから決して裕福な食生活を送れるわけではないけれど飢えで死ぬこともなければ不味いものを我慢しながら何とか胃に流し込む必要もない。尤もイノリにはその味は分からないのだが、ユウゴやジークが食事をする表情がペニーウォートにいた頃よりも明るいのできっと美味しいものなのだろう。
 そのような食事を敢えて自分にまで用意する必要はない。どうせ食べたところで味なんて分からないのだから微妙な味のレーションですら贅沢だ。

「お前がよくても俺がよくない」
「……どうして?」
「どうして、って……あのなあ」

 自分たちは良いものを食べているのにお前にだけペニーウォートにいた頃と変わらない食事をさせるわけにはいかないだろう、と呆れたように漏らすユウゴにイノリはひとまず納得する。
 ユウゴは優しいから日常生活で誰か一人だけ違う扱いを受けることを許せないのかもしれない。確かにもし自分がユウゴの立場であれば目の前で幼馴染が一人だけ美味しくもなさそうな料理を無表情で口に運ぶ姿を見てしまうと複雑な気持ちになりそうではある。
 出された食べ物が腐っていたとしても毒を混ぜられていたとしても、見た目に変化がなければ恐らく気付けないというのは不便だし、味覚がないなんて良いこともない。もう何年も食事の時間は地獄のようだし環境が変わっても回復の兆しはない。
 好きな人と一緒だからご飯がおいしい、などという言葉を聞いたことがあるような気もするが味の感想すら共有できないイノリ・ペニーウォートが感じるのは孤独だけだ。

「……ペニーウォートでユウゴたちと一緒に食べたご飯、とても食べられたものではなかったけれど……私にとって特別な思い出ではあった」

 もう味の記憶さえ遠い彼方だけれども彼らと自分を繋ぐ思い出は、きっとかけがえのないものだった。

「でも、味は分からなくても……クリサンセマムで食べたものは甘い味がするの、かも?」

 相変わらず口に放り込んでも無味でしかないが、味覚とは違う部分が確かに甘さを感じている。