——自分たちは幼馴染ではあるけれど決してそれ以上の特別な関係ではないし、だから彼が自分以外の人間と親しげに話していてもおかしくはない。おかしくはないのだ。
別のミナトのAGEだという青年がクリサンセマムにやってきたのは数時間ほど前のことだ。
何でも彼が所属しているミナトはハウンドの事業のことを知り、オーナーがAGEの待遇改善や戦う力を持たない人々を救う為にハウンドに少しでも協力したいと申し出たらしい。青年はそのオーナーの指示で物資の援助や情報提供の為に数ヶ月前から時折クリサンセマムを訪れていた。
いつだって戦力は足りていないし情報提供もありがたい。使えるものは何でも利用したい、と。言い方は悪いがそんな風に話していたのは他でもないユウゴだった。
「おかあさん」
「……フィム?」
「ユウゴおそいね」
「……そうね」
ユウゴがその青年と仕事の話をしていることは分かっている。一方的に支援してもらってばかりでは悪いと言っていたからもしかしたら此方から相手方のミナトに何か協力することもあるのかもしれないし、そのことについて話し込んでいる可能性もある。
ハウンドの鬼神と呼ばれているイノリが彼らの話し合いに同席しなかったのは単純に「きっと二人の会話についていけないだろう」と判断したからに過ぎない。
青年はハウンドのエースである彼女も是非、と声をかけてくれたのだが難しい話になれば恐らく会話の半分も理解できないし自分が恥をかくだけならば構わないが幼馴染であるユウゴやハウンドの評判に泥を塗りかねないからと断ったのだ。
最初は気にしていなかったが想像以上に長い時間話し合っているらしい二人にもやもやとした感情が渦巻く。
要するに自分はあの青年に嫉妬している。
……ずるい、と。ユウゴと青年が特別な関係でないことは百も承知だし、彼らがただ熱心に仕事の話をしているだけだということも頭では理解しているけれども。
ペニーウォートでのつらい日々の中、ユウゴの存在がイノリにとって心の支えだった。ユウゴにとっての自分もそんな存在でありたいと、そんな風にずっと思っていたのだ。
自分の知らない相手と親しくしているというだけで醜くも嫉妬してしまうなんて、ユウゴにとって負担にしかならないだろう。
「ユウゴは大事なお仕事中。だから、私が何か言えることはないわ」
仄暗い感情が渦巻いているのは、全て自分の責任。
◇
青年が自分のミナトへと帰っていったのはあれから一時間後だった。
ハウンドが青年のミナト近くに出没した灰域種アラガミを討伐する代わりにそのミナトが持っている有益な情報を提供してもらうことになった——というユウゴの言葉をぼんやりと受け止める。
いくらハウンドと言えども灰域種の討伐はハードな任務だし相手方の情報が灰域種討伐に見合うだけのものであるかは分からないが恩を売っておくと都合の良いミナトではあるらしい。
「イノリ、怒ってないか?」
「……別に、怒ってない、けど」
他でもないユウゴに指摘されて一瞬ぴくりと反応する。
怒ってないか、と問われたらイノリは怒っていないと返すしかない。嘘をついているわけではなく本当に怒ってはいないのだ。怒っているとすればそれはいつまで経っても幼い自分に対してだ。
「ユウゴのせいじゃないから、大丈夫」
「お前が大丈夫って言うときほど心配なんだけどな、俺は」
「……ううん、私がユウゴに今まで甘えすぎていたことを自覚しただけだから」
ずっとこの人の背中を追いかけていたつもりだったのに、いつのまにか隣を歩くことすら出来なくなった。心だけは今も幼い頃のまま。
それが幼馴染の負担になると分かっているから吐き出すことも出来ずにいた。