【イノリとニール】
「……ニール、この前はありがとう」
「この前?」
「ユウゴが弱ってたとき、代わりに一緒に戦ってくれたこと」
——ああ、あの時のことか。ニールは記憶を辿る。
確かにユウゴは誰が見ても戦えるような状態ではなく、それでも本人は出撃しようとしていた。あのままユウゴを出撃させていたらユウゴは死んでいたかもしれないし場合によってはイノリやフィム、アインだって無事では済まなかっただろう。
イノリとて、ユウゴの実力は把握している。AGEになってからずっと一緒だったのだ。万全の状態であれば問題なく戦えたのだろう。……夢を実現させるべく、為さねばならないことがあるのは分かる。けれどもその結果誰かの命が失われてしまったら意味がない。少なくともイノリはそう考える。
本当は年下の少年に——彼が自分と並び立つ実力者だと理解していても、あまり頼りたくはなかったのだ。もちろん彼が一緒に戦ってくれることを決断してくれた時は心の底から嬉しかったのだけれど。
「私にとってユウゴは大事な人、だから。……どうしても、あまり強くは止められないのだけど」
もちろん、ハウンドの仲間は全員大事な人ではあるし、今ではニールもそのうちの一人だ。それでもユウゴは、自分にそういう感情を抱かせるきっかけとなった人物なのだと思う。
もしもユウゴが死んでしまったらきっと自分は壊れてしまう。使用者のいなくなった道具など、性能を発揮できる筈もない。
「幼馴染、なんだってな」
「……そう、AGEになるときに出会って同じ日に適合試験を受けたわ」
それ以来、ずっと一緒だった。謂わば自分の半身とも言える存在。それはクリサンセマムの鬼神と呼ばれるようになってからも変わらないと思っていた。
——自分が実力を発揮出来るのは周りのサポートがあってこそではあるが、鬼神と呼ばれたイノリと他のAGEの間には明確な実力差があったしそれは幼馴染であっても同じだった。半身、と呼ぶには少し歪だったのかもしれない。
「私にとって光そのものだった」
「……そうか」
暗闇の中で、手を差し伸べてくれた人。その行為にどれだけ救われただろう。だからこの人の為に生きようと誓ったのだ。
決して幸せと呼べるような環境ではなかったけれどユウゴと出会えたことは人生で最大の幸福なのかもしれない。そして恐らく、想像するしかないがニールが守りたいと願っていたものも、自分にとってのユウゴのような、とても大きな存在だったのではないかと思う。
「……ニールが私たちを助けてくれたから。今度はきっと、私がニールの力になるわ」
彼の実力は知っているし、彼が戦ってくれるのならこの先も頼る機会は増えるだろうけれど。それでもイノリ・ペニーウォートにとって彼はまだ15歳の少年なのだ。きっと甘えてばかりはいられない。
イノリが守りたいと願うものは彼らが戦う必要のない平穏な日々だった。
【サクリとクレア】
「メディカルチェック、ねぇ」
確かに体の不調を放置して命を落とすようなことはあってはならないし、些細な怪我でも悪化して大変なことになるかもしれない。だからこそ定期的な診察は大事なのだろうと理解はしている。
しかし、だ。やっぱり自分には必要ない。というより自分の体を他人に調べられたくはない。
「体調が良くないときは薬を貰いに来てるし、それでいいだろ?」
「よくありません!」
第一、不調を感じてからでは遅いのだと呆れたように言うクレア。
それに自覚症状のない病気だってあり得ない話ではない、と。なるほど彼女の言い分は分からないでもない。が、だからといってメディカルチェックを素直に受けるかと言われたら答えはノーだ。——どんな些細なことであれ、自分のことを知られることに抵抗があるということも否定はしない。嗚呼でも幼馴染や姉が相手だったのなら素直に、とまではいかないかもしれないがメディカルチェックを受けていたかもしれない。
クリサンセマムでこういうことを担当するのがクレアで良かったのかもしれない、なんて。
「……それがアンタの仕事なのは理解してる。心配してるからこそっていうのも分かる。それが嫌なわけじゃない」
以前の自分であれば心の底から嫌だったのだろうが、今となってはクレアがこちらに害意を向けていないことも、自分たちを本気で家族として扱ってくれていることも理解している。良からぬ企みなど一切ないことも。
全く、とんだお人好しもいたものだと思う。人として扱われなかった自分たちを、何の躊躇いもなく家族だと言えるなんて。
「サクリにも事情があるのは分かるけど」
「お人好しなんだな」
どちらかといえば自分は世界の為にも死ぬべきなのだと思っている。今更体の不調を感じたところで漸く終わりに出来るのか、という気持ちのほうが強い。せめてあと少し、生きて役に立ちたいとは願うけれど。
【サクリとクレア2】
「次の仕事は……」
忙しそうに動き回るクレアを遠巻きに眺める。彼女がグレイプニルから正式にクリサンセマムの——ハウンドの一員となったのはつい先日のこと。
今更信用出来ないから、と警戒することもないがあまりの違和感の無さに流石に困惑してしまう。クレアはグレイプニルの所属だった頃から仕事でクリサンセマムの船に乗っていたし、荷物……フィムを送り届ける為に同行していたのだから彼女が船で生活する姿はもう見慣れてしまっている。
それにしたってここまで何も変わらないとは思っていなかったが。
みんなと一緒にいる未来が正しいと思うから、なんて言ってクリサンセマムと行動を共にすることを決めたクレアを見たとき、正直彼女は馬鹿なのではないかと思った。僕らの味方をしてもクレアに益はない。
……だけどきっと、人間関係はそんな単純なものではないのだろう。未知のものを警戒することは簡単にやめられないが損得だけで付き合う相手を選ぶような人間ばかりではないのだということは今なら少しだけわかる、ような気がする。
ペニーウォートを出てからそんな人間を何度か見てきた。
「どうしたの?」
「いや、何でも。アンタはいつも忙しそうだなって」
「確かに忙しいけど、充実してる」
イルダに頼まれていたらしい書類の整理をしながらクレアは笑う。
自ら神機使いを志した彼女と、右も左もわからないまま強制的に適合試験を受けさせられた僕らはきっと理解し合えないのだろうと思っていたが、案外世界はもっとシンプルなのかもしれない。
【マシロとジーク】
「あっジーク! おはよう御座います!」
朝のトレーニングに向かおうとしていたマシロは起きてきたばかりらしいジーク・ペニーウォートを見かけ、声をかけた。
朝から元気だな、なんて苦笑するジークに首を傾げる。
「そういうジークは元気ないんですか? 体調不良なら休んだほうがいいと思いますが」
「いや、そういうわけじゃねぇけど……というかお前の筋トレに遅くまで付き合って寝不足」
前日、任務が終わってから暇を持て余していたジークを誘い遅くまで二人でトレーニングをしていたことを思い出す。
任務が普段より楽な内容だったこともあり、調子に乗っていつもよりトレーニングの時間を増やしてしまったのだ。幼少期から殆ど日課としてトレーニングしていた自分はともかく、ジークには任務後の長時間のトレーニングは厳しかっただろうか、と少し反省する。
任務に支障が出たら流石に申し訳ない。
「ジークって優しいですよね」
ふと、そんな言葉を口にした。だってトレーニングなんて先に切り上げて帰っても良かったのに、最後まで付き合ってくれたでしょう? マシロとしても一人で黙々と続けるより誰かと一緒にやったほうが楽しいし、だからジークが最後まで付き合ってくれたことにとても感謝している。
「私、ジークのそういうところ尊敬してるんですよ」
自分に優しくしてくれた神機使い、自分の中のヒーローそのものだった彼らを思い出した。
【ルリジオンと朱の女王のAGE(モブ)】
唐突な別れなんて、AGEである以上珍しいことではない。
特に朱の女王は看守や正規のゴッドイーターから理不尽に虐げられたり商品として遠くへ売られたり、そうやって辛い経験をしてきたが為に仄暗い感情を抱いている者も多い。
「灰嵐を起こそうと思う」
ある日そんなことを言い出したのは朱の女王に所属している少女だった。
元々いたミナトも違うし彼女がどんな経緯で朱の女王に所属することになったのかは知らない。自分より後から朱の女王に来たAGEだったが当初からグレイプニルや正規ゴッドイーターを恨んでいた。
だからいつかきっと、そんな日が来るのではないかと薄々気付いていた。しかし、何故自分にそれを伝えるのだろう。
彼女と自分は親友と呼べるほど親しいわけでもなく、お互いに大勢の仲間の一人でしかない筈だ。誰にも言わなければいいのに、止められる可能性は考えないのだろうか。
「ルリ、そういうの止めるようなタイプじゃないでしょ?」
「ま、本人が決めたことだし? どんな決意だったのか知らないわたしにそんなこと言う資格ないでしょ?」
彼女の場合どう感じるのかは分からないけれど少なくともわたしが真剣に死を以って復讐を決意したとして、それを何も知らない第三者に止められたらイライラすると思う。
だから冷たいと言われようとも自分の意思で決めたことを止めようとは確かに思わない。
「誰か一人でも私が生きていたこと、復讐の果てに死んだことを知っていてくれたら私は報われるから」
「——ああ、そういう」
生きていたことを知っていてほしい、覚えていてほしい、なんて。
それでわたしを選ぶ神経は理解できないが、忘れ去られてしまうことが怖いという気持ちは分からなくもない。
「いいぜ、お前がどんな覚悟でお前の恨む連中に傷を付けるのか見届けてやるよ」
わたしもお前も恐らくは生きていることを望まれなかった命。何日も何ヶ月も悩んで決めたことなのだろう。だったらその命の終わりを、最期の輝きを見届けてやる。
似た者同士、と言ってはあまりにも失礼だがわたしは似たような境遇で育ったであろう彼女のその生き方を好ましく思う。
「さようなら。……お前の命を背負って生きる、なんてわたしには出来ないだろうし期待すんじゃねぇぞ」
「そこまでは望まないよ。私たちはお互いにそんな関係でもないでしょ」
偶然同じ組織に所属することになって、目が合ったから挨拶する。
一緒に戦ったこともなく、お互いに共通の話題もなかった。不謹慎だろうけれど、彼女が起こす灰嵐によってグレイプニルや各ミナトがちょっとした騒ぎになるかもしれないと思うと少し楽しみではある。
憎悪によって彼女の命が燃えている光景はさぞ美しいのだろう。死にたくはないが、それはとても魅力的に感じる。
自分の命が終わるとき、それくらい輝いていられるのだろうか。