「確かクラッセンの家の出身でしたね」
感情の読めない声でそう問いかけるラケルにマツリカは小さく頷いた。
適合試験を終えて、無事ブラッドに配属されて数日。ブラッドの創設者であるラケルがブラッドに入隊、或いは転属してきた人間の素性を一切把握していないなんてことは有り得ないだろう。
クラッセン家はかつて存在していたフェンリル傘下企業を経営していた一族だ。企業としての歴史は意外と古い。だが、今となっては忘れ去られていても不思議ではないそんな企業。
マツリカ・ハイリッヒ・クラッセンはその企業の跡取りとしてこの世に生を受けた。大人になったら必ず必要となるだろうと経営に関する知識も幼い頃から教え込まれた記憶がある。
……教わったことを活かす日は来ないまま、家も企業も全て消えてなくなってしまったけれど。
「クラッセン家は色々と大変なことがあったと聞いていますが……まさか御子息が生きていて、ブラッドに入隊することになるとは思いませんでした」
「自分は知り合いの家に預けられましたから。……適合試験を受けることが決まって、世話になった家を出ることになりましたが」
正直、適合試験を受けることになってマツリカは安堵していた。
妹分だった少女が目の前でアラガミに殺されて、彼女を助け出すことも出来ずに家へと逃げ帰った。彼女の両親は娘の死を受け止め、娘を助けられなかった赤の他人の男をそれでも家族として迎え入れてくれたけれど——マツリカのほうがその扱いに耐えられなかった。
娘ではなくお前が死ねば良かったのだと責められたほうが楽だったのに。何年も一緒に暮らしてきて、もう家族として受け入れられていることは理解しているがこれではあまりにも。
「……それで良かったのですか?」
「今の自分に迷いはない、と。断言しておきます、ラケル博士」
後ろ向きな理由でこの場所に立っているとしても、この選択に後悔はない。