まだ始まってもいない恋のはなし

 ——レンがその少女の姿をはじめて目にしたのは彼女が適合試験を受けた日だった。
 アラガミ討伐の最前線とされるこのアナグラでは入隊して間もない新人神機使いが実戦へ投入される、というのもさほど珍しい話ではない。
 特に少女は新型神機に適合した人間だ。今まで主流だった神機とは違い、ひとつの神機で剣による近接攻撃も銃による遠距離攻撃も可能とする。オールラウンダーな新型神機使いは大きな戦力となるのだから早いうちに戦いに慣れさせて将来的には主力として活躍できるように育てたい、という考えは理解できる。
 少女は神機使いになったその日に当時第一部隊のリーダーをつとめていた雨宮リンドウと共に出撃し、初陣にしては上出来だと言えるほどの成果をあげたのだった。



「初陣のこと、自分ではよく覚えてないのよね」
「そうなんですか?」
「今までアラガミなんて出会ったら死を覚悟するような相手だったのに、いきなりアイツを倒してこいーなんて放り出されたら流石に緊張くらいするわよ」

 確か敵はオウガテイルだっけ。第一部隊のリーダーとなった少女は記憶の糸を手繰り寄せて、深く息を吐いた。
 オウガテイル。今となっては大したことのない小型アラガミの一体。油断さえしなければ苦戦するような相手ではないがあの頃はオウガテイル相手に神機を振り翳すのもひどく緊張していたように思う。
 必死すぎて自分の戦いぶりなど覚えていないがきっと今の自分が見たら危なっかしくて怒りすら覚えるような立ち回りをしていたに違いない。そう思うと覚えてなくて良かったのかもしれない。……尤も、今も危なっかしい戦い方はあまり変わっていないのだけれど。

「で、なんであんたが私の初陣なんて知ってんのよ」
「リンドウから聞いたことがあるので」
「リンドウから、ね……」
「何だか納得いかなさそうな反応ですね」
「……別に、納得いかないわけじゃないけど」

 自分はレンのことを殆ど知らないのに自分たちが出会うよりもずっと前のことを一方的に知られているなんて少し恥ずかしいし悔しい。
 これから知っていけば——というのも難しいだろうと薄々察している。恐らくレンというひとのことをきちんと知るときはレンとの別れなのだろうという予感がある。それが一時的なものなのか永遠の別離なのかまでは定かではないけれど。

「私はあんたのこと知らないのに、あんたが過去の私のこと知ってるなんてフェアじゃないでしょ」
「変な部分でこだわりますよね、いつも。まあ僕は貴方のそういうところ好きですけどね」
「……何言ってんのよ、まったく」

 思わず視線を逸らし、溜息を漏らした。
 レンの言葉に他意がないことは理解しているけれど、そのように好意を向けられることには慣れていない。どうしても照れてしまう。
 ——これが他の人であれば多少の照れはあったとしても、もう少し強く言い返せるのに。相手がレンだから何も言えなくなってしまう。

 レンと初めて出会ったのは無茶をして適合していないリンドウの神機を使おうとしたときだ。あの時レンがいなければ神機に捕喰されて命を落としていただろう。だからこの人は自分の命を救ってくれた恩人なのだ……なんて普段は絶対に言わないけれど。
 それ以来、何となく時間があればレンに会いに行くようになって。どうやら自分の中にはレンに対して特別な情が芽生えているらしい、と自覚したのは比較的最近の話だった。その情に恋だとか愛だとか、そのようなラベルを貼ってもいいものなのかは分からない。自分でも今はまだ名前を付けたくないと思っている。
 ……レンが好んでいる初恋ジュースを何度も飲んでみたり——とても人間が飲めるような味ではないけれど——休暇を与えられた日には医療班の所属だというレンの仕事を一日中観察してみたり、今思うとかなり奇行に走っていたような気がするがそれはそれ、だ。

「レンにとって私は偶然知り合ったただの神機使いでしかないんだろうけど」
「そんなことは、」
「まあ、悪くはないかもしれないわね。あんたとこうしてくだらない話をして過ごす時間も」

 きっとこの人と過ごせるのは長い人生の中でもほんの一瞬でしかないのだろうけれど。その一瞬の時間も悪くはない、と少女は思うのだ。

title/白鉛筆