芽吹いた意志のかたち

 神機の代わりに鍬を握り、土を耕す。最初は右も左も分からなかったが今では随分と慣れたものだ。
 収穫が近い作物の様子を見て、今度は何を育てようか。なんてそんなことを考える。アラガミの出現以降、地上に安全な場所などなく農業に関する技術も大半が失われてしまった。祖父母やもっと上の世代の人ならばかつて畑を耕していた、という人もいるかもしれないが少なくとも神機使いやフェンリルで神機使いを支えている技術者たちは農業とは無縁の生活を送ってきただろう。
 ブラッド隊長であるノルンも聖域で農業を始めるまでは農業とは縁のない日々だった。幼少期の記憶の糸を手繰り寄せても農業の手伝いをした記憶は一切ない。もしかしたら畑やそこで育てられている作物というものを見たことすらなかったかもしれない。

「以前収穫したトマトは今度の夕飯に使われるそうですわ。思っていたよりもたくさん収穫できましたから、暫くはトマト尽くしかもしれませんわね」
「そうか。……俺たちが育てた野菜が誰かに喜んでもらえるというのは嬉しいものだな」

 ブラッドとしての通常の任務をこなしながら聖域での農業もする。最初は無茶なのでは、と思うこともあったが今では任務を終えて聖域まで畑の様子を見に行くのを心待ちにしている。
 初めて植えた作物が芽を出していたのを見つけたときの感動は今でもよく覚えている。無事に大きく育つように祈りながら世話をしたものだ。
 元々、農業をやろうと言い出したのはジュリウスだった。ノルンとしても興味はあったし、ジュリウスがやりたいと思うのならば自分もそれを手伝いたい。そう思って迷わず彼の誘いに乗ったのだ。まさかここまで大掛かりなものだとは思わなかったけれど。

「……最近のジュリウスは本当に楽しそうに農業をしますのね」
「楽しそう?」
「最初の頃は責任感とか罪滅ぼしとか使命とか、そのような気持ちでこの仕事と向き合っているように見えましたもの」

 今でもそういう気持ちが一切ないわけではないのだろうし、最初から自ら望んで引き受けた仕事ではあるだろう。
 だが、何というか、真剣に向き合ってはいるけれど以前と比べると雰囲気が柔らかくなったように感じるのだ。その変化はとてもよいものなのだろうと思う。
 ——ブラッドに入隊して間もない頃。まだジュリウスと出会ったばかりだったあの時はジュリウスをもっと冷たい人だと思っていたこともある。実際には仲間思いで知り合ったばかりだった自分たちのことも家族のように大切に思ってくれていたのだと今なら分かるしジュリウスから冷たさを感じることもないが、お互いに初対面の相手に対する緊張なんかもあったのかもしれない、なんて。あの頃ジュリウスに感じていたものと近しいものを感じることはあった。

「そういうお前も楽しんでいるのだろう?」
「それはもちろん——大変ですけれど、作物が実ると嬉しいですし戦いから離れて平和に過ごすなんて聖域くらいでしか出来ないですから」

 戦うことをやめて平和に生きるという選択肢もブラッドには与えられていたけれど、それでも誰かを守る為に戦う道を選んだし完全に戦いを忘れることは出来ない。
 それでも自然豊かなこの場所で、いつもよりも穏やかに生きられるのは貴重な経験だ。神機使いになる前だってこんなにも安らかな気持ちで過ごせたことはないかもしれないと思うほど。

「ねぇ、ジュリウス。きっとわたくし達は……聖域のようなアラガミに怯えずに生きられる場所を増やしていかねばなりませんのね」
「そうだな。大変なことではあるだろうが……」
「覚悟の上ですわ」

 覚悟がなければ、いまこの場所に立ってはいない。