欲張りの幸福

 夕食の時間も終え、ラウンジに人の姿はまばらだった。各々が自室に戻り戦闘に使用するアイテムの備蓄を確認したり、明日に備えて休んでいる時間帯。
 ラウンジに残っているのは数人の大人たちだけ。普段はこの場所を切り盛りしているムツミも今は不在らしかった。陰ながら極東支部を支えているとはいえまだ幼い彼女は片付けや明日の仕込みを済ませて既に休んでいるのかもしれない。
 ギルも一杯やらないか、と先程声をかけてきたのはハルオミだった。どうせ明日は久しぶりの休暇だろう、と。
 グラスゴー支部の所属だった頃は日常だった光景である。ギルバートとハルオミと、それからケイトの三人で夕食を終えて穏やかに過ごしていた。尤も、当時まだ十代だったギルバートが彼らと酒を飲み交わすようなことはなかったけれど。
 一杯くらいなら、と付き合っていたがハルオミはまだ暫く飲むようだったし邪魔をしたら悪いかと早々に切り上げたのがつい十分ほど前。
 そろそろ部屋に戻ろうかと考えて——ふと、ちらりとラウンジの片隅に視線を投げる。淡い桜のような色の少女を視界にとらえた。
 キトリー。ハルオミと二人で飲んでいたときに一瞬だけラウンジの入り口のほうから誰かの視線を感じたのだが、恐らくは彼女のものだったのだろう。

「キトリー」
「あ、ギル」

 名前を呼べば少女は顔を綻ばせる。どうやらホットミルクを飲んでいたらしい。

「ギルも飲みますか?」
「いや、俺は……」

 ——ホットミルクなんてガラでもないしな、などと考えながらキトリーのほうへ視線を投げた。
 キトリーは水色のマグカップに注がれているまだ温かいミルクを飲みながら柔らかい笑みを浮かべている。

「蜂蜜が入っていて甘くておいしいですよ」
「……キトリーは本当に甘いものが好きなんだな」
「はい!」

 キトリーが甘いものが好きなことはもうずっと前から知っているし、あまりにも幸せそうな顔をするので外部居住区の店で彼女の好きそうな菓子を見つけてはつい買ってしまいそうになる。
 正直、ギルバートの身近には殆どいないタイプの人間だと思う。ブラッドへの転属が決まるよりも前の記憶を辿ってもキトリーのような人はいなかったし、ブラッドで活動を始めてからも彼女のような気質の人と接する機会は少ない。

「それとも、ギルはお酒のほうがいいですかねえ」

 嗜む程度には飲むこともあるけれど先程飲んだばかりだからとキトリーを制止する。
 明日は休暇とはいえ、だ。ここで勧められるがままに——キトリーが本気で酒を勧めているつもりなのかは定かではないが——酒を飲み酔い潰れてしまうようなことがあってはならない。もちろん普段からそのような飲み方はしていないのだけれど。

「あっそうだ! さっきナナからチョコレートをもらったんですよ」
「ナナから?」
「よかったらギルも一緒に食べましょう」

 小さな箱の中にはいくつかのチョコレートが入っている。箱のサイズと比べるとチョコレートの数は少なく感じるが、恐らくキトリーが一人で食べていたのだろう。
 ——キトリーらしいな、なんてぼんやりと思う。
 キトリーから半ば強引に押し付けられたチョコレートを口へと放り込む。体温で少し溶けたそれは優しい甘さがした。

title:icca

*こばと様宅キトリーちゃんお借りしました