時折考えることがある。聖域のようにアラガミの存在しない平和な土地が増えて——聖域が世界中に広がって、誰もがアラガミに喰べられることなく生きられる日が来たら。
物心ついた頃から荒ぶる神々が地上を闊歩しているのが当たり前の光景だったし、アラガミが存在しない世界というものを上手く想像するのも難しいのだけど。
「アラガミがいなくなって、世界で神機使いが必要とされなくなる。それはわたくし達の目指すところではあると思いますの」
両親がアラガミに襲われて泣き叫ぶ子供を見たことがある。いくら戦う力を与えられた神機使いと言えども、全ての命を救うことなど不可能だ。判断を誤れば自分たちのほうが捕喰されてしまう、なんてことも珍しくない。
腕輪の破損などが原因で人々を守る立場である筈の神機使いがアラガミと化して人間だった頃の親しい友人や家族を殺してしまうこともある。
アラガミが存在しなければそのような悲劇に見舞われることもない。神機使いとして目指すべき理想の世界だろう。実際には様々な事情からアラガミのいない世界を作るのは難しいと理解しているけれど。
「アラガミがいなくなって、神機使いが必要なくなった世界ではわたくしとあなたはどのような関係になるのでしょうね」
そう言ってジュリウスに視線を投げる。
彼とは同じ部隊に配属された仲間。ブラッドは家族だと言っているけれど、その「ブラッド」自体が存在しなくなる日が来たとして——それでもまだ、自分たちは家族だと言えるのだろうか。
適合試験を受けて神機使いになることがなければお互いに出会うことすらなかった関係だ。
「……お前は、もしもアラガミがいなくなったらどこか遠くへ行くつもりなのか?」
「そんなことは……ないと思いますけれど。誰かを守れるだけの強さが欲しいと望んでここまで来たのですから、その強さが必要なくなったあとの自分はあまり想像出来ませんわね」
戦いとは無縁の平穏な人生を歩む自分の姿も、神機使いとは別のかたちで誰かを守れるような職につく自分の姿も、今はまだ想像できない。
「神機使いが不要な世界になって、仮にフェンリルという組織がなくなったとしても俺たちの関係が何か変わるということもないだろう?」
「それはそれで……少し複雑な気持ちにもなるのですけれど」
——出会ったその日からジュリウスに恋をしているというのに、関係が現状維持のままなのは素直に喜べそうにない。
無論、フェンリルもブラッドも関係なく、アラガミと戦うことがなくなったとしても変わらずに大切な仲間であり家族だと思ってもらえることは嬉しくもある。
「戦う必要がなくなって、わたくしに出来ることが何もなくなったとしても……あなたはわたくしが隣にいることを許してくださるのかしら?」
「当然だ」
「…………嬉しいものですわね、他でもないあなたにそのように肯定されるのは」
「お前が望むのなら、ずっと此処にいればいい。……いや、お前が望まなくても俺はお前にずっといてほしいと思っている」
「そ、そういう言い方は誤解されますわよ、色々と」
ジュリウスに他意がないことは分かっている。分かっているのだが、彼に恋い焦がれている人間に勘違いされても仕方ない言い回しだと思う。
ちくりと心臓が痛む。ジュリウスにこの想いを伝えるつもりは——今のところないけれど、いつか想いを告げて、その恋が成就することがあれば、堂々と彼のとなりで生きることが出来るだろうか。
「……でも、もしも最初からアラガミが存在しない世界だったらわたくしはジュリウスと出会うこともなかったと思いますの」
生まれた場所も、育った環境も違うのだから恐らくは出会うきっかけ自体がなかった。
「そう考えると、今の世界も悪いことばかりではないかもしれませんわ。もちろん、悲しいことも多いですし現状維持を良いことだとは思いませんけれど」
「……お前らしいな」
この荒れ果てた世界の片隅で出会ってしまったから。初めて知った感情を胸に抱いて生きていくのだ。