——例えば自分が神機使いにならなかったら。適合試験を受けることもなく、ブラッドに身を置くこともなければ。この胸の内にある痛みを知らずに済んだのだろう。
心臓が抉られるような、胸にぽっかりと穴があいてしまったみたいな、そんな痛み。穴はどれだけ塞いでも、ふとした拍子に傷が疼く。
アラガミが地上を闊歩し、悲劇が絶えない現代において大切な人を失ってしまう経験は決して珍しいことではない。
外部居住区に侵入したアラガミに家族を殺されたとか、神機使いになった息子が任務中にアラガミ化したとか、フェンリルの研究者だった友人が新しい神機の開発中の事故で亡くなったとか、そんな話を聞く機会は何度もある。今の時代ではそうあることではないけれど昔は適合試験に失敗して死んでしまうこともあったという。
もう二度と会えないと思っていた相手に再び会えることなど、本来ならあり得ないことだ。誰もが喪失の痛みを抱えて、会えないその人と過ごした日々を忘れることさえ出来ないまま長い時を生きてゆくことになる。
「……ジュリウス」
ノルンはちらりと亜麻色の髪の青年へ視線を投げた。
本当ならば此処にはいない筈の人。様々な事情が重なって、結果的に連れ戻すことが出来ただけで何も起こらなければ恐らくは今も——特異点として螺旋の樹の内部に取り残されていただろう。それが彼の意志だとしても、あの時の決断をノルンは後悔していた。
「ノルン? ……どうかしたのか?」
「いいえ、何でも」
ただ、あの時の己の未熟さを痛感していただけだ。
もう二度と同じ轍は踏まない。ジュリウスが何か一人で抱え込んでいるようならお節介だとしても声をかけたいし、道を踏み外したそのときは強引にでもその腕を掴んで連れ戻す。
臆病な子供だった自分はジュリウスが何かを隠しているのだとしても彼の意志を尊重することが仲間として最大の愛だと思い込んでいた。否、自分のわがままで彼に嫌われてしまう可能性を恐れていた。
「——ブラッドの隊長として、わたくしがどのように動くべきなのか。改めて考えていただけですわ」
今更、考えるまでもないことではあるけれど。