No man is an island.

「今日のおやつはスコーンですわ」

 紅茶とスコーンをテーブルに並べながら、ブラッド隊長でもある少女はそう口を開いた。
 隊長——ノルン・エーデルワイスがブラッドに入隊してから暫く。唐突にお茶会をしないか、と声をかけられて彼女と紅茶を飲む時間が日常の一部になった。曰く、神機使いにも息抜きは必要だろう、と。
 その日常もジュリウスがブラッドを抜けることになったあの日、一度は失われたものだったのだが。

「先日リンドウさんから差し入れに、といただいたものですの。リンドウさんの奥様が選んでくださったものだそうです」

 わたくしも奥様とお会いしたことはないのですけど、と付け加える。確か元々は優秀な神機使いで、今は幼い子供もいるから職場を離れて育児に専念していると聞いたことがあるような。

「いつものことだが、お前は準備の段階から楽しそうだな」
「それは……まあ。今はこうしてあなたをお茶に誘っていますけれど、この時間が決して当たり前ではないことを知っていますもの」

 言葉にして、胸がちくりと痛んだ。
 もう二度とジュリウスがブラッドを抜けたいなどと言い出しても——そんな日は来ないと信じているけれど、この手を離してあげられる気はしない。
 無論、ジュリウスに夢があってその夢の為にブラッドを離れるというのであれば素直に応援したいと思っている。ブラッドを離れずとも叶えられるような、或いは仲間の力が不可欠な夢であれば結局引き止めてしまうだろうけれど。

「正直、このティータイムはわたくしの趣味ですしジュリウスには無理に付き合わせてしまっているのではと不安になることもありますのよ」
「お前は俺が嫌々付き合っているように見えるのか?」
「いいえ。ですが気分ではない、ということだってあるでしょう。……わたくしが選んだ紅茶がお口に合うかも分かりませんし」

 ジュリウスとの付き合いもそれなりに長くなってきたが、彼が好き嫌いをしているところを見たことはない。元々、あまり感情が顔に出るタイプではないから好き嫌いがないのか表情に出さないよう我慢しているだけなのかは読み取れないが。
 お茶会をするようになって間もない頃。折角誘った以上は楽しませなければ、と彼の食の好みを探ろうとしたことはあった。けれども紅茶についてはお前ほど詳しくないと言われてジュリウスの好みは分からないままだ。

「お前が選んだ紅茶が口に合わなかったことは一度もない。……それに、最近はお互いに忙しいだろう? 俺にとってもお前とのこの時間は良い息抜きになっている」
「……他でもないあなたがそのように仰ってくださるのは嬉しいですわ」

 ——正直に言えば、最初はジュリウスのことがよくわからなかった。
 あまり自分のことを話すタイプではなかったし、何を考えているのかも読めない。同期のナナや先輩のロミオは明るく社交的で、誰が相手であっても積極的に話しかけてくれるような人だったけれどジュリウスは二人とは正反対と言ってもいい。
 一目惚れではあったけれど、この人と上手く付き合っていけるのか不安になることもあったのだ。

(まあ、その不安は杞憂でしたけれど)

 ジュリウスは誰よりも仲間を大切に思っているのだと気付いてからより深く仲間のことを知る為にお茶会という手段を選んだ。
 どのような茶葉を選ぶか、紅茶に合わせる菓子はどうするか、砂糖やミルクは必要か。そんなことを考えている時間も楽しくはある。
 このご時世に上質な茶葉や菓子は気軽に用意できないし、贅沢をしたいとも思わないので値が張るようなものは避けて手頃なものを。その分紅茶の淹れ方や盛り付けにこだわって。

「さあ、そろそろ始めましょう。今日の紅茶はアッサムティーですわ」
「こういう場には相応しいマナーがあるのだろうが、そういえばお前はあまり気にしていないんだな」
「息抜きに、と誘っていますのにマナーに厳しいと逆に息が詰まってしまうでしょう? わたくしとしても気軽に楽しんでいただきたいと思っていますし……まあ気にしないと言っても流石に限度はありますけれど、あなたやブラッドのみんなが限度を超えるようなことはしないでしょうから」
「そういうものか」
「そういうものですの。……尤も、わたくしが形式に拘らなさすぎるだけかもしれませんけれど」

 これが例えばエミールならもう少し形式に拘ることもあるのだろうか。
 なんて考えてみたが、彼は彼でティーパーティに不慣れな人に対してマナーを教えてくれることはあっても決して口煩く注意をするようなタイプとは思えない。
 そも、自分自身がそのようなマナーに詳しいとは言い難い。幼少期、両親から一通り教わった記憶はあるがそれはもう何年も前のことだし教わったことを活かす機会にも恵まれなかった。上流階級としての完璧なマナー、と言われると不安がある。

「堅苦しいティータイムなんてブラッドには似合わないでしょう? もっと和気藹々とした雰囲気が相応しいと思いますの」
「お前のそういうところは入隊した頃から変わらないな」
「あら、あの頃と変わった部分だって御座いますのよ」
「ああ、知っている」

 ジュリウスはそう言い切って、スコーンに手を伸ばす。
 きっとこの人には様々な意味で一生敵わないのだろう、とノルンは息を吐いた。それはそれで、悪くはない未来だ。