黒いドレスを身に纏い、何度も姿見で確認する。姿見が映す自分の姿はいつもよりも大人っぽくて品のある女性、の筈だ。
ドレスを着るのは決して初めてではない。幼少期、両親に連れられ参加したパーティーでは今と同じようにドレスを纏っていた。あの時は場の空気に慣れず、ずっと緊張して両親の後ろに隠れていたような記憶が朧げにある。
上流階級の家に生まれたとはいえ、家を継いだわけでもなく、もう何年も前に故郷を離れているのだから家がどうなっているのかも分からない。今更、上流階級らしい立ち居振る舞いが求められるなんて思ってもみなかったけれど。
フェンリル本部主催のパーティーに招待されることになったのはほんの数日前のこと。
先日、本部の神機使いとの合同任務でアラガミを討伐した折、ブラッド隊の働きが作戦成功に大きく貢献したから——ということらしい。
正直に言えば神機使いや本部の技術者、お偉方ばかりを集めた煌びやかな催しなど遠慮したいところではある。外に出れば今もアラガミに怯えて明日の生活すらも想像する余裕のない人々がいて、そんな彼らが安心して生きられるよう神機使いは存在しているのだと、少なくともノルン・エーデルワイスはそのように考えていた。
とはいえ、本部と良好な関係を保つ必要はあるし些細な理由で関係が拗れるようなことがあっては困る。流石にパーティーへの参加を断った程度で極東支部の立場が悪くなる、なんて展開はないと思うけれどもしかしたら此方に益のある話のひとつでもあるかもしれないし。
「隊長、少しいいか?」
「ジュ、ジュリウス? ……待ってちょうだい、今開けますわ」
扉の向こうからジュリウスに声をかけられて慌てて返事をする。
パーティーにはまだ早い時間だが、準備に時間をかけすぎてしまっただろうか。それとも緊急事態でも起こったのか。
「何か御用かしら、ジュリウス。まだパーティーには早い時間だと思うのですけれど」
「ロミオとナナがお前のことを気にしていてな。様子を見に行くようせがまれた」
「何ですの、それ。……まあ、先輩と同期に気にかけてもらえるというのは悪くありませんけれど」
何故自分たちで様子を見に行くのではなくジュリウスを、と思ったが彼らなりに気を利かせた結果なのだろうと納得した。
ロミオもナナもノルンがジュリウスへ向けている感情がどのようなものであるか気付いている。憧憬の眼差しの向こう側に芽生えたそれは、通常「恋」と名付けられるものだろう。
「ところで、お前はそういう雰囲気のドレスも着るんだな」
「に、似合わないかしら」
「……いや、いつもと違う雰囲気で驚いた」
確かに普段はあまり黒を基調とした服を選ばない。
決して好みではない、なんてことはないけれど何となく自分には似合わない色だと思って敬遠していた。自分がもっと落ち着いた大人の女性、というタイプであれば高貴な黒色も普段から自信を持って身につけられたのだろうか。
今回、この色を選んだのはフェンリル本部のパーティーだからこそまだ幼い少女だと下に見られることがないようにだった。
「パーティーにはあまり参加した経験もありませんからおかしなセンスだと笑われなければ良いのですけれど」
「そうなのか?」
「こんな時代なのですから、フェンリル関係者でもなければパーティーを主催するのも参加するのもほんの一握りでしょうね。わたくしが幼少期に参加したパーティーもフェンリル本部の催しだったと聞いています」
両親がフェンリル本部の研究者だったから、その縁で招待されたのだと聞いている。具体的にどのような理由で開かれたパーティーだったのかは幼いノルンには知る由もなかったけれど。
貴族の令嬢としてパーティーなどの催しに招かれる機会はあるかもしれないし、そのときに恥をかかないようにと教育を受けたこともあるがそれももう何年も前の話だ。
古い記憶を辿れば何となく思い出すことは出来ても自信があるとは言い難い。
「ジュリウス」
「どうした」
「……いいえ、何でも」
——ただ、いつの日かあなたが思わず見惚れてしまうような女性になりたいと。その時は勇気を振り絞って一歩踏み出したいと。そんなことを願ってやまない。